DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉― 作:オンドゥル大使
帰るなり、夜都を出迎えたガーネットに、どこか言葉を失ってしまう。
「……アリス。留守番も出来ないの?」
「あー、今ちょっと待って。新しいブログ記事仕上げている最中だからさー、子猫ちゃんに留守番を頼んでいたの」
ガーネットはアリスお手製のゴスロリ服に着せ替えられている。その奈落のような瞳がこちらを見返すが、さすがに任務の時のような冷徹さはない。
「……こっちはこっちで大変だって言うのに、ブログの情報なんてあるの?」
「高校生でしょ、大変ったってテストの点数くらいじゃないの。大学生はたくさんあるんだってば」
「……ほとんど行ってないくせに」
ぼやいた夜都は自分のノートパソコンを開き、小説の続きを綴っていた。
「……ねぇ、ヤトさぁ、イルカは死んじゃうの?」
「……かもね」
「何だかどんどん暗い話になっていくわねぇ、あんたの。救いはあるのよね?」
「そんなの、分かんないよ」
「作者でも結末までは不明、か」
呟いたアリスに夜都は小説を書き進めながら問い返す。
「……どんな情報が入ったわけ?」
「おっ、ヤトも興味出て来たか」
「……他人を留守に張らせるくらいなんだから、相当なんじゃないのかって思っただけ」
にべもなく返答すると、アリスは手を払っていた。
「へいへい、ヤトは相変わらずねぇ。はい、これ」
モニターを覗き込んで夜都は眼鏡のブリッジを上げる。
「……爆弾魔ロギー、活動再開の兆しか……? 爆弾魔ロギーって、あの?」
「そう。ニューヨークを恐怖のどん底に落とし込んだ、ここ十年で最悪の劇場型の犯罪者だって言われているわね」
「その本人が? でも、確か記録上は……」
「そうよねぇ……この犯人、死んでるのよ」
そこで奇妙さが浮き立って来る。それと同時に、これがカタギの情報ではない確信も。
「……アリス、この情報はどこで?」
「旧市街地で待ち合わせしていたネットの知り合いにね。直接フロッピーをもらったわけ」
「……危ないよ、旧市街地は」
「分かってるわよ。でもまぁ、それくらいの危険は覚悟の上って事で」
夜都はブログ記事を注視していた。その中には爆弾魔ロギーらしき影を見ただの、その活動再開の兆しは警察が押さえているだのどれもこれも不確定な情報だが、その中に興味深いものを発見する。
「……煉獄門の爆破予告?」
「そっ。これだけが、どこか浮いているのはヤトでも分かる? 他のってどこか伝聞っぽいんだけれどでも、煉獄門の爆破って言う点でだけ言えばとても……」
「……劇場型犯罪者らしい、見地ね」
アリスは頷き、記事をアップしようとして、あれ、と首を傾げる。
「どうしたのかなぁ……。ネット回線が切れちゃっている……」
自分が指示したからだ。夜都はガーネットへと一瞥を向けていた。
彼女の観測霊が光回線を遮断し、その情報を組織へと送信している。
「あっ、やっと繋がった。何だったんだろ」
「きっと、何でもない事だよ。アリス、あんまり探っていると危ないかもよ?」」
「それ、あんたが言う? ハイスクールの身なんだから、もうちょっと身体には気を遣いなさいよね」
「大きなお世話」
言いつつ、夜都はコーヒーを抽出していた。芳しい香りにガーネットまでもこっちに注目する。
「おっ、ヤトのコーヒー!」
「……何だって、でも今さら爆弾魔ロギーなんだろ」
「さぁね。情報源は明かせないって事だし、それにどっちにしたって、あたしらにはもたらされる情報以外は存在しないでしょ。裏を掻こうったって意味がないのよ」
夜都はマグカップにコーヒーを注ぎ、アリスへと差し出す。アリスは受け取るなり、飲み干していた。
「ぷっはー! やっぱヤトのコーヒーは堪んないわ、マジに。詰めていたから余計にねー」
ガーネットにもコーヒーを手渡すが、彼女はドールだ。飲めと言われれば飲むが、飲むなと言われれば一生飲まない。
「……飲んでいい」
それとなく命じるとガーネットはコーヒーに口をつけてから、ゆっくりと舌を出す。
「駄目よ、ヤト。この子、猫舌だから。だから子猫ちゃんなんだけれどねー」
ガーネットに抱き着いたアリスにため息を漏らしつつ、夜都はアリスのパソコンの映し出した爆弾魔ロギーの記事を記憶していた。
「……劇場型の犯罪者がゲートを破壊する? でもそんなのって……」
「あり得ませんよ」
一蹴したミシュアに、ジキルは何故と問いかけていた。
「そうと言い切れるのですか、レディロンド」
「だってその事件、私も担当していましたから。まぁ、下の下の身分でしたけれどね。それでも覚えていますよ。配属されてまだ間もない頃でしたし、それにニューヨークでは知らない人間は居ませんでしたから。爆弾魔ロギー、ともすれば今世紀最大の劇場型犯罪者ですし」
アイスコーヒーに口をつけたミシュアに、ジキルはふむ、と一拍応じる。その隣にはエミリーが座り込んでおり、コーヒーの黒い液体面をじっと見つめていた。
「……こちらの国にも全くそのニュースが紛れ込まないわけでもありませんでしたよ。それくらい有名でした、ミスターロギーは」
「犯罪者にミスターなんてつける必要はないでしょう」
「でしたら、我々にも敬称は要りませんよ。契約者は人間とは違いますからね」
どこか人を食ったような物言いをするジキルに、あのですね、とミシュアは懇々と言い聞かせていた。
「……あんな無差別犯罪者と契約者は……違いますよ。違う……はずです」
「どうですかね。あなたが思うよりも我々は人でなしですよ。それはそのはず」
紙コップを持ち上げて会釈してみせたジキルにミシュアは言い返す。
「……契約者の人権は我々は最大限に確保するつもりです。それがどれほどの非人道的なものであったとしても、私はあなたを人でなし呼ばわりするつもりはありません」
これまで数多の契約者を観てきたつもりであったがジキルはまだマトモに思われた。それだけに彼女の言い回しがこの時ばかりは引っかかる。
「そうでしょうか? 我々は命じられれば迷いなく相手を抹消します。それと犯罪者、何が違うと?」
「……爆弾魔ロギーは自分の犯罪行為をしばしば、アート、と称していたと聞きます。自分の爆弾によって破壊される対象にこそドラマが宿り、そしてそのドラマの消費はニューヨーク市民の望んでいるものに違いないと。……傲慢の一言ですが」
「しかし、彼の行動理念に一定の法則めいたものがあったとするのならば、捕えるのはさほど難しくなかったのでは?」
「……ですね。そもそも爆弾魔ロギーはわざわざ“証人”を作っていたとも聞いています」
「証人……それはどういう仕組みで?」
「……趣味の悪い事ですよ。自分の計画に気づける第三者を設け、その第三者がどう行動したかによって、事件性を変えると言う……本当に心底性根の腐っている性格であったと言う事です」
「証人……自分の事件をわざわざ大衆に知らしめる、という意味でしたか。なるほど、確かに劇場型の犯罪者だ」
「それも悪い方向に、ですけれどね。……エミリーはコーヒーは飲まないので?」
どうにもさっきから向かい合っている自分達に対して、一人だけずっと傍観を貫いているエミリーが気にかかって仕方がない。
それを察したのか、ジキルが指をパチンを鳴らしていた。
エミリーがぴくりと動き、その目線をジキルに向ける。
「飲んで構わない」
その言葉で初めてコーヒーを認識したとでも言うように、エミリーが手を伸ばし、口をつけていた。
「……これが、ドールなんですよね」
「そうですね。命じなければ餓死さえもあり得る。だからこそ、ドールの扱いは慎重そのものにしなくてはいけない」
「……ニューヨーク市警の手に余るのでは?」
「彼女の観測霊は有効です。我々には少しばかり扱いやすくっていい」
それは契約者ならではの視点であろうか。いずれにせよ、コーヒーをちびちびと飲むエミリーを視界の中に入れて、ミシュアは問い返していた。
「……で、その爆弾魔ロギーの情報が何故だかここ数日間、このニューヨークでまことしやかに語られている、と」
「情報筋からの信頼のあるものです。我々はしかし、この国の人間ではないので、噂程度の犯罪者の心証は分からない。ですが、レディロンド、あなたは違うはず」
それも込みでの切り込みか。ミシュアはコーヒーの表層を覗き込んで口にしていた。
「でも、やっぱりあり得ないと思いますよ。もう死んだはずの犯罪者の噂が独り歩きして、それで今回の……」
思わず声を潜めたミシュアに対し、ジキルは何でもないように応える。
「ええ、ゲートの爆破、なんて事は。ですから余計に気にかかったのです。そんな事を仕出かす犯罪者だったのか、と」
ミシュアは爆弾魔ロギーのこれまでの情報を思い返そうとするが、もう終わった事件である。今さら思い出せる事など、当時の世相でしかない。
「……爆弾魔ロギーは何度も、テレビ局に情報の横流しでさえも行ってきました。自分の爆破はアートだと言い切った人間ですから、それくらいはやってのけた」
「今回はマスメディアには情報は流れていません。何せ、これはまかり間違ってもゲート案件です。国家の秤で判ずるべきところ。民間に任せていいものじゃない」
その点でも不自然と言えなくもない。爆弾魔ロギーの一連の行動原理に則するのならば、マスメディアに何らかの形での接触はあったはずだ。
「……あるいは我々が気づいていないだけで、もう始まっているのかも……」
そこまで口にしたところで飛び込んできたのはジャンであった。赤ジャケットを羽織り直し、彼は早口に言いやる。
「課長! ヤバい新情報が飛び込んできて……って、またですか。ズヴィズダーはいつになったら帰ってくれるんです?」
ジャンの明らかに邪魔者を見る目つきにジキルは肩を竦める。
「さぁ? 我々も帰りたいのですがね。どうにも帰還命令が出なくってしょうがない」
「ジャン、さっさと言いなよ」
ジャンの背中に付き従ってきたジェッツの急かす声にジャンは紙媒体に記述された情報を口にしていた。
「わ、分かっているっすよ、少年君。爆弾魔ロギーの、潜伏場所と思しき場所が特定されました」
その言葉に思わずミシュアは立ち上がって問い質す。
「本当か? 一体そこは……」
「で、なんですが……彼らの前で言っていいものか……」
言葉を濁したジャンにジキルは手を振る。
「居ないものと思っていただければ」
「そうもいかないんですがねぇ……。まぁとにかく、潜伏場所は旧市街地だと特定されました。ここ数日のゲート爆破予告に関しての裏が取れた形ですね。情報屋を何人か囲っていた様子で、その者達が広めていたようです」
「……だが我々は契約者犯罪専門だ。他の部署に回されるはずなのでは?」
「それが……これは挑戦、とも取れるんでしょうが、ゲートを破壊する以上はニューヨーク市警のうちに、わざわざ名指しで表明が来ているんです。部長は割とこれを重く見ているようで……」
要は指名されればさすがに微力でも動かないわけにはいかない、か。だがそれは劇場型の犯罪者の思うつぼではないのかとも感じていた。
「……本当に相手はあの爆弾魔ロギーだと言うのか? 死んだはずだろう?」
「ええ、それがちょっと妙って言うか……。情報屋を何人か捕まえたんですが、誰も爆弾魔ロギー本人は見ていないとの事で……」
「ロギーを騙る偽物、かもしれないとの事ですね」
結んだジキルの意見にミシュアは疑問を呈していた。
「ですが、この国の、しかもニューヨークに限定されたただの犯罪者です。いくら他国にも僅かながら情報が行っていたとは言えただの愉快犯……。騙るのにはあまりにも……」
そう、あまりにもお粗末だ。何故、今になって爆弾魔ロギーの名を借りてまでゲートの爆破にこだわる必要性があるのだろうか。
疑念が氷解しないうちにジャンは尋ねる。
「どうしますか、この事件。こっちで処理するよりも、当時の事件に精通している人間とかを当たったほうがいいかもしれませんし……。何せ、うちにはその情報が残っていませんよ。ロギーは確かに有名な犯罪者ですが、ゲートや契約者とはまるで無縁だったわけですから……」
「ジャンの言う通り……ここはかつての管轄に任せたほうが賢明だと思うが……」
「しかしゲートを爆破すると言うのでしょう? ならばレディロンド、あなた方が動かないのはおかしい」
言われてしまえばそこまで。しかしあまりにも不明瞭な点が多い。この事件は本当に、額面通りに受け取っていい事件なのだろうか。
「……エミリーの観測霊は、確か煙を媒介とするのでしたね?」
「ええ、それは……ああ、なるほど。エミリーならばほとんど証拠を残さずに、ロギーの足跡を辿れる、と。さすがはレディロンド、我々の扱いを分かっている」
「茶化さないでいただきたい。それに、この事件に関しては分からない事のほうが多いんです。下手に人員を割くよりも、まずは……」
「観測霊ならば相手に気取られる可能性も薄い。了解しましたとも。エミリー、やれますね?」
圧を感じさせないジキルの問いかけにエミリーはこくりと無言の肯定をしていた。
観測霊が放たれたのかどうかは一般人である自分には関知出来ないが、ジキルの口ぶりから何もしていない事はないだろう。
「……干渉が過ぎるような気もするけれど。この街の事件じゃないか」
ジェッツの正論にジキルはホットコーヒーを呷ってから言いやる。
「ですが、そっちだってミスターに付き従っている。ひょっとしてミスターの傍が心地いんじゃないのか、ジェッツ」
「馬鹿を言うなよ。こんな青二才、見ているだけでも危なっかしい」
「そ、それは言いっこなしでしょ! 少年君!」
帽子を目深に被り直したジェッツにジャンは思わず言い返す。その様子が何故だか微笑ましく、ミシュアはフッと口元に笑みを刻んでいた。
それをジキルが静かに指摘する。
「笑えるのですね、レディロンド」
「……可笑しいですか?」
「いえ、私達契約者は笑うと言う行為を久しく忘れた存在。……羨ましいのかも、しれませんね」
「羨ましい……笑える事が?」
「契約者は合理的に出来ている。嗜好品も、ましてや笑うと言う行為も、誰かのために悲しむと言う事も何も出来なく成り下がっている。それは合理的ではないから」
それは、とミシュアは口ごもる。
ジキルもジェッツも無頼漢を気取っていると言うよりかは、確かに欠落しているように思える事も多々ある。しかし、それは別段、人間として劣っているようにはどうしても思えないのだ。
むしろ、契約者とこうして組んでみて分かった事のほうが多い。
巷に噂される契約者のように、血と硝煙の臭いばかりに飢えた獣だけではないと言う事。そして何よりも、彼らもそこまで人間と大差ない存在であると言う事実――。
「……契約者と普通の人類……何がそれを分けるのでしょうか」
ふと、口にした問いにジキルはナンセンスと応じていた。
「それは契約能力ではありませんね。能力の有無だけでは我らの存在をうまく説明出来ないはずです。それに契約難民のように能力をひた隠しにして生きている者達も居る。契約者と人間を分けるのは、そう、それは考えの合理性でしょう」
「合理性……。でもジキル、あなた方はそこまで遠い存在とも思えなくって」
「それは我々がエージェントとして訓練したからにほかなりません。エージェントとして潜り込む以上、人間を演じなければならない側面もあるのです。いつでも合理的に、と言うのは無理に等しい。時には合理性を廃してでも、人間に徹しなければいけない任務もある。しかし、考えの奥底に、源流にあるのは確実にその合理的かどうかなのです。契約者の合理性を人類は獲得出来ていない。……ええ、そう。獲得出来ていないだけなのかもしれませんね」
「……まるでそれは……」
そこまで口にしかけて不意に携帯が鳴る。着信先は天文部の山里であった。
「失礼、何かあった?」
『何かあった、じゃないわよ。そっちから言い渡された命令なんだけれど。……天文部のドールを使わせて欲しいって。小間遣いになったつもりはないわよ』
思わぬ抗議にミシュアは声を潜め廊下へと出ていた。
「……こちらから命令? そんなものを下した覚えはないけれど……」
『じゃあ誰だっての? ニューヨーク市警の命令書でしっかりと、つい二十分前に厳命が来ているし。……もしかして、これって言っちゃまずかった奴?』
山里も勘付いたのか、ミシュアは首肯して廊下を歩きながら山里の状態を確かめさせる。
「……他に誰かが居る?」
『今は喫煙所だけれど……聞き耳を立てられないわけじゃないわね。ちょっと外に出てくるわ。あんたもその様子じゃ歩きながらでしょ』
「察しがよくって助かるけれどでも、追尾されていると思ったほうがいい」
『観測霊、か。そっちも窮屈よね。観測霊は一般人には見えないもの。あたしだって、天文部の自動追尾装置を介さなければドール達の観測霊を掻い潜る事だって出来やしない。……まぁ天文部の中でもプライベートルームじみたものはあるけれど、逆に怪しいってね。今、電線のない場所に居るわ。ここなら話せそう』
ミシュアは周囲を見渡す。煙らしきものを発せられるものは存在しない。
「……こっちも形式上は撒いたみたいだけれど、因果なものよね。誰も信じられないなんて」
『案外そんなものよ。トーキョーの地獄門はもっと酷いって聞くから。プライバシーなんて欠片もないってね。……で、単刀直入に言わしてもらうと、あんたのところから来た命令書、これでっち上げね?』
「……どうとも。部長はこの案件をゲート関連の問題にしたがっているし」
『この案件とやら、共通認識かどうかを確かめたいんだけれど、いい?』
「……舞い戻ってきた爆弾魔……」
呟いたミシュアに通話先の山里が参った声を出す。
『やっぱり同じかぁ……。でもだとしても、何か奇妙なのよね。どうして天文部とそっちの直属であるあんた達に、二度手間みたいな真似を取らせるのか』
「……こっちの情報網が信用されていない?」
『それも可能性の一つとも取れるけれど全部じゃないでしょ。あんたのところの契約者集団……ズヴィズダーだっけ? そっちの警戒じゃないの?』
確かにジキル達に情報を掴ませたくない、と言う理由ならば頷ける。それでも矛盾は起こるのであるが。
「……私がもう彼女達に協力を仰いでいる。何かが……おかしい……」
それも致命的な何かが。ミシュアは必死に探っていると、不意に通話先の山里の声が遠ざかっていた。
『……待って、何? ……何て言った? 分かんなく……』
「どうしたの? 声が遠い……」
『違う……。あんたのほうの声が遠く……。やられた……! ミシュア! あんたは出来るだけ遠くに――!』
その言葉が通話口で弾けるのと、爆音が膨れ上がったのは同時であった。
ミシュアは必死に問い質す。
「もしもし? もしもし! どうしたの!」
悲鳴と怒号が入り混じり、通話先がノイズに掻き消されていく。取り返しのつかない何かが起こった事だけが滑り落ちていく中で、ミシュアは携帯を取り落としていた。
「……何かが、私達の周りで、巻き起こって……」
硬直した自分へとジャンが廊下を駆けながら声を飛ばしてくる。
「課長! 緊急の伝令が入りました! 天文部で爆発事故が……、課長、まさか……」
絶句するジャンにミシュアは耳を塞いで瞼をきつく瞑る。
最悪の想定を脳裏に浮かべつつ、強く頭を振っていた。
「……まだどうにかなるかもしれない」
「課長? ……どういう」
「至急、ズヴィズダーの二人に連絡を」
「信用なるんですか? 観測霊を勝手に飛ばして――」
「だからだ。観測霊ならばこっちの伝令の速度を上回れる」
その意味するところを彼も理解したらしい。唾を飲み下し、緊迫の表情を強張らせる。
「……内通者、ですか……」
「今は語らぬほうが長生き出来そうだ」
そう口にしつつも、救えなかったもの一つに、ミシュアは奥歯を噛み締めていた。