DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第七章「灰色の薔薇は、追憶の色彩に濡れて…」(中編)
第六十四話 証人を得る


 

 ビルの屋上に位置するカフェラウンジから見渡せるニューヨーク新市街地の中で、黒煙が上がったのを確かに確認し、夜都はざわめく群衆を尻目にカフェの軒先に位置する止まり木で背中合わせのグレイに問いかけていた。

 

「……あれが例の」

 

「ああ、今回の標的だ。爆弾魔ロギー……」

 

 どこか、平時のグレイらしからぬ因縁の籠った声音に夜都は一瞬だけ気を取られたがすぐに尋ね返す。

 

「……ゲートの爆破を標榜していると聞いた。しかし、ニューヨークの煉獄門がどこに現れ、どこで消失するのかは完全にランダムのはず。掌握するとすれば……」

 

『それはなるほど、天文部、と言う事か。先んじられたな、紅(ホォン)』

 

 言葉尻を引き継いだブルックに夜都は何でもないように応じていた。

 

「……政府直属の機関を潰すなんて胆の据わっている相手だ」

 

「天文部はPANDORAから資金を得ている。……ある意味じゃPANDORAに対するこれは明らかな犯行声明。こんな大胆な事を思いつくのは奴しか居ない……爆弾魔ロギー……本当に生きて……」

 

『いつもの調子じゃないな、グレイ。今回は外れるか?』

 

「冗談言うな、ブルック。僕は命令をこなす。それよりも芋女、ガーネットと随分と仲良くしているそうじゃないか。ルームメイトと家族ごっこするほうが板について来たんじゃないのか?」

 

「……ガーネットならここに居る」

 

 呟いて夜都はミルクを混ぜたコーヒーを啜り、顎でラウンジの白銀に輝く鉄塔を示していた。

 

 グレイは忌々しげに口にする。

 

「……観測霊。そうやって契約者同士でヨロシクしているってのが気に入らないって言うんだ、僕は」

 

『……何かあったのか、グレイ。お前らしくもない。毒を吐くのは命令中はご法度だろうに』

 

「ブルック、お前もお前だ。任務中に命令違反を犯しておいて、のうのうと僕に説教を垂れる。そういうのが……ああ、クソッ。契約者って奴はこれだから……」

 

 グレイはいつものように新聞を広げてはいるが、それでも落ち着きがないのが窺える。夜都もそれとなく懸念を口にしていた。

 

「……危なっかしいと思っているのならば、今回は外れてもいい。そちらに益がないのなら、外れるのも一つのやり口だ」

 

「それは何だ、芋女。僕に上から目線で言い腐って……。どういうつもりだって言っているんだ。ただの殺人マシーンのくせに」

 

『そこまでにしろ、グレイ。……組織のサーバーから継続任務が降りた。ガーネットの光の観測霊ならば追跡出来る。爆発の大元を見つけたとの事だ。紅、お前と俺は先回りして爆弾魔を叩く。……しかし、契約者の跳梁跋扈するこの街で今さら劇場型の犯罪者を追えとは。時代錯誤もいいところだ』

 

「……それだけ上も見過ごせないんだと思う。ゲートを爆破するなんて正気の沙汰じゃない」

 

「そもそもゲートの存在をどこまで知っているかどうかにも関わってくる。機密情報に触れているのならばMEによる記憶消去も視野に入っているはずさ。……ME……あの腐れ技術か……」

 

「グレイ? 本当に何があった? らしくない」

 

「僕らしいってのは何だい、芋女。知った風な口を利くんじゃないぞ。組織はお前らなんて道具としてしか見ていない。人間モドキが偉そうに」

 

 立ち上がったグレイはしかし、ルーティンであるはずの時計を見る行為さえも忘れているようであった。苛立たしげにカフェを立ち去ったその背中にブルックが声を潜める。

 

『……もう一つ、俺達にのみ命令が下りている。爆弾魔ロギーとグレイは……かつて浅からぬ因縁があったらしい。その一部をお前にも教えておく。もしもの時には……』

 

「グレイを消せ、か」

 

 心得たこちらの言葉にブルックは先を促す。

 

『言っておくが、グレイはあれでも組織の中で重宝されている。それなりに価値はあると思われているんだ、俺やお前のような契約者よりもな。だから最終手段として取っておく。いいな?』

 

 有無を言わせぬ論調に夜都は無言を返す。ブルックは静かに語り始めていた。

 

『そもそも……グレイは警察官であった。奴は数年前の爆弾魔ロギーの最後の事件と言われるニューヨークのセンタータワー爆破の被害者だったんだ』

 

「被害者? 警察ならばその言い分はおかしい」

 

『……紅、爆弾魔ロギーに関して、教えておこう。奴は常に自身の爆破をアートと言い張り、そしてアートには証人が必要だと感じている……そういう劇場型の犯罪者であった』

 

「証人……」

 

『観測者が居なければ現象はただ過ぎ行くのと同じだ。ロギーはわざと自分に繋がる証拠を持っている人間を見出し、その人間の行動をトレースして爆破を楽しんでいた。愉快犯と言う奴さ。そういう頭のネジのぶっ飛んだ犯罪者であった。……グレイ……本名、ジョージ・ヘンストン巡査はその証人の一人として、ロギーの前に立つ事を許された人間だった。だが奴は撃てなかった。目の前に人でなしの爆弾魔が居ても、撃てなかったんだ』

 

 その言葉振りに夜都は今ももくもくと黒煙の上がる現場を一瞥する。既に無数の観測霊が放たれている様子であったが、どれもこれも混迷の一途を辿っているのは自身の肉体のあるはずの場所が爆破されたからか。

 

 どこか、青白い観測霊達は電線を伝いつつも帰るべき場所を見失って当惑したように宙を仰いでいた。

 

「……目の前に敵が居ても、撃てなかったのか」

 

 一拍の沈黙を挟みブルックは言葉の穂を継ぐ。

 

『……それだけじゃないさ。ロギーの用意した証人は二人であった。一人はグレイ、そしてもう一人は――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 証人は、と問い質している影に現着したミシュアは瞠目する。

 

「現地警察の……」

 

 思わず息を呑んだこちらに対して相手は落ち着き払っていた。

 

「これはこれは。市警の花形の」

 

「……ロンドです。どうしてあなた方が、先んじて……」

 

「犯行現場です。来ないほうがおかしい」

 

「ここは新市街地ですよ!」

 

 自分でも思いも寄らぬ大声が出てしまった。その声量にたじろいだ現地警察も居たが、元締めであるリッターはどこも気圧された様子もない。

 

「……情報が来ておるのです。動かないわけにもいかないでしょう。何せ、相手はあの爆弾魔ロギーです」

 

「……どうしてそれを」

 

「旧市街地にも回ってくるんですよ。あの爆弾魔が生きていたってね。穏やかじゃないでしょう。……当時を知る人間からしてみれば」

 

 ハッとミシュアはそこで気づいていた。

 

 そうだ、リッターは天国戦争以降に現地警察に身を落とした人間。現役時代にはそれこそ最前線で追っていなければおかしい事件でもある。

 

「……ですが、現地警察に新市街地は任せられません。これは越権行為です」

 

「……随分と噛み付きますな。平時のそちららしくない」

 

「それは……」

 

 言葉を彷徨わせているうちにジキルがぽんと肩を叩く。

 

「レディロンド、隠し立てをしてもタメにはならなさそうです。何よりも……黒煙の舞うこの犯行現場では一刻を争う。エミリー、生存者の位置を」

 

「そこと、そこ」

 

 エミリーが淀みなく指示をするお陰で救護班が急行する。その中には担ぎ上げた山里の姿も見受けられた。

 

 うろたえが伝わったのだろう。リッターはははぁ、と訳知り顔になる。

 

「なるほど、顔見知りですか。天文部に」

 

「……何か悪いですか」

 

「いえ、別に。しかし、天文部を爆破となると、それこそ穏やかではない。ドールは無事なのかどうかを確かめなくっていいので?」

 

「……ドールの維持は天文部……ひいてはPANDORAの立ち位置です。私達にはどうにも……」

 

「歯がゆいですな。彼らとて命でしょう?」

 

 そう言われてしまえば立つ瀬もないが、今はドールの命は度外視するしかない。

 

 しかし、とミシュアは言葉を継いでいた。

 

「……ここまでの規模の爆発なんて」

 

 想定していたよりもずっと、爆破の深度は根深い。天文部の一級の機材だけではない、普段はツタの生い茂る宿舎のほとんどが倒壊していた。

 

「どうやら爆弾は中にあったようですな。この倒れ方ならば、外から起爆したとは考えづらい」

 

「……内部に爆弾を?」

 

「奴の手筈は相当に見てきましたから、それなりに目利きには自信があるんです。何なら、現場検証のお手伝いもしますよ。何せ、我々は新市街地では邪魔者ですからね」

 

 皮肉めいた言い草に閉口しつつも、ミシュアは周辺をジャンに警戒させる。

 

 隣を歩むジキルが、おやと何かを発見していた。

 

「証拠品ですか?」

 

「いえ、これは……。時計、ですかね」

 

「時限式の……!」

 

 色めき立った自分達にジキルは手を振るう。

 

「いえ、ただの腕時計です。爆弾の信管もない、何の変哲もなさそうな」

 

 ジキルが青白い光を棚引かせ、物質透過で内部を精査したらしい。瞬時の判断に現場警察でさえも困惑しているようだ。

 

「……これがズヴィズダー……」

 

「なに、ちょっとした興味ですよ」

 

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