DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第六十五話 予兆を窺う

 

 現場警察相手に口元を綻ばせるジキルにミシュアはそれとなく注意する。

 

「……もしかしたら重大なものかもしれません。素手で扱うのは」

 

「ああ、これは失敬。ではどうぞ」

 

 手袋をはめて検分するに、本当にただの腕時計のようである。爆発の衝撃と灼熱で壊れたのか、ちょうど九時間前を指し示していた。

 

「……奇妙ですよね、これ。爆発で壊れたんなら、止まっている時間がおかしい」

 

「案外、重大な証拠品と言うのも嘘でもないかもしれませんね。それにしても酷い有様だ。爆破と言うのはどうにも……これだからいけない。品がないのですから」

 

「それは言いっこなしじゃありませんか。国家の命令とあれば要人暗殺、諜報何でも動く機密機関の人間の言葉じゃありませんな」

 

 リッターの糾弾にジキルは肩を竦める。

 

「手厳しい。しかし、重要な証拠品が見つかったのは喜ばしい事では? 何かがあった、それは間違いないのですから」

 

「と、言うよりも、です。ロギーの事件だって言うんなら、居るはずの人間が居ない」

 

 リッターは忙しく声を飛ばして部下達を統率しているが、それでも見つからないらしい。ミシュアは慎重に尋ねていた。

 

「……証人、ですよね?」

 

「ご存知でしたか。お若いので知られていないかと思っていましたよ」

 

「……こちらも伊達で警察をやっているわけではないので。でも、証人が居ない、となると……」

 

「ええ、事件の究明と、そしてロギーの今回の目的を探すのにはちょっとばかし苦労します。まぁ、見つかってもホトケの場合だって今までなかったわけじゃないんですが」

 

 担架に乗せて運ばれていく重傷者にミシュアは覚えず拳を握り締めていた。

 

「……こんな事、許されない……」

 

「冷静になったほうがいいですよ。ロギーは劇場型だ。アツくなったほうが負ける」

 

「……お詳しいんですね。ロギーの手口に」

 

「まぁ、そうですね。……こんな現場じゃ何ですが、吸っても?」

 

「まだ起爆の可能性があります。ご遠慮ください」

 

 ミシュアの冷静な声音にリッターは葉巻を仕舞いつつ、口火を切っていた。

 

「……爆弾魔ロギーは自分に課すルールを持つ。そういうタイプの犯罪者です。往々にして、己の中にルールのある犯罪者はその思考回路をトレースすれば追いつける……そう思いがちですが、大概にして頭のネジの逝っちまっている奴の脳内なんて探るだけ無駄と言うものです。だからここは、先んじて動くほかない。爆弾魔ロギーの事件は何件も追ってきました。そのうちに見つけ出したのは、この犯罪者は決して、頭の出来がいいわけではないと言う事です」

 

 並べられた言葉にミシュアは疑問符を挟む。

 

「……ですが、捕まえられなかった……」

 

「それは当時の技術の問題もありますし、天国戦争で国がごたごたしている時に一犯罪者に割けなかった人員もあります。世相って奴で許された犯罪者なんですよ、ロギーは。だから今の、醒めた脳内なら奴の考えってのは明け透けなんです。ロギーは誰かに見せるために爆破を行っている。ならば追うのはロギー本人よりもまずは、その目的です。誰に見せたくってこんな事件を起こして回っているのか」

 

「……爆弾魔ロギー復活の意図、とでも言うべきものですか」

 

 確かに妙だ。どうして少し前の、もう錆びついた事件がこうして息を吹き返す? それも当人の生存と、そして手口を巧妙に細工して。

 

 これではまるで見つけてくれと言っているようなものではないか。

 

 いや、それともまさか本当に、ロギーは誰かに見せるためだけに爆破を行っていると言うのか。

 

 そこまで考えてミシュアは頭を振る。

 

「……よく分かりません」

 

「分からないほうがいい。おかしな連中の考えなんて。問題なのは契約者の追跡を任務にしている天文部のダメージでしょう。これで当分、煉獄門の察知が出来なくなったのでは?」

 

「それは……」

 

 確かにその通り。この一件で一番のダメージを被ったのはPANDORAと、そしてこの国で契約者を追う任に就いている者達であろう。

 

 一時的に麻痺された煉獄門の捕捉に意味を見出すとすれば――。

 

「……この犯行は、契約者絡み……?」

 

「そうとも言えるし、そうでないとも言えますな、今のところは。ですがロギーが権力にへりくだるとは考えづらい。それこそ劇場型犯罪の名折れでしょう。奴ならもっと面白い方向に向く」

 

 思わぬ言い草にミシュアは眉根を寄せる。

 

「……面白い? 犯罪に面白いも何も……」

 

「ですが、そうなのです。奴の思考回路をトレースするのならば、まともな倫理観は捨て去ったほうがいい。まずロギーの特徴は一つ。目立ちたがりのくせに事、証人関連に絞ってみるとやたらと慎重だ。証人選びに、奴はこだわっていた。それはまるで自分の犯罪を目に焼き付ける人間をこの世で選ばれし人間だとでも言っているかのように」

 

「……狂った犯罪者の戯れ言です」

 

 少し怒りが伝わったせいだろう。リッターは僅かに口角を吊り上げていた。

 

「ですが、当方の追っている契約者やそちらの追う契約者だってそういう選民意識、ないわけじゃないんじゃないですか? 奴らは選ばれし人間だと思っている。その根底に流れるのは、同じ血……」

 

「ロギーと契約者は同じだって言うんですか」

 

「違うとすれば、合理的かどうかでしょうな。契約者は合理的な犯罪行為以外には手を染めないが、ロギーは完全に非合理性を追求したかのような存在。対極、と位置付けていいでしょう。契約者関連の犯罪を追っているとその点で違ってくる。奴らは本当に――ただの殺戮マシーンだ」

 

 その言葉尻にミシュアは横目でジキルを確認するが、ジャンと同行する彼女らは別段気に留めた様子でもない。

 

 ここまで明け透けな敵意であっても、合理的でないのならば怒りも感じないのだろうか。

 

 あるいは挑発行為に乗るのは非合理だからかもしれない。

 

「……ロギーは、ただの犯罪者。契約者とは違う」

 

「それこそが付け入る隙のような気はしますがね。契約者じゃないのなら、不可思議な術で逃げ回られる心配もない。ロギーの五体はただの人間のそれ。そう考えると少しは気は楽になる」

 

 確かに契約者犯罪に比べれば実在する犯罪者など児戯に等しいのかもしれないが、今回は狙われた場所が自分にとってあまりにも許容出来なかった。

 

「……それでも、犯罪には変わりありません。心ない犯罪者である事は……」

 

「おや、しかし契約者を追う事に関して、一度として例外は見受けられません。発見次第射殺もやむなし。それはこのニューヨーク市警のルールでしょう」

 

 リッターの言葉繰りにミシュアは歯噛みしていた。言い返したいのに、返せるだけの度量も、ましてや中身も自分にはなかった。

 

 これまでもそうだったのかもしれない。

 

「契約者だから」、「契約能力だから」で済ませてきた事柄も、紐解くのならばそうだ。

 

 契約者じゃない、人間の起こした殺傷事件だと認知していれば、自分の動きは違った可能性はある。

 

 事ここに来て、どうして思い知らされるのだろう。

 

「……ロギーを追う事に、私は私情を挟んでいる……」

 

「仕方ありません。顔見知りが重傷となれば」

 

 だがリッターの言葉を借りるのならば、ロギーはそこに付け入る。

 

 証人と呼ばれる狂ったルール。それに爆弾魔と言う眼に見えた脅威。それらがミシュアの平時ならばまだ正常な判断力を鈍らせていた。

 

「……少し、風に当たって来ます」

 

「どうぞ。そうだ、我々は捜査しても?」

 

「……ご勝手に」

 

 どこかやけっぱちにそう言ってしまったのは、ロギーに対して考えている自分の煮え切らなさが処理出来ないせいだろう。

 

 その時、現場を荒らすな、と怒声が飛んでいた。

 

「失礼。対価なもので」

 

 地面にジキルがスプレー缶で抽象画めいたものを描いている。それを諌めようとする現地警察をジャンが遮っていた。

 

 対価を払い終えたジキルは真っ直ぐにこちらへと歩み寄り、小さく言葉にする。

 

「らしくないですね。感情的だ」

 

「……友人が巻き込まれましたので」

 

「ですがそれは別段、これまでだってそうだった。危険性はミス山里も認識していたはず。なのに何故、今回は割り切れないのですか。レディロンドらしくない」

 

「……私らしいって何ですか。契約者なのに……」

 

 そこまで言ってから失言だったとハッとしたミシュアはジキルへと振り返っていたが、彼女は肩を竦める。

 

「まさに。返す言葉もない」

 

「……すいません。せっかくの協力体制を敷いていただいていると言うのに……私って……」

 

「いえ、むしろ少し新鮮なくらいです」

 

「……新鮮?」

 

 ジキルはまだ黒煙の燻る爆心地に視線を投じて口にする。

 

「あなたはどこか、人間とは思えないほどの判断力を発揮する時もある。そんな時、私はたまに思うのですよ。――レディロンド。あなたが契約者ならば、よかった、とも」

 

 想定外の言葉にミシュアが面食らっている間にもジキルは続ける。

 

「だってそうでしょう? 契約者なら、考えている事は大抵同じ。食い違いがあったとしても、そこにある判断基準は合理的かどうかだけ。……私はこれでも当惑しているのですよ。非合理を貫くあなた方に。そして今のあなたにも。友人の窮地に心を痛める事の出来るあなたが……どういうのでしょうね。とても彼岸に居るように思えるのですが、しかし同時にとても近くに居るようにも感じる。こんな感覚は初めてなので戸惑っているのです」

 

 ジキルの独白にミシュアは呟いていた。

 

「……契約者でも、そんな事が……?」

 

「契約者だから、解らないのかもしれませんね。当たり前の感情とやらが。そこが我々契約者の持つ欠点なのかもしれません」

 

「欠点……長所ではなく?」

 

 こちらの疑問にジキルは微笑む。

 

「契約者は人間じゃない。人の形をしているだけの殺戮マシーン……ですか?」

 

 先ほどのリッターとの会話はやはり聞かれていたらしい。どこか羞恥の念を感じつつミシュアは応じる。

 

「……今回の事件の爆弾魔は……まともな人間ほど、冷静でいられなくなるみたいです。劇場型の犯罪者であり、人間を道具以下だと思っている」

 

「ですがそれは、あなたの隣にこうして立っている私も同じかもしれませんよ? いや、それ以下かも」

 

「そんな事――」

 

 言いかけて、あるわけないとも言えないのだ、と硬直する。

 

 ズヴィズダーは某国の諜報機関。命令とあれば暗殺であろうが国家転覆であろうが画策する存在。その一員であるジキルがまともなはずがない。

 

 言葉を彷徨わせたミシュアにジキルは一つだけ、と指を立てる。

 

「あまり根を詰めないほうがよろしい。そうでなくとも煉獄の契約者との戦いで我々は消耗している。何なら現地警察に任せてもよいのでは? 人間の捜査のエキスパートなら、別段代わり映えはしないでしょう?」

 

「……ですが、新市街地の事件で……」

 

「それは建前じゃないのですか?」

 

 見透かされているな、とミシュアは首を横に振っていた。

 

「……ですよね。結局私は、友達一人守れやしない事に、腹を立てているだけなんです」

 

「腹を立てるか……契約者にはないですね、それは」

 

「いずれにしたって天文部を狙った攻撃です、これは。PANDORAや他の国家の諜報員が動き出す前に重要物資は運んでおかないと。……国家機密ですから」

 

「それもいいでしょう。しかして、前回の疑似ゲートのようにイレギュラーが起きないとも限りません」

 

「……エリック西島氏のような……PANDORA側からの内政干渉」

 

 畢竟、警察組織に過ぎない自分達はこういう時に足枷だ。もしズヴィズダーだけの独断が許されていたのならばもしかするともっと早くに解決出来るかもしれないのに。

 

「おや、気にされていますか? ……まぁ、彼の者達はそうそう動きはしませんでしょう。問題なのは、天文部が一時的とは言え使えなくなる事。今回のメインとする相手はただの爆弾魔かもしれませんが、その期に乗じて跳梁跋扈する契約者が居ないとも限りません」

 

「……でも、どうすれば? ドールによる監視なんて……」

 

「ドールならここにも居ますので。エミリー」

 

 名を呼ぶと、じっと佇んでいたエミリーが歩み寄ってくる。その瞳は相変わらず奈落の光を湛えていた。

 

「……まさかエミリーを天文部のドールの代わりに?」

 

「いけませんか?」

 

「……と言うよりも部門が違うのでは? だってエミリーは元々、契約者ビジネスのための……」

 

「ですがドールはドールです。この僅かながら隙だらけな時間、エミリーに見張らせておくのも悪くはないでしょう」

 

 一拍の逡巡を挟んだ後に、ミシュアは怪訝そうに問いかけていた。

 

「……信用は?」

 

「おや、これは珍しい。レディロンドがそう仰るなんて」

 

「……何せ、元は敵のドールです。心配はしておくに越した事はないでしょう」

 

 エミリーが完全にこちら側に寝返ったとも思えないのだ。だからこその慎重さでもある。

 

 しかしジキルはこちらの腰の重さを一蹴していた。

 

「ご心配には及びません。エミリーは優秀なドールです。それに、ドールに反逆心なんてありませんよ。それはご存知のはずでは?」

 

「それは……」

 

 言葉に詰まる。ドールはただの受動霊媒だ。契約者からしてみても、ましてや人間からしてみても道具に過ぎない。

 

「ではこの辺りの走査を行います。しばらくは慣れるまで時間がかかるでしょうが、なに、エミリーは利口ですよ」

 

 ドールに利口も何もあるものかと返しかけて、言葉を飲み込んでいた。

 

「……問題なのは時間も、な気がします。爆弾魔ロギーの犯行ペースは不明瞭ですが、そこまで時間をかけるとは思えない」

 

「それはなるほど、確かに。殊に天文部、国家機関を狙った一種のテロ行為です。捜査の集中を狙っているのか、はたまた別の目論見か……」

 

「何です? 別の目論見って?」

 

「いえ、これは憶測です。あまり話すものでもない」

 

 いずれにせよ、現状を打破するのにはエミリーに天文部のドールの代行を頼むしかない。

 

「あっ、ちょっと少年君! 危ないじゃないっすか! 先行して!」

 

 ジャンが現地警察に混じって物品を検分するジェッツへと注意するが、当の本人は聞く耳もないらしい。

 

「……爆弾がない。それどころか、それっぽい物品も。何だか……妙だ」

 

「おや、ジェッツ。何か気が付いた事でも?」

 

「……まだ確証に至っていない。だから言わない」

 

「言ってくれって……。どうにも契約者は確信しないと言わない悪癖があるみたいっすね……」

 

「ジャン、君だってそうだろう? 確実な手以外は打ちたくない」

 

「……まぁ、そりゃあそうですけれど。でも、課長。納得出来ますか? 新市街地で現地警察の連中に幅を利かされて……!」

 

 ジャンの言わんとしている事はよく分かる。だが分かるからと言って同意と言うわけでもない。

 

「……リッター警部は我々よりも遥かにロギーに関して知っている。なら、それを静観するのもまた、仕事かもしれない」

 

「正気ですか? 現地警察ですよ! ……連中、契約難民とツーカーだからって……」

 

「あまり過ぎる言葉を吐くものでもありませんよ、ミスター。案外聞こえているものです、そういうのは」

 

 諌められて、ジャンは肩を落とす。

 

「じゃあどうだって言うんですか。俺達に何もするなって?」

 

「……時が満ちるまで待つ、では駄目ですか?」

 

 ジキルの発案にジャンがはぁ? と目に見えて嫌悪感を示したが、ミシュアはその案に乗っかっていた。

 

「いや、案外それでいいのかもしれない。まだ……パーツが揃っていない気がする……。この状態で喚いたって仕方がない」

 

 大仰にため息をつき、ジャンは現地警察を一瞥する。

 

「……重要な証拠を取られれば堪ったもんじゃ……」

 

「だが相手もそれなりにプロだ。今は……互いの善性を信じよう」

 

 だがそれがなくなった時にこそ、喰らい合いが始まるであろう事は容易に想像出来た。

 

 

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