DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第六十六話 過去を清算する

 

 望遠鏡を手に標的となった建物を仔細に観察する。

 

「ロギーは下調べだけは万全にするタイプだ。だって言うのに……何だこの違和感は……」

 

 天文部はPANDORAの管轄に近い。ともすれば国家転覆を企てているようにさえも映るだろう。なるほど、組織が厳命を下すわけだ。

 

「……だが、それはお前の本意か? 爆弾魔ロギーとしての……」

 

 呟いて、何を分かった風な事を、と自嘲する。

 

 自分は爆弾魔ロギーの証人でありながら、もうその権利を剥奪された存在。

 

「……なんて事はない、あの時撃てなかった、その悔恨を僕はまだ……」

 

 その時、視界に中に入った捜査官の横顔にグレイは驚愕していた。

 

「……リッター警部……何で……」

 

 まさか、と思い確認するが、自分の見知った厳めしい相手は記憶の通りだ。

 

 歩み出しかけて、いや、とグレイは躊躇する。

 

「……リッター警部が今も警察を続けていたとしても、僕には会わないほうがいいはず。組織に目を付けられてしまう」

 

 だが、現状のままでも恐らくは組織は排除リストの中にリッターを加えるだろう。そうなってしまえば巨大なる組織のやり口に自分のような小間使いの構成員が差し挟める口はない。

 

「……出来るだけ自然を装って、向こうが勘付かなければいい」

 

 グレイは現場検証も兼ねて黒煙のまだ燻る天文部跡へと歩んでいた。相手が気づかなければいい。そう思っていた目論見はしかし、最悪の形で外れる事になってしまう。

 

「……おい、待て。そこのお前、ここは現地警察が仕切って……」

 

 そこで相手も自分を認めたのを関知する。リッターは一歩後ずさり、まさかと息を呑んだようであった。

 

「……お前、ヘンストンか? 何でここに……いや、そもそもお前はもう、ニューヨークから離れたって聞かされて……」

 

「リッター警部。まだ僕の事をお分かりで……?」

 

「当たり前だろうが……! ……俺の部下の中でもお前は……ロギーに……。いや、ここでは駄目だな」

 

 冷静になったリッターは周囲を見渡す。

 

 恐らく配置されているのは現地警察の者達であろう。その集団の中に見知った影をグレイは発見していた。

 

 ――いつかの契約者集団が混じっている。

 

 喪服の女と帽子を目深に被った少年は契約者のはずだ。

 

 ならばドールを介してこちらの会話は聞かれてしまうだろう。グレイはそれとなくリッターへと囁いていた。

 

「……ここでは、お互いにまずいとは思いますが」

 

「そうだな。おい、お前ら! ……俺は一旦旧市街地に戻る。捜査は続けておけよ。ニューヨーク市警の花形さんの邪魔にはならんようにな!」

 

 怒鳴りつけ方もまるで自分のよく知る過去と同じ。

 

 命令された部下達が忠実にそれを守るのを尻目に、リッターはタクシーを呼び止めていた。

 

「……悪いな。新市街地では奴らの眼がある。そうじゃなくっても、ニューヨーク市警の花形さんが囲っている契約者が居てな。もしかしたら筒抜けかもしれん。それくらい、物騒に成り下がっちまったんだ。今のニューヨークは……。お前は、いつ戻って来たんだ?」

 

「……つい数日前に。その、見知った事件が起こっていると、友人伝手に連絡が……」

 

「……よもやよもやと言う奴だ。ヘンストン、言っておくがもう警察を辞めちまったお前には関わって欲しくねぇし、それに何よりも……。お前はあの時、この世の不条理を痛いほどに知ったはずだ。これ以上深入りしないほうがいい。戻れなくなるぞ」

 

 その警句はもっと早くに言って欲しかったと思いつつ、グレイはリッターへと煙草の火を差し出す。

 

 リッターの葉巻から煙い紫煙がたゆたい、静かな語り口調で彼は話し始めていた。

 

「……おかしいとは、思っていたんだ。だがある意味ここで確信に変わった。ヘンストン、あの事件は終わっちゃいねぇ。爆弾魔ロギーはまた、このニューヨークで牙を剥いた」

 

「……そんな事って……」

 

 無論、想定内。だが驚愕を演じる。

 

 リッターは重々しく頷いていた。

 

「信じられんと思うが確定だ。ロギーの犯行には違いないんだが……どうにもおかしいのが一つだけ。証人が居ないんだ、今回の事件には」

 

「……爆弾魔ロギーは証人を作る劇場型の犯罪者……」

 

 事前情報をそらんじると、リッターは首肯する。

 

「そうだ。そしてあの最後の事件で、お前は証人の一人であった。ともすれば、あの事件の延長線なのかもしれん。今回、ロギーの事件で欠けているのは証人の部分だが、それもお前に向けて、ならば頷ける」

 

「……ロギーはまだ、僕が生きていると知って?」

 

「あるいは、もう一人の証人に向けてなのかもしれない。……俺は滅多に新市街地には出ないんだが、彼女の生存だけは関知している。証人が二人とも生きている稀有なケースだ。ロギーはこの最後の事件を終わらせにやってきたのかもしれないな」

 

「……僕と彼女、どちらかに見せつけるために」

 

「あるいは両方か。いずれにしたって、ヘンストン。もう現場には顔を出すな。故郷のお袋さんが心配するだろう? 警察なんざ権威は地に堕ちて久しい。今のニューヨーク市警は契約者相手に尻尾を振る、プライドも何もかもを失った連中の集まりだ。そんな腑抜けな奴らに、この事件は解けん」

 

 リッターなりの矜持なのだろう。グレイはリッターの語り口調からそれほどの情報は行き渡っていないのを確信していた。

 

「……契約者の人数は? どうしてあの建築物を狙ったのでしょう」

 

「そんな事、教えられるかよ。守秘義務だ。ここまで言ったのは、線引きのためさ。もうこれ以上、顔を見せる事も、ましてや俺に関わっても来るな。ロギーの事件は危険だ。そこいらの契約者の事件よりもな。だからお前は、もう……ケジメをつけなくったっていい」

 

 それは自分に課せられた澱をもう解けと言っているのだろう。相変わらず部下思いの論調だが、しかし、もう自分は踏み込んでしまった。踏み込んだがゆえに戻れない。

 

「リッター警部。僕はもう、あの時撃てなかった灰色のままじゃないんです。今度こそロギーを――この手で殺す。そうじゃなければ何のために、僕は今日まで生きていたんだ」

 

「ヘンストン? 滅多な事を言うもんじゃ――」

 

 そこで言葉が不意に途切れる。首筋に当てたのは忌々しいMEであった。

 

「……お前」

 

「組織は僕にやれと言っている。過去の清算くらいはしろと。ならば、僕は……もう逃げない」

 

「ヘンストン! お前、まさか……!」

 

 リッターが意識を失う。グレイはタクシーの運転手に目配せしていた。

 

 全て見ていたはずの運転手は何でもないように告げる。

 

「行き先は?」

 

「……ニューヨーク旧市街地……旧センタービル跡へ。僕は思い出さなくっちゃいけない。この事件から、もう逃げられないのだと」

 

 運転手はハンドルを切り、旧市街地へと向かうルートを辿る。

 

 グレイはかつての上司へと言葉を投げていた。

 

「……この事件だけはこの手で終わらせる。そうじゃないと僕はいつまでも……灰色のままなんだ」

 

 

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