DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第六十八話 対立をはかる

 

 センタータワー跡地は人気もまばらで、隠れるのにはもってこいに思われた。

 

 旧市街地に赴く人間はただでさえ少ないのに、今は天文部の爆破に気を取られている。

 

 大勢の人間の興味はそちらに削がれている以上、現時点ではノーマークに等しい。

 

「……僕を呼んでいるのか、ロギー……」

 

 懐に隠した拳銃を確かめ、グレイはセンタータワー跡地に建てられた慰霊碑と、そして旧市街地を見渡せる比較的新しい施設へと足を進めていた。

 

「ロギーなら……街を一望出来る場所を押さえるはずだ」

 

 ロギーの思考回路はあの日からずっとトレースしている。今さら読み違えるはずもない。

 

 階段を上る最中、静かに、と制する自分の理性とは裏腹に爆発しそうなほどに高鳴っている鼓動を感じていた。

 

 ――ずっと、夢見ていたのだ。

 

 この手でロギーを、あの日の自分に銃弾でケリを付ける。

 

 それだけを目的にして生き永らえて来たと言っても過言ではない。警察を辞め、組織に属したあの日から。

 

「……そうだ。よくよく考えれば僕は何で……組織に……」

 

 ただの劇場型の一犯罪者の生き残り。どうして組織に勧誘されたのか、今となってはよく覚えていない。

 

 それでもこの事件がきっかけなのは間違いないのだ。

 

 鉄骨じみた階段を上り切り、グレイは望遠鏡を覗き込んでいる人影へと照準していた。

 

「……爆弾魔ロギーだな?」

 

 相手は応じない。

 

 それとも、昔の証人など忘れてしまったのか。

 

 ならば思い出させる、とグレイは拳銃を一射していた。

 

 銃弾がガラスにめり込む。それでも相手はこちらを一顧だにしない。

 

 しかし、その背格好は忘れもしない。

 

「……僕を覚えているか、ロギー。あの日、僕に灰色なんて立ち位置を決定づけさせた、お前の最後の事件の証人だ。だが残念だったな。僕はまだ生きているし、彼女だって……。ロギー、よく回る舌も失ったか? 黙っているのなら頭蓋を撃ち貫く」

 

 しかしこちらの警句に対し、ロギーは静観のスタンスのままであった。

 

 グレイは一歩ずつ、相手の背中に近づく。

 

「……お前を殺す日をずっと待っていた。今か今かと。僕は……この日を迎えるために生き恥を晒してきた」

 

 じり、と着実に接近する自分に対して、ロギーは硬直したように動かない。

 

 舐めているのか、ともう一発、今度は足元に撃ってやった。

 

 そこでようやく身じろぎする。

 

「撃てない僕は灰色だと言ったな? ……もう灰色を気取るつもりもないさ。ここでお前を撃って、黒になればいい。そのほうがお似合いの結末だ」

 

 今度こそ間違いなく、自分はロギーの脳天を貫くだろう。

 

 その確証はあった。何よりも、どれだけ腕に自信がなくとも外さない距離だ。グレイは慎重に照準し、そして最後通告を突きつける。

 

「……天文部を爆破して、何のつもりだった? またアートとか言うつもりか。……うんざりなんだよ、お前の価値観なんて。お前のせいで人生を狂わされた人間を何人も見てきた。僕はその終止符を打ちに、ここまで来たんだ。お前を、ここで……」

 

 ――だが、この胸に湧いた違和感は何だ。

 

 グレイは仔細にロギーの後ろ姿を観察する。

 

 背格好はあの日とほぼ同じ。それに相手を食ったような態度も。だが、一度として相手は振り向いて来ない。

 

 それはあの夜に自分と真正面から対峙する事で自分の人間性を瓦解させた愉快犯と同じと断ずるのには、少しばかり足りなかった。

 

「……こっちを向け。後ろから撃ってもいいが、懺悔くらいは聞いてやる」

 

 その時、相手はすっと左手を掲げていた。まさか、今さら命乞いか、と神経を逆撫でされたグレイはしかし、その時計に息を呑む。

 

「……僕の時計……」

 

 自分の付けているのと全く同じタイプの腕時計に硬直したその時、不意にロギーは振り返っていた。

 

 果たして、それはロギーではなかった。ロギーの背格好に酷似した――ただの人間。

 

「……どういう事だ……。お前は、ロギーじゃ、ない……?」

 

『あるいは、ロギーなんて犯罪者は最初から存在しなかった、か』

 

 響き渡った通信音響にグレイは周囲に警戒を巡らせる。

 

「……どういう。お前は、僕の人生を狂わせた! 大犯罪者のはずだ!」

 

『随分と買ってもらっているね。だが、目に見えるものだけが真実とは限らない。時計はいい。きっちり、きっかりと、時間だけは守ってくれる。それはあの日から時間が経った事と、そしてあなたがもう、あの日の自分から遠くかけ離れている事を意味している』

 

「黙れ……ッ! ただの爆弾魔が僕に高説を説くか……! 僕はあの日とは違う! もうお前を撃てる……!」

 

『なら、何故私が姿を現さないのか、それも分からないかな? 爆弾魔ロギーとは一体何なのか。そして、その迷宮に一度でも堕ちた以上は、あなたはもう脱出する事は出来ない』

 

「……何を言っている……。もう灰色とは言わせない! 卑怯にも隠れて……本体はどこに居る!」

 

『それはどういう証明となる? 爆弾魔ロギーは死体すら見つからなかった』

 

 その途端、ただの人間であった人影に宿ったのは青白い光であった。

 

 骨格が変形し、めきめきとそのシルエットが変わっていく。

 

 グレイは瞠目していた。

 

 一瞬の後に、その姿は忘れもしない、あの日の爆弾魔ロギーに早変わりしたからだ。

 

「……ただの、人間だったはず……」

 

『爆弾魔ロギーは今まで、一回として逮捕された事はない。それは何故なのだか、考えた事はないのか? ロギーなんて犯罪者は最初から、存在すらしていない。ロギーと言う名の爆弾はあったが、ね』

 

「ロギーと言う名の、爆弾……?」

 

 問い返した瞬間、ロギーの姿を取った相手の皮膚が焼けただれていく。

 

 咄嗟の判断でグレイは身を伏せ、直後に爆ぜたロギーの似姿に絶句していた。

 

 爆発の規模は小さいが、今のは間違いなくロギーの得意とする爆薬の質と同じ。

 

 ならば何故――否、これまで追っていた爆弾魔ロギーとは何なのか。

 

「……お前は、何だ……」

 

『時計はいい。ぴったり、その時間をはかってくれる』

 

「お前は何だと聞いている! 爆弾魔ロギーは単独犯ではなかったのか!」

 

 立ち上がりかけて、飛び散った破片の一部が肩に突き刺さり、コートに血を滲ませていた。

 

 呻きつつグレイは頭上を仰ぎ見る。

 

 展望台からカツン、カツンと冷たい足音を立てて降りてくる影に、銃口を向けていた。

 

「……嘘だろう……」

 

 その人影が闇から露わになる。

 

 それは、病室に居るはずのペニーであった。

 

「……何で君が……」

 

「ヘンストンさん、いいや、灰色のキミ。ボクに会えて、嬉しいとも思わないんだね」

 

 声の調子が不意に変異する。

 

 それは明らかに、あの日、自分を挑発したロギーそのものの声音であった。

 

「……何が、どうなって……」

 

「爆弾魔ロギーはただの愉快型の犯罪者ではなく、別種の目的を帯びた存在であった、と考えた事は?」

 

「……そんなはずはない! 奴の犯罪歴を見る限り、それはないはずなんだ! 奴はただ、アートと称して愉しむためだけに……!」

 

 そうだ。爆弾魔ロギーはまだどこかに潜んで、ペニーを裏で操っていると考えたほうが得心もいく。

 

 しかし、ペニーはフッと笑みを浮かべてその考察が無意味であると返答していた。

 

「探したって無駄だよ。ボクは言ったはずだ。証言をする者が必要だと。その役割が、キミであり、そしてこの身体――ペニー・ヒューストンであった、と言うだけの話」

 

「……何を言っているんだ、ペニー……。君は、病気を患っていて――」

 

『――とんだペテン師であった、と言うだけの話だ、グレイ』

 

 差し挟まれた声と共に、空間を疾走したのは見知ったクナイであった。ペニーは瞬時に身体を折り曲げてその一撃を回避する。

 

 眼前に降り立ったのはニューヨークの赤ずきん――。

 

「紅……どうして……」

 

「物好きな契約者の言葉の裏を取れば、まさかこんなものに行き着くなんて思いも寄らない」

 

 紅は殺気を研ぎ澄ませ、クナイを逆手に握り締める。

 

 ペニーはそれをせせら笑っていた。

 

「ああ、ボクに到達したんだ? ニューヨークの赤ずきん。しかし、おかしいなァ? 証拠は消しているはずなんだけれど」

 

「記憶には残らずとも、記録には残る。ペニー・ヒューストン。お前の足取りを追えば、自然と見えてきた。爆弾魔ロギーのやり口と、そしてその法則性が」

 

「……まさか赤ずきんに追われるなんて思わなかったな。それとも、ボクがちょっとずさんだったかな? ヘンストン、いいや、灰色のキミに温情を与え過ぎたかも」

 

「どういう、事なんだ、紅……。彼女は何なんだ……」

 

 混乱に駆られるグレイに、紅は向き直って声にしていた。

 

「……全て、仕組まれていたんだ」

 

 

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