DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第七章「灰色の薔薇は、追憶の色彩に濡れて…」(後編)
第六十九話 不出来を恨む


 

「どういう……それは推理でも何でもない」

 

 声を荒らげたミシュアにジキルは報告書を読み上げていた。

 

「ですが、これが祖国の調べ上げた真実なのです。爆弾魔ロギーはとある組織に買い叩かれた契約者、ペニー・ヒューストン。その能力は物質の変容。可笑しな話ではあると思ってはいたのです。爆弾をどこから買い付けたわけでもなく、急に用意する手際。そのルートが依然として割れないという前情報。しかし、ロギーは証人と呼ばれる人間を残す。それが劇場型犯罪者である事を際立たせていましたが、そうではないのです。逆転の発想ですよ。そうやって異常者を演出してきた。任務を追跡させないために、犯罪者でしかない、というラベルが必要であった」

 

「……ロギーが、犯罪者でも何でもなく、契約者……? でも……! 合理的じゃ、ないんじゃ……」

 

「いいえ、とても合理的ですよ。破壊を命じられた場所を爆破するのに、普通にやれば、それはテロとなるでしょう。ですが、劇場型犯罪者と言う前提条件を持って来れば、契約者絡みの犯罪として追うのは難しくなってくる。そして何よりも……契約者は合理的、これがある意味ではこの事件解決の足を引っ張っていた。劇場型の犯罪者なら、それは契約能力も何でもない、ただの人間なのだと。そう誤認させる事こそが、真の目的。そしてロギーは年月を経て再び解き放たれた。これには諸説ありますが、我々の活動も噛んでいる事でしょうね。煉獄門の出現と、我らズヴィズダーの活動の活性化こそが、ロギーを復活させてしまった」

 

「でもそれは……誰のせいでもない……」

 

 そう搾り出したミシュアの言葉に、ジェッツはつまらなさそうに声を寄越す。

 

「そんなの、結果論だ。契約者は物事の前後関係よりも、結果を重視する生き物。だから、爆弾魔ロギーはこれまで、契約者関連の事件だとは思われていなかった。何せ、彼の……いいや、彼女の、と言うべきか。彼女の事件には契約者には不要なはずの動機が存在する。それこそが、爆弾魔ロギーと言う犯罪者と契約者犯罪を分ける物だったんだけれど」

 

「ここに来て、爆弾魔ロギーは明らかに、契約者関連の施設を襲ってきた。一般的な劇場型犯罪者の、確かに出過ぎたパフォーマンスと言えばそこまでですが、しかし、我ら祖国の諜報部門は何も迂闊ではない。それに、この国にも面白い逸材が入って来たとの報告もあります」

 

 ジキルが差し出したのは、一枚のファックス。そこには「EPR」の組織名。

 

「……イブニングプリムローズ……契約者の組織集団……」

 

「あり得ない、と言うわけではありませんよ、レディロンド。我々のような国家の狗が、こうして駆り出されているのです。ならば、この国の中でも、そういう組織が出てくるのは時間の問題だったでしょう」

 

 声明文にははっきりと「契約者の人権確保」と、そして「煉獄門の全権委譲」が書かれている。

 

「……契約者に、この国で人権なんて……」

 

「どの国でもでしょう。しかし、そこに一発の爆弾があれば、話は別」

 

「……まさか! ロギーが彼らの一員だと?」

 

「それも、あり得ぬ話ではなくなってきました。しかし、矛盾している。あくまでもこの声明文には、平和的な和解が最終目的とあります。それなのに、ロギーのような爆弾魔を解き放つなんてのは。……まぁ、契約者はそうでなくとも矛盾の塊。合理性を突き詰めれば突き詰めるほどに。話を戻しましょう。エミリー。爆弾魔ロギーは?」

 

 視線を投げたジキルにエミリーは加湿器の煙に手を当てながら応じる。

 

「煙の立つ場所……、そこに居るのは、煉獄の契約者……」

 

「まさか! MA401と接触を?」

 

 思わぬ、と言った具合の自分にジキルも額を押さえる。

 

「……一手遅れた、と言うわけですか。よろしい。ですが、ミス401MAが彼女に接触し、なおかつエミリーの観測霊の範囲だという事は、そこも危ないですね。爆発の恐れがあるという事。まぁ、この場合、火の点いた導火線はどっちなのだという事でもありますが……」

 

 ジキルがさっと時計を見やる。

 

 既に時刻は夜の八時を回っており、現時刻からでは煉獄門に邪魔される可能性も高い。

 

「……それでも、動かないというわけにはいかないはずです」

 

「ですね。あなたらしくっていい、レディロンド。合理的じゃないのが、特に」

 

「話している暇はありません。すぐにでも、MA401と爆弾魔ロギーの本体……それに辿り着かなければ」

 

「まぁ、ちょっと待って。ここからは憶測になるのですが、推理を。少しばかり披露させていただきたく」

 

「推理? ……契約者なのに、ですか」

 

「いけませんか?」

 

 口角を折り曲げてみせたジキルにミシュアは自分の中の急いた気持ちを一旦落ち着かせる。

 

 ――そうだ、これは一度、深呼吸をして、少し考えを纏めろと。

 

 彼女なりの「気遣い」なのだろう。しかし気遣いなど、契約者にはそれこそ無縁だ。

 

「……感謝します」

 

 一呼吸置いたミシュアにジキルは手を振る。

 

「何の事だか。さて、推理ですが、ではこの爆弾魔ロギー、何故、これまで活動を鎮静化させていたのか。その推論に入ります。とっくの昔に、捕まっていてもおかしくはないほどの規模での殺戮を行っていた契約者です。それなのに、今日までEPR以外の組織に所属している風ではなかった。つい数時間前ですよ、ズヴィズダーが彼女の正体に勘付いたのは。ですがそれは既にEPRに唾を付けられた後の情報。可笑しくはありませんか? この情報の前後関係、それに以前は明らかにテロ行為を行っていたというのに、契約者としては検挙されていない」

 

「……裏が……いや、これは逆転の発想……」

 

 そう、ロギーの事件に関しては全てが逆なのだ。

 

 合理的な破壊のための劇場型犯罪と言う矛盾。

 

 そして合理性を追求するがゆえの、他者の介入。

 

 どこかで考えの転換が必要だ。それもかなりの、卵か鶏かどちらが先かと言うレベルの。

 

 ミシュアは髪の毛をかき上げて考えを纏めようとして、瞼をきつく閉じたその瞬間に、ハッと閃くものがあった。

 

 時計を見やる。

 

「……時間……。そう、あの場所でもそうだった。時間が……。ロギーの契約対価には時間が関係している……?」

 

「そのはっきりとした理由は?」

 

「……観測所の爆破痕に、時計がありました。ぴったり九時間のところで止まっている……。あれは爆弾で狂ったのかと思ったのだけれど、そうではないのだとすれば? あれこそが、ロギー……いえ、ペニー・ヒューストンの契約対価の痕跡だった」

 

 ジキルが指を弾く。どうやら正解に近い位置を言い当てたらしい。

 

「ビンゴですよ、レディロンド。さすがはニューヨーク市警の花形ですね」

 

「茶化さないでいただきたい」

 

「これは失礼。ですが、祖国からの資料にもこうあります。時間対価型の契約者だとすれば、そうそう何度も爆弾テロを起こせなかったのではないか、と。対価が有限の場合ですね。契約者は合理的な生き物。ならば対価の過度な使用や温存も視野に入れて作戦に入るはず。ペニー・ヒューストンの対価は一括に払うのには明らかに不向きな対価であったとすれば? それならばロギーの活動時期のばらつきも説明出来る」

 

「……一括に払えない対価……。その、時間を対価にするとして、どのレベルまで可能なんです? 例えば……自分の寿命だとか、そういうレベルで?」

 

「そこまでは不明な部分も多いので何ともですが、もし寿命だとすれば、ペニー・ヒューストンはそれこそ、厳重に自分の生命を守る必要性があったと考えられます。一分一秒レベルで操れるのか、それとも大雑把に、それこそ九時間単位での対価なのか……いずれにしたところで、時間を対価にする場合、それは不可逆性の対価なので作戦行動に支障が出ると判断すれば、契約者は温存に走るでしょうね。自分の身を、被害者に仕立て上げる事も」

 

「……証人の存在……まさか、ペニー・ヒューストンは証人と言う名の保険を打っていた? どうしても逃れられない場合は証人となって、自身を保全するために……」

 

 だがそれは、あまりにも無防備ではないのか。

 

 証人となって、その間に事件が解決し、ペニー・ヒューストンが追い込まれた場合に逃げ場所がない。

 

 ミシュアは考えを巡らせたが、それでもやはりと言うべきか、あと一歩には及ばない。

 

 頭を振ってジキル達に考えを乞う。

 

「……契約者なら、そうも考えるのですか」

 

「それはぼくらでもどうとも。ただ、あり得るとしか言えないね。そういう対価を慎重に運用するに当たって、契約者は何でもするだろう。それこそ、自分の身を危険に晒す、ある意味では不合理な事だって。でも、結局のところ、契約者は合理性を突き詰めた殺戮マシーンなんだ。それが長い目で見れば合理的であるのならば、一時的な不合理はむしろ意味を感じるレベルに」

 

 短期の無力化はさほど問題点として挙がらないと言うべきか。

 

 否、この場合に照らすならば――。

 

「契約者は……その行動に合理的一貫性があるのなら、死も厭わないと……?」

 

「ああ、それは頷けますね、レディロンド。死は我々にとっては最上位の失点ではないのです。死の等価値にあるのが、ともすれば生であったり、あるいはその対価そのものであったりもする。人間とは物の見方が違うと言ってもいいでしょう」

 

「……見方が違うって……じゃあ何ですか。少年君やあんたは! 死んだっていいと思ってるって事ですか!」

 

 ここまで無言を貫いていたジャンが怒声を上げる。

 

 それは彼にとっての唯一の「人間」としての抵抗であったのだろう。

 

 しかし、この場に居るのはドール一人に、契約者二人。人間の価値など、あまりに儚い。

 

「……ある意味では。契約者は合理性を突き詰める。組織に属する事が合理的ならそれに従いますし、それが非合理なら、逆らいもする。流動的なのですよ、我々にとっての死の価値と言うのは。人間はその点で言えば、死よりも上の失点が少なくっていい。我々よりも慎重に動ける」

 

 その言葉にはさすがに我慢し切れなかったのか、ジャンがここに来て初めて、ジキルの襟元に掴みかかっていた。

 

 平時の彼らしくない、落ち着きを失った行動にミシュアは制する。

 

「ジャン! やめろ!」

 

「……取り消せよ、その減らず口……ッ! 死よりも上の失点が少ないって? それが人間の特権だって? そんな言い分、間違っている! 死んじゃえばお終いじゃないっすか! そんな事も、お前ら契約者は忘れちまえるってのかよ!」

 

「ジャン! ここでの彼女への暴力は……越権行為になるぞ」

 

 それでようやく頭が冷えたのか、ジキルから手を離す。直後には、ジャンは恐れおののいていた。それも当然だ。

 

 これまで一線を引いていた契約者に、怒りなんてものをぶつけるなんて。

 

「あ、俺……」

 

 肩を震わせるジャンに、ジキルは冷徹に返す。

 

「ご安心を。必要外の事をしないのが契約者です。何なら、一発くれてやってもよかったのに。あなた方にはそれが出来る」

 

 まるで自分達には思いつきもしないような言い種。

 

 ミシュアはジャンの前に立ち、ジキルと向かい合っていた。

 

「……仲間内で争っている場合ではないはずです」

 

「それもそうですね。では推理の続きを、よろしいでしょうか?」

 

 あくまでもここでの措置は、「契約者ペニー・ヒューストンの捕獲」ではないとでも言うように。

 

 そう、その実は足止めなのだろう。

 

 ズヴィズダーは諦めたのだ。

 

 爆弾魔ロギーの逮捕という形の幕切れに。

 

 だが、警察としてはこれ以上に屈辱的なものもあるまい。

 

 ミシュアはぐっと拳を強く握り締める。

 

「……私達に、出る幕はないって?」

 

「……爆弾魔ロギーは契約者。その論点に立てば難しかった問題が次々と氷解します。何故、爆弾の安全なる確保が可能であったのか。爆弾のセットなんてものは、彼女の契約能力ならば恐らくは朝飯前。物質の変容がどこまでの範囲かは存じ上げませんが、時間を対価とするというレディロンドの推論通りなら相当多岐に及ぶはず。契約対価、イコール契約者の強さとは限りませんが、あまりに無意味な対価は与えられません。この場合、最悪を想定すべきでしょう」

 

「目に見える範囲なら起爆可能なレベル、だとでも?」

 

「そうだとしても何ら可笑しくはない。問題は、ここからです。レディロンド。では爆弾魔ロギーは何のために今、こうして正体の露見も覚悟して動かなくてはいけなくなったのか。EPRからの命令? それもあるかもしれません。ですが、私はこう考えます。――対価の時期が迫った、と」

 

「……時間を払わなくてはいけなくなった。いいえ、寿命かもしれない。ですが、先ほどの発現と矛盾します。合理的なら、そもそも今さらに危険を冒して契約能力を発揮する必要性がない」

 

 ただ安穏と過ごす事は出来なかったのだろうか。

 

 その質問にジキルは顎に手を添えて考え込む。

 

「恐らくは、出来なかったのでしょうね。そういう風には。何らかの制約があるのだと考えましょう。それは、ともすれば自らの枷だったのかもしれない」

 

「……証人と言う名の契約対価措置。それが仇となったとでも?」

 

「分かりませんよ。本当のところは、ね。ですが……動き出したものを止める事なんて、誰も出来やしなかったのでしょうね。それがEPRや、ミス401MAだとしても……」

 

 そう呟いたジキルのかんばせにミシュアは自らの顔をぐんと近づけさせる。

 

 何か? と傾いだその頬へとミシュアは拳を見舞っていた。

 

 想定外、であったのはジャンとジェッツなのだろう。

 

 彼らは目を見開いていた。

 

「な、何をやってるんですか! 課長! バレたら――!」

 

「これは! このクソッタレなシステムを作り出した、契約者への! ……宛所のない暴力よ。それと……ミシュア・ロンドと言う個人的な人間の分。どう言っていただいても結構」

 

 むしろ開き直った自分にあわあわとするジャンを他所に、ジキルは唇の端が切れたのか、ハンカチで落ち着いて血を拭い、それから向かい直していた。

 

 まるで自分が、契約者と言う存在とは正反対の「人類」そのもののように。

 

 彼女の虚ろなる瞳には自分はどう映っているのだろうか。

 

 少なくとも、感情を抑制出来ない、不完全な人間には違いない。

 

「……後で。ですがもう、……ああ、始まってしまった」

 

 それは悪夢の終わりを告げるかのような、そんな口調だった。

 

 

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