DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第七話「流星を仰ぐ」

 旧市街地の河川敷に降り立ち、ポシェットに入れていた赤いレインコートを翻した。リボンで髪を結ってから、すぐに鉱石を太陽に翳す。

 

 暮れかけた空に透かした鉱石はしかし、何の反応も示さない。

 

「……追いついたぞ」

 

 振り返ると青年と黒スーツの契約者がこちらを見据える。

 

「驚いたな。お前のような若い諜報員……いいや、契約者が居たなんて。フリードを殺したのは、お前だな?」

 

「だったら、どうだと言う」

 

 切り捨てたように問い返すと、視界の隅でレミーが戦慄いていた。頭を押さえ、彼女は震撼する。

 

「……嘘、でしょ……。ヤトが、契約者……? パパを殺したって……」

 

「言ったでしょう。契約者は、嘘つきだって」

 

 それが引き金となったのか、レミーの瞳から不意に正常な輝きが失せ、辻風が周囲を舞い散る。

 

 青年が木片を掴み取り、ランセルノプト放射光で物質変換する。

 

 その銃口がレミーへと向きかけて、夜都は咄嗟に庇っていた。

 

 その背筋へと風圧の刃がかかる。切り捨てられた感覚に、夜都は倒れ伏していた。

 

「残念だな。そのフリードの娘は人間じゃない。無自覚のモラトリアムだ。元々、その力の制御をするための物質こそが、お前の持つ鉱石。だが精神的不調を来たして覚醒が近くなっていた。モラトリアムとして覚醒した後に待っているのは十中八九ドール。感謝するとも。ドールになるのには、精神的に追い込まれる必要があった。後はMEでその娘の脳内を解析すればいい。フリードの隠していた資料は娘の脳内にある。だが自我があったままでは面倒なのでね。廃人にするつもりだったんだが手間が省けたよ。分かるか? 元々、お前がその娘をどうこうしようが手遅れだった」

 

 青年は哄笑を上げ、銃弾をその身体に向けて追い討ちする。小さな身体が跳ね上がり、終わった、とレミーへと歩み寄った。

 

「さぁ、フリードの娘。モラトリアムになったんだ。晴れて契約者の娘としては相応しい。ご覧、君を裏切った憐れな契約者の末路を」

 

 レミーの瞳より涙が伝い落ちる。青年はそのこめかみに拳銃を向けていた。

 

「来てもらおうか。なに、苦しみはない。ドールになるんだからね。感情も、苦難も何もかもを消し去って、ただの道具になるんだ。……しかし、弱い契約者だったな。逃げ足ばっかりが早くて――」

 

『残念。紅のレインコートは彼女が纏っている間のみ、防弾効果を発揮するんだ』

 

 ハッと響き渡った声の方向に目をやる。

 

『ビックリした?』

 

 高架下でこちらを見据える蝙蝠に呆然としたのも一瞬、死体があった場所に視線を投じた青年は消え去った遺骸に瞠目する。

 

 黒スーツがランセルノプト放射光を輝かせたその時、夜都は躍り上がっていた。

 

 軽業師を思わせる挙動で黒スーツの発生させた地面の鳴動を回避し、その背後へと回り込む。

 

 その手が黒スーツの首筋を引っ掴んだ瞬間、絶叫が劈いた。

 

 黒スーツの耳と目から赤黒い体液が滴る。

 

 ランセルノプト放射光を帯びた夜都は赤い眼を煌めかせ、青年を睨み据えた。

 

「なっ……一撃……? クソがっ!」

 

 両手に木片を握り締め、物質変換で拳銃に変える。

 

 矢継ぎ早に引き金を引き絞り、銃弾がその頭部を捉え、仰け反った。命中の感触を覚えた青年に対し、夜都は僅かに後ずさったが、そのまま何でもなかったかのように踏み込む。

 

 銃弾が融け落ち、煙を棚引かせていた。

 

「……銃が効かない? 何なんだ、お前は!」

 

「……ただの契約者」

 

 応じた夜都はその袖口からクナイを取り出し、そのまま青年へと投げ放つ。青年は地面に手をつけ、物質変換で防御壁を作り上げた。

 

 だが、その鋼鉄の防御壁へと突き立ったクナイがランセルノプト放射光に包まれた途端、青年は覚えず、と言った様子で後ずさっていた。

 

 その手が焼け爛れている。

 

「……これは……」

 

 夜都が歩み出る。青年はレミーを引っ掴み、その首筋に物質変換させた拳銃をナイフに変えて、翻していた。

 

「く、来るな! こいつがどうなっても……!」

 

 僅かに足を止めた夜都に青年は笑みを浮かべ、片手の物質をじりじりとライフルに変換する。

 

 その引き金が絞られたかに思われた瞬間、無音で辻風が生じ青年の手にあったライフルを切り裂いていた。

 

「……こ、この、モラトリアムがぁっ!」

 

 拳銃が一射され、レミーの胸元を射抜く。

 

 それとほぼ同時に、夜都はクナイにワイヤーを巻き付け、そのまま青年へと投擲する。

 

 青年の手首に引っかかった瞬間、彼は手首を握り締め、ランセルノプト放射光で手首から先を木片に変えていた。

 

 根元から引き裂かれた手首が落下し、青年は弱々しい足取りのまま逃げ出していた。

 

 夜都はワイヤーを引き戻し、レミーを窺う。

 

「……や、ヤト……。ヤトは私の……」

 

「……契約者は嘘をついても良心の呵責がない」

 

 その眼差しから光が失せ、涙が一粒、伝い落ちる。

 

 事切れたレミーを抱え、夜都は面を伏せていた。

 

「……残酷だな、相変わらず」

 

 合流してきた銀髪の男が時計を気にしながら声にする。

 

「――紅。分かっていたんだろう? その子がモラトリアムであった事を。どうしてすぐに殺さなかった?」

 

「……モラトリアムじゃない。彼女は私の……友達」

 

「ひたすらに残酷だね、君は。どうせドールに堕ちるんだ。だったら、もっと冷酷になってやればよかったのに。君は最悪の思い出を彼女に与えて、それで死なせたんだ」

 

 黙りこくる自分に紫色のテディベアを抱えた少女が現場に入り、蝙蝠が舞い遊ぶ。

 

『よせ、グレイ。まだ任務中だぞ』

 

「ブルック。ずっと見てたんならもうちょっとマシな事に出来たはずだが? どっちにせよ、組織は別方向からのアプローチで娘の脳内にあったと言う資料は確保済み。二手三手、上だったってわけだ」

 

『その少女がモラトリアムかどうかは賭けだった。覚醒するかどうかも。ガーネット、逃げた契約者の位置は?』

 

 光を触媒とした観測霊を用い、少女――ガーネットは捕捉する。

 

「……遠くには行っていない」

 

「……止めを刺す」

 

「贖罪のつもりかい? 彼女の死に際に、素直になれなかった自分への」

 

「……契約者はそんな事に足を取られやしない」

 

 言い捨てて、逃亡した契約者の足跡を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激痛に呻きつつ、青年は呼吸を整えようとする。

 

 物質変換で自分の手を無機物にするのは苦肉の策であったが、それでも逃げる事に必死だった。

 

「……組織に連絡を取らなければ……あの契約者は危険過ぎる……」

 

 任務失敗の負い目を感じつつ、今も滴る鮮血を視界に入れた青年はしゃがみ込んでいた。

 

 何回も能力を使用した。対価を支払わなければならない、という強迫観念が襲いかかり、こんな時なのにコイントスを始める。

 

 しかし片手のせいか、うまくいかない。

 

「くそっ! ……逃げなくてはいけないのに」

 

 その時、足音が耳朶を打つ。振り返ると、鮮血を追ってきた煉獄の契約者にコイントスを中断して逃げおおせようとする。

 

 旧市街地の工事現場へと逃げ込み、その足がもつれて鉄板の上で無様に転がる。

 

 相手が踏み込んだ瞬間、全ての決着はついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現場に急行したその時には既に全てが決した後であった。

 

 旧市街地で死に絶えた契約者二名と、そして焼失したアパートの住人であった少女。

 

 銃弾で胸を射抜かれ、ほぼ即死であったと思われる。

 

 ジャンが車に背中を預け、ふぅと嘆息をつく。

 

「……後味の悪い事件ですね」

 

「ええ、結局手がかりである契約者は死亡。先日のSV802の娘も……。一体何があったのか見当もつかない」

 

 だが、と遺体の状態の報告書にミシュアは目を通す。

 

「……遺体の手に青い鉱石が握られていたと」

 

「誰かが死んだ彼女に握らせたんでしょうか? それが何かの手がかりには……?」

 

 ミシュアは頭を振る。

 

「……いや、指紋も何も検出されなかった。何の変哲もない石だったみたいね。でも、何か意味があるかのように少女は握っていた。何かが、あの石にはあったのかもしれない。それこそ、彼女だけの思い出が……」

 

「思い出、ですか。しかし契約者はそんな事も関係なく、死体だけを積み上げる。やるせないですよ、こういうの」

 

「……そうね。やるせない。何か、救われるものがあれば、よかったのにね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーっ、ヤト。また書いてんの? よく飽きないわねぇ」

 

 アリスがどうやらバイトから帰って来たらしい。夜都はパソコンから視線を外さずに応じていた。

 

「……続き、思いついたから」

 

「で、結局死神の女の子はどうなっちゃうの?」

 

「……そこは未定、っと……」

 

 エンターキーを押してそこまでで切り上げると、コーヒーメーカーの抽出を始める。

 

 アリスは椅子に腰かけ、ふぅと息をついていた。

 

「ヤトの小説、完成するのはいつになる事か」

 

 アリスはパソコンを覗き込み、進捗を確認する。

 

「……死神の女の子はまた、同じような境遇の女の子の命を摘んだんだ。悲しいね、このストーリー。だって罪の丘から勇気を出して外に出た死神の女の子は、出会う相手の命を奪っちゃう。遭遇するのはどれも可哀想な女の子ばっかり。ヤトさぁ、こういう話を書いていると嫌になんない?」

 

「物語は物語だからね」

 

「それはまた、クールな事で」

 

 抽出を終えたコーヒーをマグカップに注ぐ。漂う芳しい香りにアリスは頷き、マグカップを受け取っていた。

 

「……契約者の事件、またあったんだってさ。旧市街地でドンパチ。いやー、怖いわね。でもま、ブログのネタにはなるか」

 

「アリスだって、残酷じゃない。契約者の事件にはすぐに飛びつく」

 

「そりゃあ、メシの種だし。そこはほら、割り切っていかないと」

 

「割り切って、ね。どこも私と変わらないと思うけれど」

 

 その時インターフォンが鳴る。アリスが手を振ったので、夜都は代わりに出ていた。

 

「はい」

 

「旧市街地であった事件に関して、話を聞きたいと思っていまして……」

 

 赤いジャケットに袖を通したどこか軽い調子の警官に夜都は応じる。

 

「……私はこっちに来たばっかりで」

 

「あ、旅行者の方でしたか? 失礼ですが、身分証を」

 

 夜都は身分証を差し出し、相手へと了承を取る。

 

 同行している女の警官がぐっと切り込んできた。

 

「ご協力ありがとうございます。新市街地のハイスクールの女生徒が犠牲になったので」

 

「……それは。お悔やみ申し上げます……」

 

「いえ、見たところあなたも同年代のようですが、何か聞いていませんか?」

 

「いえ、現地の方とは交流もないもので……」

 

「そうですか。では失礼します」

 

 夜都はその背中を見送ってから、扉を閉める。

 

 401号室の扉が、静かな音を立てて閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 了

 

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