DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第二章「扉叩く者は、恩讐の悪路を辿る…」(前編)
第八話「扉を潜る」


 また、命を刈った。

 

 刈り取る度に、私の鎌は研ぎ澄まされていく。

 

 罪の丘を登っていたころは、そんな事はなかった。なまくらの刃を持て余していたのに、今は白銀と血の赤に染まるこの鎌が憎い。命を刈り取る忌々しい刃。

 

 ここから居なくなれば、と思ったのはそんな折であった。

 

 旅の先は今のところ見えない。月光の降り注ぐ道を探し求めているのに、天に広がるのは星空ばかり。

 

 また、星が流れる。

 

 死神の自分は、鎌を担いだまま星空の泉へと到達していた。

 

 どうしよう、と周囲を見渡す。泉を渡るのには船が必要だ。

 

 しかし、船は見られない。漕ぎ手もない。

 

 泉の先には深淵の森が広がっている。誰かを傷つけてしまうくらいならば、誰も傷つけないところに来ようと思って、ようやく到達した場所。

 

 だが、船の渡し手も居なければ、導き手も居ない。

 

 その場にへたり込む。裸足で歩くのも随分と疲れた。

 

 疲弊し切った息を吐くと、不意に静謐の泉から顔を出したのは、金色に輝くイルカである。

 

 ――どうしたの? 泉を渡りたいのかい?

 

 死神の身ではあるけれど、金色のイルカは初めて見る。少しだけ当惑しながら、膝を抱え頷く。

 

 ――だったら、僕の背中に乗るといいよ。

 

 イルカは旋回し、背中を差し出すが、私は躊躇った。

 

 ――駄目。鎌の重さであなたが沈んでしまう。

 

 ――そんな事はない。僕はこれでも泳ぎが自慢なんだ。鎌がどれだけ重くてもへっちゃらさ。

 

 でも、と私は困惑する。

 

 ――私の鎌は命を吸い過ぎた。ヒトの命の重さに、あなたはきっと耐えられない。森に着くまでに溺死してしまう。

 

 こちらの言葉振りにイルカはへんと胸を反らす。

 

 ――そんな事にはならないよ。でも……君は森に行きたいんだね? 分かっているのかい? あの森には、何も居ないよ? 誰もいない、漆黒の森だ。深淵の森の孤独に、人間が耐えられるとは思えない。

 

 それに関しては、と私は応じていた。

 

 ――大丈夫。……だって独りは、慣れているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『えー、それではこれより、ニューヨーク新市街地のツアーを開始します。進行をつとめさせていただきます、高橋と申します。さて、こちら、ご覧ください。新市街地と言えば、そう、これ。先の南米における天国戦争の慰霊タワーが建っております。光の摩天楼と呼ばれるこちらの建築物は地上250メートル。ニューヨーク新市街地を象徴する建物となっております。その楼閣の中にはツアー客が日夜押し寄せ、一度は経済的に倒れかけたこのアメリカを支える屋台骨として、新市街地のシンボルとなっているようですね。さて、次の見所ですが……』

 

「ねぇ、あなた、珍しいわね? 日本人?」

 

 観光バスが揺れる。隣に座った金髪の少女の問いかけに少しうろたえながら答える。

 

「うん……この時期だけれど、一応観ておきたくって」

 

「新都を? 変わり映えはしないと思うけれど。……それより、さ。本当なのかしら、あの話」

 

 ぐんと顔を近づけられ、その好奇心旺盛な碧眼が揺れる。こちらも声を潜めていた。

 

「……ゲートを、見せてもらえるって言う……」

 

「そう、それ。【煉獄門】でしょ? 私、トーキョーの【地獄門】を観て来たのよ」

 

「それは……どうだった?」

 

 ふふっ、と相手は悪戯っぽく微笑む。

 

「何てことはない、真っ黒で大きな壁。特に怪奇現象には見舞われなかったわ。ちょっとがっくし」

 

「そう、なんだ……。でもゲートも観光スケジュールの中に入れるのって、思い切っていると言うか、この旅行会社だけだよね」

 

「秘密プランって言うの? 日頃のご愛顧に感謝して、とか言ってさ。メールで当選が送られて来た時には嘘だと思ったけれど、でも、本当っぽいよわね。ほら、一番奥の席に……」

 

 バスの一番奥の席を目線で窺う。

 

 座っているのは赤い長髪の女と、黒服が二人。全員サングラスをつけており、どう見ても怪しいオーラを纏っている。他の観光客も気になるのか、全員囁き合っているのが見られた。

 

「……やっぱし、あれ、諜報員? それとも例の……契約者?」

 

 他の噂話をするのと同じような調子に、どうかな、と返す。

 

「……本当に観光客かもしれないし……」

 

「……ふぅん。あなた、事ここに至っても本当にこの旅行会社、安全だと思う?」

 

「それは……信じるしかないとは思うけれど」

 

「信用出来るのかどうかって結構難しいかもよ? あ、名乗っていなかったわね。私、シャルロット。あなたは?」

 

「あ、……鷺坂夜都って言うの」

 

「へぇー、ヤトねぇ。上手いのね、英語」

 

「結構勉強した」

 

 えへへ、と照れたように笑うとシャルロットはいい事ね、と頷く。

 

「日本人ってただでさえ珍しいから、でも気を付けたほうがいいわよ? トーキョーの関係者とか思われたら、攫われちゃうかも」

 

 まさか、と夜都は声にする。

 

「そこまで野蛮?」

 

「分からないわ。ニューヨーク新市街地は初めて来るし、それにゲートって言うのもね。本当に例のゲートと同じなのか……」

 

「違うゲートがあるの?」

 

「……これ、噂なんだけれど……」

 

 さっきからやたらと噂が好きだな、と思いつつも夜都は首肯する。

 

「ゲートの中では何かを対価にして何かを得られるって聞く。それを狙って各国の契約者が跳梁跋扈しているって」

 

「じゃあ、あまり安全とは言えないって事?」

 

「そうね。少なくともこの旅行プラン、怪しいところだらけよ。本当にゲートに入るんだとすれば、一応は条約違反のはずなんだけれどな……」

 

 顎に手を添えて考える仕草をするシャルロットに夜都は時計に視線を落としていた。銀色の時計は正常に稼働しており、今のところ変化はない。

 

 そもそも、と夜都はここに来るまでの事を思い返していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旅行? この時期に?」

 

 アリスがブログを更新してから切り出すと、彼女は目を見開いていた。

 

 夜都はコーヒーメーカーを抽出しながら、うんと頷く。

 

「ハイスクールの行事で」

 

「大変ねー、ま、若人は今のうちに遊んどきなさいよ。大学生になると余裕、なくなるから」

 

「……アリスは大学、行ってないでしょ」

 

「しーっ、そういう事言わない」

 

 誰に対しての配慮なのかは不明のまま、夜都はマグカップにコーヒーを注ぐ。黒々とした液体から芳しい香りが運ばれ狭い部屋を満たした。

 

 アリスは鼻をすんすんとさせ、満足げに頷く。

 

「うん、やっぱり、ヤトのコーヒーって飲む前からおいしそー! 早くちょうだいって!」

 

「焦らないでよ。……それで、二日ほど泊まるから、コーヒーは……」

 

「あー、いいって別に。あんたがコーヒーを決まった時間に淹れるって言うの、半分冗談の条件だし。それにハイスクールの行事なら、恨み言は言えないわよ」

 

 手を払ったアリスへとマグカップを差し出す。彼女は早速口に運び、ブログの記事へと目線をくれる。

 

「でも、気を付けなさいよ。どこまで行くのか知らないけれど、各国は威信をかけて、ゲートの解明を急いでいるから」

 

「それってオカルト掲示板の受け売りでしょ。アリス、そんなの載せていいの? ジャーナリズムがどうとかこうとか、普段はうるさいのに」

 

 コーヒーを口に含みつつ、夜都も自分のパソコンの前に腰を下ろす。アリスは、失敬なとむくれた。

 

「あたしはこれでも厳正な審査に基づいて、きっちりとした情報を掲載しているつもりよ? オカルト板の噂話には惑わされないわ」

 

「……それ、そのままコピペしたでしょ?」

 

 アリスは咄嗟にパソコンを手で覆い隠すが、もう遅い。夜都はため息をついていた。

 

「……普段危ないから不確定な情報を載せないって言っているの、アリスじゃない」

 

「それはあれよ……! 契約者関連の情報なら、ここを閲覧している人もいるかもって思った話」

 

「ゲートの話でしょ? 同じじゃないの?」

 

「ゲートに関しちゃ、こっちとあっちじゃ勝手が違うからね。【煉獄門】関連の情報って結構アクセス数いいのよ? あっちじゃ、【地獄門】を潜るだけで審査審査の限り。でもこっちじゃ、偶発的にそこいらで出現するから、ゲートの出現情報を掲載するだけで、ありがたがられるってわけ」

 

「……勝手な言い分」

 

 そう言いやってキーを打つ自分にアリスは後ろからばっと抱き着く。思いも寄らぬ行動に夜都はうろたえていた。

 

「危ないでしょ! コーヒーこぼしちゃう」

 

「……ねぇ、ヤトー。あんた、またこの小説の続き、書いてるの?」

 

「……まぁね」

 

 こちらが取り着くしまもなかったせいだろう。アリスはどこか不遜そうに口にしていた。

 

「それってさ、結局ハッピーエンドになるの? 死神の女の子はどうなっちゃうの? 最近翻訳した奴だと、遭遇する女の子の命を、みんな刈ってしまう事に嫌になった死神の子は、誰の目も届かない、漆黒の森に入っちゃうのよね? ……そこで救いはあるの?」

 

「教えないっ。勝手な事言い過ぎ」

 

「へそ曲げないでよー。ヤトってばさ、もうちょいオシャレすれば? 何て言うか、芋っぽいって言うか……」

 

 黒のタートルネックにセミロングの黒髪はそこまで地味に見えるだろうか。夜都は唇を尖らせて抗議する。

 

「……オシャレとか、ガラじゃないよ」

 

「そうやってさー、決めつけってよくないと思うのよねー。でもま、あたしはあたしのヤトが急に変わっちゃったらショックだろうけれどさ」

 

「……誰が誰のヤトだって?」

 

「マグカップ洗っておいてねー。あたしゃ寝るわ」

 

 アリスはロフトの上に昇って早速高いびきを掻く。夜都は嘆息をついて小説の続きを練っていた。

 

「……森に入った死神は、どうするのだろう。これまでたくさんの命を吸ってきた鎌は、重過ぎてきっと、イルカが渡してくれる前にその命まで摘んでしまう。それに彼女はきっと……耐えられない。せっかく辿り着いた一人になれる場所に行くのに、誰かの犠牲を伴ってしまう。……我ながら救いのないお話」

 

 そうぼやいて夜都はパソコンをスリープモードに移行させ、自分もベッドに入りかけて二段ベッドから声を聞く。

 

「……ヤトー。でも帰ってきたら、コーヒーを淹れてね。とびっきりに美味しいの」

 

「……何、寂しいんじゃないの」

 

「違うってば。……いや、違わないか。ヤトー、あんまし遠くに行かないでね」

 

「何それ。ハイスクールの旅行だってば」

 

 笑い話にしようとして、アリスがもう寝入っているのに気づく。

 

「……ホント、身勝手……」

 

 

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