DARKER THAN BLACK ―煉獄の扉―   作:オンドゥル大使

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第九話「只中を踏む」

 いつも通り、モーニングを注文すると、店主は早速気づく。

 

「おっ、ヤトちゃん、今日はいつもと持っている物が違うね?」

 

「あっ、ちょっと旅行に行くんです。ハイスクールの」

 

「へぇー、いいね。私も若い頃には旅行をたくさんしたものさ。でもまー、天国戦争以来は渡航も制限されちゃって寂しいけれどね」

 

「あんた、余計な口を挟んでいないで。ヤト、いつものホットドック、これ食べて、元気で行っておいで」

 

「ありがとう。いただきます」

 

 いつもの公園に向かう途中ですれ違う人々を見渡しながら、夜都はトレイを手にベンチに座り込んでいた。

 

「今日の朝刊は最悪だ。天気予報くらいしかまともに読めるものはないな。あとはコミックか。こりゃーいい! 爆笑って奴だ!」

 

「要件は」

 

「そう急かすなよ。ゲートに入るって噂の小旅行、楽しんでくるといい」

 

「例のブツを」

 

「ほれ。しかし紹介料も含め、馬鹿にならないんだ。頼むからゲートで消息不明ってのはやめてくれよ。契約者はそうでなくともゲートに捕えられかねない」

 

 差し出されたのは銀色の腕時計だ。巻かれている今回の旅行プランの概要書類を開き、夜都は一瞥だけ寄越してグレイへと同じサイズの地図を代わりに差し出す。相手はそれを受け取り、ふとこぼしていた。

 

「契約者はゲートに入るのなら、やはり願うのか? 消えてしまった者を……それこそ死者の再起でも」

 

「お喋りは」

 

「分かっている。ニューヨークは今日も晴れだ。雲一つない」

 

 中天を指差されると、蝙蝠が一羽、ニューヨーク新市街地を舞っていた。それを視認し、夜都はホットドックを頬張る。

 

「それ、好きだな。モーニングはいっつもそれだ」

 

「安定しているから」

 

「その答えも淡白だな。もっと色気づくといい。そうじゃないとエージェントなんてやっていられない」

 

「合理的じゃない」

 

「それも言えてる」

 

 コーヒーを飲み干して夜都は歩み去ろうとして、待て、と呼び止められる。

 

「他のエージェントの眼がどこにあるか分からない」

 

「それでも、だ。ガーネットと会って来い。彼女、それなりに心配しているようだった」

 

「心配? ドールでしょう」

 

「だからさ。分からない事は全部ゲートのせいだ。もしかしたら何かを感じ取っているのかも」

 

「分からない事は全部ゲートのせい……ね」

 

 呟き夜都はトレイを返して新市街地を突き進む路面電車に乗り込んでいた。

 

 路面電車はかつて、このニューヨークを縦横無尽に走っていた地下鉄の代わりを担っている。この街はしかし生まれ変わらなければならなかった。そうでなければ天国戦争の苦渋を今も背負っている事だろう。

 

 変容を含めるのもまた、常である。

 

 この世界では、最も信頼出来るとすれば変化。

 

 変化だけが、どこへなりと行ったとしてもまだ人の世足りえるのだと思える所作だ。

 

「……変化をしない契約者は、だから異物なんだ」

 

 路面電車を既定のスポットで降りると、裏路地に繋がる戸口で屋台を開いている少女に出くわす。赤茶けた髪を二つ結びにしたゴスロリの影は僅かに面を伏せっており、眼前に立つまでこちらを認識していないようであった。

 

 窺って見ると、胸の前で裁縫をしている。紫色のテディベアを抱えながら、完成するか分からない何かを組んでいるようであった。

 

「……何を作っているの?」

 

「……分からない」

 

 それはそうだろうな、と夜都は感じる。ドールに自律感情はない。自我がないのだから、プログラムされた行動を反芻するしかない。彼女の場合は「仕事」以外の時間をこうして裁縫に費やすように誰かに仕組まれているのだろう。

 

 その誰かも、まさか彼女がこの世の果てまできっと裁縫を続けるとは思っても見ないのだろうが。

 

「……ドールの直感を信じたい。占いを」

 

 一ドルを払うと、ガーネットは裁縫の手を止め、伏せ気味の眼差しのまま、静かに口にする。

 

「……紅(ホォン)は扉で大事なものに出会う」

 

「大事なものって言うのは?」

 

「……それ以上は分からない。ただ、今回の任務……簡単だと思わないほうがいい」

 

「……胸に留めておくよ」

 

 応じるとガーネットは裁縫に戻っていた。こうして彼女は代わり映えのしない日常を過ごす。ドールには眠りも必要ないと聞く。だから、未来永劫、ガーネットは変化のない日々を過ごすのであろう。

 

「……美点があるとすれば、この世が滅びたって、彼女達はきっと、何も変化を覚えないのか……」

 

 それを美点と呼ぶかは微妙であったが、それでもそうだと思わないとやるせなかった。

 

 さて、と夜都は今回の旅行パンフレットを確認する。その足は自然と旧市街地にあるセーフハウスへと向かっていた。

 

 いつもの屋台でバケットを買い、暗証番号を入れて部屋の定位置につくなり、コーヒーメーカーを抽出させる。

 

「……【煉獄門】の観光……世界最初の、か。売れ込みはゲートの中に入ってみませんか……馬鹿馬鹿しい」

 

 よくこんな旅行プランが通ったものだ、と考えていると、パンフレットの裏側にURLが記載されている。

 

 夜都はここまで持ってきていた小型パソコンを起動させ、有線でインターネットに入る。すぐさま別窓を開き、プライベートネットワークを構築する。

 

 検索窓にURLを打ち込むと、何重にも偽装された旅行会社の真の顔が見えてくる。

 

 コーヒーの抽出が終わったのでマグカップに注ぎ、口に含みつつ声にする。

 

「……驚いた。運営会社はPANDORAと噛んでいるなんて」

 

【地獄門】と【天国門】、そして契約者の発見を嚆矢として発足された世界組織、通称『PANDORA』。様々な条約を締結させ、無理やりに世界を動かそうとしている相手が旅行会社のバックに居る。その時点で胡散臭さを感じていたが、それでもまさか組織に察知されるほどの迂闊さだとも思えない。

 

 となれば、この情報は……。

 

「ブラフか……あるいはわざと分かるようにしてある。契約者を釣るために……」

 

 各国の契約者が釣られてくれれば、芋づる式に【煉獄門】を狙っている組織の諜報員とその情報を手にする事が出来る。問題なのは、契約者がそうそう簡単に紛れ込めるかどうかだが、自分が差し向けられたほどだ。同じように考えている組織の一つや二つはあるだろう。

 

 夜都はコーヒーを飲み干してから、情報をダウンロードしてから回線を焼き切られる前にLANケーブルを引き抜く。

 

 物理的に遮断されているとは言え、安心は出来ない。契約者の能力は電脳世界くらいわけないだろう。

 

 問題なのは、この旅行プランで遭遇するであろう契約者の存在。

 

「……組織は私に消せと言っているのか。あるいは……」

 

 別の可能性を夜都は棄却し、小型パソコンを鞄に入れて旅行会社の提示した集合場所へと歩み出していた。

 

 

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