彼岸花が咲き誇るその場所で胡蝶しのぶが一人歩いていた。一歩一歩踏み出して、彼岸花の咲く足元の見えない道なき道を歩く。硬い石のような感触などお構いなしにひたすら前を向いて歩き続けた。だが、どれ程時間が経っても夕暮れの景色は一向に変わることはない。日が傾くことはけしてない途方もない旅のようにも思える。終着点は何処で、あれからどれ程経っていただろうか、しのぶが死んでからしばらく時間が経っていた。
「……はぁ、」
見渡す限りの彼岸花にしのぶはため息を吐き出した。彼岸花を掻き分ける手もいよいよ鬱陶しくなって赤い花を踏み荒らす。畦道のような小さな道に出ればようやく足元に当たっていた大きな石のようなモノの正体が何なのか理解した。そこには白い陶器のような真白いモノが埋まり、それがまるで彼岸花の養分になっているように思えた。医術に携わっていたしのぶにとってそれらを見間違えることはない、埋まっていたそれらは剥き出しの頭蓋骨で、どこかしらの骨だった。それがますます歩きにくくさせていたのだ、半分沈むように埋まる頭蓋骨に視線を向ければ、かつてそこに眼球の収まっていた眼窩と目が合う。疲労感に襲われて足取りがみるみるうちに重くなったがそれでも終わりがあるのだと信じて歩みを続けた。
――何処かでカラカラと音が鳴っている
風にそよぐ彼岸花の音ばかりだった。だがこの時、初めて別の音を聞いた。しのぶの重くなった足取りが自然とそちらへ向かっていった。カラカラと音が鳴る、彼岸花の数は確実に数を減らしていた。徐々に大きくなる鼓動が大きくドクリと高鳴った。……もしかして出られるのかもしれないと、淡い期待すら抱いていた。しかし、しのぶの期待は眼前に広がる光景によってそれは容易く潰された。
――目の前にあったのは風車の群れだった
色とりどりの紙で作られたそれらは、風が吹くたびにカラカラと回る。河原のように拓けた河原で墓石のように突き刺さる光景は不気味だった。何処までも風車は続いているようで視界の見えないところまで風車は回り続けている。……光景が彼岸花から風車に変わっただけだ、音も更に増せばいよいよ煩わしさすら覚える。歩けばじゃりじゃりと小石が擦れる音が響いた。
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――さしずめこの河原は賽の河原だろうか
河原の向こうを見れば夕暮れの薄暗さが影を作り向こうがあまり見えない。何処かに橋でも架かっているのだろうか、そこを通れば私は姉に会えるのだろうか。沸々を湧き上がる思考に心細さすら覚えていた時だった。河原で何かが流れてきた。どんぶらこと何処かで聞いた御伽草子の冒頭のように何かが流れてくる。
――何だというのか
しのぶがそれを見に歩けばしのぶのいる岸にそれは流れ着く。まじまじと目を凝らしそれを見れば人の頭部だった。背筋がざわりと何かが走る。人の頭部を見た嫌悪感ではなかった。
――頭髪の色から目が離せない。
何処かでみた綺麗な白橡色の髪だった。その頭髪を汚すように赤い血のような異様な模様が浮かぶ。思わず近付けば頭部は音に気付いたように残された首を僅かに動く。どうやら生きているようで此方を見ていた。綺麗な虹色がしのぶの姿を認めれば、笑みを浮かばせた。
「やあ、しのぶちゃん」
天国にいったんじゃないの、そう問いかける鬼の目はキラキラと輝いている。まるで再会を喜ぶようでしのぶの口角が歪むも必死に堪えて笑みを浮かばせた。
「あら、それをお前に言う必要はありますか?」
独りになってだんまりを決め込むのも飽きていた。少し話をしてもいいのかもしれない。そんな気にもなって頭部をいつかのように持ち上げてみせる。持ち上げられて見おろされるのは気にくわないが、何処にも行けないことを考えて差し引けばこちらの方が圧倒的に優位であるのは確かだった。喋る頭部、童磨は納得した様子で笑う。
「まあ、それもそうだね」
しばらく思案した様子で、また言葉が続く。
「それとも天国も地獄もなくて、あの世しかないから此処でまた会ったのかな?……ああ、もしかして運命かもしれないね、だったら嬉しいなぁ……ッ」
そう言って頬を紅潮させる童磨に吐き気を覚える。いっそ河原に投げ捨てたい衝動に駆られるも必死に堪えた。……堪えてしまった。人恋しさがそれをさせてしまったのかもしれない。しのぶはビキビキと額に血管を浮かばせて微笑んだ。以前振られたのに懲りずにまた告白やら愛を囁く童磨の言葉はこの際聞き流すことにした。しのぶはそんなことよりと遮って問いかける。
「此処は、何処でしょうね?」
「……さあ?俺も気付けば流されていたからね」
おかげで死にかける所だったよ、童磨はヘラヘラと笑う。鬼の癖に何を言っているのだろうか。そもそも私たちは死んでいるのだから死ぬも何もなかった筈だ。
――……あれこれ考えても仕方がない
しのぶは記憶を照らし合わせるために童磨との会話を続けたが結局分かったことは気付けばそこに居たことくらいの程度の認識でしかなかった。しのぶは気付けば彼岸花の花畑に居たし、童磨も気付けば水の中で流され続けていた。他に相手が居ないのだから気付けばそこに居るのかもすら分からなかったのである。
「結局分からないのなら一緒に行動しようぜ、しのぶちゃん。俺はこうだし、君だって一人で心細いし困るだろ?二人ならまだ少しはマシかもしれないしさ」
ふざけた提案だったが、童磨の言い分も間違ってはいなかった。考える頭は多い方がいい。憎い相手でも煮え湯を飲まなければならないと自身に言い聞かせた。童磨の頭部に抱きながらしのぶは歩くことを始めるが童磨は唐突に言葉を発した。
「まるでしのぶちゃんと秘密の共有をしているみたいで、とても嬉しいよ」
童磨は顔を紅潮させた。さっそく頭部を捨て去りたくなってしのぶは頭を抱える。カラカラとまた何処かで風車が回る音が響いた。
続きます