鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十二話 私の視力は53.0です

猥談で盛り上がった翌朝。

カモ君とコーテは用意してもらった朝食を済ませると一度客室へ戻り、魔法学園の制服に着替えてミカエリ邸の門の前に移動した。

そこには二人を学園へ連れていく馬車が用意されており、この屋敷の主人であるミカエリが王城にシルヴァーナ・ニアを収めていたものと同じ木箱を持って待っていた。

それはまるで聖母が我が子を抱きかかえているようにも見えた。何度も言うが外見は本当に美女なのだ。中身はとっても自由人。

そんな彼女は初めに出会った時と同じ白衣を身に着けてやってきた二人を笑顔で迎えた。

 

「はい。最終確認は済んでいるわ。これが貴女の新しい杖」

 

木箱から取り出したのは白金を思わせるほどの白さと高貴さを思わせる杖。

そして渡されて気づく魔力の波動を感じさせる杖の先に装着された青い宝玉はコーテを認識したのか以前よりも澄んだ青の光を宿していた。

まるでそこに自分の心臓があるようにも思わせる力強さにコーテは息をのんだ。

 

「不渇の杖。今のコーテちゃんでもレベル3。上級の魔法が使えるようになるコーテちゃん専用の杖よ」

 

コーテはまだレベル1の初級魔法使い。もうすぐレベル2の中級になるかどうかの瀬戸際で渡されたのは一段飛ばしのレベル3の上級魔法が扱える杖。

ミカエリの発明にしてはものすごくまともだが、デメリットが怖い。

ハイリターン。ハイリスクが基本の彼女の発明品だ。

 

一度に使う魔力が大きくなるがそれに見合った効果は発揮される。デメリットはそれによる意識の喪失。

一気に魔力を使いすぎると意識を失うというデメリットの上に、魔力を全部使い切ると今のコーテでは、三日間魔法が使えなくなるという物。さらに材料として、この不渇の杖はカモ君とコーテ。二人の水の軍杖を消費して作られたものだ。

魔法使いなのに魔法が使えなくなるのは痛手だ。戦闘はもちろん、日常生活に支障をきたす。

これからオリハルコンを求めてのダンジョン攻略にも出向くだろうコーテにとってこのデメリットは痛手になる。だが、

 

「これで私も戦える」

 

コーテは不渇の杖を強く握りしめた。

この杖でエミールの隣に立っていられる。彼と戦えると高揚感に包まれていた。

そんな彼女を思ってか、ミカエリは以前カモ君を丸洗いした風の檻を二人から少し離れた上空に作り出した。

 

「今の貴女ならあの檻を破壊できるはずよ」

 

あの風の檻はレベル3の上級魔法。前までのコーテではあの檻を破壊することはかなわなかった。しかし、今なら。

 

コーテは詠唱を開始する。

隣にいるカモ君と共に戦う意思を、誓いを込めた詠唱はそのまま力の奔流となり、杖の先にある宝玉をより強く輝かせた。

その杖を構えなおし、その矛先を風の檻に向ける。

この動作だけで体が大きく揺さぶられる。しかし、コーテは動じない。足元を揺るがせない。

カモ君に支えてもらうなんてしない。自分は支える側なのだから。

 

そして、詠唱は完成した。

 

「ハイドロプレッシャー!」

 

杖本体とコーテから発していた力は杖の先に一瞬で集まると、次の瞬間物理法則を無視した現象。魔法が発動した。

それは発動させたコーテでも今まで感じ取ったことのない衝撃を発生させながら、不渇の杖の先から一トンはあるだろう濁流を生み出し、その流れは一滴も残さず宙に浮いている風の檻へと食いつくように飛んで行った。

 

濁流と風の檻がぶつかると激しい轟音が鳴り響いた。まるでそこだけが滝下。否、それ以上の轟音を響かせた。だが、圧倒的な物量を思わせる濁流でも風の檻が壊れる様子は見られない。

 

まだ足りない。まだ、あれを壊すにはコーテの力量では足りない。

 

仕方がない。コーテはまだレベル1の初級魔法使いなのだから。

仕方がない。彼女は補助や回復魔法に秀でている。攻撃魔法は不得意だから。

 

(仕方が、ない。なんて無い!)

 

敵は待ってくれない。障害は待ってくれない。運命は待ってくれない。

 

弱音を吐くな!強がれ!声を出せ!力を振り絞れ!

 

エミールは血を吐く思いどころか血を吐きながら走り続けた。きっとこれからもそうだ。

運命を乗り越えるその時まで血を吐きながら走る。

そんな彼の傍にいると誓ったのだろう。ならば自分だって血を吐くつもりですべてを絞り出せ。

 

「あああ、ああああああああああああああああああっっっ!!」

 

生まれて初めて出すほどの大声の叫び。咆哮。

それは今も鳴り響く轟音よりも大きく、もしかしたらあたり一帯に響いているかもしれない音量。

コーテから再び魔力が放出される先ほどよりも大きく、強く、輝いたその力は再び、不渇の先へと集う。

そして、それは一回り大きな濁流となり風の檻に挑む。

 

水龍。

 

その光景を見ていたカモ君には濁流がこう見えた。

西洋のドラゴンではなく、当方の蛇に角が生えたような東洋のドラゴンを彷彿させた。

その水龍は大きく口を開き、風の檻を飲み込んだ。

瞬間、風船が割れたかと思うくらいの音と共に水龍と風の檻は大きくはじけ飛んだ。

あたり一面に大雨が降り続けるが、そこは濡れないようにミカエリが風の結界を張りその場にいた人たちが濡れるのを防いだ。

雨は数十秒降り注いだ。降りやむころにはあたり一面は水浸し、ミカエリ邸はまるで嵐でも受けたかのようにびしょ濡れ状態だった。

だが、その主人と従者達は満足げだった。

なぜなら自分達が手心加えた者が一段と強くなったことを実感できたから。

 

「お見事。コーテちゃん。今の貴女ならドラゴンは無理でもキマイラくらいなら倒せるわよ」

 

「ミカエリさんのおかげです。…ありがとうございます」

 

勇者や英雄が倒すべき怪物の一つであるモンスターを倒せるとミカエリは太鼓判を押した。

そんな彼女の言葉に肩で息をしながらもコーテはお礼を言った。

 

朝日がカモ君とコーテを照らす。

これから待ち受ける困難に立ち向かう二人を祝福するように。

コーテが作り出した虹がかかる。

二人を迎え入れるように。

 

ミカエリと数人の従者に見送られ、二人は魔法学園へと向かう馬車に乗り込む。

きっとこの二人には今までのように、これまで以上の困難が待ち受けているだろう。

 

「コーテちゃん。頑張って」

 

「はい。頑張ります」

 

ミカエリはまるで自分の妹か娘のように優しくコーテを送り出した。

 

「エミール君。…興奮した?」

 

「台無し」

 

「やーねぇ。コーテちゃんの成長に興奮したって聞いたのよ」

 

カモ君には悪戯心も混ぜて送り出す。それはまるで悪友か兄弟のような親しさで。

 

「そっちか。…驚きました。こんなにも成長するなんて」

 

「そうよね。コーテちゃん。前に測った時よりもバストが一センチ大きくなっているの」

 

「やっぱりそっちかよっ。変わらないな、あんたはっ」

 

「私を変えるなんて、天地を創造するより難しいわよ。子どもを作るのは簡単だけど」

 

けらけらと笑うミカエリにカモ君は強く出られないが、言うべきことは言う。

そうしないとミカエリはブレーキをかけないし、それを望んでいる。

こう笑いあう中でも子種をよこせと言ってくるのがミカエリクオリティ。

どこか脱力感を感じさせないと気が済まないのが彼女なのだ。

また、自分はこう入っているがこうやって否定や拒絶するのを面白く思う。もしもカモ君がその気になったらどうなるのか彼女自身もよくわかっていない。

 

「いってらっしゃい」

 

「「いってきます」」

 

感動的なワンシーンなのだが、この直前のやり取りがなぁ。

 

こちらが見えなくなるまで手を振り続ける見返りに見送られ、カモ君たちは魔法学園に出向くのであった。

 

 

 

「…あの、もう館に戻りますよ。ミカエリ様」

 

「相手が見えなくなるまで手を振るのが見送りのマナーよ」

 

十分ほど経過しても手を振り続けるミカエリ。彼女の眼にはいまだにカモ君達を乗せた馬車が映っていたのだった。

 


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