ミカエリ邸を馬車で出て一時間ほどで魔法学園に着いた。
ここを飛び出してモカ領に走り出したのはいつだったか。
そんな感傷に浸りながらも久しぶりに着込む貴族のマント。太った鳥の家紋が少しだけやつれたようにも見える。
馬車を降りて、魔法学園の門を通る。
ちょうどお昼休憩の時間帯だったのだろう。校門の向こう側では弁当を持った学生たちがベンチに座って昼休憩をとっていた。
そこに現れたのは大柄の男子学生、カモ君。ボロボロの一年生。
顔にある火傷の跡がその風貌にさらなる威圧感を放つこの一年生は半年ほどでここまでの男になったのだ。
半年で右腕を失い、顔に火傷を受け、背中に致命傷を受けた。
マジックアイテムの火のお守りはシュージに、水の軍杖はコーテに渡した。そのため、所持0。
所持金、極僅かの金貨。魔法学園の学費。王族持ち。いわば借金。
ふふ、おかしいな。死ぬほど頑張っているのに懐具合が寒いどころか身も凍るほど冷たいのですけれど。更には王族直属のチーム(おそらく高レベル)に入隊して高難易度のダンジョンに挑まなければならない。
…俺って戦争奴隷でしたっけ?と、なると隣を歩くコーテはご主人様?
…悪くないと思った俺はダメなのかもしれんね。コーテにも沢山の借りがある。それに報いるためにもっと頑張らないと。
…これ以上頑張ったら本当に死ぬんじゃないの、俺?実際何度も死にかけたし。
そんなカモ君の考えを感じ取ったのかコーテはカモ君の前に回り込むと両腕を広げてみせた。
「んっ」
小さな体を大きく広げてカモ君を迎え入れようとしてくれるコーテにカモ君は思わず抱き着いた。
周りの目もあったがそんなことは考えられないほどカモ君は辛かった。
自分はこんなに頑張っているのに暮らしはよくならず、未来は困難に溢れている。
クーのため、ルーナのためにと頑張ってきたこの人生。本当に報われるのかと不安で仕方がなかった。
だけど、今の自分は一人じゃない。コーテがいる。彼女がこうやって支えてくれるのならまだ頑張れる。それにミカエリというスポンサーもついた。
抱き着かれているコーテに何も言わずただ優しくカモ君の頭を優しくなでた。
そうされること十秒ほど、カモ君はコーテから離れるともう大丈夫だと言って、再び歩き出す。
行先は職員室。そこへ向かい、長期休暇を終えたことを担任含めた関係者に話し、午後の授業を受けるために、自分達の教室へと歩いていくカモ君とコーテ。
そこへコーテの級友であり、ルームメイトのアネスと、カモ君の級友であり、主人公のシュージがやってきた。
彼らの目に映ったのは新たな決意をした二人の姿。
片方は目に見えてわかるほどの風貌。顔の火傷。右腕の欠損は見られるもその気配は弱くなるどころか強まっている。まさに強者のオーラをまとっていた。数分前にはコーテに泣きついたことは微塵にも思わせない気迫。
もう片方は小柄な体系だが、どこか成長したようにも思える。
幼い顔つきなのにどこか美しさも感じさせた。その所作もより精錬された。何よりもその瞳に宿っている感情。それは慈しみを感じさせる優しい瞳をしていた。
ひと月前の切羽詰まった彼女にはなかった余裕を感じさせていた。
「…コーテ。なにかあったの?」
カモ君達の変化に対しての質問をアネスが代表になるように問いかけた。
コーテはカモ君を。カモ君はコーテを一秒ほどだけ見つめあって、彼女達のほうに向きなおり、笑みを浮かべながら答えた。
「いろいろあったんだ」
「ああ、本当に、いろいろあった」
その様子を見て理解した。
目の前の二人はいくつもの困難を乗り越えてきたのだと。
このようなアイコンタクトでやり取りできるほどの事をなしてきたのだと。
この二人の間には自分達では計り知れない信頼関係があるのだと感じ取った。
だからこそ察せてしまった。
「あんたたち、こうびしたのか?」
「…え?」
「こいつら交尾したんだ!」
「交尾言うな」
アネスが叫ばずにはいられないといわんばかりに口を開いた。
アネスはコーテより自分のほうが女性らしいと自負していた。それなのにコーテが先に大人の階段を上ったことにショックを受けて思わず叫んでしまった。
そして、「交尾したんだぁあああっ!」と大声をあげながら走り去っていく彼女を黙らせるためにコーテも走って彼女を止めに行った。
その珍騒動を目の前で見せられたシュージは何と言ったらいいかわからなかった。が、その様子にカモ君が騒がせてしまったなと苦笑した。
これから先の事を考えるとこのようなバカ騒ぎもあと何回できるかわからない。
だけどそれを手に入れるため。明るい未来を手に入れるためにカモ君は明日に向かって今日も頑張る。
希望はいつも前にあって、それに向かって走らないと手に入らない。託すことができない。
そんな心境のカモ君に世界は微笑んだ。
「エミール。こんな時に言うのもなんだが、相談したいことがあるんだ」
「金銭的なものじゃなければ相談に乗るぞ」
もちろん。カモ君を祝福するためにではない。
「実は、俺。ネーナ王国に行ってみたいと思うんだ」
未来の敵国家に主人公が寝返りイベントの発生だよと愉悦に満ちた微笑みだった。