鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第二話 一日十二時間労働。残業あり。休憩なし。

主人公の裏切りイベント=リーラン王国滅亡イベント。

そんな状況にも関わらずカモ君は放課後になると一人の教員の元へと出向いた。

アイム・トーボ。

元冒険者の新人男性教員であり、魔法で生み出した二本の鋼鉄の腕で戦う様から『鉄腕』の二つ名を持つ冒険者でもある。

カモ君が彼の前に現れたのはその鉄腕という魔法を教えてもらうためだ。

 

「いや、教えるわけがないだろう」

 

鉄腕はアイムが独力で作り出したオリジナルの魔法だ。

ゲームでもチート性能の主人公でも習得できなかった魔法だ。まあ、性能的にはもっと上のランクの魔法を覚えるから何の問題もなかったが。

しかし、隻腕となってしまったカモ君にとって鉄腕という魔法は最も魅力的なものに見えた。

だが、魔法使いにとってオリジナルの魔法というのは家宝以上に大切な物。冒険者なら自分の使い慣れた武器を相手に明け渡すに等しい。

 

「そこを何とか」

 

魔法使いだが、どちらかと言えば格闘術が主力のカモ君。

それなのに隻腕になってしまったことでその実力は半分以下になったような物。それを埋めるためにもアイムの鉄腕はぜひとも習得したいものだった。

 

「お前も魔法使いなら見て、魔法を盗め」

 

まだアイムとカモ君の付き合いは一ヶ月くらいしかない。

ダンジョン攻略でカモ君に助けられたという恩もあるが、それはその時関わった冒険者・魔法使いがそうである。アイムがカモ君を助けたという事もあるのでトントンだ。

信頼も報酬も期待できない商談に誰が乗るというのだろうか。

しかし、カモ君は焦っていた。

原作ではありえない事例が起きている。しかもそれが将来の主人公。シュージの戦力を下げるような事ばかりが起きている。その上、そのシュージ本人を引き抜こうという事象まで起きている。

もしかしたらあと半年もしないうちに戦争が起きるなんてこともあるかもしれない。それに備えてせめて低下した自分の戦闘能力を戻したい。

未来で戦争があるなんて話しても信じてもらえない。信じてくれたところでネーナ王国につくかもしれない。

冒険者はリスクとリターンには敏感だ。今の状況で戦争が起きればカモ君なら絶対にネーナ王国につく。

最悪の場合、カモ君はコーテを連れてモカ領へと逃げ、さらにクートルーナも連れて他国に逃げることまで考えている。

 

「…それじゃあ、遅い。遅すぎるんです」

 

カモ君の考えを知るはずもないアイムだが、苦しそうに表情を歪めるカモ君を見て、その焦りを感じ取っていた。

 

「そこまで言うなら今度のダンジョン攻略のアルバイトで、ダンジョンボスのドロップアイテムを持ってこい。それで手を打ってやる」

 

魔法学園のダンジョン攻略のアルバイトは国を経由して出される仕事であり、危険性もある上に、初等部のカモ君がダンジョンの最奥まで行くチームに編成されることは難しい。更にダンジョンボスからドロップアイテムが落ちる可能性も少ない。

それこそ、この世界の主人公でもなければ達成することは難しい。

 

「…わかりました。持ってきたら教えてください」

 

だが、難しいだけだ。

隻腕になった状態で、ダンジョン攻略メンバーに選ばれること。

その上でボスアタックが上位メンバーに選ばれること。

ボスを撃破し、ドロップアイテムを手に入れること。

どれもこれも難しい事だ。だけど…。不可能ではない。

 

それこそ偶然。幸運。奇跡の重なりが必要である。まさしく0。000000000001%未満の確率。だが、挑戦することは決して無駄ではない。

ダンジョンに出向き、モンスターを倒し、少しでも自分の糧にする。そして、その糧を主人公であるシュージに還元できればカモ君的には大満足である。

シュージさえ強くなってくれれば戦争に勝てる可能性はあるのだから。

その上でダンジョンボスのドロップアイテムが出なくてもその道中で拾ったアイテムをボスドロップですと言っても目撃者でもない限りわかりはしない。

ボスドロップの内容として、下はレベル1の下級ポーションから上はレベル3の上級マジックアイテム。極稀に特級マジックアイテムが出土することもあるがそれこそ稀だ。一般冒険者なら一生に一度あるか無いかの確率だ。

シュージがタイマン殺しで魔法殺しというアイテムをドロップしたのが悪い例だ。あんなことはゲームであっても滅多にない。

 

ダンジョンで拾ったアイテムを適当にアイムに押し付けたろ。

 

そんな甘い事を考えていたカモ君だったが、そこはアイム。

冒険者の感が動いたのか一つ条件を付ける。

 

「その時が来たら証人として学園長にも来てもらうからな。」

 

学園長のシバは光魔法の使い手。

相手の嘘を見抜く魔法も当然熟知しており、彼の前で契約を反故するようなことがあれば、ダンジョン攻略のアルバイトはもちろん、魔法学園からの追放も考えられる。

それすなわちシュージ強化の機会を奪われることに他ならない。

 

「ええ、約束を反故にするつもりはないですよ」

 

長年鍛えたポーカーフェイスで嘘をつくカモ君。

だが、彼の人生より長く冒険者をやってきたアイムにはそれがどうも胡散臭く見えた。

この世界の貴族の大体は腹黒いものだ。そうでないとほとんど生き残れない。冒険者も同じだ。だからこそこういう契約には敏感になるのだ。

だが、アイムはカモ君を気に入っている。彼に期待している。

魔法使いなのに自分よりの戦闘スタイル。向上心と自分に対する礼儀正しさ。

それらを踏まえてはずれの可能性もあるドロップアイテムで手を打ったのもカモ君のこれまでを鑑みての事である。

カモ君が考えて様々な条件をすべてクリアしたその先にあるものがゴミアイテムだったとしてもカモ君の力になる。もしかしたらカモ君が自分の魔法で成り上がり、そのおこぼれが自分にあるかもしれないという打算もある。

 

「まあ、頑張れよ」

 

アイムはそう言ってカモ君に背を向けて職員寮へと戻っていった。未だ慣れない書類仕事がまだ残っているため、放課後毎日のように行っていたカモ君の格闘訓練はお休み。

カモ君もそれがわかっているので、すぐに学園アルバイトが張り出されている講堂へと足を進めた。

それに足を止め、肩越しに見たアイムはこう思った。

 

頑張れよ。後輩。

 

カモ君が偉大な魔法使いになるかそれとも冒険者になるかはわからない。

だが、きっと彼は大きな事成し遂げると思わせる風格を持っていた。

学園に通う全生徒の中では生徒会長やシュージといった実力者は他にもいる。しかし、カモ君ほど力に飢え、前に突き進む人間はいない。

そんなカモ君がどうなるのか楽しみになっているアイムは口角を上げながら、今度こそ職員室へと足を進めるのであった。

 

 

 

翌朝の職員室前でアイムは再びカモ君と話していた。

 

「今度の週末にダンジョンに行ってきます」

 

早くない?

 

カモ君は翌朝張り出されていたダンジョン攻略のアルバイトの広告に応募し、見事、その参加を勝ち取ったのだ。

しかも、ダンジョン情報としてダンジョンは七階層。隻腕のカモ君単独でも攻略できそうな難易度だった。

アイムは昨日の事を早速後悔した。

失敗や不遇を乗り越えて強くなってほしいのにこんな風に達成されると考えていなかったからだ。

対するカモ君は上機嫌。こんなにも早く機会に巡り合えるなんて思いもしなかったからだ。

約束。忘れないでくださいよ~的な事を言い残し、去っていくカモ君。

 

しかし、週末。

アルバイト先のダンジョン前で、今度はカモ君が後悔する羽目になる。

指定されたダンジョンは七階層ではなく、十階層以上とヒューマンエラーで表記されていなかったのだ。

考えてみれば、七階層などという比較的易しいダンジョンなら国を通して魔法学園で応募などかけない。

だが、カモ君がダンジョン前に立つまで誰もその事に気が付かなかったのだ。引率の教師もそうだ。

しかも魔法学園側で参加するメンバーがカモ君。シュージ。ライツの初等部一年生と引率の先生。計四名のみ。引率の先生は高齢のためダンジョン外で衛生兵として待機するので実質戦力は三名。

コーテはミカエリ邸の騒動で実は体を冷やしていたため、風邪をひいた。しかも長引いているのでルームメイトのアネスも彼女の看病をするために今回のダンジョン攻略に参加できずにいた。

残りのダンジョン攻略メンバーは魔法が使えない冒険者達のみという構成なので必然的に魔法使いであるカモ君達は24時間、フル出撃を強いられる事になった。

しかも地属性の魔法はダンジョン攻略には欠かせないものになるので、カモ君(唯一の地属性の魔法使い)はほぼ休憩時間無しが確定した。

 

あれ?これ、超ブラックなダンジョン攻略になるんじゃねえの?

 

おいしい話に飛びついた自分に、表面上はクールを演じているが、内面的にはすごく後悔し始めるカモ君の姿がそこにはあった。

 


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