王都より北よりナの領地。周辺には青々と伸びた青草の平原だけが広がっていた。
そこにポツンと馬車一台が通れる排気口のような入り口をしたダンジョンがあった。
発生した場所があまりにも端すぎるためにリーラン王国の土地とはわかるものだが、近くにあるのは領地管理のために設置された駐屯所と小さな市場のみであった。
ここの領主もダンジョンが発生した報せを受け取ってもなかなか手を付けることが出来なかったほどの田舎で未開発な場所。
ダンジョンではなく原生生物の猛獣や盗賊といった敵対生命体に遭遇することもある。
そこにやってきたのは未熟者と称される魔法使いが四人。一人は引率で教員という立場であるにもかかわらず、高齢という事もあってダンジョンの外での支援しかできないため、たったの三人だけ。
火魔法を使えるシュージは攻撃役。
戦闘の補助魔法を使える光の魔法を使えるライツはバッファー。
そして全属性の魔法が使えるカモ君は地形と罠の把握。敵の索敵。回復。休憩中に使う火種の確保と周囲への警戒を行う。
おかしくない?
一人だけ業務量がおかしくない?
いや、わかるよ。今回のダンジョン攻略に向かうメンバーが少ないからやることが多いことはわかる。
少なくても三十人から五十人体制で行うダンジョン攻略をたったの十四名で行うから仕方ないよ。というか、これでは攻略というより調査団に近い。
命が係わる人為的な記入ミスという、やってはいけない事によく確認もせずに飛びついた自分も悪いとは思う。
だからといって、魔法でやるべきことの殆どを自分に押し付けるのはどうかと思う。
ゲームみたいにターン制のバトルもなければ、試合のようにお互い準備して用意ドンといかないのはわかる。
奇襲は当たり前。罠はあちこちにある。
攻略に当たる人間関係から因縁なんてものもあるから出来るだけの事はするよ。
だけどこれは急務すぎませんかね。せめて冒険者の中にも索敵魔法を使える人がいてほしかった。だが、編成パーティーが。
剣士五人。重戦士一人。弓使い二人。攻撃魔法の使い手が二名。
回復魔法役が一人もいない事に驚愕した。
お前ら今までよくやっていけたなっ。いや、回復ポーションがあれば代用は可能だけど、だからってこの編成は酷い。聞けばここにいる冒険者たちはみんなソロか、回復役がいないコンビでやっていたという。
索敵と回復が出来るのがカモ君だけとかどんな編成だと嘆きたくなる。
だけど、できない。一人だけならともかく、まだ成長中のシュージの前でそんなことをすれば今後どんな影響が出るかわかったものじゃない。
しかし、中継ぎもいなければ後続もいない一発勝負なメンバーにカモ君は眩暈を覚えた。
ダンジョンに潜るのはカモ君達魔法使い三名と剣士が三名。重戦士。弓使い一名。冒険者の魔法使いが一人という九名編成になった。
残りの五人はダンジョンの外でダンジョンから出てくるモンスターの討伐になった。
はっきり言おう。無茶な編成だとしか言いようがない。
せめてコーテという回復役がいれば少しはカモ君も楽はできたかもしれない。回復役が一人いるだけで攻略のレベルは大きく変わる。
現にダンジョンが十階層以上というのは把握したが、それだけ難易度も上がってくる。
無理に攻略はせずに、後発組や後から来るだろう魔法科医や冒険者達を待っていた方がいい。
彼らが到着するまでは自分たちはできる限りの調査の域で押さえておくべきというのがこの場にいた全員の思いだ。
だが、別に攻略しても構わないのだろう?
あ、駄目だ。ちょっと欲が出たけどこれは敗退フラグだ。
カモ君は頭を振って自制した。
十階層以上だ。まだシュージのレベルを考えるとまだ無理はできないし、自分の装備もウールジャケットのみの軽装だ。レザーアーマーを着こむことも考えたのだが、成長期がまだ終わっていないカモ君の体のサイズには合わなくなったためやむなく売却することになったのは先日の事だ。
いざダンジョンに突入すると同時にカモ君は索敵魔法を発動させてダンジョンのワンフロアの把握作業に入る。
早速、ゴブリンと彼らが作ったと思われる落とし穴の反応があった。
これをワンフロア。細道に入るたびに行わなければならない。
いくら魔力総量に自信があるカモ君でもこの調子では七階層のあたりで魔力が底をつく。
戦闘は他の人に任せて索敵だけに魔力を使えば十階層まで行けるのだが、カモ君は回復・攻撃魔法まで使える。そう上手くいくとはカモ君も思っていないが、このような働きだとドロップアイテムの報酬にありつくことはできない。
前衛の冒険者を犠牲にしてでも魔力を節約するか?
クズな思考である。
だが、それをすることでシュージに万が一にあっても困るので索敵には全力を振るうことにする。
シュージがいなければ犠牲もやむなしと行っていたかもしれないカモ君は冒険者達の行く先を逐一確認していくのであった。
「エミール様はすごいのですね」
「ああ、俺が目標にしている奴だからな」
シュージの後ろでライツは思ったことをそのまま喋った。
それはシュージが考えている好感が持てるものではなく、自分の敵に回ったらまずいという打算的なものだという事にシュージが気付くことはなかった。
難なく地と風の魔法を同時に扱う。
報告通りカモ君の戦闘能力は原作とやらに比べて大きく強化されている。シュージを取り込むよりも彼を取り込んだ方がいいと思っていたライツはシュージの後ろをつかず離れずの距離で着いていった。
前衛に剣士二人と重戦士。カモ君とシュージとライツ。弓使い・魔法使い・剣士という。前後同時に責められてもいいようにこのような順列でダンジョンを進む自分達だが、三階層まで難なく進めたのはカモ君の索敵能力のおかげである。
罠を回避することで負傷する機会を少なくし、先に敵を見つけることで先制攻撃もこなせた。出番はまだ来ていないが回復魔法も使える。
だが一番驚いていた事はカモ君が貴族らしい傲慢さを持っていないことだ。
リーラン王国の魔法使いの殆どはその魔法を使えるという利権で傲慢になりがちだがカモ君にはそれはない。
諜報部によると魔法学園に来る前から彼の実家の領地では冒険者に協力する形で真摯に接してきたという。
そのため、最低限の信頼を勝ち取ったカモ君と冒険者達の連携は良好だ。
シュージとライツはリーラン王国貴族ではないのでカモ君同様に彼らとの会話で何かしらの問題を起こすという事はなかった。
ライツは篭絡術を教え込まれたネーナ王国の姫であり、工作員でもある。
王位継承権が低い立場だが、ここで主人公のシュージを引き抜くことが出来れば女王になることはかなわなくてもそれなりの立場は約束されている彼女は、商人の娘で、リーラン王国への留学生を偽っている。
そんな彼女から見てもシュージよりもカモ君の方が脅威を感じる。
確かにシュージの魔法は常人のそれを超えている。だが、それは一個人として。
カモ君は集団をまとめるカリスマ的なものを持っている。
幼いころから冒険者や衛兵たちと交流してきたから彼等とのやり取りもスムーズだ。
連携も上手いうえに休み時を心得ている。
彼らに任せられるところは完全に任せて、自分が手を出すかどうかも相談することで魔力の節約も行っている。連携も悪くない。
現状、危険視するならシュージよりもカモ君である。
カモ君のおかげもあってもう五階層までたどり着いた。ここで小休憩をすることをあらかじめ決めていた自分達は周りの安全を確保できたところで談笑をしながら食事をとることになる。
カモ君は談笑しながら食事をとり、モンスターが近づいたら警報音が鳴る結界を展開すると冒険者や自分達に断りを入れてから、ダンジョンの壁に背中を預けて目を閉じて仮眠をとる。こうすることで少しでも魔力を回復させるという事にも手を緩めない。
これでは暗殺は無理そうだ。
ライツは冒険者に言い寄られつつも、彼らの機嫌を損なわないように談笑をしていた。
その最中、カモ君を暗殺できるならするようにと、父親である国王からの命令を思い出していた。服の下には人、一人を殺すことが出来る毒薬の入った小瓶がある。これを使ってカモ君を暗殺することも考えていた。
だが、最優先はシュージの篭絡だ。今はそれに全力を注ぐ。
シュージはカモ君を心酔しているところがある。今、カモ君に危害を加えればシュージがこちら側につくことはないだろう。今はまだシュージとの信頼関係を作っていく最中だ。
今はまだ急がなくてもいい。
そう考えなおしたライツは甲斐甲斐しくシュージや冒険者の食事や談笑に興じるのであった。
休憩を終え、カモ君も目を覚まし、ダンジョン攻略を再開する。
休憩も挟んだことでやる気に満ちたシュージや冒険者達。まさか、隙があれば害するかもしれない敵がいるなんて考えもしていないのだろう。
確かに国と魔法学園を中継して紹介された魔法使いの卵だが、警戒心という物は習っていないらしい。…カモ君を除いて。
彼は仮眠をするとは言ったが、実は自分を観察していたのではないだろうか。
カモ君を暗殺するかと頭によぎったが、その動作を見抜いたのか休憩後からその表情から気のゆるみはなくなっていた。
むしろ休憩前よりも警戒しているのではないかと思わんばかりに引き締まっていた。
これから更に深いダンジョンの深層まで行くことになるので引き締まるのはわかるが、時折自分の方を見てくるその所作。油断はしないという事か。
総じて、今のカモ君の不意を突くことは不可能。暗殺などもってのほかだと判断したライツはダンジョン探索に注力することにした。
そんな評価をされたカモ君はというと。
やっべぇ、寝違えた。首痛い。ライツって、自己治癒を高める補助魔法とか使えないかな?
思いっきり油断して寝違いというデバフ状態。はっきり言って彼女が見てきたカモ君の中で一番の暗殺ポイントだという事に気づかれることはなかった。
寝違えたことも気が付かれなかったのでカモ君はこっそりと回復魔法を使うのであった。