鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第七話 無様な賢者

なに。この小娘。王族や将軍でもないのに、すごく圧を感じるんだけど。

 

カモ君達がダンジョンを攻略した翌日。ライツは自分よりも小さい先輩が醸し出している気迫にビビっていた。

魔法学園の中庭で風邪から復帰したコーテは、中庭のど真ん中でカモ君を地べたに正座させていた。正しくはカモ君から進んで正座していた。コーテの瞳から醸し出される圧力に屈したともいう。

そんな二人を止めようとするシュージとアネス。ライツだったが、三人ともコーテの無言の圧力に屈した。今、この中庭の支配者は一番背が小さいコーテと言っても過言ではなかった。

 

「聞き間違いかな。…エミール。もう一回言ってくれる」

 

彼女はカモ君がダンジョンでの戦利品でミスリルの塊を手に入れたという事を聞き出した時は驚きながらもそれを褒めていた。

ミスリルの塊。それが10キロも手に入ったのだ。

それを魔法で半分に割って、半分はミカエリ邸に送って、残りはアイムに渡そうと昼休みに職員室にそれを持っていこうとしたところ。シュージがダンジョンで起こった事を話してしまったことが原因だ。

カモ君はコーテに心配をかけたくないから、ダンジョンで魔力切れ&ダメージで動けなくなかったことは黙っているようにシュージにお願いしたが、施しコインのインパクトが大きかったため、そこがおろそかになった。

そこで男の子心を自制できなかったシュージが先日のダンジョンで起こった事をポロリと喋ってしまったのだ。ダンジョンででかい亀と戦って苦戦した。カモ君が無視できないダメージを負って焦ったと。

カモ君はその時焦って、脇に抱えていたミスリルを落としてしまった。その事態にコーテは何があったか詳細を述べよと尋問官の如く問い詰め、その詳細を知ったコーテの瞳は氷よりも冷たく、あのミスリルタートルよりも重い圧を放っていた。

 

「エミール。自分でも言っていたよね。余裕をもって物事に当たると。ダンジョンみたいな命がかかっている場合は猶更だって」

 

「おっしゃる通りです」

 

カモ君は背筋を伸ばしてコーテの問いに正直に答える。最初こそ誤魔化そうとしたが、コーテの左手がペンを持つ仕草をした瞬間にカモ君は自白した。

コーテはクーやルーナにこの事を手紙で伝えられたくなければ話せと言っているのだ。

自分の失敗を知られる。迷惑をかけたなど知られてしまえば兄の尊厳が大きく損なわれることを恐れた結果である。

そして、事の詳細が語られるにつれてカモ君を見るコーテの圧力が強くなっていく。

最初は立ち話をしていたが、話が進むにつれ圧力が増していき、カモ君の姿勢は低くなっていき、正座の姿勢へと変化した。

 

「…これはお仕置きが必要」

 

「どうか、どうか文だけは。文だけはご勘弁を」

 

そして最終形態の土下座へと移行したカモ君にコーテは相も変わらず冷たい。カモ君の傍にあったミスリルにも霜が付くほど周囲の空気は冷え切っていた。

雰囲気が。ではない。実際に二人の周りは温度が低下していた。コーテの持つ不渇の杖が彼女の意思に反応して周りから熱を奪い、カモ君を取り囲むように水の檻が形成されつつあったからだ。

男の威厳など、兄の威厳と比べれば屁にも思わないカモ君だからこそコーテの出す裁定に恐れていた。

 

「…今度からダンジョンに行くときは私も同行する。私の許可を出したもの以外は行かせない」

 

「えっ。それはちょっと」

 

カモ君とコーテでは体格的にも体力的にもダンジョンに挑める回数は違ってくる。

男と女。巨人と小人。一日の回復量の差。二人の差はかなりあった。カモ君が10回行けるとしてもコーテは4回から5回といった具合だ。

しかも女性には月に一度の生理現象もある。そうなると行ける可能性はもっと低くなる。

コーテに合わせるとカモ君が行ける回数が減る。それは自身の強化。ひいてはシュージの強化に影響が出るのだがコーテはそこも考慮して言った。

 

「毎回思うけど、どうして学園から出るとそんな無様な結果を出せるのかわからない」

 

「コーテ。無様は言いすぎじゃ。はいっ。黙っています」

 

おもわずフォローをしようとしたアネスだったが、コーテのひと睨みで姿勢を正してカモ君の擁護を諦めた。

 

コーテは知っている。カモ君は学園内では優等生な戦士然とした魔法使い。

だが、学園の外に出る。特に弟妹達やシュージが関係するといつもそれらを優先してドジを引き起こしていることを。

自分がいればそのフォローがある程度出来る。というか、今はいろいろと不穏なのにカモ君をほいほいダンジョンに行かせるのは間違いだった。

世の中上手くいくことが少ないのだ。それなのに雑魚ダンジョンだと思ったら思わぬ手違いがあったとかコーテの後悔は計り知れない。

これからは風邪もひかないように自分の事とそれ以上にカモ君の事を管理しないといけない。むしろ監禁もやむなしかとも考えだした。そうすればカモ君は危険な目に遭わなくなるのだから。

 

「こ、コーテ先輩。あれは俺が悪かったんですっ」

 

カモ君を擁護する側にいたシュージもコーテの圧力に屈しかけていた。だが、カモ君は自分を助けるために下手を打ったのだ。ここで自分も屈すればカモ君の頑張りを否定することになる。それだけは嫌だった。

 

「俺が足を止めなければエミールもあんな大怪我を負わずに済んだのに庇ってくれたんです。もうあんなミスはしません。叱るなら俺を叱ってください」

 

「これはエミールの死活問題。貴方は関係…。ないとも言い切れないか」

 

シュージがいなければカモ君も無理な撃破は考えずに撤退していただろう。

それこそ難題に直面した物語の主人公のように正面から挑むことなく、モブキャラ。もしくは雑魚キャラのようにヒィヒィ言いながら賢く逃げ帰ることもできた。

だが、それをシュージが真似することが無いようにカモ君は行動を制限された。

彼が死なないように。彼が闘志を捨てないように。

 

「…はぁ。やっぱり君達には私が必要」

 

物語の下っ端の悪役のように諦めて無様に命を長らえることが賢いやり方だ。

物語の主人公のように諦めずに命がけで戦うことは愚策だった。

冒険者とはそういう生き物だとコーテは実家で教えられていた。そして彼女もそれを肌で感じ、学んでいた。

カモ君もそうだ。彼も幼い頃からダンジョンの危険性を学んでいたはずだ。それなのに主人公という存在が。自分たちの希望を託す存在がいるから賢い選択を取れずにいる。

ならば自分が教えるしかない。

カモ君ではシュージを鍛えることは出来ても、彼から逃げることは出来ない。それが出来るのはシュージの仲間になるキャラでもなく、踏み台キャラでもない自分が泥をかぶる形で、無様な賢者になろう。

 

「ダンジョンに行くときは借金をしてでも回復役を雇う事。最低でも回復ポーションを持っていくこと。これを守れるならお説教はここでおしまい」

 

やっとこの圧力から解放されると思って立ち上がろうとしたカモ君だが、そこにコーテの杖で押さえつけられる。いつの間にコーテは詠唱したのかカモ君の太ももの上に一抱えはある太った鳥の氷像を作り出し、カモ君をその場に押さえつけた。更に彼女はメモ用紙に『私はダンジョンで失敗した魔法使いです』と書き、カモ君にそれを咥えさせた。

 

「この氷が解けるまでそのままの姿勢でメモ帳を咥えていなさい」

 

え?と、カモ君達はコーテに視線を集めたが彼女はどこ吹く風と言わんばかりに言った。

 

「お説教は終わったけどお仕置きがまだある」

 

お前、自分の恋人をこれだけ不安にさせといてお説教だけと思ったら大間違いだぞ。

コーテの圧力は説教の時から少しも欠けることなくカモ君を責めた。

お昼ご飯?もちろん抜きです。

 

カモ君は午後の授業を学園指定の制服ではなくジャージで受けることになった。

 


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