カモ君が中庭で正座させられている間に食堂へとやってきたライツはシュージに付き添う形で彼の隣に座り、食堂で出される定食メニューを食べていた。
この際に『男子にも女子にも人気。材料費がマシマシだから』のおすすめの日替わりメニューを選んでいる。
ネーナ王国の諜報員は別にライツだけではない。ここの食堂の従業員もそのうちの一人だという事だ。そしてこのおすすめメニューにはメッセージが含まれている。
男(ライナ)は女子(主人公の可能性があるキィ)に人気という事。
ライナは順調にキィを誑かしている。ただ、材料費(篭絡費用)が多くかかっているという事をライツに教えた。
ライツはその定食を受け取った際に、「私もこれは好きなんですけど、このドレッシングは苦手で…」と返した。
主人公疑惑のあるシュージには何とか交友は持てるようになった。だけど、周りの人間が厄介という事を伝えた。もちろん、厄介な人間とはカモ君である。
シュージとカモ君の仲はとても良好に見えたライツはそれとなくカモ君について質問してみると帰ってきたのはシュージにとっては好感触の物だった。
原作とは違い、嫉妬もやっかみもない。そこにあったのは尊敬の二文字。
誰よりも勤勉で強さに貪欲。今よりもさらに高みへと至らんとするその姿勢は習うべきものであり、模範とすべきだと力説するシュージに同意するようにその場では頷いていたが、ライツはある焦りを感じていた。
カモ君が転生者だという説は濃厚になった。だが、それよりもカモ君のレベルと戦闘スタイルが原作と大きく違っていた。
原作ではカモ君はメタボリックな体型。強者に媚びへつらい、弱者には横暴になることで、学園の嫌われ者という状況だった。
一部の貴族主義。魔法使い主義の生徒や教師からは嫌われているが、一定以上の実力を持つ人間達からも一定の支持を受けているのがここにいるカモ君だ。
エレメンタルマスターは魔法使いとして大成しない。それがこの世界のルールである。それを知っているからこそ魔法以外の戦闘スキルを欲しているのかもしれない。
シュージ曰く、初等部の生徒の中で一番に強いとも言っていた。そのことからもレベルも高等部。それも上位クラスに当たるレベルを持っていると考えてもいい。
戦闘スタイルはライツも見ている。
カモ君はある意味理想の戦闘スタイルを築きつつある。
今は中庭で正座している彼だが、鉄腕のアイムにミスリルの塊を渡しに行こうとしたのは彼の『鉄腕』を学ぶためだろう。隻腕のカモ君にこれ以上合っている魔法はない。
ただ、魔法の世界を満喫するために強さを求める原作を知らない転生者か?それとも原作を順調に進めるために強くなろうとしている転生者か?
どちらにしても主人公のシュージを鍛える一因になるカモ君を放置するわけにはいかない。
これまでを見たところカモ君の財政事情は厳しいようだが、恋人と名乗ったコーテというスポンサーがいるようだ。カモ君からシュージへのマジックアイテムの譲渡は無くても彼女を通しては十分にあり得る。
どうせならカモ君もネーナ王国へ寝返らせることも考えたが、ライツは研究者であるライムの言葉を思い出す。
カモ君ほど敵であることが幸運である。カモ君が味方であるほど不幸である。
何せ、敵を大幅に強くする可能性があるエレメンタルマスターである。
味方としても魔法に撃たれ弱いという特性はどうしても隠せない。
出来ることは幅広く底が浅いカモ君をこちらに引き込むメリットは少ない。彼を引き込むのはリスクがあるというのはライツも賛成だ。
だが、このままカモ君を放置するわけにもいかない。カモ君が現在進行形で主人公のシュージを強くしている事実がある。
やはり、あのボスフロアでカモ君を毒殺する事が出来なかったのが悔やまれる。しかし、あそこでカモ君を殺してしまえばシュージに疑われていた。そうなってしまえば『シュージをネーナ王国に寝返らせる』という最終目的を達成できなくなる。
ネーナ王国にはどうしても主人公と思わしき、シュージの力が必要だといわれている。
目的も理由も王とライムしか知らない。
だが、魔王以上に。いや、神以上に強くなると言われているシュージは王でなくても欲しい逸材だ。
だからこそ焦っはいけない。
シュージに怪しまれないように、ライツは表面上にこやかに楽しそうに振舞いながら昼食を彼と過ごす。
彼の信頼と好感を稼ぎ、自分についてきてもらえるように。今はじっくりと彼とこの嘘だらけの憩いの時間を過ごすのだと、内心で言い聞かせた。
後から知ることになったのだが、もう一人の主人公と思われるキィだが、豪遊し過ぎで工作費用が嵩み、ライツとライナの任務活動に少なからずの支障をきたすことなった。
というか、一週間で金貨30枚の豪遊は勘弁してほしい。それだけの金貨はこの国の一般社会人の1.5ヶ月分の収入と言われているのだから。
見えないところでキィは篭絡員達の任務の妨害を行っていたのであった。