序章 信じて。送り出た彼女
シュージがライツの誘いを受けた日から、彼はカモ君との模擬戦をしなくなった。
3日1回。放課後は模擬戦をしていたのに一週間ほど模擬戦をしていないシュージの様子が変化したのはカモ君が一番感じていた。
しかも、シュージはライツと共に今日から一週間の休暇を出している。目的も何も聞けずに彼は午後の授業を終えるとダンジョン攻略の準備のような荷物を持って、ライツと共に学園を後にしていた。どうやら前もって予定していた事らしい。
カモ君もシュージの後を追いたかったが、コーテに止められた。カモ君の現状ではダンジョン攻略はもちろん、後を追う事も禁じられていた。どうしても行きたいのなら回復ポーション二つ(金貨6~7枚相当)を準備出来てからにしろと。
これで亡命されるとは思わずにはいられない。
シュージは一度だけ、カモ君が同伴せずにダンジョン攻略に繰り出している。今回もそうだろうと言われたが、ライツも一緒に学園を出ていったものだからカモ君の不安は爆上がりだ。
模擬戦によるシュージのレベリングをしたかったのだが、シュージが遠慮しているようにも見えた。放課後の買い食いや世間話もしたかったが、どうも避けられている気がするカモ君はどうしてこうなったかを考えた。
シュージには戦闘技術や魔法知識を惜しみなく分け与えている。奉仕。
シュージがいじめられないように性格の悪い貴族にはガンつけて追っ払っている。保護。
シュージが世間離れしないように買い物にもよく連れまわしている。情報提供。
この三つの行動からシュージはどう思うだろうか。少なくても嫌われているとは思わないだろう。むしろ積極的に好感度を上げに来ていると思うだろう。それからさらに親密になろうとしているだろうと考えるだろう。
…┌(┌^o^)┐
っ!もしかしてこれか?!俺ってばシュージにホモかゲイだと思われている?!
それは避けるわっ!俺だって避けるわ!自分より体が大きくて力強い輩に性的に見られていたら距離を取るわっ!精神的にも物理的にもっ。そんでもってその反動で美少女のライツと一緒に一週間の外出を望んだのかっ!
あ、あかん。どうにかしてシュージを説得しないと。でもどうやって。シュージは俺から距離を取るから話も出来ない。コーテに仲介を頼むか。というか、コーテにしか頼めない。こんなデリケートな思春期にこんな事を頼めるのは彼女くらいだ。
それ以上にカモ君の交友関係が狭い。
彼の友人と言えるのはシュージ。他のクラスメイトは顔見知り程度だ。
そして、コーテのルームメイトのアネスくらいしか友人と言える人物がいない。
しかもシュージの方はカモ君をライバル視。アネスはコーテという共通の人物がいないと話し合うという事もなかった。
もしかしてボッチ?と、カモ君は自身の環境を改めて理解した。
こういう時に限って原因(誤解)と用事が重なる。
この間、条件を満たさないと出られない部屋の扉をミカエリに郵送した返事が返ってきて一度話し合おうと彼女の別荘。以前世話になった屋敷に呼ばれているので今から向かわなければならない。出来る事なら彼女から回復ポーションをもらってシュージの跡を追おうとも思っている。
シュージの件といい、自身の交友関係といい、いつも以上に忙しくなったカモ君の元に更なる不安が襲い掛かってきた。
「あ。エミール。ちょうどよかった。伝えたい事があったから」
いつもならシュージとの模擬戦で決闘場に向かっていたカモ君だが、ミカエリに呼ばれているので普段は乗らない学園から出ている馬車乗り場でミカエリが用意してくれた馬車の業者を待っていたら、コーテがトコトコとやってきた。
しかし、彼女の格好がいつもと違う。ミカエリに作ってもらった不渇の杖はいつも通り、その手に持っていたが、それ以外が違っていた。
いつもなら貴族のマントを羽織っていた彼女だが、そのマントは外されて、代わりに弓矢が腰に下げられていた。
首には装飾品。緑の宝石に、一本の黒い縦線が刻まれた少しだけ視力強化してくれる『猫の目』というマジックアイテム。
更には空色の宝石がはめられた指輪。水の魔法効果を上げてくれる『水の指輪』。もちろんこれもマジックアイテム。
そして、それらを隠すような大きめの外套を身に着けたコーテはまるで戦場に出向くのかと思わせるその風貌にカモ君は不安を覚えた。
その不安は的中する。
「コーテ。その恰好でどこに行こうとしているんだ?」
「ん。シュージ君の後を追おうと思って。エミールは来なくていいよ」
…………え?
カモ君がコーテの言葉にショックを受けて思考が停止する。
シュージが一週間。ライツと共に休暇に出ることをコーテはアネスを通じて二日前に知ることが出来た。
アネスは玉の輿を狙っているだけあって、将来有望な男子の情報集めに尽力している。その情報網にライツが一週間の休暇を取るという話を聞き出した。
初めはライツが実家に顔を出さなければならないことが起きて、一度帰らなければならない。用事を済まして帰ってくるときにお土産を持ってくると、カモ君のクラスメイトの女子と話しているところを彼女に気がある男子が偶然聞いて、それが伝播してアネス。コーテに伝わった。
自主練やシュージの変化に戸惑っていたカモ君の耳には届かないところで、コーテはシュージの近況を把握していた。彼とライツが同時期に休むことも把握済みだった。それから色々と準備して彼らの跡を追うことにした。
カモ君は連れて行かない。この間ダンジョン攻略に行って失敗したのだ。反省も込めてもう少し休んでほしいコーテは彼に知らせずにシュージの跡を追うことにしたのだ。
この事はミカエリにも手紙で相談して、ミカエリの従者の二人も護衛としてこっそり同行してもらう手はずになっている。
勿論、カモ君を休ませる意味で、ミカエリもこのことはカモ君に伝えていない。情報漏洩の恐れを出来るだけ避けるため最低限の速達便の特殊な便箋でのやり取りでその内容もある程度交流がない人間でなければ違和感を覚えない内容。
しかし、違和感を覚えたミカエリはコーテに護衛二人出すことを約束させた手紙を出していた。そして、その護衛の二人が操る荷馬車が魔法学園の馬車乗り場にやってきた。
「コーテ様ですね。ミカエリ様からの命で貴女様のキッチンからトイレまでのお供をします従者Fです」
「付き添う範囲が結構狭いね」
老人介護の人かな?
「Hです。戦闘から身の回りの世話は任せてください。報酬は生足で私を踏み倒してくれても結構です」
「登山用のブーツ(スパイク付き)で踏んでもいい?」
脚フェチの人かな?この人?
そんなやり取りをしたコーテは執事とメイドの格好をした従者達の操る馬車に乗って、カモ君の目の前で学園の外へと旅立っていった。
しかし、カモ君は目の前で起きたことが信じられず、未だに固まった姿勢のままカモ君を迎えに来た従者Lが来るまで立ちつくしていた。
外出するのか。俺以外の男と…。
別にコーテにはシュージの好感度を稼ごうなんていう魂胆はない。しかし、転校生であるライツが『主人公』のシュージに付きまとうことを怪しく思い、後を追うことにしたのだ。
ライツの怪しさはカモ君が『条件を満たさないと出られない部屋』の扉を持ってきた日に話してもらった。キィのわがままに付き合うライナという上級生の事も教えてもらったコーテはカモ君との打ち合わせでミカエリを通して探りを入れてもらっている。
その諜報は上々で今日、シュージを連れてライツが出かけるという情報も手に入れていた。
行く場所まではわからないが、おそらくネーナ王国のどこかもしれない。一週間の休暇のうち5日までを遠くから見守り、ライツの目論見の証拠を手に入れ、それ以降学園に戻りそうになかったら偶然を装ってコーテがシュージを連れ戻す手はずになっている。
それをカモ君が知るのはミカエリ邸での事だ。
だが、それを知るまでカモ君はコーテに愛想をつかされ、シュージに好意を持ってしまったのでは、と、考えてしまい、外見はクールな態度を取っていたが、内心呆然とするだけだった。