鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第一話 汚い水族館

カモ君の性癖が破壊されそうになっていた頃、コーテは従者FとHを連れてシュージ達の後を追跡している。

従者Fが馬車の操縦をしている間に、従者Hの変装術というか特殊メイクのお陰もあってか、今のコーテは背の小さいおばあちゃん冒険者の風貌になっていた。彼女を知っている人間が今の彼女を見てもコーテだと思う事もないだろう。彼女の持つ不渇の杖も木の皮をかぶせた使い古した杖にしか見えない。

従者Fはというと、シュージはもちろんライツにも感知されないように時折、操縦する馬車の外装をあっという間に上等な馬車から古ぼけた馬車に変装させることが出来る腕前である。

そんな努力もあってか学園を出て丸二日の時間をかけて辿り着いたのはリーラン王国の公爵家が納める領地だった。公爵領とあってモカ領のような田舎ではない。むしろダンジョン攻略で富んでいるハント領を彷彿させる町までやってきたコーテと従者Hのメイドは、この町にある冒険者ギルドで情報集めをした。

 

メイド。Hの格好も腰に剣を携え、布で出来た服の上に最低限の急所覆う鋼できた鎧を着ていた。いわゆるビキニアーマーに近い、ネタにされがちな格好だが、彼女から出る雰囲気は歴戦の女冒険者を彷彿していた。とても踏んでほしいと言っていた変態には見えなかった。

そして得られた情報はここ最近、脛に傷がある冒険者や乱暴者がこのあたりによく出没するという事だ。

仮にも公爵領だ。治安悪化は他の貴族からするといい笑いの種になるだろう。ただ、ダンジョンがあればそれは別だ。だが、ダンジョンが発生したという話は今のところギルドには来ていない。だとすれば別の儲け話があるのか?

シュージとライツの跡を従者F。冒険者に扮装した執事が追っている。彼からの情報もすり合わせれば何か見えてくるだろう。

だが、冒険者ギルドで一つ情報も得られた。何でも非公式のギルド。いわゆる裏ギルドが最近活発化しているという噂話を聞けた。

裏ギルドは文字通り、裏世界の仕事が舞い込む場所だ。

強盗や諜報はもちろん、獰猛なモンスターの剝製から生み出される猛毒の採集。貴族の要人の誘拐や暗殺まで担うギルドであるいわば裏社会のお仕事斡旋場である。

栄えた地域や領地。町から村まで国家の敵。異世界マフィアでもある。ただそこに関わっていると知られればどんな貴族でも後ろ指をさされる集まり。

そんな所に『主人公』が係わるのはまずいだろうと不安を覚えながらギルドから出てきたコーテの元に戻ってきた従者Fが戻ってきた。

結論から言うと黒。どうやら自分達の『主人公』は犯罪に手を染めかけているそうだ。これは早々に彼と接触して道を正さねばと思っていたコーテ。

そんな三人の元に十数人の荒くれ者たちがやってきた。

そのただならぬ雰囲気に彼女たちを遠巻きに見ていた一般人達はそのばから遠ざかりながらコーテ達を見守った。何か大事があれば衛兵を呼ぼうとしている人も何人かいたが、荒くれ達の数人が睨みつけることでそれを牽制していた。

 

「よう、ここらへんでいろいろ嗅ぎまわっている奴ってのはお前か?」

 

「はは、随分と気合の入っている姉ちゃんじゃねえか。どうせ嗅ぐならベッドで俺の体でも嗅げよ」

 

「そっちの婆さんはそこそこの弓と杖を持っているようだな。老い先短いんだから将来性のある俺らに譲ってくれませんかね」

 

下衆な笑みを浮かべながらこちらに話しかけてきた荒くれ者たちを見て、コーテとHは思わずため息をついた。

 

「ここまでお約束だと逆に本当に何もないように思える」

 

「F。ひっかけてくるならもっと清潔感のある人達にしなさい」

 

このような悪漢が出てくるという事は後ろめたい何かがここにあると言っているようなものだ。だが、ここまでテンプレートな輩だと一周回って何もないんじゃないかと思える。

 

「無茶言わんでくださいよ。これでも厳選してきたんですから。…このあたりに詳しそうな輩をね」

 

Fは悪漢達が後をつけてきているのはわかっていた。彼らのレベルや装備。人数など。返り討ちにあって情報を提供してくれそうな集団にわざと隙と高価そうな装備を見せて、ここまで連れてきた。

 

「万が一負けたとしたら、こんな水虫がある輩に踏まれるなんて私嫌ですよ」

 

「くさい」(確信)

 

「いや、確かにそうですけど。これ以上にいいものもなかったんですってば」

 

荒くれ者らしく数日風呂どころか水浴びすらしそうにない悪漢達を見て思わず距離を取る二人。その二人の抗議に弁明を重ねるF。その光景は喜劇に見えた。

 

「俺たちを舐めてんのかっ!」

 

とても余裕があるその態度を見て簡単に激高した悪漢達は罵声を上げながらコーテ達に襲い掛かってきた。だが、一番近かったFにあと一歩のところで悪漢三人が文字通り、吹き飛んだ。

Fの素早い蹴りが大の男三人を蹴り上げたのだ。その威力は凄まじく速く鋭い。コーテや悪漢単の眼か見てもFの足がぶれたようにしか見えない。一人につき一回。計三回の蹴りをあの一瞬で繰り出したのだ。

蹴り飛ばされた男たちは誰も意識を保ててなかった。顎を素早く蹴り上げられたことで意識を刈り取られた。

それを見た残りの悪漢達は怖気づいたのか、コーテ達から逃げ出そうとしたが、彼らの後ろには高さ3メートル。厚さ5メートル水の壁が展開されていた。

コーテは悪漢達が襲い掛かってきた時に詠唱。Fが蹴り飛ばした時には魔法を完成させて彼らの後ろに捕縛用の水の壁を展開していた。しかも水あめのように粘度があるためうかつにそれに飛び込もうものなら、突破できずに取り込まれる形で身動きが取れなくなるだろう。

それを冒険者として、荒くれ者としての経験から。ただの水の壁でないことを悟った彼らは水の壁がないところを探したがコーテ達を正面にすると、後方と左右はいつの間にか水壁で囲まれていた。もし上空からこの状況を見られたら、アメーバが捕食しようとしている光景に似ているという感想を述べきれただろう。

現にFに蹴り飛ばされた三名に加えて、更に三名ほど水壁に取り込まれ、必死にそこから出ようともがくが粘度の高い水の中では思うように動くどころかもがくこともできなかった。

残った四名の悪漢達は破れかぶれでコーテ達に突撃していくが、Fに蹴り飛ばされて水壁に取り込まれた。運よくFに蹴り飛ばされる前に躓いて滑り込みながら背中を向けるようにコーテとHの前に転がってきた。

 

「ひ。ひぃいいっ」

 

転がってコーテとHの前に倒れこんだ男を除き、襲撃者の全員が水の壁に取り込まれた光景を見た悪漢の最後の一人は腰を抜かして、その場に座り込むが背後からかかと落としの要領でHに仰向けに蹴り倒された。

ちょうどHに顔を踏まれながら彼女を見上げる形になる。この時の彼女は心底汚いものを見たような侮辱の視線で男を見ていた。

 

「心底汚いですね。ですので、端的に尋ねます。この辺りで起きている事件・珍事を喋りなさい」

 

「だ、誰が言うぎゃっ」

 

男が反抗的な態度を取った瞬間、Hは踏みつけていた足を少しだけ上げて、すぐさま踏みつけた。勢いよく鉄板が仕込まれたブーツの踵部分で男の下前歯をへし折って、再び言葉を投げかけた。

 

「知らないのならこれで終わりにしましたが、その様子だと何か知っているようですね。それを言え」

 

Hは心底冷えた声色で男に命令した。それなのに男の心中は前歯を折られた怒りでも、自分達を全滅させた恐怖でなく、気分の高揚だった。

まるで思春期の時に覚えた初恋のような胸の高鳴りだった。

男は魅了されたのだ。Hの冷たい態度に。もっと蔑みの視線をして欲しいと。Mの扉を開いたのであった。

 

「何事ですかっ。って、本当に何事ですか?!」

 

そこにやっとギルドの玄関前で騒がしくしているとの知らせを受けたギルド職員が玄関扉を開けながらやってきた。

職員から見れば目の前で、もがき苦しむ男達という悪趣味な水族館が出来上がっているのだ。驚くのも無理ない。

 

「たとえ、これ以上痛めつけられても、俺は何もしゃべらないからなっ」

 

悪漢の最後の一人が、無駄なあがきのように叫ぶが、それに迫力は無い。むしろ変な熱っぽいものを感じた。

 

「不衛生で下衆な男のツンデレは、とても気持ち悪いですね」

 

踏まれることに喜びを覚えるメイドHのくせに、その視線は侮蔑以外の色を出していなかった。それをみた悪漢の顔は熱っぽかった。

そして、その光景を見たコーテは、この騒ぎを見ている衆人を代表するかのようにもう一度ため息をついた。

 

「…なに、ここ?特殊性癖のたまり場?」

 

「ここは国家公認の冒険者ギルドですっ」

 

ん?国家公認の変態のたまり場?

だとしたらこの国終わっているな。

 

この場に全く関係ないとある冒険者が偶然、この場に通りかかったが、そう聞こえたため、騒ぎが収まってもしばらく、ここの冒険者ギルドの扉を開けることを躊躇うのであった。

というかこんな気持ち悪い水族館もどき。いるか?なんて聞かれても即座にいらないと言えるだろう。国家経営でやっていたら猶更嫌である。

 

その頃のカモ君はミカエリに貞操を奪われそうになりながらも、事情を説明され、暇なら鍛錬代わりに、と、彼女の紹介でビコーの巡回警備隊に紹介され、彼らに合流していた。

 


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