リーラン魔法学園で一番人気の施設。それが闘技場。
そこで行われる模擬戦もいいがそれでも一番人気があるのが決闘である。
正々堂々。スポーツマンシップにのっとって行われる模擬戦よりも、戦争時の戦闘を想定した模擬戦。それに参加する選手達は互いに大事な物を賭ける。
貴重な装備。多額の掛け金。時には自身の貞操。期間限定の主従関係を結ぶなど違法ギリギリの事までを賭けての勝負。そこには駆け引き。罠。脅迫。人質なども学園側が黙認している。少しでも世間の汚さ、過酷さを知ってもらうためだ。
決闘は起こそうと思えば毎日一回は行う事が出来るので下手したら一カ月もしないうちに自分はシャイニング・サーガから退場することになる。そんな短期間でそれだけのアイテムを用意できたカモ君は金持ちだったのか?否である。特にギネは自分の事だけでその息子娘には貴族の子どもとして最低限の事しかしてこなかったから決して裕福とは言えない。
いや逆か。と、目の前にいる決闘というカツアゲしてきた先輩達を舞台の上で見て考え直す。
カモ君はエレメンタルマスターだ。防御には不安しかないが攻撃の手数だけはゲームの時から多かった。相手に合わせて使う魔法を選び一方的に攻撃して決闘に勝ってきた。そしてその相手からレアイテムの装備や賞金を奪って、主人公達に挑みそれを献上することになる。そう考えると目の前にいるカツアゲ先輩達も予定調和の一つなんだろうと思えてきた。
「よう、良く逃げずに来たな。そこは褒めてやる」
「予定があったんですけどね。先輩達が突っかかって来るんで仕方なく付き合ってあげているんですよ」
皮肉には皮肉で返す。これはクーとルーナ。そしてギネには見せないがカモ君のスタイルはだいたいこうだ。決闘を観に来た魔法学園の生徒の歓声でカモ君と不良グループ。そして決闘の審判くらいしか彼等のやりとりは聞き取れないので猫をかぶる必要もない。
ギネに猫をかぶっているのは、下手に逆らってはカモ君自身はともかく弟妹達に何らかの被害が向くかもしれないので抑えている。個人で弟妹達を養える状態になったら速攻で謀反を起こす気満々である。
「ちっ。それにしてもお前がレアアイテムを二つも持っていた事は驚きだ」
「自分としては一個でも十分だったんですけどね」
主に自分の死因として。
カモ君は決闘前に行われる学園側からの装備品チェックに舌打ちするところだった。
火のお守り。ルーナの手によって装飾が生まれ変わったカモ君の至宝。奪われたら精神的にカモ君は死ぬ。
水の軍杖。コーテとの婚約指輪代わりのペアリングならぬペアワンド。奪われたら彼女の父グンキさんに弓矢でカモ君は殺されるかもしれない。
これは万が一にも負けられない。
しかし、いくら決闘中は護身の札とかいう特殊アイテムを渡されるとはいってもその代わりに荷物チェックを受けるとは思わなかった。
護身の札。
決闘の時に渡される奇妙なお札。
致命傷や戦闘続行不可のダメージを受けた際に身代わりに破けるお札。所有者が気を失っても破ける仕様になっている。
破けたら所有者を舞台の外に転送され、その時点で負けとなる。
また破れなくても舞台から落ちても負けになる。降参をしても負けになる。
試合開始前に審判からそれを受け取る為にも控室を出る前に学園側の講師からチェックと決闘の説明を受けたカモ君は隠していた火のお守りも見えるように服の下から出しなさいと言われた。
これは試合開始時に対戦相手の装備品を瞬時に見抜いて対策が出来るかの知識量と対応力を見る為らしい。まったく余計な事を。
「ふん。その装備品も見た所、火属性と水属性か」
「まあそんなところです。先輩達は地属性が多めみたいですね」
「ああ、俺達は数も人数も多いんだ。だからお前みたいなボンボンからおこぼれ貰わないとやってけないんでな」
相手はカモ君が水属性の魔法使いだと踏んでいるのだろう。持っていたのが水の軍杖だからという事もある。それを見越して不良グループのむこうは地属性のメンバーを集めたのだろうが、自分。カモ君の事を全然知らないらしい。
カモ君がエレメンタルマスターだと知れば地属性の装備品多めではなく全ての属性に警戒したほうがいい。まあ光と闇は使える魔法使いもそれを補助するアイテムも少ないから用意するのは難しいだろうけど。
と、そこまで考えていた時だった。
「まあ、その杖と火の宝石は貰うけど。そのゴミみたいな装飾はいらねえから。安心しろよ。試合が終わったら布の部分は破って返してやるよ」
は?今何と言った?
水の軍杖。これは結構レアだから分かる。
火の宝玉。これさえ無事なら効果は発動するから分かる。
ゴミみたいな装飾?これが分からない。
ルーナが繕ってくれたお守りが?世界にたった一つだけ。ルーナが自分の為に繕ってくれたこの最高に素晴らしい装飾がゴミだと?
「ははは、面白いジョークですね。先輩。決めました。あなたは最後に倒して力の差というものを教えてあげますよ」
真っ直ぐだ。何かをすると決めたからにはその為に真っ直ぐに突っ込む。
人は本気で怒ると笑うものなんだと学んだカモ君だった。
決闘は舞台に上がれば開始するまでは手出しは無用。魔法使いらしく距離を取って戦うらしく。
縦横百メートル石畳の舞台の真ん中から西に二十五メートルの所にカモ君。東に不良グループ五人がカモ君から見て横に並ぶように立っていた。
試合開始の合図は舞台の外にいる審判が試合前に準備された大きな銅鑼を鳴らすことにより始まる。
そして、決闘開始の銅鑼が鳴ると同時にカモ君は不良グループの真正面から突っ込んでいった。
魔法使いなのに真正面から来たら驚くと思ったか?考えが三流以下だ。お前みたいな筋肉馬鹿みたいにそう考えて突っ込んできた新入生達を叩き潰してアイテムを奪ってきた不良グループは慌てるどころかにやけた顔で魔法の詠唱を終える。
後は突っ込んできたカモ君を魔法で撃墜するだけだと魔法を発動させる前にカモ君の魔法が発動する。
「ミラァアアア、ンナロォオオオオ!」
不良グループの前に彼等五人全員を映せるほどの横広な大きな水鏡が現れる。
カモ君が使った魔法はミラーという生活魔法と呼ばれるほど初歩的な水魔法だ。任意の対象の前にその姿を映すといっただけの水鏡だ。
魔法を放とうとした直前に見慣れた自分の顔が映し出されて少しだけ驚いた。そのほんの少しが命取りになった。
魔法を完成させると同時にカモ君は水の軍杖を投げ槍のように投擲した。
走り出しながら、魔法を繰りだし、杖を投げる。三つの事を同時に行えるのは常に弟妹の事を構っている時。クーに構う事、ルーナに構う事を同時に行いながら、そしてそれにデレデレしている自分を常に考えているカモ君だからできた事。
水鏡を出したのは杖を投擲した事を気取られないためだ。
自分達の姿を映していた鏡の向こうから現れた杖の投擲に反応できずに五人の真ん中にいた不良C。ルーナのお守りを馬鹿にした先輩の顔面に杖が激突。鼻血を出しながらのけぞると同時に水鏡の向こうからカモ君が飛び出してきて、不良Dのがら空きのボディーを投げつけた杖の何倍も太いカモ君の剛腕が撃ちぬいた。
その時、何やら肉が千切れたような音が聞こえたと。不良A、Bは後に語る。
魔法を使わずに人が人の手によって一メートル程宙に浮かぶ瞬間を闘技場に来た人達は見た。
胴体に風穴が空いたのではないかという音。幸いな事にそれは音だけで実際には空いていない。だが、不良Dが宙から地に落ちた時、既に意識は無く、口からは大量の血を吐き出しながら倒れ伏した。それから数秒遅れた後に彼の護身の札が破れて、不良Dは舞台の外に転送された。
その時、鼻血を出してのけぞっていた不良Cはその光景を見ることが無かった。それが幸運だったのか不幸だったのか。決闘が終わってしばらく経っても分からないままだった。
その光景を間近で見た不良AとB。そしてEは狂ったようにカモ君に魔法を放とうとする。だが、その魔法が放たれる前に不良Dを殴り飛ばしたカモ君の右手は既に不良Eの眼前にあった。
不良達が放った魔法はロックシュート。直径三十センチの岩を撃ち出し相手を攻撃するという殺傷能力がある魔法だ。打ち所が悪ければ即死もあり得た。不良達が撃ち出したそんな魔法が、
「お、お前。俺を盾、代わりに」
不良Eの背中と腰の部分に当たっていた。
カモ君は魔法が当たる寸前に不良Eの顔を掴み、その握力と腕力で彼を自分の盾にした。
不良Eの魔法はカモ君に顔を掴まれた痛みでその効果を発動する前に霧散した。その所為でカモ君を攻撃することが叶わず、カモ君の代わりに盾として使われた彼が甚大なダメージを受けたのだ。
「安心してください先輩。まだ先輩は退場しませんよ。ヒール。ほらこれでまた耐えられる」
カモ君は水属性のレベル2の回復魔法を使う。これはその対象の傷やダメージを回復させる。部位の欠損や出血で失った血液。体力は戻らないが傷を埋めるくらいの効果がある物だ。
そんな癒しの魔法なのにカモ君のヒールを受けた不良E。そして残りの不良達はすぐに悟った。こいつ。不良Eを盾代わりに使う気だ。しかも不良Eが舞台外に転送されないように回復魔法を使ってやがる。
その考えは正しい。
カモ君は集団戦になると決まってからずっとこれを狙っていた。
カツアゲする輩は攻撃するのは好きだが、されるのは嫌っている。一方的に攻撃できるのが好きだが、逆は嫌だ。これは不良だけでなく一部の人間を除けばほぼ全人類がそう考えるだろう。
「ひ、ひでぇ。これが人間のする事かよ」
鼻血を出してのけぞっていた不良Cその光景を見て、思わず言わずにはいられなかった。
そんな事を言われてもカモ君が不良Eをそんな酷い状態にしたのは先輩達が原因だ。
先輩達が魔法など使わなければこのような事も無かった。そもそもカツアゲなんぞしなければこんな事にはならなかった。だから俺は悪くねえ。俺は悪くねえ。それに一番の悪いのは、
「俺の傍にいたこいつが悪い」
「…悪魔め」
そんなやりとりをしているとカモ君が再び走り出した。右手に不良Eを持ちながら、
「や、やめてくれぇえええっ!もう魔法は撃たないでくれぇえええええっ!!」
そんな叫びに先輩達の魔法の詠唱が止まる。こんな根性が腐った輩でも仲間を思う気持ちはあるらしい。そんな彼等に対してカモ君は不良Bに向かって不良Eを投げつける。
不良Bは不良Eを強制的に受け止めさせられた。その所為で二人共不安定な体勢になる。
そこにカモ君が追い打ちをかけた。
「なかじまー、サッカーしよぜー。お前ボールな」
走りした勢いそのままに不良Eの腹部を蹴り上げる。足は腕の何倍も筋力があるという。その威力は絶大でそのまま二人は舞台の端まで転がっていった。そこにカモ君はアクアショットという一抱えはある水属性のレベル1の魔法である水球を撃ちだしてそのまま二人を場外に押し出した。
その脚力もだが、すかさず魔法で追い打ちをかけるカモ君に戦慄していた不良AとC。そしてカモ君に一番近い不良Cはこれ以上殴られるのも蹴られるのも嫌なので場外へ行こうとして走り出そうとしたがカモ君にその後頭部を捕まえられた。その握力は凄く、逃げようとしているのに離れず、逆にカモ君の手で締め付けあげられていた。
「あがぁあああああっ!」
「残るは貴方達二人ですね」
実ににこやかな笑顔で彼等に言葉を投げかけるカモ君。明らかに魔法使いの戦い方じゃない。というか後頭部を片手で掴んで持ち上げるとか。本当に人間か!?と問いたい。
「降参しますか。しませんか?」
「馬鹿言うな!ここまでされてはいそうですかと負けを認められるか!」
「よく言った。そう来なくてはね。じゃあこっちの先輩は退場してもらいますか」
不良Aが力強く答えるとカモ君は嬉しそうに微笑んだ。
まだまだ殴りたりないんだよー。もっと殴らせろとバーサーカーじみた思考になりつつある。
カモ君が不良Cを掴んでいない力を込めるとビリビリとカモ君が着けている支給された魔法学園指定の体操服の袖が破れていた。カモ君のバンプアップに耐え切れず千切れていたのだ。
「ま、待ってくれ。俺は最後なんだろう。だったらあいつをやってから」
「ああ、言ったな。だが、あれは嘘だ」
「やめ、こうざばぁ?!」
憐れ不良Cは軽く持ち上げられた後、反対の手で勢いよく腰の辺りを殴り飛ばされて舞台の上をゴロゴロと転がる。その体は細かく痙攣するだけ。数秒後に転送されていった。
「もう油断はしない。サンドアーマー!」
カモ君が水属性の魔法使いという事。そして近接戦闘を得意としていることから下手に攻撃してもカウンターを狙われる可能性がある。だからこうして分厚い地属性レベル1の砂鎧を身に纏いカモ君に突撃していった。
「この百キロを超える砂の鎧受け止められるというなら受けて」
「エアハンマー」
突撃して三歩歩いたとこでカモ君が放ったレベル1の風魔法の風のハンマーで砂の鎧は粉々に吹き飛び、決闘時に来ていたローブ姿の不良Aが出てきた。
「な、お前は水だけじゃなく。風も、いやそれだけじゃない。その炎のお守り。まさか貴様。三重属性魔法の使い手か!」
「残念。違うんだよな。アースニードル」
そう言ってカモ君は地属性レベル一の土の針を撃ち出す魔法を不良Aの胸についていた護身の札を破って彼を転送させた。
こうすることでカモ君は不良5人まとめて相手にして勝つという大金星を挙げた。
最後に最初に投げた水の軍杖を手に取ってそのまま天に向かって拳を伸ばした。
「勝者!エミール・ニ・モカァアアアア!」
その姿に審判や負傷者の治療をしていた医師。決闘を観に来た観客者から大きな歓声が上がった。