鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第八話 憧れに手を伸ばして 後編

養殖ダンジョンの崩壊。

それはシュージの不意打ちによるコアの破壊から始まり、カヒーの虐殺で幕を閉じた。

ダンジョン内にいたモンスターは全てカヒーの手によって掃討された後、生き残った生物。無法者の冒険者達は彼の魔法によって地上へと運ばれた。

圧倒的な戦闘力を見せつけられ、その上魔法の扱いまで一般人の常識を超える技術まで見せられたシュージはショックを受けてただただ呆然と見ているだけしかできなかった。

 

「裏ギルドの徴収を終えました、カヒー隊長」

 

地上に戻るとそこにはカヒーの部隊の数名と正規冒険者ギルドの職員がカヒー達の帰還を待っていた。

そのすぐ傍にはエルフ族のギルマスとダンジョンの門番をしていた老人。二人は今のシュージが勝てないと肌で感じさせた輩だったが、カヒーは一撃を持って戦闘不能に追い込んだ。猿轡を咥えさせられ、手足の拘束をされた彼等に意識はあるが、今の状態でカヒーの部隊の人間に勝てる人間はいなかった。

その落ち込み様はまるで夕暮れ時の風景に同調している様にも見えた。

カヒーは彼らに指示を出して捕縛人をそれぞれの場所にしょっ引いていった。

それからしばらくしてシュージはカヒー・ヌ・セーテ侯爵家専用の馬車にカヒー、コーテと一緒に乗るように言われるがまま乗せられた。

馬車ではカヒーと向き合うようにコーテとシュージ。そして二人を挟むように従者FとHが座らされていた。

 

「…さて、貴様への沙汰だが、恐らく停学程度に収まるだろうな」

 

これまで意識を向けないようにしていた相手。カヒーから出た言葉にシュージは恐怖していた。

カモ君以上の強い魔法と体術を駆使して戦うカヒーに言葉を投げかけられただけでシュージは身が竦む気持ちだった。

 

「養殖ダンジョンへの関与。これだけでも重罪ではあるが、お前はそれを阻止しようと動いた。これで罰を相殺し、かつダンジョンコアの破壊という業績を加味すればそこまで酷い事にはなるまい。」

 

「…は、はい」

 

てっきりこの場で首を差し出せと言われるのではないかと思ったシュージだが、どうやら違うことに焦り、困惑した後、ようやく呑み込めたよう頷くことが出来た。

 

「だが、問題点も多く存在する。なぜ大人にそれを相談しなかったかという事だ。お前の近くにいる人間なら学園長。それが出来なくても相談できる相手はいたはず。エミール少年など、な」

 

カモ君の名前を聞いた瞬間にシュージはびくりと体を震わせた。

そこに触れてほしくないと言わんばかりに震えだした。

 

「何故、相談しなかった」

 

黙秘権など存在しない。喋らなければ力尽くでも喋らせる。

カヒーの鋭い視線。絶対強者からの質問にシュージは震え上がりながらもなんとか答えを絞り出した。

 

「…エミールに。…あいつに少しでも近づきたかった」

 

男として。自分の弱さをひけらかすことには抵抗はあったが、カヒーがいなければシュージはあの養殖ダンジョンで死んでいたのかもしれない。

今でこそ力なく別の馬車に収監されているライツと無法者達だったが、あそこにいた全員がシュージよりも様々な点で上手だ。

だからこそシュージは、弱弱しく答える。

 

「エミールなら、養殖ダンジョンの存在を知れば破壊しようと行動に移すと思って…。だから、俺もあいつみたいに、…活躍したかったんだ」

 

自己掲示・承認欲が出てしまったのだろう。

カモ君のように難題に取り組み、解決したかった。

そう語るシュージだが、それを聞いていたコーテとカヒーは難しい顔をしていた。

 

なぜならカモ君は難題に取り組む姿勢など取りたくて取っているわけではないのだから。

カモ君なら難題が出たら、解決できそうな人間に任せる。

任せる人間がいなければそれを放っておく。

本当に誰にも出来なく、自分にしかできないような状況でなければ解決しようと行動しない。

それこそシュージの強化やダンジョン攻略。モンスターの討伐など自分の将来というか生死に関係していなければとっととその場を逃げ去るだろう。

タイミングと運が悪く、カモ君が戦わざるを得ない場面しか見ていないシュージにとってカモ君は物語に出てくる英雄にも見えたのだろう。

 

「…でも。…俺じゃあ無理だったんだな。…あいつみたいに強くなれない。あいつみたいに才能のない俺じゃ、あいつみたいになれないんだ」

 

そんな自著呻いた言葉を零したシュージ。そんな弱音を聞いたコーテはシュージの方に体を向け、その弱弱しい顔に渾身の右ストレートを叩きこんだ。

その衝撃でシュージは腰掛から落ちながら床に倒れる。

初めはカヒーにでも殴られたかと思ったが違う。自分の隣に座っていたのは自分よりも小さい一つ年上の先輩コーテである。

 

「…貴方。どれだけ、増長しているの。…エミールより弱い?才能がない?…そんな言葉を吐くのは五年早い」

 

弓を引く要領で左半身を引いて、右半身を前に出す右ストレートの姿勢でコーテは冷ややかな視線でシュージを見下ろしていた。

以前、カモ君を叱っている時とは違い、こちらは明らかな侮蔑の感情が混ざっている。

 

「だ、だってそうじゃないですか。俺だって…。俺だって学園に来てからほとんど毎日座学とトレーニングを積んできたのに、あいつには。…エミールの背中すら見えていない。影すら踏めていない。これを天才と言わず何といえばいいんですかっ!」

 

コーテはシュージの努力は知っている。才能も知っている。

きっと『主人公』という才能を抜きにしても頑張っている部類だと誰もが認めているだろう。だが、それでもこの発言は認められない。

 

「エミールは魔法学園に行く前からずっと鍛えている。それこそ七歳の子供の時からずっと。たった半年で彼に追い付こうなんて虫が良すぎる」

 

コーテがシュージを殴り飛ばそうとした時点で従者FとHは止めに入ろうとしたが、それをカヒーに止められた。

恐らく自分が説くよりもコーテの方が効果的と判断し、今も静観している。

 

「それに、貴方。エミールより自分の方が努力しているなんて本当に言えるの。朝日が昇る前からランニングと筋トレで体力づくり。その後学園の授業を受けて、放課後アイム先生と組み手が終わった後、寝付くまで瞑想しているの」

 

尋ねる口調ではなく反対できるなら立証せよと。

まるで裁判官のようにシュージを問い詰める。

シュージは何も言えない。

カモ君ほど早起きをして体力づくりは出来ていない。せいぜいランニングだけで筋トレまで行えば体力を使い切り、学園の授業では居眠りしてしまうかもしれない。

放課後アイムという冒険者の実戦形式の指導を受ければ翌日まで疲れが残るだろう。

幼い頃から鍛えてきた体力が。徹底して鍛えてきた体力が無ければそんなことは不可能なのだ。

シュージが『主人公』。カヒーが『超人』ならば、カモ君は『努力してきた人』。しかも頭には必死にという文字が入る。

何の誇張もない。文字通り血を吐きながら努力をしてきた人間がカモ君だ。しかもその努力がシュージに。『主人公』に倒されるためと言う常人なら絶対に納得のいかない目標のために鍛えてきたのだ。そうする事しか出来ないからだ。

もしコーテがカモ君の立場なら今の状態に納得がいっただろうか。断じて否と言う。

自分なら惚れた人間と一緒に遠くへ逃げようと逃避を願う。だが、カモ君はしなかった。出来なかった。自分が愛する人のために、この生贄的な立場を受け入れた。

 

それなのに。それだというのに。こいつは。『主人公』は。カモ君が天才だという。強いという。博識だという。勇気のある人物だという。誇り高い人間だという。

ふざけるな!こいつはカモ君の必死に取り繕っている嘘を。上辺しか見ていない。ある意味、自分よりも近くにいるはずの存在なのに何もわかっていない。

 

「…それでも。それでもあいつは、エミールはいろんな強敵に立ち向かっていったじゃないか!あれを勇気と言わずなんだというんだ!」

 

「打算。それにあれは勇気とは言わない。無茶っていうの」

 

シュージはコーテの言葉に苛立ちを覚えた。

自分のために。彼女のために必死に戦ったカモ君の姿をシュージは見ている。それをただの打算だというのは間違えていると反論した。

 

ごめん、シュージ。否定できねえや。

 

カモ君がこの場にいたら弁護を放棄するだろう。

自業自得な場面もあるが、カモ君はシュージの糧になるためなら重傷になる事。強力なモンスターと戦う事も受け入れる。文字通り打算的な行動をとる。逆を言えばシュージや弟妹達が関係していなければ、簡単に無様をさらす事が出来る。

それを知っているのは恋人のコーテと支援者のミカエリだけだ。

 

「じゃあ、なんでエミールは凶悪なモンスターを倒せる!強い戦士を倒せる!ダンジョンを踏破できるっていうんだ!」

 

本当のカモ君を知らないシュージに教えることは出来ない。

彼が『主人公』だという事を知ればこれからの未来で起こることに異変が生じるかもしれない。だけど、それでは納得しないだろう。だから、本当に最小限の事を喋るだけだった。

 

「彼が無茶するとき。いつも貴方が後ろにいたでしょう」

 

「何を言って…」

 

「エミールは信じている。『主人公』(シュージ)なら後の事はやってくれる。だから無茶もできる。無理もおし通すことが出来るの」

 

シュージはキィから自分が『主人公』という立場だと教えられている。だが、これまでその実感は湧かなかった。

確かにここに来る前に比べると自分は強くなっている。だが、それもカモ君の作り出した虚像に比べるとたいした事が無いように思えて仕方がなかった。

 

誰よりも先へ、誰よりも前へ。

 

そう思っていた人物だ。その背中を追ってきたからこそそう思えた人だ。

それなのに。コーテのその言葉はまるで自分を信じている。頼っている。文字通りの信頼だ。

そうだ。そうじゃないか。カモ君は自分と出会った時からこう言っていたじゃないか。

 

入学当初は平民ながらも貴族だらけの学園に来た自分に『期待』していると。

それからしばらく交流すると、自分の訓練。魔法の出来に『才能』があると。

そして、半月前にはこう言ったじゃないか。『あとは任せた』と。

 

その全てがお世辞ではなく、本当だとしたら。

 

「…そんな。それじゃあ。あいつは」

 

カモ君はシュージの仲間ではない。

だが、友人だ。恩人だ。そして、

 

自分に期待して、信頼してくれている人物だった。

 

「…俺は、俺はなんて事を」

 

それなのに、自分は養殖ダンジョンなんていう犯罪に加担してしまった。

これはカモ君の今までの信頼を裏切る行為じゃないかと。

それに気が付いた時。

シュージに溢れた感情はカモ君が認めてくれた。頼ってくれたという歓喜だった。

そしてそれを押しつぶす裏切った後悔だった。

 

「…う、あ。あああああああああああああっ!」

 

シュージは俯き、嗚咽を堪えることなく、溢れる涙を堪えることなく、その場にまき散らせた。それをコーテは黙って見守った。

その光景を見ていたカヒーはこう思っていた。

 

コーテもシュージもカモ君の事を美化しすぎているんだよなぁ。

 

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