鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十話 なんで?!俺関係ないじゃん!

ライツがカヒーの部隊によってリーラン王国の王都リーランに到着したのは飲まず食わずの強行軍を行い一日半かかった。

その時の灰色の雲が太陽の光を完全に隠しており、それはライツの将来を示唆するようにも思えた。

実際、彼女は実の父であり、ネーナ王国国王に見限られていた。

 

「…そうか。ライツは主人公の誘致は失敗したか」

 

国王は彼女から定時連絡がない事。そしてシュージによって破壊された養殖ダンジョンを間接的に見張っていた密偵からの連絡を受けて書類仕事をしていた一時的に手を止めた。

国王の仕事場にしては殺風景な書庫を思わせる部屋で報告を受けた王は再び仕事書類に目を通し、手を動かし始めた。

 

「あら、もう仕事に戻られるのですか?」

 

「お前が言ったのであろう。我々には時間がないと。からめ手が駄目ならば正面から行くしかない」

 

主人公の失敗だけではない。

サダメ・ナ・リーランの寝返りの件もリーラン王国にばれ、取り押さえられたという報告を受けた。

こちらの裏工作が二つも露見した。しかもライツが失敗したため、そこから彼女の兄役で魔法学園に潜り込んでいるライナも引き上げなければならない。

 

「報告を見る限り『主人公』はこのシュージ・コウンで間違いないのだろうな。そして、カモ君はお前と同じ転生した人間であると」

 

「ええ。こちらの世界の行く末。『原作』を知っているかどうかはわかりませんが、少なくても彼もイレギュラーだという事には間違いありません」

 

少なくても『原作』のカモ君なら2回は死んでいるはずだ。

武闘大会と暗殺。暗殺の方はあまりにも派手過ぎたが。それでも実力的に見れば確実に殺せた。

しかし、今もなおカモ君は生きている。

その上、スカイドラゴンの目撃報告を受けているのだ。

これはビコーが追い払ったが、問題はその場にカモ君がいたという事だ。

 

「ふぁんでぃすく?と言ったか正史となる運命の傍に添えられている。しかも『もしも』の歴史か…。何の功績も持たない頃にそれを聞かされていたら狂人の戯言と切り捨てられたものを」

 

これはシャイニング・サーガ外伝。

カモ君すら知らない。もしくは忘れてしまった知識。

 

もしも『原作』のカモ君が主人公達に学園から追い出されなかったら展開される物語。

ただの『踏み台キャラ』の復讐劇。と聞こえはいいが、周りから見ればそれはただの逆ギレ。言いがかり。逆恨み。

 

『原作』・正史のラスボスである『魔王』を倒した後に現れる裏ボス。

カオスドラゴン。最強のモンスターはカモ君と言うトリガーで人類に対して攻撃を仕掛けてくる。この世界全体を恐怖に陥れる物語だ。

 

『原作』のネーナ国王は暗黒大陸にいる『魔王』に操られ、リーラン王国を戦乱に追い込むという外伝。ファンディスクでその詳細を知らされることになる。

その内情を、実績を上げ始めたライムから聞いた時は本気で頭を抱えた国王だ。

彼は王だ。戦争など敵を作り、禍根を残す事柄など起こしたいはずがない。だが、駄目なのだ。

 

戦争と言う大きな戦いを乗り越えた『主人公』でなければ、『魔王』に勝つことは出来ない。それほどまでに『魔王』は強い。

現に今もなおネーナ国王は『魔王』に正気を奪われる呪いを受け続けている。正気を保てているのはライムの作り出したアイテム。

状態異常を弱める。取り除く。無効化する。三つの人工マジックアイテムのお陰だ

だが、それも効果は一ヶ月しか持たない。魔王の呪いでこれらのアイテムが一ヶ月で壊れてしまうのだ。

 

初めは何の冗談かと思っていた王だが、あまりにも薄く微弱で自分だけを狙った呪い。

だが、この国お抱えの魔法使いの集団。宮廷魔導士に細かく調べさせれば本当に呪われていたのだ。

王自身が気付かない程ごくごく弱く浸透していく呪い。だが、確実に自分を蝕んでいる呪いを受けていると認識した時、王はライムを絶対に手放さないと決めた。

 

この世界の真理にも似た知識と未来の情報を持つ彼女の助言は残らず拾い上げ、形は変えようとも必ず採用した。

 

もし、『原作』通り上手くいけば魔王も竜王も主人公が倒してくれる。

だが、その過程にあるのはネーナ王国が敗戦国になる未来だ。そうなってしまえば自国の民を路頭に迷わせることになる。不遇な立場に置いてしまう。そうはさせまいと彼はこれまで様々な策を実行してきた。

 

主人公をこちら側。ネーナ王国に引き込めば、敗戦国と言う『踏み台』はリーラン王国になる。

カモ君というトリガーを今のうちに殺してしまえばカオスドラゴンの脅威はなくなる。主人公の強化はこちらで用意した人工のエレメンタルマスターをあてがえばいい。

 

だが、そのどれもが失敗に終わった。だが、このままにしては置けない。

滅亡や衰退の未来を覆す事は王の仕事なのだ。

 

ネーナ王はこれからどうするかを新たな策を考えながら書類仕事を再開しているところに、新しい情報を持ってきた近衛兵がやってきた。

彼からの報告はライツの兄役を務め、実際には異母兄にあたるライナの帰還と戦争に勝つためのキーアイテム。『常夜の外套』を手に戻ってきたという報告だ。

 

「さすがライナ様ですね。この短期間でエリートしか行けないというリーラン王国が所有している『養殖ダンジョン』。地上にあるダンジョンに辿り着き、踏破してくるとは」

 

本来なら主人公が二年生の最終学期に行くことになる。モンスターがよく出没する大森林。表向きは『混沌の森』と言われている森林地帯。貴族や平民にはただのジャングルとしか思われていない。

その実態は地下にではなく地上に広がっている森林の見掛けをした珍しいダンジョンだ。

これはリーラン王国が秘匿している情報であり、決して他国に渡っていい情報ではない。

一定周期でダンジョンの維持のために森林の伐採やモンスターの討伐。そしてダンジョンコアの現状維持を続けているリーラン王国。彼の国が世界の列強国になれたのもそのダンジョンから得られる恩恵だ。

そこには常夜の外套という黒いローブが隠されており、リーラン王国が認めた一部の人間しか知らないはずの隠し通路の最奥に隠されている。

これを知っているのはリーラン王国でも王族かつごく一握りの人間しか知らない。

例外は『原作』を知るカモ君。そしてライムと彼女から話を聴いたネーナ国王。そして、第七王子のライナと第八王女のライツ。

 

ここで原作知識の共有という利点が動いた。

ライツはシュージを。ライナはキィという『主人公』らしき人物の勧誘と常夜の外套というアイテムの回収を命じられていた。

二人とも目標人物の信頼度を稼ぐ期間がなかった。ライツが焦りすぎた所為で勧誘は失敗したがライムはその人当たりの良い口調でリーラン王国。魔法学園の有力な女子生徒を誑かし、ダンジョンである『混沌の森』を踏破。そして常夜の外套を入手し、先ほど帰国した。

 

「だが。…足りないのだろう?」

 

「ええ、決定的な火力が」

 

リーラン王国の『剣』であるシルヴァーナを折り、『鎧』と『衣』である四天の鎧と常夜の外套を奪った。

主人公のパワーアップアイテムを奪いはしたが、肝心の主人公を奪えていないのだ。

あの人の形をした神をも超える人物を自分達は入手していない。

 

ネーナ王国の国力はライムの助言で本当に強くなった。

今ならリーラン王国と全面戦争をしてもほぼ勝てるだろう。

だが、あそこにはまだ主人公と、上級ドラゴンとサシで喧嘩が出来るチートキャラのセーテ兄弟がいる。

彼等がいる所だけではこちらは負けを見るだろう。下手したら一点突破でこちらの本陣。王が倒されてしまう事だってある。

セーテ兄弟に今まで何もしなかったわけでもない。彼らの気を引こうと国で選りすぐりの美女を、武器を。戦場を用意すること約束しようとしたが、この兄弟は超人と言われるだけの直感で断ってきた。むしろ、こちらに探りを入れてこようとするので諦めるしかなかった。

暗殺なども出来ない。風評被害を出してリーラン王国から引き抜こうともしたが、彼らの妹であるミカエリがそれを情報戦で封殺した。

 

そして、ライツがリーラン王国につかまった事を考えればこちらの内情も知れてしまう。

もうネーナ国王には考える時間がなかった。

 

「…決闘をするしかないか。国と国の代理戦争である『聖戦』を」

 

聖戦は二国間以上で行われる武闘大会である。表向きは。

その裏で行われている物は国家間で結ばれた掛け試合だ。

賭けられるものは莫大な鐘。強力なマジックアイテム。土地。そして『人』。

負けた方はその全てを買った方に奪われる。

それに勝ち、ネーナ王国は手に入れる。この世界の主人公。シュージの身柄を。

 

「リーラン王国はこちらの要求を呑むでしょうか?」

 

「こちらはあくまでも主人公を引き込めればいい。あちら側の掛け金はまだただの平民一人。こちらは多額の金。土地。マジックアイテム。そして姫と王子の数人を見繕えばいいだろう」

 

「『聖戦』要求。…拒否されたらどうするおつもりですか?」

 

言葉遣いだけは丁寧だが、ライムの表情は含みがある。笑みを隠せない表情でネーナ王に質問した。

 

「決まっているだろう。…戦争だよ。それに打ち勝ち、我々は主人公を手に入れる」

 

ライツが捕まった時点で王の意向は決まった。

 

「最高です。我が王」

 

その言葉と意思を受け取ったライムは醜悪な笑みを浮かべる。

ネーナ国王はリーラン国王当てに聖戦の書状を送る手紙を書きだし始めた。断れば戦争だというメッセージを添えて。

 

要求するのは『人』はライツとサダメ・ナ・リーラン公爵。そして、本命のシュージ。

『物』は壊したことを知っているリーラン王国の剣。シルヴァーナ。

後は適当な理由付けで適当な土地と金を要求した。

 

そして、不安要素の一つであるカモ君は自分が知っているところで処分しようと思ったネーナ国王の思い付きで、カモ君の身柄も要求するのであった。

 


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