鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

128 / 205
第十一話 ヒーロー活性剤

ライツの捕縛からライナとの関係が浮き彫りになった。しかし、そのライナは既に魔法学園から姿を消していた。その直後、カモ君は栄養ドリンクの効果が切れ、糸の切れた人形のように動かなくなった。

幸い動けなくなったのが自室であった事。その日が休日であった為、大騒ぎすることはなかったが、カモ君からしてみれば意識を取り戻したら休みがなくなっていたことになる。

体は回復しているのに精神が回復しきっていない。せめて休日くらいはコーテと過ごして精神の回復をしたかったのだが、そうもいかなくなった。

カモ君が気を失っている間に、リーラン王国がダンジョンに隠していた強力なアイテムが持ち出されていた事をミカエリ経由で知ったカモ君。

しかもそれが、シルヴァーナや四天の鎧に次ぐチートアイテムである常夜の外套ときたもんだ。

 

あ、この国終わった。

 

カモ君が本格的に国外逃亡を視野に、構想を練っていた所に学園長からお呼びがかかった。

 

「…ネーナ王国との武闘大会ですか?」

 

「武闘大会とは言っても、やっているのはこの学園でも行われている決闘のようなものだがね」

 

そこで賭けられるのは文字通り法外な報酬。物から人まで賭けの対象になる争奪戦。

 

「それには転校生だったライツ嬢。そこに君と特待生。シュージ君の身柄を要求している」

 

知らないうちに賭けの対象になっているカモ君は心の中で憤慨した。

マジふざけんな。

ライツやシュージの貴重性はカモ君も重々承知している。しかし、自分の貴重性が分からない。

いや、エレメンタルマスターと言う貴重な種馬という線も考えられるがそれ目的だとしても嫌だし、他にも裏がありそうな気配がする。

一緒に呼ばれたコーテも普段はクールな表情をしているのに嫌悪感を露わにしていた。

 

「…どうして、エミールまで賭けの対象になっているのですか」

 

コーテの冷たい態度の言葉を受けて学園長のシバは重々しく口を開いた。

 

「才能のある人物を手に入れたい。というのが向こうの言い分じゃ」

 

「それは表向きでしょう。裏は取れなかったのですか?」

 

ある意味国家ぐるみの人身売買だ。それだけの事業の内容を知らされないまま、この国の王が受けるとは思えない。

それは学園長も知っている。だが、カモ君は。この学園の生徒はシュージとキィという特待生を除けば全員貴族。国の決めたことに従う義務があるのだ。

 

恐らくだが、ネーナ王国は隣国であるリーラン王国の領土も要求している。そして最寄りの領地はモカ領であり、そこの長男であるカモ君を押さえれば、領地を奪った後も後腐れなく徴収できるのではないかと踏んだのだろう。

更にカモ君はエレメンタルマスター。魔法学園では優秀な成績を収めている彼との間に設けた子供は有力な魔法使いになるだろうと種馬にする気満々。

付け加えて、次期モカ領領主のクーは既にレベル4の特級魔法使いだ。彼を手に入れることが出来れば、その分リーラン王国は衰えネーナ王国は避ける。

むしろカモ君を隠し蓑にクーを手にいれる算段なのではとも疑ってしまう。

ブラコンのカモ君にとってそれは許されざる事態である。

クーにはのびのびと育ってほしい。ネーナ王国にリーラン王国の人間が連れていかれれば冷遇されるという噂と実態がある。

それはこの国の姫達。マウラとマーサ王女と境遇がよく似ていた。

 

「しかもこの決闘。受けなければ開戦ですか」

 

リーランとネーナは長年緊張状態にある。

だが、戦争になる前にお互いに落としどころを見つけてどうにか過ごしてきた。しかし、今回に限ってこれがない。どこかネーナ王国には焦りが見えるとシバは語る。

 

「だからと言って、納得できません」

 

「心苦しいがしろ。としか言えん。これは王命だ」

 

コーテは次女であり、領主になれる可能性は限りなく低く、貴族と言う特権をあまり使えない。それなのに義務を果たせと言われても納得は出来ない。

それにカモ君は何かと魔法学園に。この国に貢献している。

報酬ありとはいえ何度もダンジョンの攻略に貢献しているのにこの対応はあんまりだ。

その上、自分だけはなくクーまで狙われていると知った以上、これをどうにかしたいのが本音だ。

 

…これは本気で、コーテとクー。ルーナと共に国外逃亡を図るべきか。

 

カモ君がそう考えていると、それを見透かしたのか諦めがちにカモ君に衝撃の事実を告げた。

 

「既にモカ領にはネーナ王国の視察団が向かっているとの情報もある。これから自分達の物になる土地を品定めするためにな」

 

つまり既にモカ領は人質にあるという事だ。

どんなに急いでもモカ領に辿り着くころには視察団が早く到着する。カモ君に出来ることはほぼない。

相手の隙を見て弟妹を連れだすことも考えたが、それで生まれるのは多くの犠牲だろう。

従者達はもちろん。モカ領に住む人達。そして、連れ出せた二人の未来。

自分と違い、純粋な二人はずっと後悔に苦しめられるだろう。

 

モカ領を逃げ出さなければ皆を苦しめなかったのではないかと。

 

クーは立派な領主になるべく、コーテの兄。ローアから多くを学んでいる。

知識だけではなく、魔法や戦闘技術も。

もしかしたら、その小さい体で戦いに挑むかもしれない。

自分の手を振りほどき、領民たちの盾になるべく戦い、そして…。きっと死んでしまう。

 

それだけは。それだけは避けなければならない。

 

領地が。領民が。国が。自分自身すらどうなろうと知った事ではない。

しかし、それだけの犠牲を払ったのだ。クーの。ルーナの未来だけは渡さない。

 

「…外交部の人間は殴り殺しても許されますよね」

 

「殺すのだけは勘弁してくれ。あれのお陰で戦争と言う手段を踏み留めているのだ」

 

カモ君の言葉受けてシバは何度目になるかわからないため息をつく。

 

「幸いなことに相手側はだいぶ譲歩している。こちらの二倍はある領地と人。アイテムを準備している」

 

「それは、それだけこちらに勝つ余力があるという事ではないでしょうか」

 

それな。

超余裕じゃないかネーナ王国。いや、それだけライツが大事なのか?

彼女は公式にされていないが相手国の姫。今はセーテ侯爵の監視の元で囚人生活を送っているが、その生活は平和そのもので、せいぜい自活する一般人レベルという物だ。あとあと文句を言われないレベルの待遇でもあるが。

 

「もしくはエミール君。シュージ君を魅力的に見ているかだ」

 

まあ、考えられるのはそれだよな。

自分で言うのもなんだが、同年代では優秀な部類。魔法使いとしてもそれなりの強さだと自負している。

主人公のシュージはその潜在能力はその数十倍は確実にある。

…もしかして、ネーナ王国ってシュージの潜在能力を知っているんじゃ?

ライツも執拗に勧誘していたみたいだし…。

シュージがネーナ王国に持っていかれれば確実にこの国は終わる。

あ、あかん。本気で頭が痛くなってきた。もう挽回できないところまで来ているかもしれない状況。将棋やチェスで言えば王将。キング以外の部下を失った状態で戦えと言われているような物なのに。しかも相手にはキーアイテムの常夜の外套に、四天の鎧のデータも持っているかもしれない全駒状態だ。

え、なに。このクソゲー。この状況をひっくり返せるだけのビジョンが浮かばないんだけど。

しかも追い打ちで、この決闘に負ければ、その王将であるシュージまでもっていこうとするなんてゲーム以前の問題。文字通り戦場にすら立てない状態になる。

 

カモ君は思わずため息をついてしまった。

ここまで追いつめられるくらいまでうちの国防力はないのかとため息しか出てこない。

それに同感するようにコーテも諦めがちに話を進めた。

 

「納得できないのは多々ありますが、決闘方式とその選手は決まっているのですか?」

 

「決闘方法は武闘大会会場を用いた一対一の勝ち抜き戦になる。そして選手は互いの魔法学園の生徒達とのことだ」

 

「っ!ふざけているんですかリーラン王国は!たかが子どもに人身や領民の未来がかかった決闘に出ろと言うんですか!」

 

思わずカモ君は叫んでしまった。

決闘と言ってもそれに参加するのは大人だと踏んでいた。そして大人で頼りになるのはセーテ兄弟だ。あのチート兄妹ならどんな人物もねじ伏せるビジョンしか浮かばなかった。

だからこそカモ君は完全には絶望していなかった。

シュージが成長しきるまではあの兄弟がこの国を。自分達を守ってくれるものだと思っていた。

 

しかし、それを見越してか、ネーナ王国は、現在国政に関与している大人ではなく、その国の将来を担うだろう子ども達の決闘で国力を見比べようという物だ。

それに、万が一その決闘でその対戦者が死んでしまっていいように重鎮ではなく何の権威にない子供である生徒なら被害も少ない。

 

「エミール君。これも王命じゃ」

 

「~~~っ!」

 

ふざけている。本当にふざけている国だ。

守るべき民である自分達に責任を押し付けて、更には未来まで差し出している。

こんな国とっとと見捨てて逃げてしまえばよかった。

 

そんな負の感情に包まれているカモ君をコーテはどう声をかければいいかわからなかった。だからといって彼女も納得できるはずもない。

今にも殴りつけそうな表情のカモ君と、嫌悪感を出しているコーテに謝罪するシバ。

彼もカモ君同様にこのような王命を出した王族に文句をつけた。

子どもにこれだけの大役が務まるわけがない。だが、今の王族にそれだけの余裕はない。

万が一でもセーテ兄弟を失えば間違いなくこの国は淘汰される。決闘を無事に終えても即戦争を起こされる。

そうならないためにも彼等を決闘に出すのは躊躇った。更に言うのであれば、ネーナ王国の兵力は急激に増している。彼等の軍事演習を見てきたリーランの軍人は正面からは戦いたくないと正直に答えた。

大人対大人ではセーテ兄弟以外では勝ち目が薄いのだ。

まだ成長しきっていない子ども対子どものほうに勝ち目があると踏んだのだ。

 

勝ち目があり、被害も少なく、失っても被害が少ない子どもに。この重役を任せたのだ。

 

「無論、こちらからは最大戦力である生徒を選ぶ。高等部から二名。中等部から一名。そして初等部からは二名。つまり、君達自身だよ。エミール君。そしてシュージ君もね」

 

瞬間最大火力を出せるのはシュージだが、その多様性と器用さならカモ君が選抜されるのはわかっていた。

だが、残りの選手には見当がつかなかった。いや、つけられなかったと言うべきだ。

彼等。あるいは彼女達はカモ君達に比べてこれと言った戦力が無かった。

恐らくシャイニング・サーガに出てきた仲間になるキャラクターだろうが、シュージと同じパーティーを組んだことが無い人間では力にはなれないだろう。彼らが強くなるためにはシュージと深く関わらなければならないからだ。

そして今から鍛えるにはあまりも時間が無さすぎる。

 

「決闘は二ヶ月後。ちょうど年末の時期になるじゃろうな」

 

「…でも。それでもやるしかないんですね」

 

コーテの言葉に重々しく頷くシバ。もはやこの二人には学園長として接することはもう無理なのかもしれないと思いながらもそうする事しかできなかった。

 

「儂からも。リーラン王国からも最大限助力することを約束しよう。勿論他の参加者の選抜も最大限の力を注ごう」

 

納得がいかない。絶対に納得がいかないが、それを受け入れるしかない。そして、カモ君が日常を手に入れるためにはこの決闘に勝たなければならないのだ。

悔しそうにしているカモ君は苛立ちを鎮めることが出来ないまま、学園長室を後にした。

隣にコーテがいるのはわかっている。しかし、それでも武闘大会に。代理戦争に参加し、勝たなければならない。

しかも、だ。

この武闘大会に護身の札は使用されない。ある意味でリーラン王国の最先端技術を相手国に知られないためだ。

命の危険がある。勝ち目も薄い。しかも見返りは少なく、得る物は少ない。

 

どうしろっていうんだ。この劣悪な環境で。

はっきり言って最悪だ。原作知識など活かす手段も限られている。大まかなストーリーとキャラ。モンスターとのバトルの知識も役立つかはわからない。その上、命の危険と身の危険の両方を背負う。

こんなもの同年代の王族ですら背負えない。

 

誇りもない。義務もない。

逃げてしまえ。今からコーテの手を取って王都を飛び出し、モカ領に赴き、クーとルーナを連れて他国へ逃げよう。

 

そんな後ろ向きな思考に陥ったカモ君にコーテは黙ってついていく。

彼がこれから行うことに付き従うつもりだ。

彼女もうんざりしていた。なぜ、彼がこんなにひどい目に遭わねばならないのか。

だから逃げようというのなら共に逃げる。

 

 

 

そのつもりだった。

 

 

 

カモ君が再び口を開けようとしたところに男子寮の寮長から声がかかった。

なにやら自分に手紙が届いている。と。

送り主は彼が見間違うはずがない、愛する弟妹達からの便りだった。

 

兄様へ。

どんどん寒くなる季節ですが、お体の方は大丈夫でしょうか。

兄様はいろいろと無茶をする御方ですので、もしかしたら今も無茶をしているのかもしれません。たまには休んでも誰も文句は言いません。

だって、僕の兄様ですから。

相手が自分よりも強くてもきっと様々な策を弄してきっと乗り越えると思います。

コーテ姉さまも隣にいるので絶対に乗り越えられると信じています。

そんな兄様の弟として僕もローアさんの元で努力します。

今度、モカ領に帰られる時は前よりも栄えたモカ領になっているはずです。

また皆でピクニックに行きましょう。

 

にぃにへ。

きっとこの手紙を読んでいる時はにぃにはまたボロボロになっているかもしれません。

それを思うと胸を締め付けられます。

出来る事ならもう無理はしてほしくはありませんが、きっとにぃには危険が待ち受けても前へと進むと思います。

だって、にぃには誰よりも優しいから。

そんなにぃにだからこそクーも私も好きなんだと思います。

にぃにはこれまで私達にいろいろ尽くしてくれました。だけど、私たちのために無茶をしているのならもうやめてもいいと思います。逃げてもいいと思います。

大好きなにぃに。

好きに生きてください。自由に過ごしてください。これが私の最後のお願いになっても構いません。どうか貴方の行く末に星の祝福がありますように。

 

 

 

送られてきた手紙は二枚の手紙。そして、モカ領ではよく見られるタンポポの花を押し花にした栞が同封されていた。

カモ君がその場で手紙を読み終えるとそのしおりを手に取り小さく微笑んだ。

それを隣で見ていたコーテは諦めたようにため息をつく。

 

「コーテ。俺、もうちょっとだけ頑張ってみるよ」

 

「…逃げてもいいんだよ」

 

カモ君の言葉に、もう苛立ちはない。恐怖も。躊躇いも無い。

先ほどまで渦巻いていた感情は綺麗さっぱり吹き飛び、新たに浮かび上がってきた感情は歓喜。闘志。そして決闘で勝った時に笑顔で迎えてくれるだろう弟妹達への期待。

簡単な男だ。

たった二枚の紙きれでここまで活力にあふれるのだ。

だが、この活力がカモ君の魅力だ。

仕方ないから自分もそれに付き合おう。だって、そんな彼を好きになってしまったのだから。

コーテへの見返りはほぼないと言ってもいいだろう。しかし、彼を支えると決めたのだからそうするまでだ。それに今日は言う特別な日だ。これくらいの報酬は彼にあってもいい。

 

「エミール。誕生日おめでとう。私も付き合うよ」

 

タンポポの栞の裏側に、コーテと同様の言葉が、愛する弟妹達の文字で描かれていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。