鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十二話 最高の報酬とは

 五対一。その上相手は上級生であるにもかかわらず、たった一撃も直撃を受けずに勝利したカモ君。それだけではない。その俊敏な動きと剛腕から繰り広げられた外道とも取れる戦法だが、向こうも殺傷能力の高い魔法を使っているのだからおあいこだろう。

 その上レベルが低いとはいえ三つもの属性の魔法を使っていた。身に着けている装備品から見るともしかしたら四つの属性魔法が使えるかもしれない。

 天賦の肉体と魔法の才能。それは天から与えられた才能か。

 それを聞いたらカモ君は怒るだろう。これらは全部弟妹達の為に鍛えたのだと。

 そんな英雄。勇者の体現とも思われるカモ君が決闘を終え、審判から決闘勝利の惨事。もとい賛辞を受けながらカツアゲグループの装備品兼賭けていたアイテムを七個ほど受け取り、控室に戻った。

 五対一という圧倒的不利であるにも関わらず勝利したからこそカモ君はアイテムを七個も受け取ることができた。本来賭けられるアイテムは同数が普通だが、相手は複数だった為、その分賭けるアイテムも増える。だからカモ君が得られる物は多かった

 控室には誰もいない事を確認してカモ君は受け取ったアイテムを見てにやりと笑みを深めた。

 

 水の腕飾り。水の指輪。地の首飾り。火の首飾り。

 呼び方はいろいろあるがこれらはすべて防御アイテム。その属性の魔法に対してダメージ軽減の効果がある。

 カモ君が水属性だと踏んだのに関係のない属性のアイテムまでつけていたのは威圧の為だろう。これだけ持っているんだ。それだけ強いんだよ。と、それが裏目に出たな。

 

 地の短剣が二つ

 これは地属性の魔法の威力を上げる物だ。徹底的に自分を痛めつける為に持っていたなあいつ等。まあ勝ったのはこちらの方ですけど。

 

 そして、一番の大当たり。

 それが抗魔の短剣。

 前述したアイテムより効果は落ちるが全属性の魔法の威力を上げ、ダメージを減らす。薄く広い効果を持つアイテム。エレメンタルマスターであるカモ君に見合わせたような一品だった。

 間違いなく今まで見てきたレアアイテムの中で二番目に良い物だ。一番上?最高はルーナのお守りですけど、なにか?

 ちなみにこれはルーナのお守りを馬鹿にした不良Cが持っていたものだ。物理に沈んだために効果を発揮する前にカモ君に奪われた。

 

 控室で着替えを終えてコーテが待っているだろう女子寮へと行くかと控え室の扉を出た所でいつの間にかできていた人だかりに囲まれていた。

 

「あいつ等をぶちのめしてくれてありがとう!」

 

 「凄い筋肉だな。確かにこれで殴られたらひとたまりもない」

 

 「一方的にあいつ等にアイテム奪われたけど、あんたにならそのアイテムを使われても文句はない!むしろ使ってくれ!」

 

 「というか、二つ。いや三つの属性を使っていたよね。しかも胸にかけていたのは火属性の物だし!もしかしてお前、エレメンタルマスターか?!」

 

 まるで熱烈なファンのように集まって来た人だかりに悪い気はしなかった。カモ君。最後の質問にそうだよと答えようとした時だった。

 

 「ご、ごめん。ちょっと通して」

 

 「はいはーい。ごめんねー」

 

 人だかりの間を何とか抜け出してカモ君の眼前に現れたのはコーテとその友人アネスだった。

 

 「コーテ嬢?」

 

 「コーテ」

 

 「うん。すまん。コーテ。まさか闘技場に来ているとは思わなかった」

 

 「うん。そうだね。私も思わなかった。学園に来たら私に連絡することも忘れて決闘をする婚約者がいるなんて」

 

 うぐぅ。と、思わず呻きたくなるが堪える。

 ここからの行動はコーテが毎月出す手紙の内容に含まれるかもしれない。ここから先は『格好いい兄貴』モードで接しなければ。

 彼女を通してクーとルーナに婚約者との約束を破って決闘していたなんて知られたら…。

 

 え?にー様。コーテ姉様との約束破ったんですか?

 にぃに。コーテ姉様を悲しませたの?

 にー様。見損ないました。

 姉様を悲しませたにぃになんて嫌い。

 

 う、うわぁああああああああっ!!?!?!!

 

 カモ君が恐れていた事態が目の前にあることにようやく気が付いた。

その動揺たるや、普段はクールな兄貴然とした態度で珍しく言い訳をしてしまった。

 

 「毎月出している手紙にも書いていたでしょ。ろくでもない奴らがアイテムをカツアゲしているって」

 

 「あ、いや、これはだな。違うんだ。これには訳があって」

 

 「…分かっている。どうせ絡んできたのはあっちからなんでしょ。そしてそれを懲らしめたかった」

 

 ん?なんかおかしな方向に行っている気がするぞい?

 

 「手紙でもそんな奴等が弟妹達の通うかもしれない学園にいるなんて許されないとかあったわね。そしてそれを自分がやるって」

 

 ま、まあ確かにそんな事を書いたかもしれない。全くいかんな。弟妹の事になると色々と溢れてしまう。愛(手紙)とか殺意(決闘)とか。全く、クーとルーナの事好きすぎかよ自分。

 

 「それを本当にやるとは思わなかった。しかも五人同時だなんて無謀だよ」

 

 それは全くの同感。終わった後だから言えるが、一対一ならもっと安全に勝てた相手だし、五対一の戦い方ももっと他にあった。それなのにぶちギレたからとはいえ魔法ではなく直接素手で殴りたい衝動に駆られてあのような決闘を繰り広げてしまった。下手したらあの決闘、負けていたのかもしれない。もし決闘に負けていたとしたら…。

 

 え?にー様。決闘に負けたんですか?

 にぃに。負けちゃったの?

 それでアイテムを全部失ったんですか?コーテ姉様との婚約軍杖も奪われた?

 コーテ姉様。可哀そう。

 弱いにー様。いや、エミールなんて僕の兄上でもなんでもないね。

 弱いにぃになんていらない。

 

 う、うわぁああああああああっ!!?!?!!

 

 まさかの二段構えで最悪の更新された状態であったなんて思いもしなかった。今、体震えていない?いくら感情と表情の伝導率が十パーセント未満の自分でもこの心の動揺だと地震の震度5くらいで揺れているかもしれない。

 幸いな事にカモ君の表情に謝罪の色が少し混ざる程度で済んだが、カモ君の普段の行動を見てきたコーテは珍しい物を見れたと役得だった。彼女は顔には出さないが。

 また、そんなコーテを見て同じく珍しいものを見たと嬉しそうにしている少女もいた。

 

 「本当に知り合い。いや、婚約者なんだな…」

 

 「うん。だから言っているじゃない」

 

 「知り合い?ですよね」

 

 「ああ、見ていて爽快だったよ。私はアネス・ナ・ゾーマだよ。よろしくカモ子爵」

 

 カモ君は握手を求めがら挨拶をしてきたアネスにドキッとした。

 彼女の少女離れした魅惑のボディにではない。カモ子爵と呼ばれたことにである。

 こいつまさか転生者か?等と考えながらも会話を進めていたがどうやらそうではないらしい。もし転生者で自分が『踏み台キャラ』だと分かって入れば、すかさず決闘を申し込むだろう。それだけカモ君はドロップする装備品的にも経験値的にも美味しいキャラだから。

 

 「アネス。口調が戻っている。あとカモじゃなくてモカ」

 

 「お、っと。申し訳ございません。モカ子爵。私の実家は貧乏男爵でして、貴族間での話し合いになれていませんので。ご理解いただけると幸いです」

 

 コーテに無表情ながらも注意されたアネスは令嬢らしい所作で改めて挨拶をしてきた。

 それに微笑みながらクールに了承する。この対応ならクーとルーナに知られても嫌われることはないだろう。

 と、考えていたらまだ来て数日も経過していないような学生服を着た生徒。恐らく自分と同じ新入生の女子が会話に割って入ってきた。

 

 「あ、あのモカ子爵。大変勝手なのですがどうか。どうか決闘で勝利して手に入れた装備品を私に渡してもらえないでしょうか」

 

 「どういうことかな?」

 

 聞けば彼女もカモ君と同じようにレアアイテムを持って学園内を散策している所に不良グループに難癖つけられてアイテムを奪われたらしい。

 そんな彼女の後ろには同様の理由でアイテムを奪われた新入生たちが複数いた。

 彼女達はアイテムを奪っていった不良グループに何とか返してもらう為に頼みに行ったが代わりに自分達と付き合えば返してやると言ってきた。貴族令嬢として不特定多数の男性と付き合うのは自分の家の顔に泥を塗る行為と同じなので彼女達は泣き寝入りするしかなかった。

 学園側も自己責任とだけしか言わず取り合ってくれない。

 そんな中、山賊じみた巨体の新入生が不良グループと決闘をするという話を聞きつけた。そして、もしその新入生が決闘に勝てたのなら、話をしてどうにか譲ってくれないかと考えたらしい。

 そこまで聞いてカモ君の答えはNOだ。

 なんでせっかく手に入れたアイテムを元の持ち主に返さなければならないのか。実際に学園側も言っているだろう。これは実戦を想定した決闘だと。

 何より、このアイテムはまだ見ぬ主人公に渡すためのものだと決めていたのだ。絶対に返すつもりはない。

 お前の物は俺の物。俺の物は主人公の物だ。

 …クーとルーナに会いたいなぁ。

 自分の置かれた立場にホームシックになりかけたものの、カモ君は彼女のお願いを断ろうとした時だった。

 

 「あなた甘過ぎ。この魔法学園に来たからには相応の覚悟が必要。ここは魔法の力量を上げる為だけじゃない。自分を磨くだけじゃない。他者を蹴落としてでも強くなろうとする者が集う場所。そうでなくても貴族として気高く過ごさないと駄目」

 

 お、いいぞ。コーテ。もっと言ってやれ。

 思わぬ援護にカモ君は静観を決める。

 

 「それは…。分かっています」

 

 「そもそも決闘は戦争を想定したもの。いくら強要されたとはいえ、それに了承してしまった貴女達にも責任がある」

 

 「…はい」

 

 「でも」

 

 おや?コーテの様子が?

 

 「私達はまだ学生。貴方とエミールが戦争したわけでもない。私は甘いと思うけど、本人同士で話しをつければいいと思う」

 

 それは暗にカモ君が許容すれば返して良いという事ですね?

だが残念。返す気なんざ、さらさらない。

 

 「お願いします!その火の首飾りは弟達がお小遣いを長い間溜めて買ってくれた物なんです!」

 

 「返そう」

 

 「はや。躊躇いはなしか」

 

 アネスのツッコミを聞いて、カモ君も自分が条件反射の領域で返すことを承諾した事に驚いていた。

 はやっ!?自分でもそう思う。だけど仕方ないじゃん。俺だってクーやルーナから一生懸命貯めたお小遣いで買ってくれた物だったら馬糞だろうがゴキブリだろうが喜んで肌身離さず持っていたいもの!

 で、でもぉ。一応念のために本当であるかどうかの確認をする。もしかしたら自分を騙してアイテムだけを盗っていく奴かもしれないし?と思っていたにもかかわらず、彼女達の奪われたアイテムにはそれぞれの家の名が刻まれている。カモ君やコーテが持つ水の軍杖にも自分の家名が刻まれている。

 決闘で手に入れたアイテムをその場で確認したら確かに彼女達の家名が刻まれていた。

 奪われて間もないから不良グループそこを削るまで気を回していなかったらしい。そして手元に残ったのは…。地の短剣一本のみである。これは元から先輩達が実家から持ってきた物らしい。

 これには落ち込んだ。外見は元の持ち主の元に戻ってよかったと微笑んでいるが、中身は不満たらたら。

 申し出た少女だけではなく他にもカツアゲを受けた生徒の物だと判断した為。戦利品として手に入れたレアイテムも短剣のみ。あれだけのリスクを負ってリターンがこれだけとはあまりにも割に合わない。

 

 「本当に良かったんですか。あれ。売れば一財産になっていたのに」

 

 「弟達からのプレゼントを取り上げたら可哀そうじゃないですか」

 

 もしそれが両親からのプレゼントとかだったら絶対に返していなかった。

 それだけカモ君とギネの確執は深い。

 アネスの言葉にクールに答えるカモ君。

 そもそもコーテが強くアイテム返還を拒否していればこんな事にはならなかったのに。と彼女に視線を移したら、彼女がカモ君にだけ聞こえるような声で伝えた。

 

「甘いけれど。格好いいですよ。エミール。クーとルーナがこの事を聞いたら喜びますね」

 

 つまり、このアイテム返還という美談をコーテさんからクーとルーナに伝えるという事ですね。

 本人からではなく、他人を通して自分の美談を語られれば好印象間違いなし。つまり。

 

 さすがにー様です。尊敬し直しちゃいました。

 にぃに、格好いい。

 

 と、なる。

 

 いやぁ、アイテム返してよかったなぁ。いやぁ、本当に良かったなぁ。

 さすが俺の婚約者。俺の事分かってらっしゃる。

 と、途端に上機嫌になるカモ君。

 弟妹達の事が関わると山脈よりも高く舞い上がり、海溝よりも沈むそのテンションに表情が殆ど連動しないカモ君。

 カモ君にとって弟妹達からの賛辞は何事にも勝る報酬なのだ。それを知っているのかコーテはカモ君の口角が少し上がったのを見て、やはり私の話の持って行き方は間違いじゃなかったと一人納得するのであった。

 

 

 

 そんなカモ君達のやりとりを柱の陰で見ていた魔法学園の制服を着た少女がいた。

 

 あれが『カモ君』?私が知っているのとは違うけどアイツよね。踏み台キャラは。

 

 背中まで伸ばした黒いストレートヘア揺らしながらその場を離れる少女。

 彼女が知っているカモ君は巨漢のデブだ。厭味ったらしく、権力を笠に威張り散らし、自分達のような平民出身の魔法使いや弱者を虐げる嫌な奴だ。

 生理的にも性格的にも受け付けないそれが彼女の知る『カモ君』。そしてそれは前世の記憶を取り戻したカモ君が覚えている『ゲーム内での自分』でもある。

 まあ、少女にとって見た目も受け付けない。少女にとってあの筋肉は無しの部類らしい。

 カモ君達三人がそれぞれの寮に戻る為、闘技場の外に出るまで見送った少女は最後にもう一度カモ君の姿を見て誰かに知られないよう静かに笑った。

 

 せいぜい私の為に踏み台になってよね。カモ君。

 


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