鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第六話 異常事態製作者

そもそも何故、魔法学園は国の一大事なのに冒険者という最高の肉盾要員を準備しなかったのか?

それはネーナ王国の妨害工作員を送られることを恐れたため。参加選手の暗殺や寝返りを企てられては決闘以前の問題になる。

だから信頼できる選手と教員だけで編成したチームをこの森に行かせたのだが、

 

「…キィ。貴方はシャイニング・サーガという単語に覚えはある?」

 

「な、なんで、それをっ。まさかロリ先輩も転生者?!がぼぼぼっ」

 

ログハウスの一室。更にカモ君に防音効果の結界を張り、周囲に情報が漏れないようにした状態でさっそくコーテが切り出したところ、キィはあっさりと吐いたのだ。

失礼な言葉遣いだったため、テーブルを挟んで椅子に座っていたキィだが、コーテの魔法で作った水球に顔を鎮められて藻掻く羽目になった彼女を見て、カモ君はため息をついた。

 

大丈夫かなぁ、こいつ。まさか、こいつのせいで原作乖離が起こったんじゃないだろうかと頭を悩ませるカモ君。

 

そこからキィが落ち着いた後、二人はお互いの事を話した。

キィはシュージとの出会いからステータスの閲覧が行えることまで。原作の事をしっかり押さえているかの確認をした。

カモ君は自身が踏み台であるという自覚を持ってからこれからどうするかの占めしあわせをした。

その話し合いの結果。

 

「「馬鹿じゃないの、お前!」」

 

二人の転生者の意見は一致した。

 

「普通、踏み台を受け入れたならシュージにわざと負けるくらいするでしょ。その方が何かとお得なのにあんた何勝っているのっ!」

 

「お前っ、攻略動画見ていながら敵国のスパイにキーアイテムを渡すとか頭おかしいんじゃないかっ!」

 

ちなみにカモ君は決闘の時、しっかりとシュージに負けている。

武闘大会の時は勝たざるを得なかったが、負ける時はちゃんと負けているのだ。

 

「はっ、キーアイテムってただの消耗品でしょっ!あんなダサいマントよりこの森のギガント・エイプが落とす大賢者の杖の方が攻撃力も上がるし、他のステータスも上がるのよっ」

 

「お前、イベントをちゃんと読破していないだろう!あれがないとネーナ王国の大規模な波状攻撃に主人公一行がやられるんだぞ!」

 

そして、キィとカモ君の知識の差が大きかった。

 

キィは日常イベントや戦場イベントなどは所見でもスキップ。彼女にとっていらない場面は見ない。重要な選択肢イベントや押しイベント以外は適当に流し読みする、効率廚。

 

カモ君もキィと似た効率廚だが、初見のイベントや軍略パートなどはしっかり読み込む派であり、男心くすぐられる軍略パートや三大武器といった浪漫あふれるイベントや武器は必ず押さえるやりこみ派。

逆に日常パートや恋愛パートはキィよりも重要視していなかったため、シャイニング・サーガで主人公の仲間になるキャラは忘れがちだった。

 

その差が如実に表れた。

 

「は?たかがバッドステータスを軽減するだけの装備品でしょ?」

 

「お前、本当にイベントを見ていないのな!最初の攻撃は混乱のバッドステータスを広域照射する展開だぞ!そこで主人公が持っている常夜の外套が主人公をそれから守って味方を正気に戻す。そうしないと戦争最初のパートで詰むぞ!」

 

そう、カモ君の言う展開は酷いものだ。

敵の催眠電波ともいえる攻撃により、主人公を含めた味方陣営は大混乱。

主人公以外のキャラクターたちはお互いを敵兵。もしくは、モンスターだと思い込み同士討ちを始める。

そうならないために主人公が催眠電波の飛び交う敵陣に単身で飛び込み、催眠電波を発生させている兵器を破壊するというイベントがある。

その他にもバッドステータスを付与してくるイベントは沢山あるが、中でも一番危ないのがこれだろう。

何せ、時間が経てば経つほど味方が同士討ちしていく。その後持ち直しても、味方を傷つけてしまったという罪悪感から立ち直ることも難しい。

 

「そ、そんなの他のアイテムで防げばいいじゃないっ」

 

「状態異常無効のアイテムの入手がどれだけ難しいかわからんのか!」

 

カモ君に事の重大さを説かれたキィはすぐに代案を出すが、それは限りなく不可能なのだ。

この世界のバッドステータスはゲームにありがちな、毒・麻痺・睡眠・石化・流血・沈黙等がある。他に混乱・恐慌・憤怒といった精神状態にも異常をきたすものがある。

そのどれもが戦闘時には命取りになるのだが、それらを一挙に解決してくれるのが常夜の外套だ。

そこにシルヴァーナと四天の鎧を装備することでバッドステータスを無効にする主人公というキャラが出来上がる。

これこそが安全牌であり、確実な装備であるにもかかわらずキィはそれを理解していない。

そもそも状態異常の一つをカバーするにも貴重なマジックアイテムが必要であり、入手困難である。

 

敵の攻撃など当たらなければどうという事はない。

 

それを攻略動画で見て実践すればいいというが、それに馬鹿かと怒鳴るカモ君!

 

「お前なっ!戦闘中に自分が想定内の動きが出来ると思っていんのか!ここはゲームじゃない!現実なんだぞ!気が緩む疲労感!体が強張る恐怖!いつどこから敵が襲ってくるかわからない緊張感!これだけでもどれだけの徒労がかかるかわからないのか!」

 

そう、キィとカモ君の差はこの世界がゲームに近い世界。だが、ここは現実だという緊張感の有無。

ある意味でこの世界の貴族と似ている。

戦闘もダンジョン攻略もしたことが無い魔法使いが粋がっている事に近い事をキィは行い続けていたのだ。

 

「そ、そんなことわかっているわよ。死ぬ恐れがあるってことでしょっ。その辺は大丈夫よ。だって、私は『主人公の仲間』なんだから」

 

そう、シャイニング・サーガは主人公やその仲間が戦闘不能に陥っても回復することが出来る。どんなに強力な魔法を受けようと、ドラゴンの灼熱の業火を浴びても体と魂が損傷しようと復活できる。だが、

 

「お前、それを試したことがあんのか?」

 

「それは…」

 

試したことなどない。

キィは我儘な性格だからこそ自分にメリットがない行動はしない。

『本当に死ぬかもしれない』という攻撃を彼女はその身で体験したことが無いのだ。それに、いくら『主人公の仲間』とはいえ、死ぬことはある。

選択肢を間違えればその仲間キャラは特殊イベントで死ぬことをキィは知っていた。だから、自分というイレギュラーな仲間の場合、これは死ぬ特殊イベントなのではないかと思ってしまうのだ。

 

「…じゃあ、私にどうしろっていうのよっ!」

 

「…お前に出来ることは俺と同じシュージのサポートだけだ。いや、何もしないほうがいいかもしれん。お前の行動でどれだけこの国が危険に陥っているのかわからんのか」

 

むしろ、敵国のスパイ。ライナも実は隠しキャラとして仲間になるからキィも油断していたと言うが、彼女がやった行為は売国だ。事が王やこの国の重役に知られれば死刑もあり得る。というか、それしか考えられない。

 

「まさかと思うが四天の鎧のデータの流出もお前がしたんじゃないだろうな?」

 

「で、出来るわけないでしょっ。私は平民なのよっ。貴族にコネなんてあるわけないじゃないっ」

 

キィはもうこの後に起こりえるイベント。国の滅亡という最大最悪のイベントが脳裏に浮かんでからは震えが止まらない。

彼女にもリーラン王国には愛着はある。もちろん今世の家族にだって愛着はある。

それが駄目になるかもしれないと注意されるまで気が付かなかった。いや、どうにかなるだろうと楽観視。都合の悪い事は見ないようにしていた。

 

「…あー、もうっ。本当にどうしてくれようかお前の処遇」

 

カモ君は決して弟妹達の前では見せない素の性格でキィを見ていた。

その感情は侮蔑。

リーラン王国滅亡の原因の一つを間違いなく起こした馬鹿な転生者を。ある意味自分の同郷の輩をどう取り扱えばいいかわからなかった。

 

「わ、私どうなっちゃうの?」

 

もうキィに強気になることは出来なかった。

シュージ。主人公という後ろ盾があったからこその態度だった。

だが、前世の知識。原作知識があっても常夜の外套を奪われた罪は拭えない。

 

「俺が王族なら確実に死刑だ」

 

「ひっ」

 

ギロリと睨みながら死刑宣告を告げるカモ君に怯えるキィ。

しかし、彼女を弁護できる利点が一つだけある。

 

「だが、シュージに。主人公に『原作』を伝えて魔法学園に連れてきたこと。正確には俺の前にまで連れてきたことは評価できる。…それ以外はマイナスだがな」

 

長い溜息を吐いたカモ君は目頭をもみながら現状を整理する。

 

キィも自分と同じ転生者だった。

キィがシュージに原作知識を伝えているため、今後の展開の説明が容易である。

キィのせいで常夜の外套は失われたが、彼から自分への信頼は得られたこと。

そのおかげでカモ君はシュージに対人戦の特訓。最高の経験値という踏み台である自分と理由をつけて何度も行うことが出来る。そうする事でシュージの大幅強化が狙える。

 

「とにかく、シュージもここに連れてこい」

 

「わ、わかったわ」

 

正直、カモ君はまだ文句が言い足りない。

キィのせいで主人公のピンチ。それに続き、リーラン王国のピンチ。最終的にはモカ領(クーとルーナ)のピンチと連鎖するのだ。

弾かれるように椅子から立ち上がり、シュージの元へ走り出していったキィ。

それを見送った後にも重く長い溜息をついて、コーテの方を向いた。

 

「コーテ。悪いんだけどキィについて行ってくれないか。俺がついていくとまた怒鳴りそうだ」

 

「…わかった」

 

転生者同士の話し合いにずっと静観を決め込んでいたコーテはカモ君の要請を受理した。

はっきり言って今まで見たことが無いカモ君だったが、おそらく今まで自分が見てきた中であれが一番自然体なカモ君なのだろう。

 

クーやコーテの前ではクールを装い、自分の前ではその強がりに綻びを見せるが、それでも100%ではない。

ミカエリの前では感謝や信頼もあるからか、ややため口になりそうな口調を無理に丁寧にしている感じがある。恋人になった今の自分でも少し遠慮が見られる。

ギリのように弟妹やモカ領を侮辱されると激昂してしまうが、あれもカモ君の本来持つ一面だろう。

 

だが、一番遠慮がなかったのは今回のキィとの対話。

同郷という事。ミスばかりを起こす彼女を尊敬や感謝することも無ければ遠慮することもない。一番遠慮のないやり取りに若干の嫉妬を覚えたコーテ。

出来れば、自分もあんなやり取りを。と、思ったが、すぐに思い直した。

あれは遠慮がないが、信頼も信用もない。

そんな関係にはなりたくないと思ったコーテは、ログハウスを出て見た光景にさらに頭を悩ませた。

 

 

 

「こいつらの命が惜しかったらお前と、あのエレメンタルマッスルの二人だけでこの森の最奥まで来いっ!」

 

「それが聞き入れられないのならこの二人を殺す。先生方、貴方達が来ても同様です」

 

「ウェイン先輩っ!ギリ先輩!なんでこんな事をっ!?」

 

先ほどまで疲労で倒れていたはずのウェインがネインの首元にナイフを押し当てながら。ギリは魔法で作り出しただろう風の鞭で口元と手足を縛り上げたキィを連れて、混沌の森へと走っていく光景だった。

それを見てシュージは叫ぶことしかできずにその場から動くことが出来なかった。

教師たちもネインとキィが人質に取られたことでシュージ同様に身動きできなかった。

 

…うん。これは先輩達がネーナ王国に寝返って、シュージの身柄を強制連行するため。そして、エミールをこの混沌の森で暗殺するつもりだな。

 

直前まで聞いていた今後の展開。リーラン王国が最も困るイベントが起こっていると判断したコーテはその場で頭を抱えてため息をつくのであった。

 


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