鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第八話 ランクアップが無ければ即死だった

ギリ達がカモ君に押さえつけられている場面を、文字通り人知れずに見ていた人物がいる。

それはギリ達を唆した女子学生、メイドに扮した女性であり、カモ君とコーテをモカ領で襲った二人組の片棒を担いでいたライムだった。

彼女はカモ君達から少し離れたところに居るだけで、本来なら彼女にもカモ君が殴りかかるような状況であるにもかかわらず誰も彼女に関与しようとはしなかった。出来なかった。

見れば彼女の格好は神官を思わせるローブと派手な杖を持っている場違いな格好をしているにもかかわらず誰もそれに感知できていない。

 

認知をごまかす魔道具を三つも装備したライムを捉えることはこの場にいる誰も出来ない。

彼女の風貌を確認することも。その恰好も。声も。魔力ですらも認知できていない。

違和感を覚えることも無い。

彼女の事を既に知っているうえで、意識していなければ誰も彼女を捉えることは出来ないだろう。

その上、ギリ達はもう既に誰に唆されたかもわからないだろう。

今の彼女は炉端の石以下にまで存在感がない。

 

そんな彼女はギリ達を見捨てることを決めると懐から一本の試験管を取り出した。

封をしているコルクを抜き取り、カモ君達に向かってそれを投げた。

その中身は饗宴の雫という、モンスターを呼び込む効果がある液体だ。

ある意味魔除けのお香とは逆の効果を持つそれは、どこか辛さを感じる匂いがカモ君達の周囲に立ち込める。

その匂いを敏感に察したのは、「ロリ先ぱーいっ」涙目のキィに縋りつかれていたコーテだった。

同じ女性であるキィとシュージと先生に介抱されているネインは先ほどまで襲われていたため、この匂いには気づけなかったが、彼女は違う。

ハント領ではよくダンジョンが出現し、モンスターを間引きするためにこの狂乱の雫は使われており、彼女もこの匂いを嗅いだことがある代物だ。勿論、危険物として。

 

「っ。エミール、早くここを離れよう。誰かが饗宴の雫をばらまいた」

 

「嘘だろ、おい」

 

カモ君はコーテの述べた言葉を正確にくみ取った。

こんな低ステータスとはいえレベルMAXの自分でも手を焼く混沌の森でモンスターを呼び出すアイテムが使われたとなれば文字通り死活問題だ。

しかも今いる場所はあまりにも整然とされているまるで、ボスと戦う事を想定されたような空間だ。

 

「おいっ、シュージ。あと先生、先輩達っ!ここから早く移動しないとっ!嫌な予感が」

 

カモ君が撤退を指示しようとした瞬間、その場を揺るがす巨大な咆哮が響いた。

その場にいた誰もが体を強張らせ、周囲を見渡す。

自分達では敵わないと自覚させられる圧倒的な強者の気配をその身で感じた。

それはカモ君達がやって来た道とは別の方向。それこそジャングルの木々を薙ぎ倒しながらやってくる足音。確実に自分達を攻撃目標にした巨大な何かがやって来た。

もはや撤退も出来ないと判断したカモ君は今まで隠してきた魔法と上げることを躊躇っていた魔法のランクアップを発動させた。

魔法のランクアップを意識したことで、カモ君の土属性がレベルアップを果たし、その精度と威力が底上げされる。

そして、冒険者のアイムから伝授された魔法。『鉄腕』を発動させ、咆哮と木々をなぎ倒してくる気配の最善に立って、全力防御の姿勢を取った。

カモ君を見ていた人間からすると、彼の体の前に浮遊する一対の巨大な鋼鉄の手甲が浮かび上がったように見えるだろう。

それを交差させ、防御態勢を取ったカモ君。

その数秒後には物凄い衝撃音と共に彼は後方へとぶっ飛んだ。

高さだけなら3メートルはあろうかと思う身長を持ち、その両腕は異常に太い、赤い毛皮に覆われた大猿がそこにいた。

 

「…嘘だろ。何で、エンシェント・ゴリラが出てくるんだよ」

 

ぶっ飛ばされたカモ君は、その勢いのまま背後にあった木に背中を打ち付けながらも、何とか意識を保ち、自分をぶっ飛ばした正体を見て怖気が走った。

猿型のモンスターの中で、最強の地位を持つエンシェント・ゴリラ。猿型なのにゴリラの名前がつくほどえぐい攻撃力のある拳を振るうモンスター。

本来なら、国の軍隊の小隊から大隊で討伐すべきモンスターがカモ君達の前に現れた。

 

ブレスも魔法を使わないドラゴンと揶揄されるモンスター。

それがエンシェント・ゴリラである。

現にカモ君が作り出した『鉄腕』は殴られた瞬間にもれなく全壊。跡形もなく粉々になっていた。

 

そんな全滅を思わせるモンスターを呼び寄せてしまったライムはというと。

 

…あ、ちょっとミスったかもしれない。

 

拉致目的のシュージまで死んでしまうかもしれないモンスターを呼び寄せてしまった失敗を後悔していた。

 


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