鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十話 ゴリラの心得

お見事。

 

シュージ達がエンゴリと戦闘に入る前からライムは認識疎外を行い、文字通り蚊帳の外で彼等の戦いを見守っていた。

シュージに何かありそうだったら援護に入るつもりだったが、それは取り越し苦労となった。だが、それ以上の収穫はあった。

それはシュージが既に物語の中盤辺りまで成長している事。上級魔法を使うことが出来るのはシャイニング・サーガでは中盤になってからなのだが、エンゴリを屠るまでの実力とは思わなかったのだ。

時期的にはゲームで言うならまだ中級の魔法が精一杯。エンゴリを倒すなど到底不可能だと思っていた。だが、現実はどうだ。エンゴリを一撃で倒すまで強くなっているではないか。

 

そして、カモ君。

彼等が戦っている時に魔法のルーペを改造してより情報が閲覧できる魔法のルーペ改でカモ君の現状を図ってみるとレベル50という、主人公の半分のレベル上限だが、MAX状態というこれ以上ないほどに仕上がった『踏み台』にライムの口角は吊り上がった。

今の彼を取り込んで、サンドバックにしたらどれだけネーナ王国の国力が上がるだろうか。

 

はっきり言ってシュージよりもカモ君の方がライムにとって興味をそそられる対象だった。

しかし、それは駄目だ。

なにせカモ君は『踏み台』。自分を倒した相手を大幅強化してしまうという、味方にしてはいけない人物なのだ。

何より、今の自分ではシュージは勿論、弱っているカモ君。キィにすら勝てるか怪しい。

あくまでも研究職にステータスを全振りしているライムでは勝てそうにない。

戦わない。ではなく、戦えない自分はこの場では撤退するしかない。

前もって準備していたイカロスの羽を発動させ、転移していくライムが最後に見た光景は、ネイン達を無事キャンプ場まで届けた後、すぐさま駆けつけてきたコーテに説教されながら回復魔法を受けているカモ君達だった。

 

 

 

エンゴリが爆散した時近くにいたカモ君は幸運だった。

倒れ伏したことで爆風の被害を最小限にし、鉄腕で自分の体を覆っていたことでそれが盾となり爆発を大分やり過ごせた。その爆発音で鼓膜が破れて一時的に意識と聴覚を失っていたが。

そう、大分。全部ではない。

爆発の威力は殺せたが、その時に鉄腕もばらばらになってカモ君の体の背中を中心にあちこちに突き刺さった。

例えるなら彫刻刀でグサグサ突き刺されたといった具合だろうか。

浅く切り付けられた。その程度の傷で済んでよかったが出血が派手だった。その上、鉄腕の破片が体のあちこちに食い込んだのか嫌な熱を感じる。はっきり言ってこのまま放っておいたら破傷風や感染症でぽっくり死んでしまうレベルである。

おびただしく血が噴き出ているカモ君を心配したシュージが駆け寄る。幸いなことにコーテがその時に来てくれたおかげで、鉄腕の破片の除去から傷を塞ぐ回復魔法をかけてくれたおかげでカモ君もなんとか立ち上がれるまで回復した。鼓膜も治してもらった。

まだ折れたままあばら骨の治療をしてもらっている最中にコーテにしこたま叱られた。

 

また無茶をした。と、

聞けば何度も死にかけた場面があった。

 

キィの阻害魔法を受けてからのエンゴリの攻撃。および、足止めの際に受けたダメージ。

そして、シュージの上級魔法を直撃とはいわなくても間近で受けたことにしこたま怒られたのだ。

 

キィのやらかし。エンゴリの脅威。そしてシュージの魔法の殺傷能力。

そのどれもが致死レベルなのだ。十分に注意してほしいとこれでもかと説教を食らったカモ君は自分でも理解していたので平謝りをするだけだった。

その光景にキィが意地悪そうににやけたが、そもそも彼女がカモ君を巻き込まないように阻害魔法を放っていればカモ君は大怪我を負わなかったかもしれないのだ。

当然、彼女にも説教を開始しようとしたが、ここはモンスターが跋扈する混沌の森だ。

カモ君の治療を最低限終わらせたらすぐさま撤退すべきである。

拾った命を捨てるわけにはいかない。

カモ君の援護に来たのはコーテの他に今度は教師が二人来てくれたので撤退にも余裕がある。だからこそ、コーテはカモ君のあばら骨の治療まで行っている。

そして、撤収という時になってシュージがまた何かを拾っていた。

どうやらエンゴリを討伐した時にまたしてもドロップアイテムが出現したらしい。

 

こいつは本当にラッキーマンだな。羨むも過ぎれば呆れてしまう。

そんな彼が持ってきたのは透き通るような緑の宝石で作られた天秤を模したネックレスだった。

鑑定魔法をかけてわかったのだが、これもこれでぶっ飛んだアイテムだった。

 

・・・おいっ。

 

カモ君は呆れてしまうと言ったが、一周してまた羨むようになってしまった。

シュージが手に入れたアイテムは『ゴリラの心得』。

森林の奥地に住むゴリラは賢いが、その剛腕はその森の中では比類なきもの。

それを示すようなアイテムが『ゴリラの心得』である。

 

魔法攻撃力と物理攻撃力のステータスが入れ替わるマジックアイテムをシュージは手に入れたのだ。

 

魔法攻撃力が馬鹿みたいにあるシュージにこれほど向いたアイテムがあるだろうか。

魔法力が切れたら、このアイテムを装備して肉弾戦を行えばいい。

敵から見たらふざけるなと怒鳴りたくなる状況になるだろう。

だが、これは今の自分達にとっては幸運といってもいい。

 

ウェインとギリは裏切ったが、それを覆すほどのアイテムを入手した。…覆しただろうか?5対5の決闘。そのうちの二人が裏切り者になったから3対5になった。

え、これ大丈夫?自分達よりも弱いと言っても相手の出方を知るための捨て石ぐらいには出来たのに。それすらなくなったわけだから。

しかも裏切り者が出たという事により全体の指揮が下がったというわけであり、思った以上にこちらの戦力が削られたのではないか?

 

表面上はクールにしているカモ君が色々悩んでいる事を知らないシュージはまたもやカモ君にそれを譲ってこようとしてきた。

気持ちはうれしいのだが、自分にはあまり意味がないアイテムだろうとシュージには決闘の時には施しコインと入れ替えて戦えばいいと伝える。

施しコインはキィに聞かれれば目の色を変えてねだるだろうからそれとなくぼかして伝えたカモ君。

彼のステータスはほぼ均一になっている。

魔法攻撃力と物理攻撃力を入れ替えてもあまり変化はないだろう。特出しているのは生命力と魔力総量くらいだろう。文字通りのタンクだ。敵の攻撃を受けて注意を引き付ける護衛という意味と魔力の貯蔵庫というべき意味の二重タンクだ。

はっきり言って使い道がそれくらいだ。キィが闇属性のレベル3。上級魔法を使えるようになった時に使えるマナスティールという対象の魔力を奪う魔法で消費した魔力を補充させるくらいしか方法が浮かばない。

 

話を決闘に戻す。

ギリとウェインは裏切った為、当然参加はさせられない。ネインは戦力不足。

そして、カモ君自身は負けると相手を大幅に強くしてしまうので選出敵は最後。大将を務めるだろう。

今のままではシュージ一人で5人全員倒せと言っているような状況だ。

 

え、無理じゃね。

 

いくらシュージが強いと言っても一人で五人抜きなんて、体力も魔力も持たない。

何よりこの5対5の決闘は護身の札が使われない。技術漏洩を防ぐためだともいわれている。つまり、下手したらシュージが死ぬかもしれないという危険もあるのだ。そんな状況で彼に無理はさせられない。

 

…これ、詰んだんじゃね。

もうまともに戦えるのは自分だけなのでは!?

 

しかも、大将だから負ければモカ領も詰む。

ならば自分は先鋒や副将を務めるか?

それもダメだ。自分が負けた時、レベルMAXの『踏み台』を倒した相手はものすごく強くなる。そして自分を倒せるほどの実力者に『踏み台』の効果を与えたらいくら主人公のシュージでも分が悪くなる。敗北。下手すれば死ぬ。

 

終わったぁああああああっ!!

戦う前から勝敗が決まってしまったぁあああああっ!!

 

自分の行く末を想像してしまったカモ君は絶望に浸かっていたが、それでもクールな表情は崩さずに混沌の森付近に設置された安全地帯。セーフポイントであるキャンプ場に戻っていく最中でシュージがゴリラの心得の効果を試そうとカモ君に施しコインを預け、ゴリラの心得を首に掛けた。

 

その瞬間、シュージのステータスが入れ替わる。

 

その強大な魔力が筋肉へと変換される事でシュージに著しいでは済まされない変化を見せた。

まずは身長が一気に伸びてカモ君と同じ目線になるまで成長。それに合わせて、首や肩幅、足といった全体的にマッスルな肉体へ成長した。

幼さを残した表情はなくなり、そこには精悍な戦士。それも百人隊長では収まらない。将軍。いや、歴史に名を遺す武将を思わせる逞しい美丈夫が経っていた。

急激な体の変化にシュージも驚いていた。

それもそうだろう。混沌の森に来てからずっと着込んでいたジャージの袖やすその部分ははじけ飛んでみるも無残になったが、その下にあった屈強な肉体はある意味芸術的な何かを思わせるものだった。

体術や剣術といった接近戦をしているカモ君だからこそわかる。いや、それに縁がないキィや教師でもわかる。

 

目の前のシュージは自分とは違う。と、

 

「な、なんか、すごい事になっている?!」

 

あのイケショタボイスは変化していた。

そして、声だけでも歴戦の戦士だと思わせるイケメンボイスを発するシュージ。いや、シュージさんというべき存在になった彼を見て、カモ君は握りこぶしを作りながら隣にいたコーテにだけ聞こえるように呟いた。

 

「勝ったぞコーテ。今回の決闘、俺達の勝利だ」

 


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