鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十一話 戻るまでが冒険です

ゴリラの心得の効果で変化したシュージさんは、再びカモ君から施しコインを受け取ると元のイケショタなシュージになっていた。

マジックアイテムの効果があるのは三つまで。それを体現してくれたシュージには決してゴリラの心得を手放さないように伝えた。

彼のステータスは特化型なのだろう。魔法攻撃力に特化していたが故にあのような姿かたちになったのだ。

まだ試していないからわからないが恐らくあのエンゴリまでとは言わないが、素手でカモ君の鉄腕を破壊できるかもしれない変化にカモ君は心躍っていた。

混沌の森から脱した後は、すぐさま合宿を中断。既に拘束していたウェインとギリを連れて王都へと戻ることにしたカモ君達の雰囲気は暗くはなかった。

初めは絶望しかなかったが、シュージが新たな希望を見せてくれたおかげで暗くはなかった。乱暴未遂とはいえひどい目に遭ったネインはというと、シュージがシュージさんになった時に服が破れ、元に戻った時の格好がやや扇情的だったためか、頬を赤くしながらも、戻ってきた彼の姿を見て心配するまでは心は快復していた。

今のシュージは上級魔法使い5人分の魔法力を有し、ゴリラの心得で一級冒険者5人分の膂力を持ったスーパー戦士。さすが主人公といった具合だ。

裏切り者の乗っている馬車には教師二人とメイドが二人。そして馬車を操る業者が相乗りし、監視している状態の馬車を先頭に、メイドと持ってきた荷物と手に入れたタフナルバナナを乗せた馬車。カモ君・コーテ・シュージ・キィ・ネインといった生徒達に教師を乗せた馬車が続いていた。

裏切り者の発覚という、今にも雨が降りそうな曇天が彼等の行く末を示しているようだが、その向こうには太陽があるように、カモ君の心にも希望の灯が宿っていた。

 

決して不可能ではない。

自分達は勝つことが出来るのだと、カモ君達は談笑をしながら2日半を過ごし、あと半日で王都に着く。

 

 

 

はずだった。

 

 

 

突如、馬車を引いている馬たちが怯え始め、その場に立ちすくんだ。

操縦していた業者はどうした急に?と、不思議がっていると小さな揺れを感じた。馬車は止まっているはずなのに。

その揺れは徐々に大きくなっていく。そのことに馬たちは酷く怯え暴れ始める。今にも固定されている馬車から逃げ出そう大きく嘶き暴れ始める。

その揺れにはカモ君達も感づいていた。何かとても大きなものが近づいてくる。というよりもまるで自分達は底が見えないほど深い大穴に投げ飛ばされたような、そんな嫌な浮遊感にも似た気配だった。

思わず、カモ君は索敵魔法を使いながら馬車の外に飛び出した。

自分達の乗っている馬車にはモンスター除けの魔除けのお香が常に焚かれている。上級モンスターであるドラゴンですら寄り付かないはずだ。だからこそ自分達は安心して談笑していたのに。

そんな考えの中、カモ君の探索魔法がヒットした。

いつからそこにいたのか、その巨大な反応はどんどん地下からせりあがってくる。

もう、馬車を走りださせても遅い。それほどまでに巨大な物はとうとうカモ君達の目の前にせりあがってきた。

 

それはまるでスペースファンタージに出てくる宇宙戦艦を思わせる白より銀に近い鱗を持ち、煌びやかな巨大な四つの足と太い胴体。それに首から先がないが、代わりに紅玉を思わせる一つの巨大な瞳。翼を持たない巨大なドラゴン。スフィアドラゴンと呼ばれるドラゴンの中でも最上位クラスのモンスターが地上にせりあがってきた。

 

「う、そ。だろ?」

 

乾いた笑いを抑えきれないカモ君。

見ればわかる。その場にいれば嫌でも理解してしまう。自分達を確実に簡単に殺してしまうことが出来る絶対強者であるスフィアドラゴンが自分達を目標にしてしまった事を。

クーやルーナ。グンキ達を襲った黒いドラゴンの数倍の大きさとプレッシャー。

砦を思わせるほど巨大なスフィアドラゴン。その意識が自分達に向けられただけでカモ君達の戦意は簡単にへし折られた。

この場にいる誰も死を受け入れた。誰もが生を諦めた。

だが、それでもあがこうとした人間がいた。

 

「…ぐ、ぎ、ぎ」

 

涙を零しながらも真っすぐにスフィアドラゴンから目を逸らさず、

胃液混じりの涎を零しながらも歯を食いしばり、

今にも倒れそうになるくらい足が震えながらも、何とか二本の足で立ち上がっている人物がいた。

 

自分が死ぬのは仕方ない。生き延びることも出来ない。

何故、どうして、物語の終盤どころかラスボスステージにすら出てこない。やりこみ要素である極悪モンスターが出現する場所。いわゆる裏ダンジョンでフロアボスをやっているモンスターが現れたのだ。

自分はもちろん今のシュージでも簡単に消し飛んでしまう。

だが、それを受け入れてしまえばどうなる?

自分の恋人であるコーテを死なせたくはない。クーとコーテの未来を作ってくれるシュージも死なせない。

 

「に、げ、ろ」

 

スフィアドラゴンのプレッシャーは常人では呼吸すらままならない程。彼等が過ぎ去るまで人に出来ることはただ過ぎ去ることを祈ることだけだ。

それをカモ君は弟妹への。コーテへの愛情を持って抗う。

 

無様で不格好で醜い。

 

それでも、スフィアドラゴンの脅威からコーテとシュージを逃がそうと声を出す。だが、それもプレッシャーで言葉がおぼつかない。

一挙手一投足が命がけだ。王族と話すよりもプレッシャーがかかり、凶悪なモンスターと戦うよりもストレスがかかる。

 

「にげ、ろ」

 

それでもカモ君は言葉をひねり出す。

未来を繋ぐため。自分の今を。命を差し出してでも彼等を逃がそうと声を出す。

 

「はや、くっ。逃げろぉおおおおおおおおおっ!!」

 

カモ君の叫びで業者と馬たちは正気を取り戻した。

そして、弾かれるように馬車を反転させ全速力でその場を逃げ出した。

その際、馬車の荷台からコーテがカモ君に向かって手を伸ばしたのが見えた。彼女もまた涙を流し、顔を歪めていた。

彼女もスフィアドラゴンのプレッシャーに屈していたのだ。だが、それでもカモ君同様にこの場から何とか脱出しようと魔法を使おうとしたが、呼吸すらおぼつかない状態。

そんな後悔に染まっていた彼女が出来たのはカモ君に手を伸ばす事だけだった。

 

馬車が遠のいていく。もうすでにカモ君の目にも映らない程遠くに逃げ去っていた。だが、スフィアドラゴンのプレッシャーは寸分も変わらない。

 

…ただ、現れただけか?

 

カモ君が一縷の望みをかけてひねり出した考えは、スフィアドラゴンの紅玉とも思える瞳がキラリと光をはじくと同時に砕け散った。

 


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