鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第四話 ジンシンバイバイ

「あの子に悪気があったわけではないんだよ。彼女はシュージと仲良くなりたかっただけなんだ」

 

「…嘘でしょ。どう見ても殺しにかかっていたじゃないっ!」

 

体の内部から破裂寸前まで膨らまされたシュージのダメージを癒すために、カモ君とコーテによる回復魔法で何とか命をつなぎとめて、キィが連れてきた保険医。この学校で一番の治癒魔法使い。妙齢の女教授が回復ポーションを持ってやって来た。

そこから彼女の指示に従いながらなんとかシュージを快復させることが出来た。

女教授曰く、あと少しでも遅かった。シュージの体が貧弱だった場合、助からなかったとのこと。

助かったとはシュージは保健室まで運ばれ、経過観察の状態。目覚めるのは明日以降になるだろうと。

その事態にさすがのキィも答えたのか今も意識の戻らないシュージについていき、保健室で昼休みを過ごしている。

一方で、カモ君はコハクを連れて中庭の一角に一緒に来たコーテとネイン事情を説明した。

 

コハクがカオスドラゴンであること。シュージを婿にしようとしている事。そして、彼女の機嫌を損なえば王都が吹き飛ぶ。

 

そのことにネインが大声を上げようとしたが、カモ君が彼女の口を左手で押さえる。

 

「すいません。一応、これ国家機密になると思うんで、静かに」

 

「…なんで、シュージ君を婿にしたがるのかしら?」

 

声を荒げることなく、だが声色は冷めきったネインはカモ君をじろりと睨みつける。

シュージがこの世界の主人公。いわば世界の中心だとは言えない。その情報が洩れれば様々な勢力から狙われてしまう。だからネインを騙すしかない。

ネインを口八丁で騙そうとカモ君が口を開いた時だった。

 

「実は」

 

「それは私も知りたい」

 

「あーっ!わーっ!だぁーっ!何でもないっ。何でもないぞ!」

 

打合せしっかりしたやろ、お姫様ぁっ!

 

カモ君はコハクの発言をかき消すために声を上げる。だが、少し離れている人間ならまだしも、すぐ近くにいるネインの耳には入ってしまっただろう。

ネインの目に疑惑の色上塗りされていく。

 

「貴女。シュージ君に興味があるんじゃないの」

 

「・・・。あ、うん。そういう設定だった」

 

「コハク様、ちょっとあっちでお話ししましょうねぇえええっ!」

 

カモ君は天然な性格で素直に答えるコハクに許可を得ないまま横抱き。お姫様抱っこで抱えると、人気の無い校舎裏まで走っていく。

そして人気のないところまで連れていけたことを前後左右見渡して、彼女をその場に下ろすと土下座し、懇願した。

 

「シュージの事は武闘大会で活躍した平民というフレーズで知っているという事だったじゃないですか、コハク様っ」

 

本当は絶叫したいほどに強く言い聞かせたかったカモ君だが、そうすれば内緒話の意味もないうえにスフィアドラゴンの怒りも買う。そうしないためにも可能な限り声の大きさは小さく、しかし不興を買わないだけの感情をこめてコハクに注意した。

と、同時にカモ君の体が重くなったかのような殺気がぶつけられてカモ君は顔を上げることが出来なかった。

 

っ。っ。

 

「そうだったね。ごめんねカモ君。他の人には内緒だったね。だから、アース。そんなに怒らないで。あれは私が悪かったんだから」

 

カモ君の態度と対応にアースはご立腹のようだった。

そもそもコハクが興味を惹かれていることを光栄に思うべきだし、わざわざカモ君達人間に合わせる必要はない。その事でカモ君に威圧をかけたのだが、それは人間レベルのカモ君にとっては殺気と勘違いするほど強烈なものだった。

 

「…ご理解ありがとうございます」

 

正直、何度も死線をくぐってきたカモ君でもアースの威圧は脅威そのもの。今はカモ君だけという範囲が絞られたものだが、それが少しでもそれると魔法学園はまたパニックに陥ってしまう。

そうならないためにもコハクのフォローとサポートをカモ君が担わなければならないのだが、時期が悪かった。

あと三週間もすればネーナ王国との決闘が行われる日になる。それに向けての強化トレーニングを明日から控えている。それから二週間とちょっと心身を引き締めるためにシバ校長がスペシャルな人を呼び寄せてくれるそうだ。

 

コハクのサポートもこなす。ネーナ王国との決闘にも備える。

両方やらないといけないのが踏み台の辛いところだ。

覚悟はいいか?俺は想定も出来なかった。

誰が想定できるかよっ!こんな無茶苦茶すぎる設定なんてっ!

むしろ原作より酷くなってんだよ!

 

キィが原作を無茶苦茶にしたかと思ったら、ネーナ王国からの刺客でシュージの人脈が狭まり、モカ領には厄介事が多発する。

頭が痛くなってきたカモ君だが、まだ倒れるわけにはいかない。ここで屈してしまえば愛する弟妹達に被害が及ぶ。だからカモ君はまだ立ち上がれる。

 

コハクと再度話し合いをした後、ネインとコーテの元へ戻ってきた。

二人とも急に席を離れたことに更なる疑惑を感じていたが、ちょうど昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響く。

本当はコハクとカモ君をもっと問い詰めたいが、時間がない。

今は退くが、放課後また話してもらうとコーテとネインに念を押されたカモ君は空元気で苦笑しながら了承した。

 

午後の授業は目標のシュージがいないのでおとなしく真面目に授業を受けていたコハクにほっと胸をなでおろしたカモ君。

どうやらコハクの興味はシュージよりも外の世界が大きいようだ。授業が終わっても興味深そうに教科書をめくっていた。

そんな彼女に声をかけて放課後再びコーテとネインに中庭で合流した。

しかし、昼休みとは違って三名ほど追加されていた。

一人はコーテのルームメイトのアネス。彼女はスフィアドラゴン騒動で帰ってこなかったコーテを心配していたが午後からの授業に顔を出した彼女を気遣ってついてきた。その心配は見事に的中した。

もう一人はミカエリ邸でよくお世話になったメイドH。手には鎖で出来た長いチェーンを持っていた。

最後の一人は、そのチェーンの先にある首輪を装着した桃色の髪が印象的な少女。カモ君達と明確な敵として認知されているはずのメイド服のライツだった。

そんな異様な格好なのにライツは以前と変わらぬ面の皮が厚い、人好きしそうな笑顔を見せていた。

 

・・・え、こわっ。セーテ侯爵の新手の公開処刑?

 

カモ君がメイドHに慄いているとメイドHは彼に手紙を渡すと一緒に彼の手首に白い腕輪を装着させた。その腕輪からライツへつながるチェーンもつながっている

 

「ミカエリ様からの援助の品です」

 

メイドHの話によると、ライツから搾れるだけの情報は絞ったからあとはカモ君の好きなように扱えと。

この白い腕輪とライツの首輪は彼女の作り出した人工マジックアイテム。『搾取の腕輪』という白い腕輪をつけている人間から黒い首輪をつけている人間への絶対命令権を発動させるもの。なおかつ二人の魔力を共有できるという代物。

ゲームで言うならこの時点でカモ君のMPがライツの分だけ上昇したことになる。

予め、ライツを説得。もとい調教した後なので即座に自死はしないだろうとのこと。

そこまで説明を受けると二人を繋いでいた鎖が輝きながら砕け霧散して消えてしまう。これにてこのアイテムはセーテ侯爵家の誰かの許可がないと外せない。

まさに奴隷専用のアイテムと言ってもいい。

ただでさえ、カモ君の周りでは様々なことが混沌としているのに女性関係までややこしくしないで欲しい。現にコーテが無表情ながらも『私、不機嫌です』という雰囲気を放っているのだ。

 

では、この手紙は何なのか?と、カモ君は口と左を使って器用に手紙を開くとそこには借用書とでかでかと書かれており、そこには利子としてマジックアイテムの納付数が一個増えたことが記されていた。更には三年以内に支払えなければカモ君の身柄が完全にミカエリ個人のものになるという誓約書だった。

そういえば、カモ君が今も羽織っているジャケットはミカエリお手製の物で借金して装備している物だった。

確かにマジックアイテムという貴重なものを借金して得たのだ。当然、利子は発生する。マジックアイテム一つで命が助かるのだ。それを考えれば安い物だ。

ただし、カモ君の財政は火の車。借金を返せる余裕もなければ将来性も見えてこない。

 

コハクのサポートに、モカ領の将来性。更に女性関係だけではなく、借金関係でも頭を悩ませなければならんのか。

というか、ライツと自分の身柄が第三者の手によってやり取りされているんよ。

 

(ざまぁみろ。お前もこれから不幸になるんだよ、ご主人様)

 

本気で頭痛がしてきたカモ君の様子にライツは仄暗い感情を向けていると、そこに学園長のシバまでやってきて、こう言ってのけた。

 

「エミール君。おや、ちょうどネイン君もいたか。君たちの強化スケジュールがようやく決まった。君達にはこれからリーラン王国第三軍事訓練所で現役兵士と隊長による指導合宿を受けてもらうよ。そこにはなんとマウラ王女も加わる予定だ」

 

ただでさえの四重苦に、王女との謁見も追加された。

基本的に権利の頂点と言ってもいい王族に対して大抵の貴族は委縮してしまう。

現にカモ君だってコハクという最強のお姫様と接するのには気を使いすぎて命を削っている気がする。

そして、ライツも王位継承権はほぼなくなったとはいえ姫。

つまり、カモ君はこれから三人のお姫様に気を遣わなければならなくなる。

 

わーい。俺ってばお姫様にモテモテ。じゃねえよ、馬鹿!心労で死ぬわ!

 

冗談じゃなく、その場でふらついてしまったカモ君。せめて、コーテとこれからの事を相談したいので、シバに合宿の日程を聞き出した。

 

「ちなみに合宿はいつからですか?」

 

「今からじゃ」

 

WHEN?(いつだって?)

 

「はっきり言ってきな臭い事がここ最近起こり続けているからな。校門近くに馬車を待たせている。貴重品を持ったらすぐにでも訓練所へ向かってほしい」

 

あ、うん。わかるよ。

本当にここ最近ドタバタしているから。不穏な事続きだから部外者や危険人物が潜り込まないように即座に行動するのは悪くはないと思うが、今すぐですか、学園長。

 

「シュージ君も後で向かわせる。…あの二人の代理も決まり次第そちらに送ることになっている。今度は間違えないようにする」

 

あの二人とはウェインとギリの事だろう。しかし、あの二人もこの学園ではかなりの実力者。代わりになる生徒が早々見つかるかはわからない。

しかし、そんな事よりもカモ君はこれまでの事とこれからの事を少し整理しただけでカモ君は足元がふらついた。が、何とか。文字通り踏みとどまって了承した。

この合宿にはシバとカモ君が信用できる関係者だけを連れていくことになっている。勿論シュージが関係しているため、コハクもついていくことになった。

最低限の荷物を馬車に載せたカモ君達は馬車に乗る。

馬車の中にはカモ君とコハク。そして護衛の兵士が二人乗っていた。この仕訳にしたのもシバ校長の思惑だろう。おそらくだがコハクに出来るだけ人としての範疇をカモ君から教割ってほしいという願いからだろう。

ネインとコーテも別の馬車に乗っているが、この二人からしてみれば気になる男の子に言い寄るコハクが気になって仕方がないのだろうが、我慢してほしい。

 

様々な気苦労を背負ったカモ君に対してコハクが激励の言葉を送った。

 

「頑張ろうね?」

 

「これ以上頑張ったら俺死んじゃう」

 

現状の酷さにカモ君は取り繕う事を忘れて、この慈悲の無い状況に素で力なく笑い返すのであった。

 




人身売買と人心BYEBYEをかけてみた。

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