鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十四話 あいつ、ホモかよ

 キィ・ガメスはイライラしていた。怒っていた。

 その艶のある黒髪を揺らしながらその不機嫌さを隠そうともせずに魔法学園に設置された学生食堂でパスタを食べていたが、そのイライラのせいでか持っているフォークと料理を乗せている皿がぶつかってカチャカチャと音を立てていた。

 その怒りの原因はカモ君だ。

 ゲームでなら入学早々カモ君が決闘を吹っ掛けて、それを返り討ち。アイテムとお金をゲットする予定だったのだ。

 それなのに踏み台であるカモ君はこちらを様子見するだけで全然決闘を吹っ掛けてこない。ゲームとは違うのか。まあ確かにゲーム内でのカモ君と自分が見たカモ君は別人に見えた。

だが、ゲームと同じ国の名前。歴史。アイテム。そして魔法。その特性。何より幼馴染のシュージの能力。

 自分が魔法の力に覚醒した時にそれは出なかったが、彼が覚醒したその次の日。それはキィの目の前に。正確には彼女とシュージの目にしか映らないもの。

 それはステータスプレート。ゲーム画面でよく見るそれを見えて、自分の名前の横にLV1と表示されていた。その下にATK・DEF・MAT・MDF・SPD・LUCと表示されていて、更にその下に属性適正の表示とボーナスポイントがあった。

 それらをいじると本当に力が上がった。素早さが上がった。それらを感じ取って確信した。

この世界は本当にシャイニング・サーガの世界なんだと。

 

 それからキィはシュージを連れまわしては色々と試した。鬼ごっこ、腕相撲、競争。ボーナスポイントを振ると同年代の子ども達では相手にならないくらいに力をつけた。が、そのボーナスポイントはすぐに尽きた。

 どうやら名前の横にあるレベルが上がればボーナスポイントが増えるようだが、そのLVの上げ方が分からない。だから調べた。レベルが高い人達の事を。そして分かった。LVが高い人には特徴がある。

 一つは冒険者のような魔物退治やダンジョン攻略といった荒事携わる者達。

 そしてもう一つは魔法を使う事が出来る貴族。魔法使い。

 はっきり言ってモンスターは怖い。ゴブリンは弱かったがそれでも命の危険がある魔物退治ダンジョン攻略をする冒険者にはなれそうにない。だからボーナスポイントを得るためにキィとシュージは後に引き取られる領主ツヤ伯爵の元で魔法を学んだ。そうする事でまたLVが上がった。

 しかし、属性魔法の数値が上がらない。そこをいじろうとするとマイナスの記号に30の文字が浮かび上がった。つまり魔法のレベルを上げたかったら、生物としてのLVを上げて、ポイントを溜めて、それを使ってあげろという仕組みだ。

 それに気づいたキィは魔法を学びながらLVを上げてボーナスポイントを溜めに溜めまくってようやく魔法のレベルを上げるだけに十分なポイントを溜めた。その事により彼女は闇属性レベル2を修得した。

 シュージはステータスにボーナスポイント振っていたが、魔法の勉強しかしていなかったのが理由になったのかATK・DEF・SPDに割り振ろうとすると他のモノに比べて多くのポイントを失うらしく、勿体ないからMAT・MDF・LUCにふった。そのお蔭でシュージの放つ魔法は強力になり、魔法を受けても他の人に比べてダメージが軽度で済むようになった。

 何より上げてよかったと思えたのはLUC。これが高いお蔭で幸運にもシュージは冒険者を引退した領民のお爺さんから火の指輪を貰う事が来た。

 キィは闇属性なのでそれに合ったアイテムを欲したが、闇属性のアイテムはレア中のレア。結局入学までにめぼしいものは自分達では見つけられず、ツヤ領主から渡された生活費のみをあてに学園生活を過ごしていかなければならない。

 その額ははっきり言って最低限の物で欲しい服があっても、美味しそうなケーキを見つけても黙って我慢するしかなかった。

 それもこれもカモ君が決闘を吹っ掛けてこないからである。彼から決闘を申し込まれ、それを返り討ちにして、アイテムや保証金を巻き上げる。そうする事で豪勢な生活が送れると思った。思っていた

 それなのに入学して一週間。カモ君はこちらを見ることはあっても決闘を吹っ掛けることは無かった。

 座学は真面目に受けて、実習は他の貴族達に比べて優秀な魔法を見せる。魔法使いに苦手な体を使った運動も黙々とこなす。休憩時間も他の貴族と友好的に交流をしている。

 

 違うだろ!お前は厭味ったらしく、座学は居眠り。実習は汚らしく粗暴に。運動なんて少し走っただけで息を切らして、爵位が下の者には、高圧的に。上の者には媚びへつらう。

 それなのにあいつは!カモ君は!あれではただの優等生ではないか!いや、そんな事はどうでもいい!とっとと決闘を挑みに来い!

 

 こっちはシュージのアイテムを一個しか持っていない。基本的に決闘は誰にでも出来るが大体は賭けるアイテムや金銭を持っている者が仕掛けるものだ。仕掛けられた方が勝てればそれを貰えるが、アイテムや金銭が無い場合で負けた場合は肉体労働。パシリに使われるだけで済む。

 つまり自分に決闘を申し込まれた場合、万が一負けてもしばらくパシリに使われるだけで済む。まあ、それも嫌なのだが殆どノーリスクでアイテムやお金をゲットするチャンスだったのに。

 

 カモ君が決闘を仕掛けてこない理由は幾つもある。

 一つはシュージかキィどちらがこの世界の主人公なのか判断がつかないからだ。

決闘に負けてアイテムを渡したところで、実は主人公ではありません。となったら渡し損になる。そもそも決闘に負ける=弟妹達の信頼を損なう事に繋がると考えている為、それを最低限で済ませたい。だから間違う事も出来ない。

 間違っても決闘で主人公に勝ってしまえば下手したら主人公が敵国に渡ってし、リーラン王国は滅亡。弟妹達が路頭に迷う。いや下手したら敵国の貴族だから処刑されるなんてこともある。

 しかし、決闘を申し込まなければ主人公のレベルが足りずに戦争に負けて結局は滅亡。

 だからカモ君は慎重に動くしかない。決闘する相手もその勝敗も間違えるわけにはいかないのだ。だから今はシュージとキィをしっかり観察して判断しなければならない。

 

 そんな事情キィが知る筈も無い。まさか自分の存在が決闘を仕掛けられない理由が自分にあるとは思いもしないだろう。

 わかると思うがキィも転生者だ。シャイニング・サーガの存在を知っている。しかし 彼女はいわゆる『にわか』でそのストーリーの複雑さや内部事情など気にしない。いわゆる実況動画というものを見ていた。

 どう戦えば楽に戦えるか、ボーナスポイントはどう振れば効率がいいなど。そしてそこに至るまでの経過は知らずにエンディングの最短ルートしか知らない。

 誰もが幸せになるトゥルーエンド。しかしその『誰もが』の中にカモ君はいない。所詮踏み台。やられキャラ。経験値タンク。アイテム製造機。カモ。呼び方は複数あれどカモ君は不幸にならなければならない。

 

 どうせ生き残っていても不幸になるだけだろ!だったらとっとと私達の為に犠牲になれ!アイテムを寄こせ!金を寄こせ!殴られろ!経験値を寄こせ!

 

 あまりに理不尽。あまりに横暴。そしてあまりにも現実的な問題。

 キィにとって、自分はいい暮らしをしたい。豪華なドレスに、豪華な食事。自分を羨む貴族達を見下ろす。誰もが自分を優遇する環境。働かなくてもそれらを享受できる地位。誰もが羨む魔力。全てが欲しい。

 その為にも、シュージにはカモ君と決闘をして勝ってもらい、その賞金で。アイテムが自分達の属性と不一致の場合はすぐに売ってお金にして、少しでもはやく、この節制生活から脱したい。そんな我儘な性格の彼女。しかし、それも無理もない。

 彼女の前世は裕福な家庭に生まれた一人娘で我儘盛りの幼少期に不慮の事故で死んでしまった。

 その時の性格は転生しても変わらず我が儘だった。

 そんな彼女に注意をする人物がいる。現世での幼馴染のシュージだ。

 

 「キィ。行儀が悪いよ。周りを見てみなよ。変な物を見る目で見られているよ」

 

 「別にいいでしょ。私達平民の事なんて貴族の連中から見れば皆変に見るわよ」

 

 「それでもだ。ツヤ伯爵からお金をもらって学園に来させてもらったんだから。悪く言われるのは俺達だけじゃない。ツヤ伯爵だって悪く言われるんだぞ」

 

 「別にいいじゃない、言わせても。そんな奴等決闘で黙らせれば。私とあんたならそれが出来るわ」

 

 「キィ。あまりわがまま言うなよ。昔も我儘だったけど今のはいきすぎだぞ」

 

 シュージの目つきが鋭くなってきたのでキィはしぶしぶ姿勢を正して行儀よく食事に戻った。

 シュージが言う通り、食堂を利用する貴族の連中もこちらをまるで腫物を見るような視線でこちらを見ていた。そんな連中の視線を感じてもキィは不遜な言葉を紡ぐ。

 

 「それよりもシュージ。あんたはなんでカモ。じゃなかったモカ子爵と決闘じゃなくて模擬戦ばっかりするのよ」

 

 ゲームでもあったが決闘以外の他に模擬戦という戦闘イベントはあったが、これは勝っても相手のアイテムもお金も得ることが無く、手に入る経験値も決闘に比べれば微々たる物だ。そんな事より一回でも多くの決闘をした方が、効率がいいのに。

 

 「ばっかりって、まだ二回だけだぞ。この短期間で同じ相手と二回も相手してくれるエミール。じゃない、エミール様に感謝すれど非難を言うのは間違っていないか?それに彼は強いぞ。俺やお前が二人掛かりでもあっさり負かされるだけだ」

 

 キィに対してシュージはカモ君に好意的だ。

 この一週間、カモ君が他の貴族との交流の隙間を見て、放課後に自分と模擬戦をしてくれないかというシュージの言葉にカモ君は快く了承した。結果は時間切れの引き分けだが、明らかにカモ君が手加減している。模擬戦中に関わらず回復魔法でこちらを回復させてくれるところから明らかに訓練をつけてもらっている。

 カモ君が模擬戦を了承した理由は例え微々たる量でも模擬戦でシュージに経験値が入り、彼が強くなるなら喜んでやる。しかもアイテムや金銭を賭けたものでもないので晴れ晴れとした気持ちで稽古をつけることが出来るのだ。

 もっともカモ君が教えることが出来るのは魔法を使いながらどうやって移動するかという。この国ではあまり常識的ではない戦闘方法だ。

 シュージの魔法は確かに攻撃力ある。が、それを当てる手段があまりない。固定砲台の魔法なんぞいくらでも対処のしようがあるとカモ君と模擬戦をするごとに教えられている。

 その上、彼は貴族には珍しく平民である自分と対等に接してきてくれる。

カモ君は自分の事を名前で呼んでほしいが、周りの目がある。平民ごときが貴族の名前を気安く発するとは何事かと、他の貴族にしばかれるかもしれないから誰もいない時。二人きりの時に様付けしないで名前で呼んでくれと言われた。

 

 なんだよ。ゴリマッチョだけじゃなくホモにもなったのかよ。カモ君の奴。

 

 と、カモ君が聞いたらショックを受けそうなことをあっさりと考えつくキィ。

 シュージはカモ君の事を好ましいクラスメイトで良い貴族だと考える一方で、早く決闘をしてカモ君のアイテムとお金を撒き上げたいと考えているキィは対照的だった。

 カモ君の持つアイテムは、水の軍杖と火のお守り。そして地の短剣。他にも持っているかもしれないが自分の魔法属性は闇。ほとんどの属性に有利を取れるものだから一度でも彼に当てることが出来れば勝てる自信はあった。

 ああ、早くカモ君と決闘をしてあのアイテムを全部奪えたら。

 あの杖と短剣は自分達の属性に合わないから売り払おう。そのお金で贅沢しよう。

 あの火のお守りはカモ君にしてはいいデザインだった。宝玉の部分だけシュージに渡して自分のアクセサリーの一つにしようと取らぬ狸の皮算用をしているキィ。

 もしそれをカモ君が認知したら金目的で自分のアイテムを奪うのかよと呆れつつもルーナの刺繍で出来た火のお守りに目をつけるとは「いいセンスだ」と褒めてくるに違いない。

 

 「とにかく、いい。あんたと私はあのモカ子爵に決闘を挑んで強くならないといけないの。前にも言ったでしょ。同じ属性の魔法使いとの戦いに勝利すれば強くなれるって」

 

 キィは小声でシュージに言い聞かせる。

 シュージは自分が強くなれば故郷の両親や送り出してくれたツヤ伯爵に恩返しができると思い、キィの言葉に従っている。確かに彼女と共に行動すれば自分が強くなっていることは実感できる。

 カモ君と戦うのもやぶさかではない。むしろどんどん戦いたい。だけど、キィの過激な発言に再度注意しようとした時だった。

 

 「失礼。今、モカ子爵に決闘をと言ったかい?」

 

 シュージはまずいと思った。

 決闘とは本来、貴族間で行われる戦いで平民である自分達が口にしてはいけないものだ。平民が口にするとしたらそれは貴族の代行か貴族から挑まれた時ぐらいしかない。

 小声で話したが、カモ君なら苦笑で済ませるかもしれないが他の貴族の耳に入ったとしたらどんなことが起こるか分からなかった。

 そんな風に焦るシュージに対してキィは別に聞かれたとしても聞いた奴を決闘で黙らせればいいと考えていた。この実に浅い考え方は彼女の性格から来るものかもしれない。

 そんな二人の思惑とは裏腹に声をかけてきたのは同学年の別クラスの貴族の男子だった。

 

 「いやあ、実は僕。僕の知り合いもなんだけど彼とは因縁があってね。きっかけが欲しかったんだ。君達がよければ、どうだい?一枚かんでみるかい?」

 

 「ふーん。どんな?」

 

 「こら、キィ。すいません。本当にすいません」

 

 話しかけてきた貴族への態度ではないキィの態度にシュージが頭を下げて詫びるが、それを笑顔で許す貴族男子。

 

 「決闘にもいろいろあってね。個人対個人。個人対チーム。チーム対チーム。そして、複数のチームでの乱戦。八人以上が同時に参戦して最後の一人になるまで戦うバトルロワイヤルなんてのもある」

 

 「…ふぅん。つまり私達だけでなく貴方達も加わってモカ子爵を倒すわけね」

 

 それを聞いてシュージは拒否をしようとした。

 だが、気が付けば自分達を囲んでいる貴族達が視線で語っていた。

 黙って従え、さもなければ。分かるよな。と、

 そんな貴族たちの中にはカモ君にやられた先輩達もいた。つまり、彼等はカモ君に仕返しがしたいのだ。

 自分達は平民だ。出資してくれるツヤ伯爵に迷惑をかけるわけにもいかない。

 キィは気付いていない。いや、気づいていて気付かない振りをしているのかもしれない。

 

 「良いわよ。その話乗った」

 

 「キィ?!」

 

 「そうか。それじゃあ申請書を出してくるよ。チーム戦かバトルロワイヤルかは分かったら連絡を入れるよ」

 

 決闘を持ちかけてきた生徒は不良の先輩達と共に食堂を去って行った。

 シュージはキィを責めるような視線を送るが、彼女は気にした様子はない。そして話を持ちかけた貴族達がいなくなってからシュージだけに聞こえるように喋る。

 

 「大丈夫よ。シュージ、別にモカ子爵だけをリンチするわけじゃないから」

 

 「どういうことだ?」

 

 「それはね…」

 

 

 

 三週間後。

 カモ君とコーテ。シュージとキィ。そして決闘を持ちかけてきた貴族とその友人。にカモ君が決闘で倒した不良先輩AとB。そして新たにF・Gが加わった十名による二人組。五チームが入り乱れるバトルロワイヤルが休日の昼過ぎに行われる。

 参加者は皆、学園指定の体操服を着こんで魔法学園の運動場に集まっていた。見た目は運動会のようだが、実際行われるのは血が流れ、命を落とすかもしれない決闘が開催された。

 それぞれの思惑が行きかうバトル会場となった魔法学園の運動場で試合開始の銅鑼が鳴ると同時に各々が持つ最大威力の魔法をぶつけ合った。

 

 「「「「「くたばれえええええええ!!」」」」」

 

 それぞれが最寄りのチームに対して魔法を放つ。こちらに決闘を持ちかけた貴族のチームがシュージ・キィチームに。キィは同時にそちらのチームに魔法を放った。

 

 キィはあの時こう言った。

 

 あいつら。私達も攻撃して。私達っていうパシリが欲しいだけだから。

 

 と、

 あんなに自分達から話を持ちかけたのに即裏切りとか。

 貴族って汚い。

 せめてカモ君は違ってくれと願いつつ、他のチームへの警戒をしていたシュージだった。


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