鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十五話 負けなきゃいけない決闘

 少し時間を巻き戻そう。

 シュージは貴族達に決闘を持ち込まれた日の放課後のうちにカモ君に決闘の事を話した。

 シュージはキィの短慮で決闘に巻き込まれる事を一人で謝罪しに来た。キィを連れて行くとその我儘っぷりで不評を買うかもしれない。

 平民という事もあってかまだクラスにはあまり溶け込めていない。それでも少しだけ溶け込めているのは、入学前に不良貴族を盛大に叩きのめしたカモ君の存在だ。

カモ君がいるため、シュージ達を平民だと下手に扱えば彼が出てきて粛清もといその太い腕で注意されるかもしれない。しかもカモ君はシュージ達には好意的に模擬戦もしているので下手に手は出せない。

 その事はシュージも重々承知している。キィの方は、私は別に守ってくれなんて頼んでないし。と、生意気な事を言っていた。シュージはその時、きつめに注意したが反省はしていないだろう。

 その事を含めて謝罪したら、いつも冷静な顔をしているカモ君に苦笑された。

 お前、人が良過ぎだ。と、

 元々、ここは魔法学園。魑魅魍魎が跋扈しているとまでは言わないが、自分以外の奴は蹴落とす勢いで挑まないと座学はともかく実技試験や模擬戦や決闘。そして年に一度開かれる魔法大会に挑戦する事すら怖くなるぞ。と、

 だから、こうやって自分達に決闘の準備をしている事を伝えるシュージ達はこの魔法学園の生徒としては間違っていることを教えてもらった。それに。と、カモ君は付け加える。

 決闘はあくまで両者合意の模擬試合だ。そこに至るまでに脅迫や強要はあるかもしれないがそこに合意が無ければ起こることはないと付け加える。

 シュージ達に決闘を取り付けた貴族達がサインしてもそこにカモ君がサインしなければ不良貴族達だけでの決闘になるので、むしろ自分達だけの潰しあいが起こるだけだ。と、

 それを聞いたシュージはホッと胸をなでおろした。じゃあ、参加しないんだなと思っていたが、カモ君は一言「まあ、売られた喧嘩は買うけどな」と更に付け加えた。

 それを聞いてまたもや焦った。なんで自分に不利な状況で決闘を受けるのかと。理由は何かと尋ねたら自分達が理由らしい。

 もし、カモ君が決闘に参加しなかったらシュージとキィがその悪意の矛先の対象になる。そうならないためにも参加する。もうこんな風に自分達を利用する貴族に睨みを効かせるためにも今回の決闘に応じるつもりらしい。

 その度量。思慮の深さにシュージは感動した。が、実際のところカモ君は別の事を考えていた。

 

 この一件で主人公達(仮)が不良貴族にいじめでも受けるようになったら、カルマ値溜まって敵国へ亡命。この国滅亡エンドじゃね?

 

 それを避けたいカモ君はシュージにはそれっぽい理由を述べただけなのだが、それを彼が知る事などできようがない。

 そんなカモ君とは裏腹にシュージは決闘を受けるつもりでいるカモ君をまだ心配していると、後ろから背が低い女の子に声をかけられた。カモ君が自分より頭一つ身長が高ければ、コーテは自分より頭一つ身長が低かった。

 その女の子はコーテ。カモ君の婚約者。そう紹介された時はカモ君の事を幼女愛好者だと一瞬だが失礼な事を考えてしまったシュージは一度頭を振って、コーテの言葉を聞いた。

 さっきから聞いていたけど、カモ君の事を心配するより心配をしろと言われた。前は間に合わなかったが今度は自分もこの決闘に参戦するとも言った。こう見えても私は先輩だし。先輩だし。大事な事らしいので二回言った。

 その女としては悲しくなりそうなくらい平らな胸を張って言うコーテにカモ君も驚いていた。が、シュージにも必ず参加するように言ってきた。

 ここでシュージかキィ。どちらかでもこの決闘に参加しなかったらそれ以降あの不良貴族達に目をつけられるからとも言われた。

 その物言いに納得がいかないシュージだったが、それなら決闘で最後まで勝ち残ってからにしろ。この魔法学園では弱肉強食。勝った者が負けた者を従わせるのがルールだと。それに一応彼女には秘策があるらしい。

 その言葉に押し黙る事しか出来ないシュージにカモ君はお互い頑張ろうな。と、声をかけてからコーテと一緒に学園を出ていくのであった。

 

 それから三日後。

 二人組が五チームあるバトルロワイヤル式の決闘になった事を知らされたシュージ。

 学園側も大がかりな決闘になるから二週間ほど待ってほしいと連絡を受けて、シュージは少しでも強くなるために対戦相手であるカモ君との模擬戦を何度も行っていた。

 決闘相手だというのに相手に稽古をつけるカモ君。その評価は爵位が低い者や魔法使いとしてのレベルが低い者からは好意的に見られたが、逆に爵位とその爵位以上に変なプライドが高い貴族や魔法使い達からは偽善者と陰口を叩かれることになった。

 カモ君もその事には気が付いていたが、文句は言わない。文句があるなら俺と決闘するかと言わんばかりに堂々と綺麗事を述べて陰口を叩く輩に言ってのけた。

 その少年というには大きすぎる体つきと、エレメンタルマスターの持つ魔力の質に圧倒され、陰口を言う輩はなりを潜めつつも、二週間後の決闘でカモ君はボコボコにされろと暗い願いを持っていた。

 

 そして、決闘一日前。

 シュージはカモ君から今回のバトルロワイヤル式の注意点を教えてもらった。

 各チーム、賭けるアイテムは一人一つまで。用意できない者は相応の金額を譲渡するか、最後まで勝ち残ったチームのパシリを一週間務める事。

 この決闘でも、護身の札を渡されるので、これを攻撃の当たりにくい体の部分に貼る事。

 マジックアイテムの持ち込みは一人一つまで。普通の武器の持ち込みはあり。

 シュージが持っている火の指輪はカモ君が持つ火のお守りと同じ効果を持つ。どちらかと言えば指輪の方が効果は高い。

カモ君とっては精神安定・戦意高揚の効果を持つお守りの方が価値のある物だった。だが、逆に失えば情緒不安定・戦意喪失の恐れがあるからまさに諸刃の剣だ。

 それとお節介ついでにカモ君はシュージに二つ注意する。

 一つは自分の魔法属性の事を他人には話さない。それは自分が持つマジックアイテムも同様だ。それは自分の弱点を露呈している事と同異議なのだから。

 そして、もう一つは今回のバトルロワイヤル式の決闘では、攻撃するよりもまずは回避。もしくは防御を優先する事だ。理由はすぐにわかるとカモ君は教えた。

 

 

 

 そして、決闘開始直後。

 シュージはカモ君がいっていた事をすぐに理解することになった。

 決闘場と化した運動場はまるで花火がその場で爆発しているかのような状態。どこを見渡しても様々魔法が飛び交い、その風貌が目まぐるしく変化する。もはや、被害がないところを探すのが難しい程だ。

 そんな光景を二週間の準備期間で設立された観客席で見ていた学園生徒。そして、休日という事もあってか王都の人間も見学に来ていた。決闘は学園の名物になっていて、次期さえあれば一般人でも対いることが出来、見学することもできる。

 シュージは自分とキィ以外はすべて敵だと認知したほうがいいとカモ君に言われたことを思いだしていた。

 いくらカモ君に因縁があるとはいえ、いきなりこちらを攻撃してきた同級生達。カモ君とキィの忠告を聞いていなかったら、その驚きで体が動かせずに黙ってやられていたかもしれない。そんな二人の忠告とは別にシュージが動きまわれるのはキィの魔法のおかげである。

 闇属性は光以外の魔法に強く、その威力を相殺するにはその二倍をぶつけないといけない。そんな魔法を広範囲に高威力で使う事が出来るキィはほぼ無双。鎧袖一触で対戦相手を薙ぎ払っていた。

 開始十秒で決闘を持ち込んできた同級生二人を仕留めた彼女はすぐにシュージの傍に行って自分を守るように言ってきた。

 キィの使う魔法は強力だが、それだけ燃費も悪い。使えるのはあと二回だけ。

 いきなり攻撃したのはそうでもしないと自分達がやられると考えたからだ。この攻撃で相手は自分達にビビって攻撃はしにくいだろう。という算段もある。

 その考えは当たっていて、残った相手のチームがこちらを攻撃するそぶりは今のところない。

 では今も派手な魔法が使われ続けているのは何故か?

 それは残ったチームがカモ君チームを執拗に攻撃しているのだ。そんな攻撃をカモ君達は思いっきり物理。というか、鍛え上げられた身体能力で走って避けまくっていた。

 水の軍杖を持ったコーテをカモ君がお姫様抱っこしながら、その身体能力で魔法を回避し続ける。たまに避けきれそうにもない魔法が飛んできた時はカモ君が地属性の魔法で地面を盛り上げてそこを魔法の防波堤にする。そこで攻撃をやり過ごしたら再び走り出すというあまりにも脳筋な戦術。

 少しのミスで二人とも魔法が直撃して、リタイヤする危険がある。あまりにも稚拙な作戦。だが、これを考案したコーテには秘策があった。

 それは、決闘前に魔法の言葉を紡ぐこと。

 

 「この決闘で負けたら家族に何と言われるか…」

 

 と、ぽつりと。しかしカモ君には確実に聞こえるように呟いた。

 そこでカモ君は何を思った。

 家族。特にギネに何と言われようと何とも思わない。

 しかし、最愛の弟妹達が何と言うか。想像してみた。

 

 え?兄様。コーテ姉様と一緒に戦ったのに負けたの?

 え?にぃに。婚約者のコーテ姉様に恥をかかせたの?

 …ふっ(冷笑)。残念な兄を持って可哀そうだな僕は。

 は?これが私のにぃに。冗談でも笑えないんですけどぉ。

 

 この時点でカモ君の実力はいろいろなリミッターを振り切って120%の実力を発揮していた。

 そして、この学園に来る前まではクーとの魔法訓練で魔法の迎撃・回避はほとんど毎日行っていた。それに比べれば攻撃範囲は広くても遅く感じる。コーテを抱えていてもなんら問題無かった。

 問題があるのはそんなカモ君にその成長速度で驚かしているクーなのかもしれない。クーと訓練する時も兄の矜持を守る為、実力以上の事を成すことが出来るカモ君。こいついつもリミッター外しているな。

 逆に何にリミッターをかけているのか?

 クーとルーナと戯れている時にデレデレしないように表情にリミッターをかけているだろう。こいついつもリミッターつけているな。

 よって、今のカモ君は『格好いい兄貴モード』。少なくても今の状況でミスをする方が難しかった。

 決闘開始前に観客席を建築した二十歳前後の妙齢の女性。この魔法学園の卒業生で王都の研究者兼貴族のミカエリ・ヌ・セーテ侯爵が実況役。

 御年七十歳を迎えた老齢にもかかわらず現在も賢者の称号を持つシバ。その清潔感がある長い髪とひげを持つ彼はリーラン学園長として解説として、生徒の紹介をしていた時にコーテがカモ君の婚約者だと知ったキィは苛立った。

 

 自分達以外にやられていないのはいいけど。婚約者といちゃいちゃしすぎなんだよ!あのロリホモゴリマッチョの踏み台が!

 

 キィは口にはしないが、カモ君が聞いたら激怒しそうなフレーズを内心毒づいた。

もし本人が聞いたら「違う!俺はブラシスコンの筋肉モリモリマッチョメンの踏み台だ!」と、内心荒ぶるかもしれない。

 そんな二人の視線が思考の様に会う事は無く、カモ君は縦横無尽に走り抜ける。

 そんなカモ君に苛立ちながらも魔法を撃ち込んでいく先輩達。その内の一人が、お前達!俺達に協力しろ!と言ってきたが、キィが舌を出しながらそれを否定する。

 

 「誰が私達を不意打ち攻撃する奴等なんかと協力するかっ。シュージやっちゃって!」

 

 あくまでシュージ頼りのキィ。彼女の魔法は強力だが隙がでかい。現にカモ君達にこっそり攻撃魔法を使おうとした時、コーテが水魔法で牽制してくる。その魔法に直撃はしなかったものの、キィの方を見ていたコーテは無表情だがお前の事はちゃんと見ているぞ。と言っているみたいだった。

 

 「平民のくせに生意気だ!黙って貴族に従え!」

 

 「平民だって従う貴族は選ぶ!」

 

 風の攻撃魔法を放ってきた先輩達にシュージは自身の炎の魔法で反撃をする。

 彼の放った炎の奔流は先輩達の風を呑みこんで更に大きくなり先輩とその相方すらも巻き込んで呑みこんでいった。

 炎が奔った跡には誰もいない。シュージの魔法を受けて、護身の札が燃えて試合会場の外に設置された医務室に転送された。と、解説を行っているミカエリ侯爵の発表を聞いてシュージは安堵した。

 シュージにとって人に向かって直撃する魔法を撃つのが初めてだった。カモ君との模擬戦ではカモ君は自分の攻撃をことごとく相殺する。その為彼は初めて自分の魔法で人を倒したことになる。

 その感触が怖かった。キィは気にしていないようだが、慣れそうになかった。カモ君と模擬線している時は相手が完全に上手でうまく処理してくれるという確信があった。

 今更ながらに恐れを感じた。もし、護身の札が効果を発揮することなく、所有者を殺してしまったら、自分は簡単に人を殺せるのだと。そう思うと体が震えてしまう。

 そんな震え始めたシュージに気が付いたキィが声をかけるよりも早くコーテを抱えたままのカモ君の前蹴りがシュージの顔を蹴りつけた。

 

 「シュージィイ!歯ぁ食いしばれぇ!」

 

 蹴りつけた後に言うとはなかなかにカモ君も外道である。

 更によろめいたシュージの腹を強く蹴り飛ばし、自分は正反対の場所にバックステップする。その直後に二人。正確には抱えられたコーテも入れて三人がいた所に残ったチーム。不良AとBが放った魔法が着弾した。

 蹴り飛ばされたシュージはむせながらもカモ君に助けられたことに気が付いた。あのままあそこで棒立ちになっていたら自分がやられていた。蹴られた自分を心配して駆け寄ってきたキィにも叱り飛ばすようにいつもはクール(に見える)なカモ君が大声で彼に説いた。

 

 「決闘前にも言っただろ!これは戦争だ!何でもありだ!殺す気でやれ!出来なきゃこんな学園辞めてとっとと出ていけ!」

 

 だが、カモ君の内心は、

 

 振りだからな。本気にするなよ。出ていかれたら本当にこの国が詰むから。絶対すんなよ!絶対だからな!

 

 である。

 

 「何の為にここに居るのか?何の為に戦うのか?相手の都合?そんなこと考えても無意味だ!無価値だ!そんな事は敵をぶっ殺し終わってから考えろ!」

 

 そんなんでお前、ラスボスや敵国に勝てるわけがないだろ!お前達は弟妹達の、俺の、ついでにこの国の希望なんだぞ!そんなセンチメンタルでいたら俺が困るわ!

 

 このカモ君。本当に本音と建前が上手である。一応嘘も言ってないから逆に説得力もある。

 しかし、そんなカモ君の説得にシュージはまだ踏ん切りがつかないのか、まだカモ君だけを見て攻撃してきた先輩達を見ようとしない。

 

 「お前が倒れたら次は隣の女だぞ!負けたらその女は年頃の男の言いなりになる!言いなりだぞ!パシリだけで済むとか思っているんじゃないだろうな!」

 

 お前が敵国に渡ったら俺はパシリどころじゃない!クーとルーナは路頭に迷い、俺は敵国に殺される。まさに死活問題だからな!

 

 その言葉にシュージは自分の体をさすってくれているキィに視線を送る。

 そうだ、自分がここで負ければキィが狙われる。そして攻撃される。負ける。不意打ちをしてきた同級生を思い出し、自分が倒した先輩を思いだし、今、カモ君と対峙している先輩達を見る。

 シュージにとってこの学園にいる貴族とは汚い輩のイメージがほとんどだ。

カモ君以外のクラスメイトの貴族達もシュージ達が決闘を受けると知ってからは距離を取っている。不良貴族達から目をつけられないように無関係を装っていた。

貴族は汚く、冷たく、外道な輩が多い。そんな輩に幼馴染が言いなりになったらどうなるか。それは考えなくてもすぐに想像できた。

 

「それが嫌なら戦え!それすらできないのならとっととこんな学園辞めてしまえ!」

 

 何度も言うが振りじゃないからな!

 

 本当にこのカモ君は勝手が過ぎていた。しかし正論なので文句のつけようはない。

 言っていることは正しいんだけれども。なにか引っかかる。そんなもやもやがある。婚約者の異性に抱きしめられているコーテの感想だった。

 カモ君からの言葉を何度も受けてようやくシュージの心に闘志が灯った。

 先程、同級生を倒した事により彼のレベルは上がっていた。それによって得たボーナスポイントを今まで振りこんだことのないステータスに割り振る。

 

 ボーナスポイントによる火属性レベルアップ。

 シュージの持つ魔法の力が一段階引き上がる。彼の闘志が、魔力が、魂が燃え上がる。

 その力を解放しようと口が。体が。否、命がその言霊を紡ぐ。

 

 そんなシュージに気が付いたのか不良AとBが魔法を放とうとしたが、それをカモ君とコーテの放つ魔法で相殺していった。

 自分が立つために、立つまで見守ってくれたカモ君とコーテに応えるべく、シュージは紡ぎ終えた魔法を不良AとBに撃ち放った。

 

 ファイヤーストーム。

 

 その炎の竜巻はシュージの手から生み出され、目標となった不良AとBを呑みこんでいった。そんな二人の悲鳴すらも掻き消して炎の竜巻は天高くまで巻き上がると五秒ほどでその空に溶けるように消えていった。

 その光景に誰もが息を飲んだ。その火炎旋風に決闘を観ている観客達の声援すらも巻き込んで消し飛ばしたかのように圧巻の光景だった。それから数瞬後、先程まで聞こえていた歓声を大きく上回る声量の歓声が上がった。

 平民が。まだ入学して間もない生徒が、火属性魔法レベル2。いや、あの威力ならレベル3はあると思われる威力の魔法を放った。圧倒的に強者であると思われた上級生を一撃で薙ぎ払った。巨悪を正義に目覚めた少年が打ち倒す。そんな英雄譚の1ページと思われる光景を目にした観客は大いに盛り上がった。

 シュージの事を避けていたクラスメイトも、内心平民だと見下していた教師も、諦め半分で見守っていた同じ平民出身の先輩魔法使いも歓声に打ち震えていた。

 シュージは人の持つ可能性をまざまざと見せつけたのだ。

 そんな歓声に打ち震えているのは同じ決闘場の上に立つ。いや抱きかかえられているコーテも同じだった。

 こんな魔法を使う少年に塩を贈って良かったのかと。

 今の魔法で完全に場の流れはシュージに流れている。雰囲気や場の流れは大事だ。その事に身を任せることで実力以上の力を引き出すことが出来る。先程、放たれた魔法をこちらに向けられたらただでは済まない。

 コーテは決闘開始前にカモ君からシュージ達を倒すのは最後にしようと話を持ちかけられた。シュージ達が貴族と戦える実力があると知らしめたかったからだ。そうする事で性質の悪い貴族から彼等を遠ざけるつもりだった。

 それが想定以上の実力を引き出すことになるとは。コーテは焦っていた。これでは負けてしまうのではないかと。負けてしまえば自分が持つ。この水の軍杖を勝利チームであるシュージ達に渡さなければならない。それは嫌だ。

 だけど、今のシュージの実力は未知数。キィの闇魔法も広範囲で強力だ。そんな二人と対決すればこちらが負けてしまう。そう焦っていた時、彼女の視界の隅っこにこの状況を打破する存在を見つけた。

 複数の魔法から狙われる心配も無くなったのでカモ君から降ろしてもらうように伝えたコーテはある方向を指さして、そこをカモ君に確認してもらう。

 カモ君はシュージとキィに注意を払いながらもコーテが指さした方向を見て目を見開いた。

 その指の先には観客席でこちらを応援しているアネスがいた。その隣にはコーテの手紙で今回の決闘を知り、応援に駆け付けたグンキ・ノ・ハント伯爵。彼の妻で、コーテの母親であるルイネがいた。そしてその隣には同様にコーテの手紙で決闘を知らされても来るはずが無かったカモ君の父親ギネと母親レナがいた。大方ギネの方は爵位が上であるグンキに誘われてしぶしぶ決闘を観戦に来たのだろう顔が少し疲れていた。

 だが、カモ君にとってはそんな事はどうでもいい。問題は彼等の前に乗り出すようにこちらを応援してくる二人の少年少女。

 

 「にー様ぁああ!がんばれー!」

 

 「にぃに、がんばえーっ」

 

 常時ブラコンシスコンフィルターをオンにしているカモ君にとって小さな体の二人を大観衆の中で見つけ出すなど造作もない事。

 兄馬鹿イヤーは地獄耳。二人の声を決して聞き逃すまいと確実に拾い、何度もその声を反響させる。

 先程まで『格好いい兄貴』モードだったカモ君が、クーとルーナからカ応援をうけることにより『超・格好いい兄貴』モードへと移行する。これによりカモ君は先程以上までのパフォーマンスを発揮することが出来る。

 決闘の応援にクーとルーナを呼ぶ。これがコーテによる秘策その2であった。

 これなら勝てる。いくら場の状況がシュージに流れが来ようともこれなら勝てるとコーテはカモ君と共にシュージとキィに杖の先を向ける。

本当の勝負はここからだ。

 

 

 

 そんな状況でカモ君はというと、

 

 やべぇ。負けなきゃいけない試合なのに、負けられない状況になってしまった。どうしよう。

 

 割と窮地に立たされていた。

 


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