序章 労災は休暇に入りますか?
まだ寒さを残す初春。
リーラン魔法学園では初等部二年生になったカモ君達は先輩方。および新一年生から尊敬の眼差しを受けながら新学期を迎えた。
それもそのはず。カモ君達は明らかに格上を相手。条件も最悪という決闘を勝ち抜いた猛者なのだから。
「シィ、聞いたぜ。相手に一泡吹かせたんだってな。さすが風紀員のエース!」
「いや、頼りになる後輩がいなければ負けていたさ」
「自らを犠牲にして突破口を開いたと聞いています。それなのにそんなご謙遜。…格好いいですシィさん」
シィは生徒会役員。および中等部以上の生徒。それこそ男女から好意の態度で接してきた。
シィはカズラに瞬殺はされたが、そこからの対処をカモ君に伝えたような形であるのは間違いない。
訓練の時から力不足は感じていたが、カモ君達から見ても彼がいなければ負けていたので素直にシィを褒めたたえていた。
それを申し訳なさそうにした時期もあったが、ミカエリからも称賛を受けたシィは素直に受け取った。
リーラン王国に帰ってきてからは今まで以上に鍛錬に打ち込む光景を見た一般生徒達からは更に尊敬される対象になった。
「ネインさん。聞きましてよ。何でも貴女が私達のエースを支えていたというのは」
「そんな。私はただ補助に従事していただけです。そこまで褒められるものでは」
「いいえ。ほぼ敵地。もしくは戦場と言ってもいい場所へ赴くだけではなく後輩達をサポート。それが出来る人間はそうはいません。貴女の行動は素晴らしい。褒めたたえられるべきものなのです」
温室育ちと言ってもいい魔法学園の生徒。貴族の子女達。
ネインのように命のやり取りがある決闘に赴くことが出来る人間。そうはいない。
護身の札と言う安全装置なしで戦える人間は本当に少ないだろう。
それなのに出向いたネインを褒めるのは主に女生徒達。彼女から見ればネインは戦いの女神にも見えた。
「イタちゃんもお疲れ様。補助魔法の使いっぱなしは大変だったでしょう」
「本当に大変だったんですよ会長っ!護身の札は無いし、観客はほぼ敵だし、相手は明らかに格上で、装備もゴツイ物ばかりだったんですから!」
生徒会長であるサリエに優しく頭を撫でられるイタは叫びながら当時のプレッシャーを語った。もう二度とあんな場所には行きたくないと涙目で訴えるイタを今度は優しく抱き留めながら慰めるサリエ。
サリエ自身もイタの代わりに決闘に赴きたかったが、公爵家令嬢と言う立場がどうしても邪魔をする。彼女に害があればそれはリーラン王国の損失になる。
それに、彼女は公爵令嬢と言う立場からわかっていた。公爵家すらも出撃するほどの有事が起こる可能性を秘めていた事を。
カモ君達が負ければ、その勢いのままネーナ王国がリーラン王国に戦争を仕掛けていた可能性。それに備えて彼女は強力な魔法使いとして王都の重要拠点に腰を下ろして備えていた。
幸いなことにカモ君達が勝利したことにより即座に戦争と言う状況は回避できた。
カモ君達の勝利で若干及び腰になったネーナ御王国が仕掛けてくるのは遠ざかったとも言っていい。
だが、どれもこれも一番人だかりができている頼れる後輩のお陰だろう。
「シュージ。いや、シュージ君と言ったな。どうだろう、君さえよければ言い値でウチに来ないかい。僕の義弟になる気はないかい?」
「シュージ君。平民にしては凄い魔法を使うそうじゃない。気に入ったわ。貴女、私の婚約者になりなさい。とろけるまで可愛がってあげるわ」
「何を言うかと思えば。シュージ君。貴方、貴族になる気はないかしら?というかわたくしの家の婿にならない?」
「シュージさんっ。さ、サインください」
「せ、先輩。あ、握手してください」
「え、あ、その。すいません、先輩方。まだ誰かの物になったり将来のことはまだ決めていないんです。サインは出来ませんけど、握手なら…」
圧倒的な力で相手をねじ伏せ、最後は戦わずに降参させるという戦果を出したシュージ。
彼の周りには、彼を取り込もうとした先輩達だけではなく、今年、新入生として入学してきたピカピカの一年生。シュージにとって初めての後輩達も今、話題の彼に夢中だった。
その殆どがシュージを取り込もうと躍起になっている。が、中には純真な尊敬も含まれている。かつ、シュージにそれが読み取れるわけもなく、彼はただ、あたふたしながらも対処していた。
というか、マイペースなキィに助けてほしかったのだが、キィは少し離れたところで生徒会長のサリエとなにやら話をしていたので助けは求められなかった。
そして、こういった人の集まる場面に慣れているだろうカモ君はと言うと。
「エミール・ニ・モカ!新学期早々に悪いと思うが」
「悪いと思うならやめてください」
「決闘を申し込む!」
「お断りします」
「聞いた通り、足に大怪我をしているようだ!だが、それが決闘を挑まない理由にはならない!」
「医者に止められています」
というか十分挑まない理由になるだろ。悪魔か。
「決闘とは誇り高い争いである事は理解している!だが、しょせんは争い事だ、相手が万全の時を待ってくれるなど本来ありえない!よって決闘を申し込む!」
「後ろ向きに検討します」
「日時が決まり次第、また声をかける!それまで首を洗って待っているがいい!」
「そのようなことが無いように願います」
足にまだギブス。手には包帯を巻いたカモ君にサリエの弟のトーマに一方的に決闘を申し込まれていた。
声を大にすることで注目を集め、多くの証人を集めるトーマの決闘を断り続けるカモ君。
あらゆる意味でネーナ王国との決闘に打撃を加えた彼の怪我はまだ完全にはふさがってはいない。魔法やポーションに頼りきると体の成長に悪影響が出るかもしれないから、必要な処置を受けた後は安静にして療養するように医者から言われている彼は死んだ魚の目をしてトーマに受け答えをしていた。
トーマがここまでカモ君に決闘を挑む事には理由がある。
戦績で言えばネーナ王国の選手を三人撃破したカモ君。決して魔法の威力だけでは推し量れないその戦法。何より戦いへ挑む気質をサリエとトーマの父。
四大公爵家当主。サウ・ナ・リーラン。と、その婦人、チヨがサリエの婚約者に候補にどうだという話を偶然にも耳にしてしまったから。
トーマはシスコンだ。
自分の敬愛する姉。その婚約者が文句のつけようのない男性なら百歩譲って祝福する。
しかし、その対象が完勝を収めたシュージではなくカモ君であるという事に納得がいかなかった。
カモ君の好評と悪評はほぼ一緒だ。
魔法使いらしからぬ戦い方。常に辛勝か脱落で終える。
女性関係も婚約者のコーテと奴隷のライツ。そして、超有力貴族のミカエリと関係を結んでいるというだらしない噂。
なにより見かけるたびにボロボロになっている落ち目の人物に姉を任せるなど享受できなかった。
それなのに両親どころか、肝心なサリエでさえもカモ君を好意的に受け取る。
弟だからわかる。姉は身持ちが固いのにあんな公衆の面前で頬にとはいえキスをすることなどなかった。
自分がカモ君を完膚なきまでに叩きのめして眼を覚ませてやるのだと意気込みながら彼はその場を後にした。