期待の新入生二人の魔法のぶつかり合い。
一人はカモ君。エレメンタルマスターという稀有な才能を持って生まれた男子は、その魔法の才能だけでなく体も鍛えて入学してきた彼は、入学前に五対一のほぼ不利な決闘を制した戦闘慣れした少年だった。
その身体能力だけで二度目の決闘も制してきたかと思えば、殆どの魔法に対して有利を持つレベル2の闇属性の魔法を攻撃として受けても諦めず、ダメージを負いながらもキャンセルしたというガッツを持った少年でもある。
対するは平民の特別枠で入学してきたシュージ・コウン。火属性の魔法適正を持つ彼は自己申告してきた時はレベル1の魔法使い出会ったが、対戦相手であるカモ君からの薫陶を受けて決闘中という非常事態で成長し、レベル2の魔法を修得した少年だ。
平民出身という事もあって貴族のクラスメイトに馴染めないでいたが、放課後にはカモ君との模擬戦での魔法の応酬。そして今まさに放たれた炎の竜巻はカモ君との戦いで確実に強くなっている。
「両者互いの持つ全力をぶつけ合ったぁああああっ!!これは熱い!物理的にも心理的にも熱いぞぉおおお!」
ミカエリ・ヌ・セーテは自身が作った拡声器を握って実況をしながら、万が一を考えて、自分が建設した観客席に仕込んだ結界を発動させる。
それは決戦会場となった運動場を囲むかのように張られた透明上のドームは結界となり、カモ君とシュージのぶつかり合いによって生まれた熱波から観客を守る。
その効果はレベル3までの魔法なら防げるが、その決闘による興奮自体までは防げない。
二人のぶつかり合いで本人達だけではなくそれを見ていた観客の殆どが手に汗を握ってその勝敗を見守っていた。
ぶつかり合っている二人をだいぶ離れた場所から見守っているコーテも己にアクアコートの魔法を使ってその熱波に堪えていたが、それでも大量の汗が噴き出るのを抑えきれないでいた。
そんな彼女から見た光景は自分を呑みこまんとしたキィのグラビティ・プレスとは真逆の光景。炎の赤一色の風景画に一つの小さい青い宝石が輝いているような光景だった。
炎の竜巻はにわかに輝く青色の光を呑みこみはしたもののそれを消すことは出来ずにいた。まるで嵐の夜の海にぽつりと光る船の光。その炎に呑みこまれまいと足掻くようなその青い光はじりじりと、しかし確実にその竜巻の根元。シュージに向かって進んでいた。
「あの熱量っ!あれだけの熱波はまるで炎の津波!シュージ選手、本当に初等部一年生なのかぁあっ!結界の効果でこちらまでは届かないはずの熱気を感じさせるそれはまるで王国魔導団の放つ魔法のように力強いファイヤーストームだぁあああっ!
それを受けてもエミール選手進むのを止めない!まるで航海者のように炎の海を突き進む!彼の歩みはあまり愚鈍!しかし確実にその歩みは決して無駄ではない!じりじりとその矛先をシュージ選手の喉元へと近づけていくぅううう!」
ミカエリの実況に観客席の声援も同調するかのように声高くなっていく。その時に揺れた彼女の大きな一部分により、一部の男性陣からの声も大きくなる。
「これだけの決闘なかなかありません!本当に彼等は新入生なのだろうか!このぶつかり合いの勝敗がこの決闘の決着と言っても過言ではないでしょう!」
「ええ、実にいい。本来決闘とは互いの出し得る全力をぶつけ合う機会でもある。今ではアイテム争奪戦のやりとりの一つだと認知されがちだが、エミール君とシュージ君のやりとりは本来決闘前にやるべきであるのですが、このように全力でぶつかり合う事こそがお互いの成長を促すものです」
解説のミカエリの言葉に追従するように解説の学園長のシバが言葉を重ねる。
「本来、シュージ君の魔法を受ければ当然燃やされてお終いです。例えその炎に耐えられたとしてもあの勢い。風量では生半可な事では吹き飛ばされて会場の外に流されるか、どこかに強く打ちつけて気絶。その場で決着となるでしょう。
しかし、エミール君が持つあの石槍は敵対象に撃ちだされる物でしたが自分の手で持つことにより自分の自重を増やしながら吹き飛ばれずに確実に進むための重し代わりにしているのでしょう。そして、恐らく水魔法のアクアコートでしょう。それに常に魔力を消費しています。そのお蔭であの炎にも耐えているのでしょう」
だが、燃えることを耐えているだけでその熱さやその炎によって周りの酸素を消費させられたカモ君にとってそれは熱された泥の中を無呼吸で突き進んでいることと同義だ。
まさに根性勝負。
どちらかの魔力が尽きるのが先か、カモ君の根性が尽きるのが先か。
どちらにせよシュージの魔法のど真ん中に突撃していったカモ君の分が悪い。
そこまで考えてシバは疑問に思った。
なぜカモ君はそこまで自分を追い詰めるような真似をしているのだろうか。
彼はシュージと模擬戦をするほど仲が良かったと担任教師から聞いている。
本来なら自分の戦い方を見せることがある模擬戦。手札を晒すような真似を貴族ならやりたがらない。決闘もそうだが行えば行うほど、自分の手札が後の未来に決闘するであろう相手に知られてしまう。
それでもその様を見ているもの全員に見せつけるように戦うのは何故だろうか?
シュージやキィは平民だからこのような貴族がやる様な考えを思いつかないかもしれないが、カモ君は貴族の子息である。それが分からないはずがない。
何故か?カモ君はあえて自分の手札を晒しているようにも見える。いや、エレメンタルマスターだからその手札の多さで多少見られてもいいと考えているのか?
彼は気付いているのだろうか。エレメンタルマスターの魔法のレベル上限が2までが限界だという事を。
レベル2の魔法はいくら有利を取ろうともレベル3の魔法には敵わない。
シュージの使う魔法はレベル2だが威力だけを見ればレベル3はある。
相殺するにはシュージの2から3倍の魔力を消費した魔法をぶつけなければ勝てない。
カモ君がシュージに勝利するには彼の魔法よりも早く己の魔法をぶつけてその速さで圧倒しなければならない。
だがカモ君はそうしなかった。初めての決闘で動きが硬かったシュージを蹴り飛ばして指導し、シュージの心が折れそうな時は殴って闘志を燃やさせた。そして今、彼はわざわざ自分の勝ち筋を潰してまでも真っ向勝負に出た。
シュージが自分に勝って欲しいように。全力を出して自分を乗り越えてもらう。敢えて試練として彼と戦っているようだ。
それとも…。
彼はもしや気が付いているのだろうか?
エレメンタルマスターでも魔法レベル3以上の修得の方法を。いや、あれはまだ仮説にすぎない上に実証例が未だにない上に危険すぎるために実験することもままならない。
それは生物の生存本能を利用した強化案。
己を危機的状況に追い込み自身の力を強化することだ。
火事場の馬鹿力ともいうがこれを定期的に行う事で体はもちろん魔力も強化されるという定説だ。
これには命の危険がある。という危機感を持つこと事が肝になる。
訓練や模擬戦では命の危険が無いと自然に理解してしまうため、火事場の馬鹿力も発揮されることは少ない。
しかし、決闘となると別だ。なにせ複数個あれば一財産になるマジックアイテムを賭けて戦う決闘は、賭けた物を失うかもしれないという危機感に襲われるから実力以上の事を引き出すことが多い。
その上カモ君はわざと自分を窮地に追い込むことで危機感を煽りたてているのではないか。そう考えるとその行動もわからなくもない。
問題は何処でそれを知ったか。そしてどうして確証がないのに実行できるかだ。
シバ学園長。そいつはそこまで考えていません。シュージに将来起こるだろう戦争やラスボスを倒してもらう為に自分が負けたいだけです。人任せです。そんな高度な事は考えていません。
そんな深い考察をしていたシバ。その考えがまとまる前に決着がつく。
シュージの放っていたファイヤーストーム。その根元にようやくカモ君は辿りつくことが出来た。それと同時にシュージの放った魔法ファイヤーストームも霧散する。
しかし、そのカモ君を包んでいた水の幕は既に無く、彼の手にしていた石槍も真っ黒に焦げていた。
その矛先はシュージの一メートル手前のところで止まり、カモ君の体や体操服のあちこち焦げ跡や火傷がついていた。
カモ君が意識して止めたわけではない。もう一歩も踏み出せない程にカモ君はダメージを負っていた。つまりは戦闘不能。
シュージはカモ君の思いに応えて、カモ君に勝利することが出来たのであった。
「…勝った、のか」
シュージは自分の出せる全力を。いや、それ以上の魔法を放った。
そうさせてくれた対戦相手で、恩人で、魔法学園で初めてできた友人は水の幕に包まれていた石槍を目の前で落とした。
自分が負けたのに、自分をまかした相手を讃えるようにこちらを見て微笑んでいた。
彼の姿が見えなくなるほどの広範囲にわたる高威力の魔法は、ゆっくりと、しかし、確かな歩みでこちらへと近づいてきていた。
炎の光の向こう側に彼の影が見えた時はまた決闘を諦めそうになった。だが、そうさせなかったのは彼の目だ。
最後まで諦めるな!
その目を裏切れば自分は彼の友人を名乗る事は出来ない。
文字通り、魔力が空になるまで最後の最後まで魔法を酷使した。そうする事でカモ君の足をとうとう止めることに成功した。
「…ああ。そして、俺の負けだ」
カモ君が着けていた護身の札が試合の熱にとうとう耐え切れないと言わんばかりに発火した。カモ君の転送が始まる。それがカモ君に勝利したという実感を湧かせていくものだった。そこでシュージは気を緩めてしまった。
「だが、俺達の勝ちでもある」
「達?…はっ!」
シュージは思い出した。
この決闘場にはもう一人参加者がいる。それは。
そこまで考えたシュージの視界が透き通った水一色に塗り替えられた。
これまで決闘を誰よりも近くで見守ってきた者が放ったアクアショットを顔面に受けたのだ。
そこで彼はこれまでの疲労もあってかそのダメージで気絶してしまい。カモ君に遅れて転送されることになる。そんな彼が最後に見たのはカモ君の少し呆れた顔であった。
「油断大敵。残心はしっかり取らないと」
そんな事を言いながらコーテはこれまで浴びてきた熱波で火照った顔を左手で仰ぎながら、右手に持った水の軍杖を高く上げて己の存在を知らしめる。
卑怯というなかれ。これが決闘。これがバトルロワイヤル。これがコーテとカモ君の二人組。最後に残った勝利者。その名は。
「決まったぁああああああ!最後に残ったのはコーテ・ノ・ハント!ただ一人!よって勝者はエミール・コーテチームだぁああああああっ!」
こうしてバトルロワイヤル式の決闘は幕を下ろしたのであった。