決着がついた。
平民上がりの魔法使いが参加するという決闘を聞きつけたモノ好きな貴族。そして、一般公開しているという事からリーランに住んでいる十数人の平民達もその決闘を観ていた。
それは今まで聞いてきた決闘とは別物だった。
魔法のぶつけ合いが主で、才能がある者。修練を重ねて来た者が強い。確かにそうだろう。現に平民という魔法の教育を少ししか学んでいないキィが二人倒し、シュージがカモ君を含めた五人を倒した。魔法は貴族だけの物ではないと証明した。
だが、そんな才能。修練を重ねて来た魔法も当らなければ意味がない事を証明したのが貴族であるカモ君だった。
まず、その素早い動きで翻弄し、相手の魔法をかいくぐった。相手の詠唱が終わり、その魔法を放ったとしてもカモ君の有利な属性の魔法がピンポイントで相殺していく。相手の詠唱が終わる前に先に攻撃して詠唱を中断させる。
知識だけでなく、技術が必要だと言う事が必要だと言う事を見せつけた。どんなに強い魔法も使えなければ意味がないということを示した。
また、勝ったと思っても最後まで油断しない事の大切さを教えたのはコーテだった。
カモ君との勝負で集中力が削られ切ったシュージは彼女の存在を忘れていたがために最後はあっさりとやられてしまった。
魔法使いは魔法だけが使えればいいというものではない。魔法使いだけではない。戦いの中で常に自分がどんな状況にあるかを判断し、行動しなければならない。
それを示した。と、最後にカモ君とコーテを高く評価したシバ学園長の演説を受けながら、カモ君は戦闘不能や失格になった選手が運ばれる運動場の隅っこに設立されたテントのベッドの上で横になって聞いていた。
その隣のベッドにはシュージに倒された同級生や先輩達が寝かされていた。
彼等はカモ君よりも先にやられたが、予想以上にダメージが大きかったのか未だに目を覚まさない。命や後遺症に関わるような事はないと言っていたが、まだ目を覚まさないという事はそれだけシュージの魔法の威力が高かったという事だ。
よく耐えきったな俺。いや、最後までは耐え切れなかったけど。
エレメンタルマスターだから受けるダメージは彼等の倍だろうけど、これまで鍛えてきた事と度重なるダンジョン攻略でレベルが上がり耐久力は彼等の倍以上になったのだろう。
それと火のお守り。これが無ければシュージの魔法と相対した瞬間に負けが決まっていただろう。それもシュージの。主人公の手に渡るんだろうな。と考えていたが、そんなシュージはというとベッドに寝かされるほどダメージは負っていない者が座らされる長椅子に座らされながら黒髪の少女。キィからぎゃんぎゃんと負けたことに文句を言われていた。
「どうしてあんたあの時油断したの!これじゃあ私達の負けじゃない!あんたの火の指輪もあのロリっ子に渡す羽目になったじゃない!」
「し、仕方ないだろ。俺はエミールとの打ち合いで魔力も体力も使い切ったんだから。それにキィだって油断してエミールに負けたじゃないか」
「そうだけど!そうだけど!これじゃあ私の学園生活が、優雅な生活がぁあああ…」
キィは決闘で勝って、賭けていたレアアイテムを総取りして、自分達に合わないもの売り払らって豪遊するつもりだった。
それなのに最後まで勝ち残ったのは今の今まで戦闘にほとんど参加せず最後にいい所を持って行ったコーテだった。本来ならそれは自分の位置だったのにと悔しがるキィを見てカモ君は内心焦っていた。
まさか自分達が勝つとは思わなかったのだ。一応自分はシュージにやられたから彼の経験値になったと考えたい。ゲームでは経験値は戦闘終了後ではなく敵を撃破した後に入手していたからたぶん大丈夫だろう。
そんな事よりもシュージ達は今回の決闘でレアアイテムを全てとはいっても一個だけだが失ってしまった。これでは今後、他の貴族達から決闘を挑まれない事になる。
なにせ決闘を申し込んでも旨味がないから。彼等に勝っても得る物は少ないのにこちらは大きい。そんな彼等に誰が決闘を申し込むというのか。と、カモ君は悩んでいた。
だが、そんな事よりもカモ君にとっての最大の悩み。それは愛する弟妹達の反応である。
殆ど相討ちの形とはいえ負けてしまった自分をどう思うだろうか。
はー、あれだけ煽っておいて結果がこれですかにー様。
さすが口だけの父親を持つにぃに。似た者親子。
無様。×2
そんなことはありえない。しかし人類史の上でありえない事はありえない。いつだって想像した物は実現する可能性があるのだ。
これは決闘の疲労による体の震えか、それともカモ君の心理描写が表に出て来たものなのか。それはカモ君自身にだって分からない。
テントのある位置からだとクーとルーナの姿が見えないが今頃愛する弟妹達は何を思っているのだろうか。嫌われていないだろうか。だとしたら一年くらいは引きこもるぞ、ダンジョンに。
そんなかすかに震えるカモ君の元に決闘の運営を携わっている教師達がやってくる。
「では、敗北者である君達の賭けていたアイテムを持っていこう」
シュージにやられて寝かされている同級生・先輩達のみにつけていたアイテムを無慈悲に回収していくその姿は追剥のように見えた。それはシュージも同じことなのでしぶしぶと教師に火の指輪を渡していった。
それを見て可哀そうだな。と、考えていたカモ君の前にも教師がやって来た。
「さあ、君も出したまえ」
「あれ?俺、コーテと同じチームなんですけど」
「これは実戦を想定した決闘でもある。負けたという事は、君は実戦なら死んでいるにも等しい事だ」
言っている事はわかる。それにコーテとは知らない仲どころか婚約者でもある。この後にでもすぐに返してもらえばいい事だ。
そう考えながらもカモ君も火のお守りを教師に渡した。
ちょっとの間の辛抱だ。コーテならきっとわかってくれる。いや説明しなくても渡してくれるだろう。
そう考えていたカモ君は火のお守りを渡した後、ベッドに横になりたいのを堪えて体を起こして、立ち上がりベッドから離れる。
弟妹達がどこで自分を見ているか分からない。そんな状況でいつまでも弱っている姿は見せられないカモ君は医療テントから出ると決闘場と化した運動場の真ん中で、賭けていたアイテムを回収していった教師達から受け取るコーテの姿を見守った。
コーテもそんなカモ君に気が付いたのか、カモ君に向かって小さく手を振る。カモ君もそれに対して手を振る。
実際のところ転送されてすぐに応急処置を受けたとはいえ、キィやシュージにやられた時に受けたダメージや火傷の痛みで一歩も動きたくは無かったが、コーテの後ろにある観客席から弟妹達が自分を見ている。
それだけで虚勢を張るには十分な理由だ。無論、辛そうな表情は一ミリたりとも表してはいけない。
そんなカモ君を見かねたのかコーテは受け取ったアイテムをその小さな両腕で抱えながらカモ君の目の前までてとてとと歩み寄ってきた。
彼女の腕の中には、自前で持っていた水の軍杖はもちろん。カモ君やシュージが賭けていたアクセサリーの他に、マジックアイテムの短剣や杖に小奇麗なアクセサリーを、同じマジックアイテムのマントに包まれた状態だった。一見すると商人が品物をまとめて運んでいるようにも見えた。
「…はい。プチヒール。お疲れエミール」
コーテは一度持っていたアイテムを地面に置いて水属性レベル1の回復魔法をかける。
彼女もそんなに魔力が残っていない。それはシュージとカモ君のぶつかり合いで生じた衝撃波と熱波から自信を守る為にカモ君も使っていたアクアコートの魔法を使い続けていたからだ。
「ありがとう。コーテのおかげで勝てたよ」
「本当にそうだね。そもそもエミールが相手に発破をかけなかったら、その怪我も無かったし、私も楽できた」
「それは、…すまなかった」
「…エミールって、そんな人だったっけ?それともそれだけ気をかける人なの、彼?」
コーテの吸い込まれそうな瞳がカモ君を捉える。
その瞳に、彼が主人公です。これから起きる戦争で英雄になる人物です。ついでにラスボスも倒してくれます。と、言えたらどれだけ楽になるか。もし言えるのならカモ君はここまで一人で悩んだりもしていなかった。
「…エミールってホモなの?」
何と言ったこの小娘は?
「違うぞ」
「じゃあショタなの?」
それはクーの事を言っているのかい?
「…違うぞ」
クーの事は親愛的にはイエスだが、性的に見たことは一度もない。例えるならアイドルの追っかけみたいなものか?
「じゃあロリだね」
断定しよった。
いや両極端過ぎないかコーテさんや。俺の性癖は普通だ、普通。
もしカモ君が普通ならこの世界で兄弟・姉妹間での家督争いなどは万が一にも起きないだろう。
「違…わなくはないかな?」
「…えい」
カモ君が言いよどむとそれが気にいらなかったのかコーテはカモ君の脇腹を水の軍杖でつつく。
そこはコーテの回復魔法を受けてもなお残っている火傷があった場所で、つつかれた痛みで涙と鼻水が出そうになったがぐっとこらえるカモ君。
「っ。何をするコーテ」
「なんとなくイラッとした」
ロリじゃないと言えば、私の事が好きじゃないのかと不満が出る。
ロリですと言えば、私の事を幼女だと思っていたのかと不満が溢れる。
どちらにしてもカモ君はコーテの不評を買うことになっていた。
コーテに対しての最適解は俺が好きなのはお前だけ。である。それをブラコンでシスコンなカモ君に察しろというのは難しい事であった。
そのようなやりとりをしている二人を見ていた人達はこの二人は本当に婚約者なのだなと納得していた。
この光景を見たことによりコーテはもちろん、カモ君と特別な仲になろうと、ましてや横恋慕を狙おうとする輩は滅多に出てこないだろう。
「…計画通り」
「コーテ、何か言ったか?」
「何も言ってない」
「?そうか」
自然に自分とカモ君にちょっかい出そうとしている輩に牽制をかける光景を見せつける事に成功したコーテ。計算高い恐ろしい少女である。
そんなこんなで決闘を終えたカモ君とコーテは運動場の近くにある体育館の控室に戻った後、シャワーを浴びて着替えて控室から出るとそこで待っていたのは参戦者の関係者がいた。
不良先輩の仲間が先に控室で着替え終わったシュージにメンチを切っていたが、カモ君が近寄ると口惜しげに離れていき、人ごみに紛れて消えていった。
魔力を使い切ったとはいえ、カモ君にはまだ鍛え上げられた筋肉が残っている。カモ君自身もそうだが彼が気にいっているだろうシュージを目の前でいちゃもんをつけたらカモ君に殴られるのではないかと思ったのだろう。実際そうだったりする。
カモ君は決闘で疲れ切っていた。表面上はクールな表情だったが、もうどうこう考える余裕もないので「もう暴力で解決しようぜ」みたいなノリでもあった。
シュージはカモ君にまた助けられたと言ってお礼をいってきたが、カモ君はそれどころではなくなっていた。
彼のすぐ後ろに愛する弟妹。クーとルーナがいた。それだけでカモ君の疲れはぶっ飛んだ。
愛する二人に合えた嬉しさ?それもある。だが、それ以上に緊張もしていた。
あれだけ大見えを張った決闘でシュージに負けたのだ。そんな自分への二人の印象はどうなっているか。これでもし少しでも悪い意見が出たらカモ君はその場で膝から崩れ落ちる自信があった。
クーとルーナの表情からはまだ分からない。どのような意見を言われるのかカモ君はドキドキしていた。
「…にー様」
「…にぃに」
よし、来い!覚悟はできた!最低でも同情される覚悟はできた!でも最悪、幻滅はしないでください!心と体がくじけますから!初めて(の決闘負け)なので優しくしてください!激しい怒りや沈痛な非難はやめてください!ショックで死んでしまいます!
全然覚悟が出来ていなかったカモ君。
そんなカモ君の足元まで歩み寄ってきた弟妹達はカモ君を見上げると、目に涙を浮かべて泣きついてきた。
「痛くなかったにー様」
「にぃに。痛くない?体熱くない?」
クーとルーナにとってカモ君は絶対ともいえる指標だった。誇りだった。どんな時も自分達の期待に応える存在だった。そんな兄が決闘で初めて見せて聞かせた雄叫び。
キィの魔法をまともに受けてその姿が見えなくなった時は何かの冗談だと思った。
シュージの魔法を真正面から受け、転送されていく姿は夢なんじゃないかと思った。
普段からクールに徹しているカモ君が雄叫びを上げる姿は勿論、負ける姿を見た二人には到底受け入れられるものではなかった。
だからこそ、こうして決闘が終わったカモ君を迎えに来た。もしかしたら自分達が知っているカモ君はいなくなり偽物が成り代わっているのではないか、もう会えなくなるのではないかといてもたってもいられなくなった。
そんな二人を抱きしめる為にかがんで二人を優しく抱きしめるカモ君。
「ごめんな。兄ちゃん、負けちゃったよ」
「ぐすっ。にー様は負けてない。あれは連続で戦ったから。一対一だったら誰にも負けないんだから」
クーは子どもらしい言い訳を言うが、それを言ったらシュージとキィは六人連続と戦った後にカモ君と戦ったことになる。それが分かっているから黙ってクーの頭を撫でるカモ君。
「にぃにはコーテ姉様を守りきって戦ったの。ただ攻撃するだけの人達からずっと守りきったからにぃにの勝ちなの」
守りきれていないんだよな。それが。
結局シュージの攻撃を受けて力尽きて最終的にはコーテが自ら手を下す形になったから守りきれていない。つまりルーナの言葉を借りても負けている。
勿論、そんな事を言えないから黙ってルーナの頭を撫でるカモ君。
二人の言葉に応えることが出来ないカモ君は大変心苦しい心境だが、最悪ではなかった。むしろその逆で二人にここまで心配、弁護されているという事は愛されている事。
つまりカモ君はそのことを確認できた時点で頭の中がお花でいっぱいになる程有頂天だった。
そんな頭ハッピーのカモ君はそれを顔に出さないように二人を抱きかかえながら体育館の入り口へと向かう。男子更衣室と女子更衣室は体育館の入り口で二手に分かれている為、今頃着替えが終わっているコーテと合流するには入り口で待つのがちょうどいい。
弟妹達を抱きかかえて、いつものように両方の肩に二人を乗せて歩いていくカモ君の姿を見ていたシュージも彼の後を追うように体育館の外に向かって歩き出した。
そんな中、シュージはカモ君を再認識していた。
己の負けを認め、受け入れる。それがどんなに難しい事か。それが男の子なら、しかも貴族である彼が。自分を慕う弟妹達の前で自分の負けを認める。
それでいながら何とも雄々しい者か。その同年代では大きすぎる体はまるでこの弟妹達の期待に応えるためにあると言わんばかりの力強さではないか。
確かに自分はカモ君を打ち倒した。だがあれは彼が詠唱する時間を、場を、そして立ち向かう心をくれたからこそできた勝利である。
いつか可能になるだろうか。そんな彼に追いつくことが。彼の隣に立つことが出来ることが。
キィは言った。いつか自分は最強の魔法使いになれると。このチート能力があれば誰よりも強くなれると。
でも、それでいいのか。そんな事で最強になれたとしてもカモ君が期待した男になれるのか?
そんな事を考えていると、ふとカモ君が少しだけ首を後ろにして目線が合った。
いくらでもいい。どんな手を使ってでも俺にたどり着いて見せろ。
そう目が言っているような気がした。
カモ君は自分に強くなれと決闘でずっと語っていたじゃないか。強くなれと。強くあれと。
シュージは決意した。必ずカモ君に並び立つと。この反則的な能力を使ってでも必ずカモ君の思いに応えると。
そんな決意を固めたシュージだったが、実際のカモ君はというと。
どやぁ、俺の弟妹達可愛いやろぉ。あげないぞ。
と言った残念な事を思っていた事カモ君。
つくづく残念な奴であった。