鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第二十話 妹の願い

 決闘を終えた次の日には魔法学園ではいつもの通りの授業が行われていた。

 決闘の参加者の事情など知った事か。

 戦場ではいつだって異常事態が起こり得る環境なのだよと言わんばかりでいつもの通りの授業が行われる。それは貴族だろうと平民だろうと新入生だろうと変わらない。

 応援に回っていたアネスはともかく、カモ君もシュージにキィ。一年上のコーテだって決闘の疲れが取れていない状態であったとしてもそれは変わらない。しかし、そんな彼等に変わった事があった。

 一つは決闘後だというのにその次の日から魔力を上げる為の瞑想を行う為に昼休みの時に中庭に集まった五人で行動することになった事。

 そしてもう一つは彼等が身に着けているアイテム。

 

 アネスは学生服と家紋の刻まれたマントを羽織っていた。彼女は決闘前とそう変わらない格好だったが、

 カモ君も学生服とマントをつけていたが、腰に地の短剣と右手に水の軍杖を持っていた。

 コーテも水の軍杖に、家紋入りのマントの代わりに、先日手に入れた水のマントというマジックアイテムを身に着けていた。

 シュージはコーテから返して貰った火の指輪とカモ君が持っていた火のお守りを身に着けていた。

 そしてキィはメイド服を着ていた。

 

 決闘を終えた後、唯一の勝者としての権利。賭けていたアイテムの所有権とキィの一週間パシリにする権利をすぐに使った。

 コーテはまず真っ先にキィを一週間、自分のお付きのメイドとして世話をさせることにした。自分の事をロリっ子と言われたことに対する腹いせである。

 この生意気な後輩に調教。もとい貴族と接するための教育を施すために授業時間以外は自分の行動に付き合わせている。この日の昼食もキィに食堂から自分達の分まで持ってくるように言いつけたばかりだ。

 次にシュージには火のお守りを渡した。

 マジックアイテムを持っている・いないでその人の戦闘力はだいぶ差が出てくる。

 シュージにアイテムを返したのも、意地の悪い貴族に目をつけられても自衛できるようにという意味も込めて彼のマジックアイテムを返してあげた。

 そしてカモ君の持っていた火のお守りも渡したのはカモ君が期待していたシュージに対する未来への投資もあるが、カモ君への戒めでもある。

 シスコンなカモ君の事だ。お気に入りのアイテムを自身に返すのではなく他人に渡すことで今回の決闘の戒め。相手を手助けする事。助言する事。発破をかける事をもうしないようにという罰も兼ねていた。

 実際にそれは効いた。かなり効いた。

 感情と表情があまりリンクしないカモ君の表情がシュージにお守りを渡した時、少し落ち込むような表情を作った。カモ君は心の中では愚痴と言い訳を何度も繰り返していた。

 それを見たコーテはだいぶ落ち込んでいるなと思いながらも今後はあのように対戦相手を助ける真似はしないようにカモ君に言いつけた。その時、クーやルーナにも油断しないでと言われたので今後二度とそんな真似をしないとコーテとクー、ルーナに誓った。

 シュージは当初、カモ君に返そうと思ったが、それは自分が彼よりも強くなってからする行動だとコーテに言われた。敗者は勝者に従うのが決闘の暗黙のルールだ。

 そんなやりとりを行い、カモ君から明日から魔力増強のための瞑想をしないかと誘われたため、コーテとアネス。シュージはそれを快く承諾。キィは嫌そうな顔をしていたが、一週間パシリになる契約を結んでいる為、仕方なく皆で仲良く中庭で正座しながらその瞑想に付き合うことになった。

 

 アイテムの受け渡し後、カモ君とコーテはクーとルーナ。応援に来てくれたハント夫妻。と、一応自分の両親を学園近くの宿泊施設まで送ることになった。

 クーとルーナは無邪気にカモ君とじゃれ合っていたが、宿泊施設につくとグンキさんがカモ君とコーテを見てもう一つ二人部屋を取ろうかと言ってきた。

 おい、おっさん。まだ十二の小僧と十三の小娘やぞ。それにクーとルーナが見ている前で下ネタは勘弁してほしい。

 クーとルーナは無邪気に自分達と遊べると目を輝かせていた。その輝きに応えようと思ったが、コーテが大人の対応で学生寮に戻ると言った。

 確かに学生寮に戻らないと二人部屋に押し込められる。弟妹達にまだ下ネタは早すぎる。

 カモ君は二人の教育の為に涙を呑んで学生寮に戻ることにした。弟妹達との触れ合いは至福の時ではあるが、その二人の為にも下ネタを避けるためにもカモ君は学生寮に帰ることにした。

 その時にクーとルーナはカモ君と離れることを嫌がっていた。カモ君も内心は嫌がっていた。だけど、二人の為に我慢を通すことも兄の務めである。

 それでもその翌日。本日の早朝には専属の馬車に乗って自分の領に戻る両家を見送った。

 まだ眠っていたいだろう時間帯にもかかわらずクーとルーナは眠い目を擦りながらもカモ君とハグをして涙を溜めながら馬車に乗り、こちらの姿が見えなくなるまで馬車から乗り出してこちらに手を振っていた。

 カモ君も心の中ではチアリーダーのように手を振って、その眼力は水魔法と光魔法で強化した視力で一キロ先の馬車が見えなくなるまで見送った。

 

 そんなカモ君的にはドラマチックなお別れをしたのでテンションマックスな彼はそのテンションのまま、コーテとアネスの先輩を含めた五人で瞑想する昼休憩の一時を過ごしている所に近寄ってくる人影が見えた。学園長のシバだ。

 学園長の存在にいち早く気が付いたアネスが正座を崩して立ち上がり一礼する。それにつられてカモ君。コーテが立ち上がり礼をするが、コーテは足が痺れたのかその場で崩れ落ちそうになったがカモ君に支えられて倒れることは無かった。

 格好いい兄貴は自分の婚約者をクールに助けるのだ。実は足が痺れて立ち上がるのもしんどかったなんてことは顔に出してはいけないのだ。

 貴族の三人が立ち上がった事にようやく気が付いて立ち上がろうとしたシュージとキィだが、この三人に比べて瞑想になれていない二人は立ち上がろうにも痺れて動けない状態だった。

 そんな五人を見てそのままでいいと言いながら懐から目薬のような液体の入った小さな小瓶を二つ取り出した。

 

 「先日の決闘。実に見ごたえのある物だった。これは私からの敢闘賞だと思ってくれ」

 

 そういってカモ君とシュージにその小瓶を一つずつ手渡した。

 これは何だと思っていたシュージとカモ君にシバ学園長が言葉を続ける。

 

 「それは私特製のマジックポーション。普通の魔法使いが使えばその効果で悪酔いするかもしれないが、君達二人なら使っても大丈夫だろう」

 

 傷を回復させるポーション。毒や体の痺れを取る解毒ポーションなどがあるが、マジックポーションの価値はその十倍になる。

 生成が難しいと言う事もありながら作れる人間もレベル3以上の光属性の魔法使いじゃないと作れない。つまり、シバ学園長は光属性のレベル3以上の魔法使いということになる。

 

 「あ、ありがとうございます」

 

 「大事に使わせてもらいます」

 

 カモ君とシュージが頭を下げてお礼をいうと好々爺のような笑顔で頷くと、自分の仕事があると言って中庭から去っていく学園長を見送ったカモ君達。彼が完全に見えなくなった後、キィはシュージに渡されたマジックポーションを見て目をお金のマークにして輝かせる。

 

 「や、やったわ。シュージ。これを売ればしばらくの間遊んで暮らせる!」

 

 「すぐにお金に変えようとする。普通?」

 

 「うっさいわね。貴族にはわからないだろうけど庶民はカツカツなのよ」

 

 「いや、同じカツカツの私でも今の反応は引く。てか、バイトでもしろよ。学園の講堂に張り出されているのを知らないのか?」

 

 「あんな小銭すぐに使い切るに決まっているじゃない。私は楽して大金が欲しいの」

 

 それは誰だってそうだよ。その場にいたほとんどの人間はそう思った。

 女三人集まれば姦しいと言うが、その騒々しさの九割はキィである。

 それを注意するコーテに文句を言おうとしたがコーテはキィの契約書をみせる。これを破ればキィは違約金として大金を支払わなければならない。勿論、そんなお金は持っていないので押し黙る。

 最初はマジックポーションを売ったお金でそれも帳消しにしようと思ったが、自分はあと六日我慢するだけで大金が手に入るのだと考え直してシュージに猫なで声でお願いする。が、それもコーテに止められる。

 学園長が手渡しでくれた物だからこそ信頼できるものであって、それを知らないマジックアイテムを取り扱っている店に持って行っても良くて定価の二割でしか買い取ってもらえないと言った。

 キィはそれを聞いて憤慨した。そして小声で「どうせ消耗品だからいいじゃない」と呟いたが、シュージはそれを聞いて絶対に売らないと断りを入れた。

 その反応に文句を言おうとしたキィだが、コーテが再び契約書を見せつけながら「淑女」と言うと悔しそうに引き下がった。

 そんな昼休憩をはさんで午後の授業を終えたカモ君達。

 そのまま放課後は運動場で模擬戦でもしようかと学園内の講堂で集まった時だった。

 一人の兵士然とした男が行動に走ってやって来たが、その勢い余って躓いて盛大に転んでしまった。

 そのただならぬ気配に誰もが彼を避けて道を通していた。が、走りこんできた男は痛む体を無視し顔を上げて叫んだ。

 

 「シバ学園長を呼んでくれ!王都から離れた南東部の空にドラゴンが現れた!」

 

 それをその場で聞いた生徒達全員は固まった。

 

 ドラゴン。

 ファンタジー世界の代名詞的なその生き物はとかげの体に蝙蝠の翼を合わせたような生き物だが、その巨大さ。凶暴性。そして生命力の高さからレベル3から4以上の属性魔法が使える魔法使いが数人がかりか熟練の冒険者のパーティーでないと対処できない文字通りのモンスターである。

 

 そんな生物が王都の近くの空で現れたという報告を受けた大部分の生徒達はパニックになり、悲鳴を上げた。

 そんな中でも何とか平静を保てた生徒が学園室に向かって走り出した。そのまま学園長に事の次第を伝えるのだろう。

 だが、そんな事よりカモ君はどうしても確かめないといけない事がある。それはドラゴンをどこで誰が見たのかという事。

 ありえない。そう祈りながら倒れこんだ男の傍に近寄ってその事を尋ねた。

 だが、現実は非常である。

 ドラゴンの情報。それは自分の領地に帰ろうとしていたモカ家。ハント家の護衛を務めていた衛兵達からの情報だという事。それはつまり、襲われたのはその両家の一行だと。

 それを聞かされた時、ショックを受けていたコーテは走り出したカモ君を止められなかったことを後悔した。

 逆にそれを聞いたカモ君は自分に風の属性の魔法を使い、自分の体を軽くして講堂を飛び出した。向かう先は護衛を務めていた衛兵達がいるという南の城門。

 風よりも速く、風よりも軽く、駆け抜けるカモ君は王都の中心部に近い魔法学園からものの十数分で王都の最南端であるその城門にたどり着く。普通の人間なら到底追いつかない。下手したら馬よりも早く駆け抜けたカモ君だが、本人にとってはそれでも遅く感じるほど焦っていた。

 南の城門にたどり着くとそこにはモカ家とハント家の家紋がそれぞれ刻まれた馬車が乱暴に止められていた。そこには多くの王都の門番や衛兵達が集まって、その馬車に乗っていた人達からドラゴンの情報を聞きだしていた。

 カモ君はほっと胸をなでおろしそうになったが、馬車の数が圧倒的に足りない事に気が付いた。

 今朝見送った時にはモカ領の護衛馬車は二台。ハント領の護衛馬車は六台あったはずだが、その護衛馬車はたったの一台しかなかった。

 嫌な予感が収まらない。

 その焦燥感に身を焦がしながらカモ君は情報を聞きだされている人達の端っこで身を震わせていたルーナとそれを抱きしめているレナの姿を見つけた。

 だが、そこにクーの姿は見えない。

 嫌な予感はまだ晴れない。

 

 「ルーナ!母上!ご無事でしたか!」

 

 「…にぃにっ!」

 

 「…エミール。私達は何とか無事ですよ」

 

 カモ君が衛兵達の間をかき分けて二人の前にかけよるとルーナはレナからカモ君に抱きついた。その瞳と声は震えていた。ドラゴンに遭遇した恐怖以外の事も含まれていた。

 それを否定したかった。

 カモ君が視界で確認できたのはルーナとレナ。そして今も聞き取りをされているギネ。とハント家第二婦人でコーテの母親であるルイネ。あとは顔を見知った衛兵が数人。

 だが、どんなに探してもクーとグンキの姿が見つけられなかった。

 

 「ルーナ、母上。クーは、グンキさんは何処にいるんだっ」

 

 出来るだけ怖がらせないようにだけど力強く最愛の妹に最愛の弟と婚約者の父親の安否を尋ねる。返ってきたのは当たって欲しくない言葉だった。

 

 「グンキさんは私達を逃がすために殿となってドラゴンと対峙しました。クーも自分は魔法使いだから。エミールの弟だからと言って対峙していきました。ドラゴンの追撃はそれからありませんでした。でも、今頃はもう…」

 

 兄であるカモ君ならこうやって行動するだろうとクーはグンキさんの援護をするために風属性の魔法を使いながら馬車から飛び降りてグンキさんの隣に立ったという。

 そんな息子の姿を止めたレナとルーナだったが、ギネが自身の安全の為にクーを見捨てて王都まで馬車を操る業者に逃げるように指示した。

 ルーナとレナはクーを呼び戻すために戻るように意見したが、ギネはそんな二人を殴って黙らせ、王都まで逃げ帰ったのだ。

 

 カモ君は怒りのあまりで狂いそうになった。だが、怒るのも狂うのも後で出来る。

 ギネがクーを見捨てた事もそうだが、何よりもクーがドラゴンに立ち向かうようになってしまうほどの完璧な兄を演じてきた自分にも怒り出しそうだったが、それよりも先にすることがある。

 それは南の城門の衛兵駐屯所。その隣に併設されている伝達用の馬が用意された馬小屋に行くことだった。

 

 自分は利己的な人間だ。掲示欲の強い人間だ。弟妹達が自分を褒め称えるのが好きで聖人君子で文武両道な優等生な兄を演じてきた。それを勘違いさせてしまった。

 クーは自分なら知人のピンチを見捨てる事などせず助けだす。ならば自分だって出来るはずだと自信過剰になったのか?いや、違う。自分の弟ならそれが出来ると思わせてしまったんだ。

 

 あの兄なら知人を見捨てない。それは違う。カモ君なら知人でも利益にならないならギネのように見捨てる。

 あの兄ならドラゴンを相手にしても勝てる。それも違う。カモ君が相手に出来るのはドラゴンよりももっと低いランクのモンスターまでしか相手に出来ない。

 

 そうだとも自分は卑しい奴だ。それなのに勘違いしたクーは馬鹿だ。ドラゴンに相対したほとんどの人間は食い殺される。それはクーも知っている事だろう。今頃ドラゴンの腹に納まっているかもしれない。だが、こうも考えてしまう。

 自分を圧倒するほどの腕前を持ったクーなら自分が考えている以上にしぶとく立ち回っていてまだドラゴンと戦っているかもしれない。

 すぐにその事に気が付いたからには動かずにはいられなかった。幸いな事にドラゴンが出たという非常事態でも馬小屋にはまだ数頭の馬が残っていた。それを無断で借りるのは本来なら心苦しい事だったが今は自分も非常事態だ。

 

 「早馬を一頭、エミール・ニ・モカが借り受ける!代金は我が父、ギネに当ててくれ!」

 

 モカ領では自分の屋敷と駐屯所の移動でよく馬に乗っていたからその扱いは慣れた物だった。

 カモ君が馬小屋の馬を持ち出したことに気が付いた衛兵達はカモ君を止めようとしたが、威嚇射撃として彼の右手に持った水の軍杖から射出された水球を足元付近に撃ちだされてしまい、足並みが止まる。

 その光景を見たルーナは理解した。兄がクーを助けに行くことを。それを止めることは出来ない。それを止めたくもない。兄ならば、エミールならば、クーとグンキを助けることが出来るのだと信じているから。

 

 「にぃに!クーを、おじ様達を助けて!」

 

 祈り、願い。そして自分ではどうしようもない状況にすがってしまう力の無さを叫ぶようにルーナは兄に声を投げかけた。

 そしてその思いに応えるようにカモ君。いや、エミールは馬を走り出させながら答えた。

 

 「任せろ!」

 

 その言葉を置いていくようにエミールは馬を走り出させ城門を越えていく。

 後ろでは衛兵の人達が何か言っているようだが、お叱りはあとで受ける。今は少しでも時間がおしい。

 エミールは先程使っていた自分を軽くする魔法を乗っている馬に使って、少しでも速度を上げる。

 目指すはドラゴンの現れた街道。そこは死地。

 だが、そこには婚約者の父親がいる。愛する弟がいる。

 それだけで十分だ。

 自分の命を賭けるには十分すぎる理由だ。

 間に合わないかもしれない。自分も食い殺されるかもしれない。その可能性が大きい。

 だけど、クーにはそれを引き延ばすだけの可能性があった。

 そして自分にはエレメンタルマスターで、彼等を助けられるかもしれない。いや、下手をしたら足手まといになるかもしれない。それでも、もしかしたら、そのわずかな希望と可能性があるのなら自分がその場に駆け付けるには十分な理由だった。

 ルーナや他の衛兵達からの目では馬を駆るエミールの姿は見えなくなっていた。その愚かで勇敢な姿は確かに彼等の目と脳裏に焼き付くのであった。

 


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