鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第二十三話 ここは天国?地獄?

 カモ君の意識はドラゴンに殴り飛ばされてからあやふやだった。

 ただ、ドラゴンを足止めしなければならない。その一心で何かをしていたと思う。

 そして再び意識を取り戻すとそこは見慣れない白い天井と白い部屋。そして自分は白いベッドの上でシーツを掛けられて寝かされていた。確認できたのはそこまで。身動き一つとれない。

 もしや、自分はあの状況から助かったのかと視線だけ動かすと自分の右側にベッドに寄り掛かるように寝ているカモ君にとっての二人の天使がいた。

 

 あ、俺死んで天国に来たんだ。だってこんなにも愛らしい天使の笑顔が二つもあるんだもの。

 

 そんな馬鹿な考えをしているカモ君は二人の頭を撫でようとしたが天井から吊るされるように固定された右足の所為で碌に動けない。

 その上右腕と右足はギブスが巻かれており、動かそうにも麻酔か何かが効いているのかピクリとも動かない。

 それから何度も体を動かそうとしたが、ただ鼻息を荒くするだけで二人の方に手を伸ばすことが出来ないでいた。

 

 ここは地獄だ。こんなにも愛らしい天使がすぐ傍にいるのに触れられないんだもの!

 

 悔し涙を流しそうになったカモ君だったが、何かが割れる音を聞いたのでそちらに視線を移す。何せ体中どころか口元すらも包帯のぐるぐる巻きで固定されているから動かせるのは視線ぐらいだ。

 その視線の先にあったのは水溜りの出来た所に花瓶だったもの破片と飾られていた花が落ちており、更に視線を上げるとそこには少しやつれたように見えるコーテの顔。

 そんな彼女と目が合うと、ふんと鼻息を立てて挨拶をする。出来るのはこれくらいだから勘弁してほしい。

 そんな事を考えていると見る見るうちにコーテの目に涙が溢れ出し、こぼれ落ちた。

その涙をぬぐおうともせずにカモ君が寝かされているベッドに近付いてくるコーテはカモ君の包帯が巻かれている頬に優しく触れる。

 

 「…エミール」

 

 コーテの手は冷たかった。だが、それの感触のおかげで自分がいるこの場所は天国でも地獄でもない現世だとカモ君は理解した。

 

 「…おかえり」

 

 それからコーテは声を押し殺すように泣いていた。それで目を覚ましたクーとルーナもカモ君が目を覚ましたことに泣いて喜び、そんな三人を見てカモ君も包帯に包まれていない目頭を熱くさせながら三人の泣き止むのを黙って見続けていた。

 

 

 

 王都にある病室でコーテ達三人が泣いている事に気が付いた王立の国家病棟に勤務する看護師はすぐに医師を呼び、そのままシバ学園長とミカエリ・ヌ・セーテ侯爵をこの病室に呼び出した。

 医師の診察を受けながらカモ君はドラゴンに殴り飛ばされた後どうなったかを学園長とミカエリさんから聞かされた。

 カモ君が押しつぶされる寸前で王都からの支援要請を受けたシバ学園長と闘技場となった運動場の解体現場責任者としてやって来たセーテ侯爵が自分の後を追うように学園からドラゴンの暴れている街道まで援護に来てくれた。

 何でもドラゴンを魔法の射程内に入れた時に学園長が光属性レベル4の魔法を使いドラゴンを撤退させた。

 学園長の放った魔法はドラゴンを数メートル程ぶっ飛ばせるほどのレーザー光線のような物らしく、その一撃を受けたドラゴンは勝てないと思ったのか翼を広げ王都からさらに南東の空へと去って行ったらしい。

 ただその学園長の魔法の余波で瀕死だった自分もぶっ飛ばされて、虫の息になったカモ君をセーテ侯爵と学園長の回復魔法と持ってきた回復アイテムで何とか命を繋いで王都にある病院へと運び込むことが出来た。

 その一連の事柄を聞かされたカモ君は、医師からの診断の結果首から上の包帯を取ってもらった後にお礼を述べた。

 それと同時に自分の力の無さを恥じた。

 クーは自分の倍は時間を稼いでいたのにそれを自分は行う事が出来なかった。これではクーに何も言えないなと自嘲の言葉を零したが、それは違うとセーテ侯爵が言った。

 確かにクーは時間稼ぎを出来たし、カモ君は出来なかった。だが、そんなクーやグンキを逃がすことが出来たのはカモ君のおかげである。

 カモ君があの場に駆け付けなかったらクーとグンキ達は皆食い殺されていただろう。

 クーとグンキ達がカモ君の到着までの時間を稼ぎ、カモ君は学園長とセーテ侯爵が来るまでの時間稼ぎをした。誰かが一人でも欠けていたらあの場に居た全員が死んでいた。

 ドラゴンの襲撃で倒れていた護衛の人間もその四分の一は生き残っており、そんな彼等を救う事が出来たのもカモ君のおかげだと学園長と侯爵は説明した。

 その言葉にカモ君は思わず俯いてしまう。何より、クーとルーナが自分を褒め称えてくれているのだ。それなのにこれ以上自嘲するような言葉を零すのは二人の想いを裏切る事だ。だからもう自嘲はしない。

 それから病院に運ばれて三日間、目を覚まさないカモ君の世話を看護師とコーテ。カモ君の母親レナが交互に世話をしてくれたことにもお礼を言う。

 カモ君が目を覚ましたという報せを聞いたレナとハント夫妻や助かった護衛の人達もやってきて礼を言ってきた。自分が一番重症だったらしく、皆が皆、気が気でなかった。と、お礼を述べながら伝えてきた。が、そこにギネの姿は無かった。彼はもう既に自分の領に戻っているらしい。

 自分の妻や子ども達を王都に置いて行って自分の領に戻るとはどういうことだと思っていたら、なんでもグンキさんがギネを殴り飛ばして奥歯二本へし折り、殴られた頬を大きく腫らして帰って行ったらしい。

 自分の子どもを見捨てて王都に逃げ出したことをルーナから聞かされ、激怒したグンキに殴られた。

 貴族であるのに、地属性レベル3の魔法使いなのに真っ先に逃げ出した上に、自分の妻子に手を出してまで保身に走ったギネを許せなかったグンキさんはその剛腕で殴ってくれたという。

 それに対してカモ君はお礼を言う。と、同時に心に決めた。今度顔を合わすことがあったら問答無用で殴り飛ばすと。

 あと、自分が持っていた地の短剣だが、ドラゴンに殴り飛ばされた時にへし折れて、核となる宝玉も砕けてしまったのでここにはもうないらしい。どうやらあの短剣は最後の最後までカモ君を守る為に役目を全うしたのだ。

 それから経過観察で一週間は入院することになる事と、ドラゴンの襲来に勝手な行動をしたという罰で退院後一ヶ月は学園の闘技場に設置されている便所掃除をすることを命じられたカモ君はそれを粛々と受け入れた。

 何せ、小さな領なら一つ滅ぶかもしれないドラゴンの襲来に国の財産である早馬を一頭持ち出したのだ。窃盗罪。下手したら国家反逆罪で死刑もあり得る。それを便所掃除だけで済ませてくれる学園長とセーテ侯爵には感謝の念しかない。

 話すことも終えたので医師や看護師。学園長に侯爵、護衛の人達は病室を出ていくのを確認したカモ君にクーがギブスに覆われているカモ君の右腕に触れながら宣言するように言葉を発した。

 

 「にー様。僕はもっと強くなります。あのドラゴンも倒せるように、にー様みたいに強くなります」

 

 にー様はそこまで強くないのよ。

 そう言いたいがクーの強い意志が灯った瞳に向かってそんな無粋な事が言えるわけもないのでカモ君は、

 

 「じゃあ、俺はもっと強くならなきゃいけないな」

 

 クーはこれ以上強くなるのかと、震えそうになりそうな声を出さないように兄の意地でどうにか抑えるカモ君。

 これでエブリデイ・バーサーカーなトレーニングをしないと実現できない言葉を発してしまったカモ君。

 正直泣きたい。クーが格好いい事を言ってくれた事とそれに伴い自己鍛錬を一層励まなければならない自分のこれからの学園生活に。

 そんな事を考えていると今度はルーナがクーの手に重ねるように手を置いて喋る。

 

 「にぃに。私も頑張って魔法の練習する。コーテ姉様みたいに上手ににぃにやクーの怪我を治したり、お世話をしてあげられるように頑張る」

 

 え?慈愛の天使が俺の怪我の面倒を見るだって?

 だとしたら、もう何も怖くない。致命傷以外の怪我ならどんどん負っても構わない。

 ここはヴァルハラだったのか。

 

 「それなら俺はどんな相手とも戦えるな」

 

 主人公はもちろん。あのドラゴンにだって再戦挑めるぞこらっ。ラスボスだって…。いや、さすがにラスボスは無理。敵国の将軍も今は無理。でもルーナが戦ってとおねだりしたら戦っちゃうぞ。

 って、ちょっと待って。怪我を治すはいいけど。お世話をする?

 確か、自分は三日間意識を失っていた。その間にも生理現象というのは起こるから、下の世話は当然必要になるわけで。

 

 「安心していい。私は立派に婚約者として恥ずかしくないお世話を二人の前で行った」

 

 二人の前で行った。二人の頼れる兄貴(願望)である自分がコーテのような少女に甲斐甲斐しくお世話された。

  …泣きたい。ここは凌辱される拷問部屋なのだろうか。

 もし自分が重要な国家機密を持っていたらすべて吐いてしまいそうになる。

 そんなカモ君の想いを汲んでか、その日の面会時間終了時刻を報せに来た看護師がカモ君の母、弟妹達。そしてコーテに病室を出ていくように言ってきた。

 レナに連れられてクーとルーナも病室を出ようとしたが、その際にコーテはカモ君に近寄ってそのカサカサなカモ君の唇に自分の唇を重ねた。

 重ねられた瞬間、コーテ以外何をされたか分からなかったが頬を少し赤くしたコーテが一言。

 

 「貴方は私の婚約者。誰にも渡す気はないからね」

 

 そう言ってモカ家の人間を置いていくように早足で病室から去って行ったコーテを見てようやくさっきの事が現実に起きたのだと理解した。

 きゃーっ。とクーとルーナは目の前を両手で覆い、レナは自分には送れなかった青春の一ページを羨ましそうに見ていた。

 …まあ、あれだ。

 いつもは無表情なコーテだったが、あの照れた顔は無茶苦茶可愛かった。

 この時カモ君は初めて弟妹達以外の人間でときめくのであった。

 


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