「なんで私がダンジョン攻略に参加できないんですか!」
学園長室で一人の女子生徒が声を荒げた。
黒い髪を腰まで伸ばした魔法学園小等部一年生十二歳の少女。キィ・ガメスは学園長シバが手にした用紙を見せつけられながら今回ゾーダン領で発生したダンジョンの攻略から外された理由を学園長のシバから伝えられた。
「君の場合、実技はいいんじゃが座学の成績が足りないのじゃ。いくら地元に近い領とはいってもダンジョンの中で生まれるモンスターはその生まれた土地に関係してくるのは知っておろう」
「海に近いんでしょ?マーマンとか、人食いイソギンチャクとか、ジョー○ズとか海のモンスターなら水属性で私の魔法のなら一発よ。一発」
光以外の魔法に強い闇の魔法を使う事が出来るキィなら確かにそのような海のモンスターには強く出る事が出来るだろう。だが、
「では質問じゃ。ポイズン・フィッシュが持つ毒に有効な薬草といえばなんじゃ?」
「は、そんなの毒消しポーションや魔法のキュアポイズンで対処できるでしょ」
「お主。そのポーションを持っているのか?その魔法を使えるのか?」
「うっ」
「毒消しポーションや魔法以外の解毒方法は青ワカメの粉末や骨無しにぼしの血じゃ。こればかりは独学で学ぶしかないが、こういった毒を受けた場合の処置を知っているか、いないかで状況は大きく変わる」
そう、キィは金銭的な余裕がほとんどない。その為、万病もとい毒とつくものには大抵効く毒消しポーションを買う余裕もない。
つい二ヶ月前にカモ君とその婚約者との決闘に負けて、その婚約者の一週間メイドとして無償で働いていた。それから他のアルバイトをするわけでもなくただ普通に学生として日々を過ごしていた。
カモ君以外の貴族から決闘を申し込まれることを期待していたが、ドラゴンバスターの二つ名があるカモ君を追い詰めた平民としてこの世界の主人公シュージ、キィの二人は顔が知られてしまい、決闘を仕掛けられるという事は無かった。
決闘に勝てば対戦相手から高価なレアアイテムを入手出来て、それを売り払えば相当な額になる。もしくは賞金として多額のお金を入手出来る。はずだったのに。
カモ君がドラゴンと戦った事で事情は変わった。
お蔭でキィはこの学園に来る前に地元の領主ツヤ伯爵から渡されたお金をやりくりしながらの生活になった。
本当ならぱっと使いたかったが幼馴染で主人公のシュージに止められているので我慢している。
そこにやって来たダンジョン攻略のアルバイト。せっかく大金ゲットのチャンスが真面目に受けてこなかったつけがここに回ってきた。
「まあそう言った不意の事故に対処できそうにない君の参加を認めるわけにはいかん」
「…毒の対処方法があれば参加を認めてくれるんですね」
「出来ればな。その上、参加募集期限は明後日までじゃ。それまでに定員になれば当然許可出来んぞ」
「わかりました。すぐにその人を用意します!」
そう言ってキィは学園長室を飛び出して行った。
知識以前に協調性の無さも彼女を今回のダンジョン攻略から外した理由でもある。
協調性の無い者が何かしらのプロジェクトに参加するなど無理な話だ。出来たとしてもそれはリーダーとか責任者。スポンサーという上位の人間でないと駄目だ。
しかし、人脈も確かにその人の力である。キィが学園長の納得のいく人材を連れてくることが出来れば考えないでもないが…。
協調性のない人間にそれほどの人脈があるのかと思わずにはいられない。学園長だった。
図書館で水辺に出没するモンスター図鑑を見ていた少女にキィは頭を下げていた。
「それで私にお鉢が回って来たの?」
キィが学園長室を飛び出してから一時間。彼女はカモ君を除く自分のクラスメートに声をかけていったが全員駄目。
まだ入学してから二ヶ月という事もあってキィとそんなに仲が良くなるクラスメートでもなければ知り合いでもない彼等にキィの頼みを聞く奴はいなかった。
キィの知り合いで、解毒魔法が使えそうな人間などそうそう見つからなかった。そして、最後の手段として頼み込んだのはカモ君の婚約者であるコーテ・ノ・ハントだった。
空色の瞳と肩まで伸ばした髪。そしてクールな佇まいから同世代からはお姉様と慕われている彼女だが、低い身長とその幼児体型から一番低学年のはずのキィよりも幼く見える。
「お願い。お金が欲しいの!」
「直球。嫌いじゃないけど好きでもない」
コーテがキィのお願いを聞くメリットがない。
なにせキィはコーテの婚約者のカモ君を目の敵にしている。そんな相手の頼みをどうして了承しなければならないのか。
「私が貴方のお願いを聞くメリットは何?」
「なによっ、可愛い後輩が困っているんだから助けてくれてもいいじゃない」
「…もう帰ってもいい?」
コーテが本を閉じてその場を後にしようとするとキィは慌てて媚びへつらう。
「あげるからっ。報酬の何割かをあげるからっ」
「どれだけ渡せる?」
「え、えーと。に、二割」
「さようなら」
「待ってよー。じゃあ三割。いいえ四割でどう」
「一週間もダンジョン攻略に付き合わされるのにたった金貨八枚?あなたダンジョン攻略の相場を知らないの?」
コーテの実家であるハント領はダンジョンがよく発生するのでその度に冒険者達を集めて攻略する。その為、コーテは今回のダンジョン攻略の報酬が低すぎることを注意する。
「う、ううう。なら、半分!五割でどうよ!」
「七割。金貨十四枚。これでもかなり割引している」
ダンジョン攻略は命懸けの仕事でもある。それをたった金貨十四枚。平民の平均月収の約半分で受けるのだ。これほど安い物はない。
「うぐぐ、せ、せめて六割。金貨十二枚にしてください」
「…はぁ。あなた普通にアルバイトしたほうが実入りいいよ」
命の危険があるアルバイトを一週間やって実質金貨八枚しかないと言われたらコーテはもちろんアネス。キィの幼馴染のシュージもやらないだろう。それこそコーテの言うように普通のアルバイトをした方がいい。
ちなみにカモ君の場合は鍛錬ついでだから構わない。自分は無償でもいいよと言うだろう。
「…分かった。六割で手を打つ。その代わり、貴女もここでゾーダン領と水辺モンスターの事を勉強する事」
「うう、わかりました」
水属性の解毒魔法を使えるコーテがいるかいないで大分状況は変わる。彼女の有無で自分の生存が買えるなら安い物だ。それにダンジョンでマジックアイテム。レアアイテムを入手出来ればそれだけで元は取れるどころか三ヶ月は遊んで暮らせる。
その上、キィとシュージにはレベルアップというチート能力が備わっている。生物としてのレべルが上がればボーナスポイントが手に入り、それを自分のステータスに割り振る事でその能力を引き上げることが出来る。
レベルを上げるには自分と同じ属性の魔法使いと戦い勝つ。もしくはモンスターを倒して経験値を得てレベルを上げる事。
その為、今回のようなダンジョン攻略は彼女にとってはレベルも上がるし、レアアイテムを入手できるかもしれない上にお金まで手に入る一石三鳥の出来事だ。だから嫌な相手にだって頭を下げるのには抵抗あるが出来ない事ではない。
いずれは相手に頭を下げさせてやると邪な事も考えているが今はそれを表に出すのは得策じゃない。
「い、一応聞くけど。もし攻略中にアイテムを見つけた場合は」
「アイテムは貴女の物。手に入れた物はプラスであれ、マイナスであれ、発見者。遭遇者の物。それに文句をつけるのは貴族の恥」
つまり、以前カモ君がダンジョン攻略でいちゃもんをつけて取り上げた事があるカモ君の父。ギネ・ニ・モカは貴族の恥である。
「それともアイテムの有無に関わらず手に入れた物はすべて私に渡す?それなら金貨は全部貴女の物でいい」
「ば、馬鹿言わないで。そんなの嫌に決まっているじゃないっ。マジックアイテムは金貨20枚よりも多いに決まっているんだから!」
どうやらマジックアイテムの相場は知っているようだ。平民が貴族に対しての態度ではない。常識をまだあまり理解していないキィだが、物の価値は知っているようだ。
「そう。分かっているならいい。じゃあ、ついでに貴族への対応も勉強してね」
コーテは自分が呼んでいたモンスター図鑑をキィの目の前に差し出しながら新しい本を探すために本棚の方へと足を向ける。
渡された本を見ながらキィはある事に気が付いた。あまりにも都合が過ぎる本に違和感を覚えた。
「もしかして、最初から今回のダンジョン攻略に乗り気だった?」
「当然。婚約者が出向くならそれに同行するのが伴侶の務め」
コーテは今回のダンジョン攻略にカモ君が赴くことを事前に知らされていた為、コーテもダンジョン攻略に応募した後だった。今回のアルバイトで出現するだろうモンスターの事を勉強していた所にキィが頼み込んで来た。
彼女からすればキィの態度が未だになっていない事と人に頼み事をするときには報酬を準備することを学んでほしいということもあってからこのような金銭のやり取りをしたのだ。
「だ、だったら私からお金を取らなくてもいいじゃない!」
「そうね。貴方を置いてダンジョンに出向くことも出来たわね」
キィがコーテを連れてダンジョン攻略に行くのではない。コーテがキィを連れて出向くのだ。それをしっかりキィに教え込むコーテ。キィはこの条件を飲むしかない。飲まなければ自分はダンジョン攻略に行けないからだ。
「う、ううう~っ」
「今後、こうならない為にも勉強しなさい」
悔し涙を溜めているキィに対して突き放すように言うコーテだった。
この後、図書館の閉館時間まで勉強したキィは闘技場でカモ君と模擬戦をしていた幼馴染のシュージにもダンジョン攻略に付き合うように言ったが、シュージはそのアルバイトがある事に初めて気が付いたところでキィ自身も学園長にコーテとの協力が取れたことを報告することを忘れていた為、慌ててシュージの手を引いて学園長室まで走り出すのであった。