鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第二話 主人公がカモ君を殴らなければ国が滅亡する

 カモ君は早朝から昼食に入るまでは魔法の修練を、お昼から夕暮れまで駐屯所で体術および剣術を学び、夕食から就寝にいたるまでにこの世界シャイニング・サーガの国政情報を集めていた。それは僅かでも『踏み台キャラ』を否定する為。それは残念ながら出来なかった。

 自分達の国がロー大陸の西部にあるリーラン王国であり、国境から少し離れた所にモカ領がある。幸いな事にお隣の王国ネーナとは友好的なのだけれど、それは五年後の合同演習でのクーデターというか奇襲作戦によりリーランとネーナは戦争状態になることをゲームで知っている。

 それを解決するのがシャイニング・サーガの主人公。のはずなんだが、名前も性別も分からないのだ。

 何せゲームではキャラメイキング。つまり主人公の外見・名前・性別を好きにいじれるという事だ。声優も選べて豪華な上、主人公の家族構成もゲーム開始時点で『平民だけど魔法の才能を見出されたからやって来たけど貴族様の学園に通っても良かったのかな?』という特殊なケースでの入学なのにそれ以上は主人公の身の上は明かされない。

 主人公のパーティーメンバーとなる少年・少女達に出会うのも学園なので彼女を起点に探る事も出来ないでいた。

 おいおい主人公より踏み台キャラのカモ君の方が設定しっかりしているってどう言う事よ?転生してから十年。自覚したのは五年前だから前世の自分の名前も忘れてしまったが、自分が『踏み台キャラ』という自覚を持って鍛錬に挑まなければいけない。

なんで『踏み台キャラ』を脱しようとしないかって?俺を踏み台にしなきゃこの国が滅ぶからだよ。

 シャイニング・サーガはRPG(ロールプレイングゲーム)にありがちなゲーム展開がある。

 主人公が学園に入学し、ヒロインと出会い、ダンジョンで冒険をする。ライバルと競い合い、大会に挑む。そして国を救う為に、カモ君を踏む。何度も踏む。仕方ないよ。だって、主人公ゲーム開始時点はすげえ弱いんだもん。最初から無茶苦茶強い奴なんていない。誰もが最初は無力な赤ん坊のように弱い。そんな彼がどうやって国を救うかと言うと、それはそのゲームの主人公特有のチート能力。自分とパーティーメンバーのレベルアップ。

 ん?普通じゃないかって?よく考えてみて欲しい。そこら辺にいるレベル1の子どもが主人公と共に生活して、しばらく見ないうちにレベル4になって猪とかゴブリンを素手で殺すことが出来るんだぜ?あ、ちなみに生物としてのレベルと魔法のレベルは別です。経験値補正でも入っているんだろう。モンスターメーカーって言われても俺は驚かない。

 レベルを上げる方法は幾つかあるが一番手っ取り早いのが自分と同じ属性の魔法使いを倒すという事。しかし、主人公の魔法属性はランダムで決定するので狙って鍛えることは難しい。この世界ではまだその方法が知られていないからだ。たとえ知っていたとしても同じ属性の魔法使いを見つけたとしても倒す機会はそうそうない。何故なら魔法使い同士の戦いとは決闘に近い物で勝てばある程度の金銭、アイテムを負けた方から奪う事が出来るからだ。

 その所為で魔法使い同士が戦うという機会は年に一度ある国が行う魔法大会で競い合うのが一般的だ、これなら戦う機会もあるし、負けても何かを奪われることもない。優勝すれば国から商品も貰える。だが、年に一回。そう、一回の為これだけで目的のレベルまでは程遠い。

 ここまで考えればレベルを上げるのが難しいじゃないかと思うプレイヤーが多くいただろう。だが、そんな救済措置はある。

 そこに厭味ったらしい貴族を体現した奴がおるじゃろ?こいつなら何度殴っても心痛まないじゃろ?少しお金を持った領地の息子がおるじゃろ?多くの金銭やレアアイテムを持っていそうなやつがいるじゃろ?エレメンタルマスターなんていう全属性の魔法を扱う事が出来るやつがいるじゃろ?狙わなくても全属性を兼ね備えているからレベルアップに必要な要素を持っている奴がいるじゃろ?

 そうじゃよカモ君じゃよ。

 魔物を千体倒すより、ライバルと特訓するより、大会に出て優勝するよりもフリーバトルで一日一回は厭味ったらしい貴族をぼこる。

 

 プレイヤーのチャット内容もこんな感じだ。

 

 えー、カモ君に決闘を挑まないプレイヤーいるー?

いないよー。

 えー、カモ君に決闘と言うカツアゲしないプレイヤーいるー?

いないよー。

 えー、カモ君に決闘挑まないでゲームクリアーした奴っているー?

いないよー。

 だってカモ君、お金もくれるし、アイテムもくれるし、全属性持ちだから主人公やパーティーメンバーもレベルが上がりやすいんだよー。

 カモ君、やられていくたびに身なりが痩せこけていくというかみすぼらしくなっていくというかゲームの終盤には学費を払えずにいつの間にか退学したって情報があるんだけど。と、ここだけ何故リアルに描写されているんだろうな?

 そのお蔭でボス戦は余裕でクリアできた。

 カモ君の財力が敵ボスのHPだった?

 悪いことしたな。…カモ君をあまり殴らんとこ。

 そしたらアイテムもお金も経験値も手に入りにくいじゃん。

 カモ君しばりプレイ。

 俺やってみたけどかなり難しいぞ。ボスのHP全然削れんかった。

 お金もないから装備も整えることが出来ない。

 やっぱり殴らないとカモ君を。

 許してくれカモ君。これも国と世界を救うためだ。

 

 といった感じで主人公がカモ君に決闘で何度も勝たなければ主人公のレベルが上がらずにイベントが進み五年後に起こる戦争で弱いままの主人公は何かを残すことなく死んでしまい、我が国リーランは滅ぼされることになる。

 現世のカモ君は別に国が滅びようと構ない。だったらとっととこの国を見捨てて脱出。といった考えの持ち主だったが、愛する弟妹に国が滅んだのは王族・貴族の所為だ。責任を果たせと民衆に処刑を求められた場合があると考えるだけでそれは却下された。

 じゃあ、カモ君が主人公の代わりにそれを果たせって?確かにエレメンタルマスターだからレベルは上がりやすいだろうが魔法の性能はちっとも上がらない。

 例えるなら輪ゴムで作る円グラフと言うべきか?例えるなら得点は最大十点しか割振りできない。それなのにエレメンタルマスターなので全属性。地水火風。光と闇。各属性に強制的に一点ずつ配ることになり、残りの四点をどう配布すればいいか?

 残りを一属性に極振りする。駄目だ。敵国は四天王的な将軍にラスボスが全属性レベル4下手したら5がいる。一人をどうにかしても残りの将軍にやられるのは目に見えている。そもそもエレメンタルマスター(笑)だから攻撃は出来ても防御はからきしになる。

 その上、全属性適正と言う事は全属性のレベルも上げにくい事だ。それなのに地属性はクズ親父に対抗して地属性の魔法の修練を重ねてレベルを2に上げている。残り三点はどう使うべきか。

 やはり主人公とそのパーティーメンバーにレベルを上げてもらい、彼もしくは彼女達に任せるしかない。主人公のパーティーに混ざる?それからどうやってレベル上げるの?カモ君以上の経験値タンクはいないんだよ。

 主人公の属性に合わせて自分の属性のレベルをあげた方がいい。その方が主人公のレベルも上がりやすいから。

 しかし、主人公の事をこの領に来る商人や衛兵、有力貴族の遣いからどうにか知ることが出来ないかとあれこれ探してみたが成果なし。

 そりゃそうだ。二年後に魔法学園に引き抜かれそうな平民離れした魔法使いの子どもを知りませんか?と聞かれてもそんなのどっかの貴族の養子にされているだろ。と、返される。孤児院なんかでも魔法使いの素質がある子供は引き抜きされるのがこの世の常だ。魔法使いはその存在だけで大きな武器になるのだ。とある魔法使い一族が王国を築いたという話もある。と言うか、我が王国リーランがまさにそれだ。だから今でもそのスカウトじみた養子の争奪戦は行われている。

 カモ君こと俺、エミールもエレメンタルマスターの素質があると知られるやいなや。子爵の上の爵位を持つ伯爵と辺境伯からもスカウトは来たがギネがそれを拒否。自分が成り上がるための駒をみすみす手放すはずがない。その割には侯爵以上の娘と結婚させようと画策しているのを知っている。

 まだ画策段階なのだろうが、碌でもない所と縁談組まされるのだったらそうなる前に力の限り暴れて、クーとルーナを連れて家を飛び出し、世界各地にあるダンジョンを攻略する冒険者になるぞ。

 話がそれた。まあ養子にした子どもの情報も貴族社会では武器なるのであまり知られない方がいい。前にも言ったが貴族間で行われる決闘では敗者は金銭やアイテムを要求され、滅多な事ではそれを拒否することが出来ない。相手によっては代理をたてたり、相手の魔法属性に対しての攻撃・防御アイテムを準備することが出来るので自分の属性は出来るだけ秘匿にしておくのがいい。自分の弱点は誰だって見せたくないだろう。

 カモ君の弱点は全属性だろう?

 大丈夫、詠唱短縮に同時発動の技術は修得した。これで先手を取って必勝を狙える。魔法使いの戦いは個人戦ならどれだけ相手より早く魔法を完成させるか。当てるかにかかっている。威力や派手さは考えなくていい。最弱とはいえ攻撃魔法が当たればダウンまでは取れなくても相手の詠唱阻害ができるので後はそのままごり押せばいい。

 団体戦だと威力や範囲が重視されるがそれは軍隊に任せるか王族のレベル5の魔法に頼りきっていいだろう。それだけ数の暴力とレベル5の魔法は強力だ。

 どうやって詠唱短縮と同時発動を修得したか。それは詠唱短縮の練習を五歳から行っていて、早口で唱えればいい。生麦生米生卵。隣の柿はよく客食う柿だ。余裕だね。

 同時発動はクーとルーナの存在だ。二人をそれぞれ違う方法で構ってあげる為に複数思考をいつの間にか修得した。そこからの延長で修得することが出来た。まあその分魔法力も使うんだけど、そこは日々の努力で微々たる物だが水桶に毎日水を一滴ずつ入れるかのような量だが最大量は上がっている。まあカモ君もゲーム上では主人公達にレベルだけは対抗していたからそれだけのスペックを持っていたんだろうけど。

 それを考えると主人公達のレベルアップは本当化物だと思う。日々の決闘と言う名のカモ君いじめありとはいえ、訓練無しでレベル3・4の上級、特級だけでなく、成長次第でレベル5の王級まで使える上に自分が修得した詠唱短縮に同時発動。更にその上の詠唱無しで魔法を放つノーキャストという技術を習得するし、二つではなく三つ四つと魔法を同時発動させる量も増える。

 某RPGの王様が自分の娘である姫を勇者に嫁にどうかと言ってくるのも理解できる。結婚相手の親族、国に刃を向けないようにするのも当然だ。主人公怖いよ、本当に。

 まあ、最悪なのは主人公が敵国に寝返る展開だ。ゲームでもこの展開が用意されていたからありえそうだ。まあこれはカモ君含め嫌味な貴族達に決闘で負け続けると溜まるカルマ値とかいう数値が一定以上溜まると強制的に起こるイベントで何もかも嫌になった主人公が敵国に渡り、リーラン王国は滅亡するエンドだ。ちなみにカモ君はリーラン王国の貴族で最初の犠牲者になる。俺に救いはないのか。

 ずいぶん長くなったが要約すると。

 

 主人公がカモ君を殴らなければ国が滅亡する。

 

 こんな国滅んでしまえ。と言うか、世界が俺を嫌いすぎている。

 しかし、殴られないと国が滅ぶ。ひいては弟妹達が困ってしまう。それだけは避けたい。そこで思いついた。決闘を申し込まれるのは諦める。だが、その回数を減らすことはできる。

 カモ君自身のレベルを上げて、倒された時に獲得する経験値を増やして、早期的に主人公達のレベルを上げるのだ。そうすればモカ家の財政を圧迫することも少なくなるだろう。

 頑張ってレベルを上げる。それはモンスターのいるダンジョン踏破や日々の訓練で溜まる経験値は主人公に比べたら1%にも満たないだろうが、これらを増やしてレベルを上げて、レアアイテムを入手して、そして主人公に倒され、献上する。

 

 クーとルーナがいなければ泣いていた。というかいなかったらこんな国見捨てて出ていくわ!

 

 さて、今後の予定も再確認した事だし。可愛い弟のクーと楽しい触れ合いをして来よう。転生して数少ない楽しい時間だ。

 今は太陽が昇り始めた早朝。クーとルーナも起き出している頃だろう。

 先程の鬱屈とした雰囲気とは違った様子で上機嫌に自分の部屋を出るカモ君。

 確かに今のカモ君の安定剤となっている弟妹達との触れ合い。それは確か楽しい時間なのだろう。

 だがそれは命懸けの魔法の修練でもあった。


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