鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第七話 女の心配と男の愚行

 ゾーダン領に発生したダンジョン近くに建てられた野戦病棟の一室。

 日は落ち始めた時間帯で、カーテンで区切られたベッドで一組の男女が話し合っていた。

 男の方は先発隊の冒険者達の肩を借りながら歩いて撤退してきたカモ君。

 体中に火傷と吐き出した血のグラデーションで見るからに重傷な状態で運び込まれた彼はダンジョンから戻るなり、タイマン殺しにやられた冒険者共々ベッドに寝かされた。

 女の方はカモ君の婚約者のコーテ・ノ・ハント。今の彼女は無表情ながらも目と雰囲気が尋常ではないくらいに怒っているのが感じ取れた。

 実はダンジョン内で全魔力を使い果たして治療したお蔭で何とか歩けるくらいまで回復したカモ君。

 しかし、それは体の奥から激痛に耐えながら、血を吐くのを懸命にこらえ、常人なら全身の穴という穴から体液が噴き出るのではないかという苦痛を堪えながらの状態だった。

 そんな状態を水魔法の使い手で、現在治療班に回されているコーテが見逃すはずが無かった。

 カモ君の状態を把握したコーテはカモ君を空いているベッドに寝かせて、彼の枕元に傷を回復させるポーションと水差しを置いた。

 

 「エミール。反省している?」

 

 「しているが後悔はしていない」

 

 あの時、自分がタイマン殺しと対峙していなくてもいずれは追いつかれ戦う羽目になっていた。しかも今までマッピングされたダンジョンの地図情報だとあの狭い通路に タイマン殺しを抑え込まなければ勝機は無かった。

 シュージと自分だけで逃げるということも考えたが、正義感の強いシュージが冒険者を見捨てる事が出来るはずもない。

 それに、

 

 「下手をしたら、まだ撤退中のコーテ達を巻き込む可能性があった」

 

 タイマン殺しと戦っている時、戦闘不能になったキィを運んでいたコーテ達はまだダンジョンにいた。自分達が逃げればいずれは彼女達に追いつき、後ろからやってくるだろうタイマン殺しの餌食になっていたかもしれない。

 それは駄目だ。カモ君にとってコーテは弟妹。クーとルーナの次に大事な人であり、将来は自分の伴侶。二人の義理の姉になるかもしれない人物を危険に晒すわけにはいかなかった。

 

 「それは…。わかっている。でも無理はしないで欲しい」

 

 「無理を通す時だった」

 

 コーテが言っている無理はタイマン殺しとの対峙か、それともシュージの魔法を受けた事か。もしくは両方かもしれない。

 カモ君だって二度とあんな真似はごめんだ。やりたくない。弟妹達にもう一度タイマン殺し討伐を願われても上手く説明してやらない方向に持って行くつもりだ。

 

 「…エミール。私の気持ちもわかってほしい。…貴方が死ぬんじゃないかと思っただけで私は」

 

 そう言って俯いた彼女から数滴の涙が落ちた。

 コーテにとって、カモ君はある意味最も心を開いている人間だ。実の家族よりも素の自分でいられる存在で、大事な人だ。そんな人がボロボロになって帰ってくる。その心境は本人にしかわからない痛みだろう。

 

 「…すまなかった。こうならないようにもっと強くなる」

 

 「…無理はしないとは言わないんだね」

 

 「そういう人間だよ。俺は」

 

 「知っている。だから私はそんな貴方を」

 

 と、コーテが次の言葉を言おうとした時、カーテンを乱暴に開ける無粋な人間がいた。

 

 「エミールが大怪我って本当か?!」

 

 「…ごめん。コーテ。止められなかった」

 

 現在十二歳の主人公シュージ。未だに人生の酸いも甘いも経験した事のないお子ちゃまスピリットの持ち主に男女の時間を察しろというのは無理があった。

 シュージはカモ君を尊敬しているので彼と一緒に戻って来た時は歩けるまで回復したと思っていたが、そんな彼の強すぎるやせ我慢に気が付かず、幼馴染のキィの様子を見舞いに行ったあと、カモ君が実は重症という報せを持ってきたアネスによって知らされた。

 彼女の伝え方にも問題があったかもしれない。

 カモ君が重傷で今は安静にしておかなければならない。と、言ったのがまずかった。

 その時既に幼馴染のキィは涎を垂らしながら健康そうな顔色で宿舎のベッドで寝かされていた。命、身体共に異常無しで安心した所に友人が重症という報せを受けてすっ飛んできたのだ。

 その間にもアネスはシュージを呼び止めようとしたが思いのほかシュージの走るスピードが速く、追いつくころにはカモ君が寝かされているベッドに到着しているという始末だった。

 せっかくいい雰囲気だったのにぶち壊してくれたシュージとそれを止められなかったアネスをみて、カモ君を叱りつけた時の二割ほどの怒りを込めて二人を睨むコーテ。

 そんな意図を汲み取れないシュージはカモ君に歩み寄り、その様子を見て安心のため息をついた。

 

 「なんだ、元気そうじゃないか」

 

 「…シュージ。心配してくれるのは嬉しいが。もう少し場の雰囲気という物を感じ取ろうな」

 

 カモ君はいわゆる鈍感系ではない。むしろ様々な思惑が交錯する貴族であるが故に人の感情に機敏な方だ。コーテの気持ちの大体は汲み取っていた。

 

 「何の事だ?」

 

 「…今度の休み。皆で演劇でも観に行くか」

 

 無論、観に行くのは恋愛劇場だ。それを観て場の空気という物をシュージに学んでもらおう。ある意味シュージとキィとは似た者同士なのかもしれない。

 

 「ほら、私等は明日もダンジョンに行くんだからさっさと寝るよ。後発組の私はともかく、あんたは先行組。しかもダンジョンボス討伐っていう役に抜擢されたんだからね」

 

 シュージがタイマン殺しを仕留めたという報せを受けたコノ伯爵と先行隊を仕切る冒険者パーティー。そして、『蒼閃』のカズラからの推薦でシュージを連れて行くことが決定したのだ。

 シュージの放つ魔法は高威力だ。恐らく海が近いこのダンジョンのボスは火に強い水属性のモンスターだろう。しかし、シュージの魔法はそれを上回る程の威力を持っていると判断され大抜擢を受けたのだ。

 そんなシュージを連れてアネスは彼と一緒に病棟を出て行ったことを確認したカモ君とコーテ。

 ちょっと前まで漂っていた場の雰囲気は完全に壊れ、なんだかグダグダになってしまった。

 

 「ゆっくり休んで。しっかり治してね」

 

 早く治せなど決して言わない。治してしまえばカモ君はまた無茶をするかもしれないからだ。

 

 「ああ、しっかり治す為に寝るさ」

 

 むしろ無茶なんかもうやりたくないと思っているカモ君は水差しに入っていた水を一口飲んで布団をかぶり、目を閉じた。

 それを見たコーテはシュージが開けていったカーテンを閉めながら、彼から預かっている水の軍杖と自分の軍杖を持って病棟を後にした。

 その際に、支給されたポーションも持って行けばよかったかなと考えた。そうすればカモ君はより休息を必要とする。その間だけ彼は休めるのだから。

 


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