鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第八話 勝てば勘弁。負ければ被告。

 シュージ達がダンジョンに潜りこんで半日が経過した。

 所々で休憩を挟みながら辿りついたダンジョン十六階層。薄暗い地下の空間に五メートル近い高さを持つ扉の前にシュージを含めた冒険者。魔法学園から派遣されてきた先輩。先生方を含めた二十人がいた。

 この扉の向こうにダンジョンボスであるマーマンキング。魚の頭をした人型モンスターの長とその部下たちであるマーマンの群れがいることを、魔法で扉に音を立てないように小さな穴をあけて中を除いた地属性の先輩が中の様子を伝えた。

 少なくても中にいるモンスターは五十体以上いる。こちらの倍はある戦力だ。そこで立てた作戦は扉を開け放つと同時に魔法使いである自分達が最大火力の魔法をぶつける。すると同時に扉から離れながら、前衛を冒険者に任せながら後退しつつ再度魔法を放つ。

 いわゆるヒット&ウェイをしながらモンスターの数を減らし、モンスターが少数になるまでこれを続ける。

 冒険者はモンスターが魔法使いに近づいて来ないようにシュージ達を守り、シュージ達は冒険者を巻き込まないように魔法を放ち続ける。

 だが、ここで問題が一つ。

 それは貴族である魔法使いの先輩・先生方が冒険者諸共モンスターを吹き飛ばさないかという事だ。

 基本的に貴族は平民を人間扱いしない事が多い。

カモ君だって愛する弟妹達がいなければ平民をこき下ろしていただろう。

 そんな貴族に背中を預け、且つ守らなければならないという作戦に冒険者達が素直に言う事をきくかという事である。はっきり言おう。無理である。

 冒険者は命を賭けた仕事であるが、命自体を売り買いしない。そんな彼等にその作戦を飲ませる方法は二つある。

 一つは莫大な報酬。もう一つは後ろ盾である。

 コノ伯爵は冒険者には必要な分の報酬は用意した。それでも彼等を動かすには少し足りない。だからもう一つ。後ろ盾の存在である。

 もし魔法使いが意図的に冒険者を巻き込もうとした瞬間、冒険者の代表がその魔法使いを切り捨てるという脅迫じみた後ろ盾だ。その後ろ盾の存在が、魔法使いよりも後衛に配置している『蒼閃』のカズラである。

 今回のダンジョン攻略で十五歳という若さながらもトップクラスの力量を持つ彼女の判断で切り捨てることが出来る。

 彼女のその俊敏な動きと裁量で魔法使い達はある程度自制しなければならない。

 彼女はこの時の為にコノ伯爵から『堕天のモノクル』というマジックアイテムを借り受けている。

 これは自分に向ける好意・敵意を判断する物だ。いくら表面上取り繕うともこのアイテムの前でだとそれがばれる。予め、これを使って攻略メンバーを集めたが今のところ違反者は出ていない。

 

 「…じゃあ、十秒後に扉を開けるぞ」

 

 地属性の魔法を使うシュージの先輩が扉に向かって手をかざす。彼の使う魔法でこの巨大な扉を開くことが出来る。開けばそれに気が付いたマーマン達が襲いかかってくるだろう。

 大丈夫。何度も確認はした。それに今回は先輩や先生達もいる。上手くいくはずだ。

 それに、自分を送り出してくれた。自分が知る中で最高の魔法使いが見送ってくれたんだ。

 タイマン殺しとの対峙。正確にはその姿すら禄に確認出来なかったが、あの時のプレッシャーに比べれば今の状況は簡単に感じられる。

 

 やるぞ。シュージ・コウン。

 あのエミールの友人ならばやれるはずだ。

 

 そして扉は開かれるのであった。

 

 

 

 シュージ達がダンジョンに挑んでいる間にカモ君はという、三時間以上も掛けて自身に回復魔法を使っていた。

 カモ君がダンジョンに挑んだ時のレザーアーマーはシュージの魔法であちこちが焦げて修理が必要な状態だった。一応カモ君も貴族なので見栄えも気にすることもあって、今は魔法学園の制服とマントを羽織っていた。

 タイマン殺しから受けたダメージは思いのほか骨と内臓に響いていたらしく、ようやく自力で歩けるようになったカモ君は軽く体操をして自身の調子を確かめていた。

 魔力は殆ど使い切った所為かすこしだるく感じてしまうが、先日まで感じていた鈍い痛みは無くなっている。できればポーションや他の魔法使いから回復魔法を受けて完全回復したいところだが、今はこのダンジョンの周りに居る人間全てが攻略に力を注いでいる。

 この場に残った冒険者や魔法使い達は、ダンジョンから溢れてきたモンスターが地上に溢れて来た時に対応するための余剰戦力として対応しなければならない。

 それには自分だけでなく、コーテとキィも含まれる。

 アネスはダンジョン攻略の後発組としてシュージ達の三時間後に出立していった。

 もしダンジョンコアが破壊されれば一日から三日かけてダンジョンは崩落して、そこには何も無かったかのような更地になるはずだ。

 シュージ達がダンジョンに行って六時間が過ぎようとしていた。その間に回復したカモ君は軽い体操の後、食事をとり、軽くダンジョン周辺を散策していると、今にもダンジョンに乗り込もうとしているキィとそれを止めるコーテの姿が見えた。

 

 「私はもう十分に回復したわ!なのに、なんで行っちゃ駄目なの!」

 

 「何度も言った。経験不足。力量不足。人脈不足。貴方に出来るのはダンジョンの前で待機する事だけ」

 

 「そんなの関係ないわよ!私の魔法ならどんな魔物もなぎ倒せるわ!」

 

 「貴女。不意打ちで、一瞬でやられたばかりでしょ」

 

 「あれはモンスターが不意打ちしたからよ!正面から戦えば私が勝つわ!」

 

 「モンスターに正面から殺されに来いと伝えるのは難しい」

 

 どうやらキィがまた物欲に駆られてダンジョンに行こうとしていたらしいがコーテの魔法で首から下を巨大な水玉で捕らわれていた。その魔法の所為でそれ以上前に進むことは出来ない。かといってキィが魔法を使おうものなら、コーテが手にした水の軍杖を軽く振るだけで、彼女を捉えている水球から一部の水が切り取られ彼女の口を塞いだ。

 

 「がぼぼぼっ」

 

 「私一人振りきれないのならダンジョンに向かわせることは出来ない。単独なら尚更」

 

 いやー、お前の拘束を逃れる事は結構難しいと思うぞ。

 そう思わざるを得ないカモ君。詠唱しなければ魔法は使えない。ノーキャストという無詠唱で発動する魔法もあるが、キィの力量ではまず習得は無理だろう。それにあの水の拘束をされれば自分でも抜け出すのは難しい。

 コーテは攻守・補助回復と使える魔法にバリエーションがあるオールラウンダーだ。水の扱いならカモ君より上だ。

 未だに水属性のレベル1の魔法使いだが、あと一年もしないうちにレベル2になると踏んでいる。

 キィが反抗するたびに口に水を放り込まれるのでどうしようもない。それなのにこれをずっと繰り返していると、少し離れた所で待機していた冒険者達から聞いた。

 あ、うちの御同輩が迷惑かけてすいませんと頭を下げるが、タイマン殺しを討伐したとカモ君に頭を下げられたらこっちが委縮してしまうと逆に謝られた。

 そんな事を考えていると地面が少し揺れた。ダンジョンでこのような事象が起きる理由は幾つもある。

 一つはダンジョンコアの破壊による衝撃でダンジョン全体がゆっくりと崩れ落ちる前兆。

 一つはダンジョンコアが更に地下に移動して、新たなダンジョンフロアが生成された時の衝撃。

 そして、もう一つは、

 

 「氾濫だ!モンスターがやって来たぞー!」

 

 地下へとつながるダンジョンの入り口から松明を持った冒険者達がこちらに向かって走りながら大声を上げてこちらに向けて危険を知らせる。

 

 氾濫。

 ダンジョンで生まれたモンスターが一定数以上増えるとダンジョンの外に飛び出す現象。

 ダンジョンからモンスターが出てしまうと周囲の被害が馬鹿にならない。そうならないために先発と後発に分けてモンスターを間引きする。

 それでもごく稀にダンジョン第一階層でモンスターが大量発生することによりそれが起こる。

 

 「他の冒険者や魔法使いは!」

 

 「いない!先発隊が来るのはもう少し後の予定だ!遠慮なくぶっ飛ばしてくれ!」

 

 「モンスターの種類は!」

 

 「ポイズン・フィッシュの群れだ!とにかく数が多い!」

 

 ポイズン・フィッシュはカモ君達が危惧していたモンスターの一つで、一匹では大きくても空飛ぶ鰹サイズの魚のモンスターだが、これが空に浮かんで襲い掛かってくる。しかも毒持ち。

 攻撃方法は体当たりだけといった魚らしい物だが、その尾びれ背びれには毒針があり、これを何度も受けるとその毒性で呼吸困難で死に至る。

 このモンスターは走光性という光るものにつっこんでくるという習性もあって、薄暗いダンジョンでは冒険者の持つ火のついた松明につっこんでくるという事例が何件も上がっている。

 出てくるモンスターがフィッシュ系だと聞いたカモ君が魔法を詠唱するのは火の魔法。バスケットボールサイズの火の玉を投げつける魔法。ファイヤーボール。

 残っている魔力もあと一回か二回魔法使うだけで尽きる。いや、今回は持続させないといけないので実際は今日の魔法はこれで打ち止めだ。出来る事ならこれで仕留めたい。

 カモ君は威力や射程距離は考えず、バスケットボールサイズから少し大きくして直径一メートルの火球を生成する。ただ持続するための魔力だけを注ぎ込む。

 ここには自分以外の冒険者や魔法使いがいる。自分の放った魔法につっこんできたポイズン・フィッシュはその熱に焼かれ地面に落ちるか、弱って動きが鈍くなるだろう。そこを冒険者達に仕留めてもらえば上手くいくはずだ。

 

「火を放つ!そこを狙って攻撃してくれ!」

 

 カモ君はそう言いながらダンジョンの入り口付近にファイヤーボールを放ち、その場に留まらせる。ダンジョンの入り口付近に大きな火球が漂っている形になった。

 それから数秒後にダンジョンの入り口から幾つもの青白い光が飛び出し、カモ君のファイヤーボールに突っ込んでいった。

 その勢いを無くしてファイヤーボールの下にドサドサと音を立てて落ちていくのはポイズン・フィッシュ。食欲を誘う香ばしい匂いを立ち上らせながら落ちていく。ちなみにこのポイズン・フィッシュ食べられる。

 中には数匹ファイヤーボールを突き抜けていくが、ダメージが大きいのか大分緩慢なスピードで宙を泳ぐか力尽きて地面に落ちてぴちぴちと地面に転がる。そこに冒険者達の放つ弓矢。先輩魔法使いの魔法が振りかかり、ポイズン・フィッシュを仕留めていく。

 二十匹ほど仕留めた所でカモ君の放ったファイヤーボールがまだ威力を保ったまま宙に浮いているが、ポイズン・フィッシュの群れも尽きそうにない。

 だが、この調子なら被害も無くモンスター討伐がこなせるだろうと思っていた。そう思っていたのだが、

 

 「飛んで火にいる夏の虫ならぬ魚ね。私がまとめてぶっ飛ばしてやるわ!」

 

 トラブルメイカーのキィである。

ファイヤーボールを維持しているカモ君は仕方ないとして、コーテもポイズン・フィッシュの襲撃に備えてキィの拘束を解いて警戒態勢に入っていた。

 キィの詠唱が始まった時、カモ君とコーテは嫌な予感がして止めたかったが、カモ君は魔法の維持。コーテは効果が薄いが水の攻撃魔法を使うための詠唱をしている状態。

キィを止める者はここには居なかった

 

 「グラビティイ・プレス!」

 

 得意の魔法なのか。高威力だが、低スピードで発射された高重力の砲弾はゆっくりとダンジョンの入り口へ迫る。そこには当然カモ君の放ったファイヤーボールがあるわけで。

 

 「「あ」」

 

 キィの魔法がカモ君の魔法を呑みこみ、かき消した。するとどうなる?

 走光性だったポイズン・フィッシュ達はファイヤーボールへの一方通行な軌道から外れ、それぞれ様々な方向に飛び回る。しかもキィの魔法がダンジョンの出入り口を崩してより多くのポイズン・フィッシュが方々に散るように飛んでいく。

 中にはキィの魔法に飛び込んでいくフィッシュ達もいたがそれも良くて半分。もう半分はキィの魔法を避けて、宙を縦横無尽に泳ぐことになる。ちょうど今の時間帯は正午。昼の十二時。お天道様がカモ君達の頭上に輝く時間帯。フィッシュ達が一番無秩序に飛び回る時間帯だった。

 

 「「「何してんだ、お前えええええええ!!」」」

 

 冒険者・学校の先輩達から非難の声が湧き上がりキィを責めたてる。

 カモ君のファイヤーボールで弱らせたからこそ簡単作業だったのにキィの魔法でそれが消えて面倒くさい展開になった。

剣や槍を持った冒険者は急いで弓矢を装備するために待機所に走っていく。

今のポイズン・フィッシュは空を飛ぶ鳥同然の存在。剣や槍で仕留めるのは非常に困難である為、急いで弓矢に交換する必要があるのだ。

 

 「な、なによっ。私だって何匹か仕留めているじゃない!」

 

 キィが文句を言おうとした瞬間、コーテが彼女前に立ち水の軍杖を真っ直ぐ前に振り降ろしていた。その瞬間、鈍い音が聞こえたと思ったらキィの足元に頭が凹んだポイズン・フィッシュが転がっていた。

 

 「貴女はこのクエストが終わったら補修決定。三週間は覚悟して」

 

 助けられたという事よりも普段は無表情なコーテの有無を言わさない視線にキィはたじろいだ。明らかに怒っている。

 

 「エミールの魔法で出てくるモンスターは皆弱らせることが出来たのに、貴女の所為で台無し。下手すれば賠償金。賠償金が無くても説教は確実」

 

 「賠償金…。な、ならカモ。じゃないエミール様がもう一回使えばいいじゃない!」

 

 賠償金という言葉にキィは己が行ってしまった愚行にようやく気が付いた。そして慌てて挽回するようにカモ君の方を見たが、既にカモ君は着ていたマントを右手に巻きつけてグローブ代わりにしてファイティングポーズを取っていた。どうやら飛んできたポイズン・フィッシュをそれで叩き落すつもりらしい。

 

 「さっきの魔法で魔力が尽きた」

 

 「何よ!使えないわね!」

 

 「「「「「お前が言うなぁあああああっ!!」」」」」

 

 カモ君が言い返したい事を周りの冒険者や先輩達が代弁してくれた。というか叫んだ。

 カモ君の魔法の扱いはかなり上位に食い込む。彼がやったようにファイヤーボールを離れた場所・空間に留まらせるという技術はかなりの物で、ダンジョンに潜らなかった先輩達には出来ない事だった。

 それから一時間。冒険者と魔法使いは一時間のもの間、空飛ぶ毒魚の対応に追われ、多いに疲れることになった。

 

 どうしてあいつはこうもから回るかな?フラグの神でも憑いているのか?

 

 後処理を終えた後は念のための解毒と疲れを取る為に先日の市場で仕入れた骨無しにぼしを齧りながら大人数から説教を受けているキィを眺めるカモ君であった。

 


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