鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十一話 三流フラグ建築士

 宴会から一夜明けて、カモ君は魔法使いである学園関係者達が寝泊まりしている宿でいつもよりも遅めに目が覚めた。

 一日の始まりは朝食の前に魔法で作り出した水で顔を洗い、軽い筋トレをする。つもりだったが魔法が発動しない事に気づく。

 そう言えばシュージから昨晩ハニートラップに引っかかる寸前だったので寝る前に魔法殺しを預かってほしいと言われたことを思い出した。

 寝る前に展開していた魔方陣の様子を見て誰も侵入した形跡がない事に安堵しながら自分の足首に巻いていた魔法殺しを外し、結界を解く。

 魔法殺しは身につけると魔法が使えなくなるという特性上つける前に数種類の魔法の結界を重ね掛けした後に巻きつけて眠った事を思い出す。これで侵入者への対策は出来たが問題はこの結界の中にいると体感時間が少し分からなくなる事。

 顔を洗い、軽くストレッチをした後に自分が寝泊まりしている部屋の窓を開けると既に太陽が昇っていた。いつもなら太陽が昇る前に目覚めるのだが、酒が入っていた所為か眠りが思いのほか深かったようだ。

 現に太陽の光が室内に入り込んでいるのに同じ部屋で寝ているシュージは未だに目を覚ます様子はない。太陽の高さから時間帯を考えると軽い筋トレくらいしか出来ないなと思いカモ君は部屋の隅で筋トレを一通り行うと、その場で服を脱ぎ、魔法でお湯を作りだし、体を軽く洗い、持ち込んできた替えの学園服に着替えた。

 ダンジョン攻略後は念のため二十四時間。その跡地の調査を行う。攻略時に魔素を散らしたが、また集まってダンジョンが再構築されたかの確認をするためだ。

学園の図書館で見た資料によると百三十年と三百年前。そして二年前に三度そのような事が起こり、氾濫が起こったらしい。

 被害は甚大で出来上がったダンジョンは比較的に浅かったが、そこから生まれたたった一匹のモンスターに近くの村や町は壊滅寸前まで追い詰められたとあった。

 再出現の条件。周期や環境。出現してきたモンスターを調べ上げられたが何が原因でダンジョンが出現するから対策は見張るしか出来ない。

 今はゾーダン領の衛兵達がダンジョン跡地を見張っているから異変があればすぐこの港町中にその報せが飛ぶはずだ。それがない。

さあ、今日も平和な一日が始まるぞい。

 

 「だ、ダンジョンだ!ダンジョンがまた出現したぞおおおっ!冒険者と魔法使いを集めろおおお!」

 

 …はい。平和な一日が衛兵達の掛け声により終わりました。

 残業決定です。

 

 

 

 「…ダンジョンの再出現。なんでうちの領で起こってしまうかにゃ」

 

 コノ伯爵は頭を抱えながら衛兵達からの連絡を受けてその対応に追われていた。ダンジョンの再出現。それによる氾濫からのモンスターの出現を今は衛兵達と残っていた数名の冒険者達で対応しているが、その均衡も破られるのも時間の問題だ。

 

 「領主様。魔法学園の者達をお連れしました!」

 

 「今すぐ通せ!」

 

 執務室の向こうから衛兵の声と数人がこちらに歩いてくる足音を聞いてコノ伯爵はすがるように声を上げ得る。

 モンスターの多勢には魔法が一番手っ取り早い。だが、魔法使いの助力を得られるのも明日までの契約だ。何とか契約期間を延ばしてもらおうと頼み込む算段だ。

 魔法学園の教師と年長組の数名。そして、シュージとカモ君が執務室に入ってきた。

 その姿を確認したコノ伯爵は頭を下げて彼等に嘆願した。

 何せ、時間がない。いつモンスター達が溢れ出してこの町を襲いに来るか分からないからだ。そうなったら自分の領地に住む領民に被害が及ぶ。

 それだけじゃない。港町であるこのゾーダン領でダンジョンやモンスターの対応が出来なかったという評判が挙がれば、この領の信頼を失くし、他国との貿易がやりにくくなる。もしくは出来なくなるかもしれない。

 そうなれば例えダンジョンやモンスターの問題を解決しても、そこに住む領民たちの仕事が無くなり生活が出来なくなってしまう。

 領民を守る立場として、彼等を守る。その領主の責任を感じてコノ伯爵は頭を下げる。

 ダンジョンの再出現は普通のダンジョン出現の現象とは違うことは重々承知である。出てくるモンスターの量・質共に危険度が上がる。

 既に王国への打診はしているが彼等が駆けつける間に領地を襲われたら意味がない。

 

 「リーラン魔法学園の皆さん。時間がありません。またもう一度力を貸してください!」

 

 「コノ伯爵。我々は多少の危険は承知してこのダンジョン攻略に手を貸しました。しかし、ダンジョンの再出現は別です。これは多少というレベルではない。それを大きく上回っている」

 

 上がってくる情報によると空飛ぶ人切り魚のモンスター。ソードフィッシュ。

 ゴブリンよりも体躯が大きく膂力も大きい。ニア・オーク。

 毒の鱗粉を振り撒く。ポイズンバタフライ。

 他にもいろいろなモンスター対応しているという情報が今もなお上がってくる。

 前までは魔法学園は生徒でも対応できるレベルだから遣いに出した。しかし、今上がってくるモンスターはそれを越えている。

 教師は生徒を引率する立場の人間だ。そして同時に彼等を守るという責務もある。その責務を守るためにはこの領地の守護よりも脱出が優先される。

 ただでさえタイマン殺しという上位モンスターに遭遇し、あまつさえ倒したという情報に教師は腰を抜かしそうになったほどだ。これ以上は自分の行う仕事ではない。

 カモ君達の先輩も同じような意見らしい。

 今ついてきてくれている教師は戦闘技術官の経験もある教師だ。彼の実力は身をもって知っている。そんな彼が危険というのだから自分達の実力では危険なのだろう。

 ここに居る魔法使いは力になれない。そのような雰囲気だったが、敢えてぶち壊す輩がここに入る。

 

 「俺は手伝いますよ。コノ伯爵」

 

 カモ君である。

 見た目は義と勇に目覚めた男のような立ち振る舞いだが、当然裏はある。

 一つは今まで挙げられたモンスターの種類は自分の使う魔法なら大体一撃で屠れる雑魚であるということ。そして、もう一つは愛する弟妹に語る武勇伝の為である。

 ここでコノ伯爵を助けるとどうなるか。その話は人から人へと伝わりいずれはクーとルーナの耳に届くだろう。すると、どうなる。

 

 流石です。にー様。男の中の男。

 にぃに、格好いい。さすが私のお兄様。

 さすおに。×2

 

 いやー、参っちゃうなぁ。参っちゃうなぁ。俺ってばエレメンタルマスターだから出来る事が多くて、こなせる事が多くて、いやぁあ困った、困った。(自惚れ)

 勿論そんな事は周りにいる人間には分からない。カモ君はいつだってクールな表情でいるから。弟妹達には格好のいいお兄様でいたいから。

 

 「…エミール。お前」

 

 シュージはカモ君の内心など知りもしないで、その行動に感動していた。そうだ。魔法使いは魔法が使えるから偉いんじゃない。普通の人間より成すべきことが大きいから偉いのだ。と、

 問題はカモ君の目的が弟妹達の為という一点に絞られているという事。そしてそれをまだ誰も知らないという事である。

 

 「出来れば先輩方や先生にも手伝ってほしいのですが」

 

 「君っ、ソードフィッシュやニア・オークの事を知らないのかい!?奴等の攻撃は大の大人の手首や足を一撃で切り落とし、肉を裂き、骨を砕くんだぞ!」

 

 「当たらなければどうという事もない。俺達には魔法があるんだから」

 

 勿論、カモ君は弟妹達に良い格好をしたいからモンスターの生態にも詳しい。先程のモンスターの特徴も知っている。

 むしろそういう魔物に対しての魔法だと思う。今まで挙げられたモンスターを物理攻撃。弓矢や槍以外で仕留めるのは難しいだろう。その為の魔法だ。

 カモ君の言葉に多少動かされたのか先輩達が息を飲む。

 この場に連れてこられたのも年少組でありながら高い戦闘力を持つからだ。教師としては撤退を見極める勉強として連れてきたのにまさか戦うと言いだすとは。

 

 「再出現したダンジョンは同じ場所にあるんですね?ではすぐにでも向かいます」

 

 「…エミール君。ありがとう。君は、君こそが本当の貴族だよ」

 

 コノ伯爵は顔を上げてカモ君を見る。その時既にカモ君は執務室を出る為に伯爵には背中を向けていた。だが、その大きな背中のように期待感が募った。

 家族を守る為に戦ったというドラゴンバスターの噂は本当だったのだ。タイマン殺しを倒した少年は他の領民だろうと彼等の為に立ち上がる事が出来る貴族なのだ。

 現にそんな彼に見せられて他の魔法学園の生徒達も彼の後を追うように執務室を出ていく。教師はあくまで止めようとするが、カモ君だけは止められそうにない。そんな威風堂々とした佇まいをしている彼を誰が止められようか。

 

 「…エミール。俺も行くぞ。友達だけを危険な目に合わせられないからな」

 

 「当然だ。シュージ。むしろお前だけでも来てもらわなければ困る」

 

 将来的な意味で。ゲーム的な意味で。

 シュージの魔法なら先程のモンスターも一掃できるだろう。それによりシュージのレベルが上がる。カモ君はその分、将来で楽が出来る。

 先程のモンスターも自分が彼のガードに回ればシュージは攻撃に専念できる。主人公には精々頑張ってもらおう。と、結構下種な考えをしているカモ君。

 そんな彼と行き違い新たな衛兵が慌てた様子で執務室に入って行った。

 

 「ダンジョンにシータイガーがダンジョンから地上に現れました!現在、『鉄腕』と『蒼閃』が交戦中!その他のモンスターもシータイガーに続いてダンジョンの中から現れているとの事です!」

 

 シータイガー。

 体が海水でできている魔法生物で見た目は大きな虎。弱点は体のどこかにあると言われる核。それを潰せば倒すことが出来る。が、その体は常に激流の海水のようになっていて、並の冒険者が放った弓矢や投石といった遠距離物理攻撃を弾き、魔法もある程度の威力までならば弾き飛ばすといった厄介なモンスターだ。

 そのくせ、爪や牙を使った攻撃はその見た目通りの威力を持ち、例えその爪に当たらなくても、その足に殴られれば首がねじ切れる威力を持つ。

 はっきり言ってカモ君でも死ぬ可能性があるくらいだ。しかも七割くらいで。勝てる三割も一方的に攻撃できればの話しだ。勿論無理である。シータイガーは素早い。カモ君の攻撃を一度受ければ後は警戒して逆にトラの膂力を持って襲い掛かってくるだろう。

 それにカモ君にはシータイガーを一撃で倒す手段はない。あれ?これって詰んでね?

 …俺、やっちゃいましたぁ。(後悔)

 あんな大見得を切って出て行ったのにシータイガーの出現で一気に状況は悪化。それなのにシュージはシータイガーを知らないのかカモ君に戦意溢れる視線で言葉を投げかける。

 

 「エミール。絶対勝とうな」

 

 「勿論だ」

 

 戦意満々のシュージ。カモ君は出来れば「あ、さっきの話無しでお願いしまーす」といいたかったが、ここで逃げればシュージを危険な場所に取り残すことになる。シュージを守るためにも結局は戦場に赴かなければならない。彼に何かあればこの国が滅ぶ。弟妹達に被害が及ぶ。

 逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。逃げちゃ駄目だ。…逃げちゃ駄目か?(提案)。

あ、駄目か。はい。やってやろうじゃねか!シータイガーなんて怖くねえ!やぁろー、ぶっ殺してやる!シュージが!俺が足止めしてシュージにまた自分ごと焼いてもらおうかと考えるカモ君は出来る事なら三分前の自分にビンタをして撤退を選択させればよかったと後悔するのであった。

 


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