鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十三話 落として上がる

 カモ君達がカズラ達冒険者に合流して共同戦線を張って、十五分ほどが過ぎようとしていた。

 彼等はセオリー通り、魔法使いに攻撃が行かないように冒険者が彼等を守り、モンスターの群れを魔法で薙ぎ払って雑魚狩りを行う。

 その所為かもあって残るはシータイガーのみになった。だが、そのシータイガー問題だった。他のモンスターを倒せば倒すほどその時に発生した魔素を吸い上げ巨大化しているのだ。

 既に高さは四メートル。全長十メートルはあるその巨大な虎を相手に脱落者が出ていないのは魔法殺しを装備したカズラのスピードとパワーがあってこそ。

 魔法殺しを装備した彼女の繰り出す剣戟で巨大化した虎の爪や牙を弾き飛ばし、その強靭な四肢や首を斬り飛ばしているからである。

 しかし、そんな彼女の剣戟でもシータイガーの核を砕くまでには至らない。牙や爪、前足や首などを斬りはらっても、すぐさま再生を行うシータイガー。核を潰すまでは奴は不死身だった。

 シータイガーもカズラを敵として認識しており、彼女から目を逸らすという事は出来ないでいた。まさに膠着状態であった。

 魔法使いも自慢の魔法を使う事が出来ないでいた。シータイガーと接近戦をしているカズラに当たってしまう可能性があったから。今彼女がやられれば自分達全員がシータイガーにやられてしまう。

 だが、今は互角でもこのシータイガーはダンジョンコアを核としたモンスター。スタミナは無尽蔵といってもいい。逆にカズラは人間でしかも女性だ。いくら魔法殺しで自分のステータスを底上げしていると言ってもスタミナには限界がある。むしろその驚異的な身体能力の所為で余計にスタミナが削られつつあった。

 シュージはカモ君や他の先輩方。冒険者の人達と共に雑魚狩りを行った。だが、自分に出来るのはここまで。シータイガーとカズラは常に接近戦をしている為に自分の魔法で援護する事も出来ない。隙さえあれば魔法を放とうとしたがそんな隙はシータイガーには無かった。

 そんな時、カズラとシータイガーが戦っている場所から少し離れた所にいたカモ君が大声を上げてその場にいる全員にむけてメッセージを飛ばした。

 それはシータイガーの耳にも届いたが、モンスターが人の言葉を理解することはない。

 カモ君の言葉を聞いて『鉄腕』のアイムが彼の護衛に付き、魔法学園の先輩が数人、彼の元に駆け寄り、彼と共に魔法を唱える。その魔法に全魔力を注ぎ込んでいるのかカモ君と先輩の額から玉のような汗が噴き出していた。

 そんなカモ君と先輩を支えるようにともに来ていたコーテとアネスが二人を支える。更にその後ろではキィと残った魔法学園の先輩達がご自慢の魔法の詠唱に開始していた。

 そんな三人の魔力を感じたのかシータイガーの意識が魔法を使っている三人に向けられる。

 すでにシータイガーはちょっとしたドラゴンに近い程の巨体になっていたが、それでも三人の放つ魔力は脅威に思ったのか、カズラとの近接戦闘から距離を一度取り、攻撃目標を三人に切り替えた。

 シータイガーはカモ君達に向かって走り出した。その様子を見た魔法使いや弓矢を使っていた衛兵。冒険者達は次々に攻撃する。だが、彼等の攻撃ではシータイガーの足止めにもならない。

 シータイガーの後ろからカズラも慌てたように後を追うが、追いつく前にシータイガーがカモ君達の元へ辿りつく。それを見たカモ君達は苦しそうに顔を歪めた。まだ彼の魔法が完成していないからだ。

 クイックキャスト(笑)を持つカモ君が未だに魔法を完成させていない事にシュージは焦った。

 一番早く放てる魔法のファイヤーボールを放ち、それがシータイガーの顔に当てるが、シータイガーは水の体を持つモンスターだ。火の魔法とはすこぶる相性が悪い。その毛先を焦がすことも出来ないでいた。シュージに出来たのは視界を少し遮っただけだった。

 『鉄腕』のアイムが残っていた魔力の殆どを使い切って、魔法の腕を二メートルほどの巨大な腕を形成してカモ君達の盾となるべく両腕を合わせて待ち構える。だが、いくらその腕を持ったとしても所詮は人間。巨体となったシータイガーの突進を受け止められるわけもない。

 あともう一息という所でシータイガーは空を蹴ったように足を踏み外した。別に階段や細い桟橋の上を渡っていたわけでもない。それなのにどうして地面の感触が殆どないのか。

 それはカモ君と先輩が即興で作った落とし穴に足を取られたからだ。その深さ直径二十メートル。深さが約六メートル弱。ちょうどシータイガーがすっぽり収まるサイズの落とし穴が出来上がっていたからだ。

 カモ君としては深さ的に今の倍が欲しかったが、出来上がる前にシータイガーが来た。この深さでは簡単に這い上がられてしまう。

 カモ君が先程叫んだ内容はシータイガーを落して身動き取れない所に自分達が持つ最大火力を持つ闇魔法レベル2が使えるキィがトドメを刺すという簡単な作戦内容だった。シータイガーに人の言葉を理解する能力があればこの作戦は破綻していた。

 しかし、思った以上に早くシータイガーがこちらに喰いついた。

 カモ君達が落とし穴を作り上げる前に奴がやって来たが作戦は続行しなければならない。ここで失敗することは自分達の死に繋がるからだ。カモ君はシータイガーが落ちた後も穴の震度を少しでも深くさせる為に魔法を使い続ける。

 穴に落ちたシータイガーは這い上がろうとしていたが、地上に足をかけた瞬間にそこをカズラによって切り飛ばされた。だが、斬り飛ばしたところからシータイガーの新たな顔が生まれた。

 斬り飛ばしたカズラに噛みつこうとしたがそれをさせまいと『鉄腕』のアイムが魔法学園の先輩達から受けた補助魔法で強化された跳躍力で新たに生まれたシータイガーの頭上まで飛び上がるとその巨腕で殴りつけ無理矢理顎を閉じさせる。

 次にキィと共に詠唱をしていた先輩が魔法を完成させる。

 シータイガーの落ちている落とし穴の壁から土でできた腕が二本生えてシータイガーを押さえつける。

 地属性レベル2。へヴィアームズ。本来それは土木時の時に資材を運ぶために使われる物で実践的な要素は薄い。即効性がないためである。

 この魔法は頑丈で力強い二本の土の腕を駆使しながらシータイガーを押しとどめる。 シータイガーもこの穴にいるのはまずいと感じたのだろう。虎の巨体を一度捨て、ゲル状になったあとそこから伸びる虎の顔、タイマン殺しの腕、ローパーの触手とありとあらゆる形状で這い上がってこようとしてくる。それらが地上に出た端から切り捨て、殴り潰しいく二つ名持ちの冒険者。

 そこまで来てようやくドヤ顔のキィの準備が出来た。

 

 「ふふんっ。見てなさい。最強の私が一撃で屠ってやるわ!」

 

 イイからはよ魔法を撃て。それがその場にいた人間達の総意である。

 そんな事とは裏腹にキィが腕を空に振り上げると、彼女の体中から黒い空気のような物が吹き合出て振り上げた腕の先。宙で集まりだし、直径五メートル以上の大きな黒い球が形成される。キィの後先考えない文字通り全力全開全魔力を込めた魔法がそこにはあった。

 それが少し離れた所から見ているシュージにも分かるくらいビリビリと周囲の空気を震わせていることが分かる。

 

 「ブッ潰れろ!スーパーグラビティイ・プレス!!」

 

 彼女が掲げていた腕を振り降ろすと、その黒い球はゆっくりと。それこそ人が歩くようなスピードで落ちていく。そのスピードにもっと速く撃ちだせないかと思っていたが威力と範囲を重視したこの魔法でないとシータイガーを撃破できないと考えていたカモ君はこれでいいと考えていた。

 カモ君は未だに落とし穴の震度を深くしている。へヴィアームズを使用している学園の先輩もキィの魔法が着弾するまでシータイガーを抑え込んでいる。その最中にシータイガーが伸ばしていた触手の一本がキィの魔法弾。否、魔法砲弾のグラビティイ・プレスに触れた瞬間に勢いよくその内部に吸い込まれた。それに続くように虎の頭が、タイマン殺しの腕がその魔法に吸い込まれていく。その勢いはまるでバキュームカーの吸引のようにどんどん吸い上げていき、シータイガーの体積をどんどん削っていく。

 

 「踏ん張れキィ!先輩!ここでミスれば全てが台無しになるぞ!」

 

 「分かっている!後輩に言われなくても!」

 

 「私に指図すんな!トドメを刺すのは私の魔法よ!」

 

 カモ君は落とし穴の掘り下げ地属性の魔法をキャンセルして、先輩と同じ魔法へヴィアームズの魔法を使う。今も尚、ありとあらゆる場所に触手や腕を伸ばすシータイガーだが、四本の土の腕。そして迫りくるキィの魔法砲弾によって這い上がる事が出来ずにその身をどんどん削っていく。

 そして、キィの魔法砲弾が落とし穴の底に着弾すると同時にズンと大きな地響きと大きな砂煙をあげる。

 既にシータイガーが放っていたプレッシャーは感じない。確認の為、カモ君が落とし穴の中を確認する。そこは七メートル近くまで掘り下げた事と砂煙が上がっていたのでそこを確認することが出来なかったので、残ったなけなしの魔力で風と光の魔法を使い落とし穴の底を見た。

 そこには波打つ体を持ったシータイガーの姿はなく、あったのは二つに割れたダンジョンコアだけだった。

 それを確認したカモ君はその場にいる全員に見えるように親指を立てた。

 それを見た瞬間。辺りが歓声で溢れる。

 あの凶悪なモンスターを倒したのだと冒険者。衛兵。魔法使いの誰もがそう思った。しかし、その中で一人だけ違和感を覚えた人間がいた。

 レベルアップというチート主人公能力を持ったシュージだ。タイマン殺しを倒した時にレベルアップしたが、今回のシータイガーを倒した時はそれが無い。

 あのシータイガーがタイマン殺しより弱いかどうかは分からないが。レベルアップしない事に拭いきれない不安があった。

 それは同じ能力を持つキィも感じるべきであったが、彼女はシータイガーを倒したという達成感で気が付いていなかった。

 レベルが上がらない。経験値が入って来ない。それはつまり、

 

 「まだだ!キィ!奴は生きている!」

 

 歓声に紛れた所為で聞こえるかどうか分からない声で叫んだシュージの声はキィの耳には届かなかった。そして、カモ君達が作り出した巨大な落とし穴から一抱えはある水の弾丸のような物が飛び出した。

 二つに割れたダンジョンコアに挟まる形で。手のひらサイズのスライムの核がまるで再びダンジョンコアをくっつける接着剤のような働きをしていた。

 これがシータイガーの元になったスライムの核。再出現したダンジョンコアの中に紛れんでいたスライムが、その本能から死の間際にその執念を見せた。

 もはやこれまで。だが、自分をここまで追い詰めた人間を一人だけでも仕留める。

 その執念を持ってダンジョンコアを取り込み、残っていたダンジョンコアの魔素を使い、空飛ぶ毒魚。ポイズン・フィッシュの姿を取り、宙を急上昇。そして、一番先に目についた人間。自分をここまで追い詰めたキィの姿を見つけた。

 残っていた魔素も自信を維持する魔素も全て注ぎ込んでポイズン・フィッシュの毒を限界まで引き出し体当たりを敢行する。人間に当たればその毒性で即死する威力だった。

 魔力を使い切ったカモ君の魔法では間に合わない。キィの前に立つ時間もない。それは先輩も。コーテもアネスも。『鉄腕』のアイムでも無理。目標になっているキィですら回避・防御は無理だ

 常人ではその姿を見極めるのも難しいスピードで突撃してくるシータイガーだったモノ。それが最後に見たのは驚きのあまり目を剥いているキィの表情。そして。

 やや上下にずれた世界の中央で剣を振り払っていたカズラの姿だった。

 


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