鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第三話 兄よりも優れた弟なんていたぁあっ!

 早朝、起きてすぐに顔を洗い、簡単に身だしなみを整えたカモ君はその足で屋敷から少し離れた空き地。所々に草が茂っている平野の真ん中で行き、胡坐をついて瞑想にふけていた。

 

 「にー様おはようございます!」

 

 「おはようクー」

 

 屋敷から少し離れた所に平野で瞑想していたカモ君は執事のプッチスに連れられてやって来たクーの気配を感じ取って瞑想を中断して元気に挨拶してくる金の瞳を持つクーに微笑みながら挨拶を返す。その微笑みの下で「キャーッ!キャー!あの子が私に笑いかけてきてくれたわっ!ヤバいわよっ!」とオネエ化していることに誰も気が付いていない。

 平野は夏も間近と言う事もあってか青々とした草が生えているのにカモ君の頭の中は春満開だった。

 プッチスはビシッと決めた執事服に対してカモ君とクーは軽装と言うか運動着のように動きやすい服装をしており、軽いハグを済ませるとストレッチと言った軽い運動をしていると、チップスが平野の近くを農耕地や朝食のパンを買いに出た平民の皆さんに出来るだけカモ君とクーから離れるように声をかけていた。

 ストレッチ運動を済ませた兄弟はある程度離れると向き合って好戦的な笑みを浮かべていた。

 

 「にー様、今日こそ勝たせてもらいますよ」

 

 「ふふん、やってみろ」

 

 挑戦的な言葉とは裏腹に幼さが溢れるクーの言葉に不敵な笑みで応えるカモ君だが、内心では「ああっ、ああっ、かっこかわゆい。お前がヒーローものの主人公か?その魅力にもうメロメロに負けているってのっ。ばかぁ」と、馬鹿はお前だと言われても仕方ない思考をしていた。

 しかし、これから始まるであろう凄惨な事が起ころうとは関係者以外は思うまい。

 クーが風の魔法の詠唱をすると今まで暢気に構えていたカモ君の思考が生き残るためのものに切り替わる。これから起こるのは兄弟のじゃれ合いではなく、魔法の訓練と書いたサバイバルだ。クーが一方的にカモ君を攻撃するというリンチに近いものだが、カモ君が愛する弟を攻撃できるわけがないだろ。

 

 「行け、エアショット!」

 

 「…ファイアハンド」

 

 クーがカモ君に向けて手をかざすと同時に、その手に風が集まり、圧縮された手のひらサイズの空気のボールが撃ちだされる。

 クーの魔法適正は風と火。カモ君の全属性に比べれば劣るかもしれないが、カモ君のようにレベルが上げにくいわけでなく二つに絞っている分、練度は上がりやすい。それはカモ君が「お前がもしや主人公?」と、驚くほどである。

 クーが撃ちだした魔法は時速で測れば100キロメートルはあるだろうその風を圧縮したボール状の物である。クーの方が撃ちだされる少し前に詠唱を完了させていたカモ君の手には赤く燃え上がる炎を両手に纏いそれを受け止め、風の弾丸の威力を相殺した。ちなみこの炎使っている本人は結構熱がっている。これで殴れば殴られた方は無茶苦茶熱い。それを顔に出さないのは兄の矜持か。

 炎に包まれた手が風の弾丸を受け止めるたびに熱風が辺りに吹き荒れる。

 クーが撃ちだしているその魔法はまともに当たれば骨にひびが入るかもしれない威力に実は戦々恐々のカモ君。しかし表情はクールに微笑む。格好いい兄貴は熱風や弟の攻撃で顔を歪めたりはしないのだ。

 正面から撃ちだしても直撃しないと悟ったクーはカモ君を中心に時計回りに移動しながら風の弾丸を何度も打ちこんでいく。

 そんなクーに対してカモ君はその場からあまり動かないが、いつでもクーを正面に捉えるように体の向きを変えて、炎に覆われている手でクーの魔法を受け止めていた。ただし決して自分から攻撃はしない。というか出来ない。

 そんな攻防はクーがカモ君の周りを一周するとその場で息を乱しながらカモ君の方を見て悔しそうに喋った。魔法を使いながら運動をするとスタミナを一気に持っていかれる。その為、魔法使いは出来るだけ動かないで魔法を使う固定砲台が一般的な戦闘スタイル。だが、クーは何度もモンスター退治に向かうカモ君からその時の事を聞いて魔法使いは魔法を使いながら動くものだと曲解していた。だがそれを間違いとは言わない。ゲーム上のシステムで出てくるキャラクター達は基本的に一対一で戦っていたのであながち間違いじゃないからだ。

 

 「流石、にー様。全然攻撃が当たらない」

 

 「まだまだ弟には負けるつもりはないさ」

 

 悔しがるクーの言葉にクールに返すが内心「あんな剛速球躱せるわけねぇだるぅお!」と焦っている。何度も言うが格好いい兄貴は弟にビビったりしないのだ。

 

 「でもまだやれるんだろ?」

 

 「…流石にー様。これが僕のとっておきです」

 

 クーは息を整えて最初に唱えていた詠唱とは違う長めの詠唱を開始する。魔法は詠唱が長ければ長い程威力を増す。そのため、カモ君は「え?やれるの?結構いっぱいいっぱいなんですけど?まだ詠唱続くの?」と言いたいのを堪えてクーの魔法の詠唱が終わるのを待つ。

 クーの詠唱が終わる頃には先程撃ちだしてきた風の玉が十数個。それらがクーの周りに発生していた。それは風魔法レベル2のガトリング・エア。先程のレベル1のエアショットを連射する魔法である。

 

 「いきますっ!にー様!」

 

 カモ君はやらないでくださいと言えるなら言いたい。

 

 「いくらでもかかってこい」

 

 嫌だぁあああっ!死にたくないっ!死にたくなぁあああいっ!と泣き喚きたいが兄には死んでも守り通さねばならない矜持というものがあるのだ。

 

 その日。カモ君は空に舞った。

 

 

 

 モカ家の執事であるプッチスは目の前で魔法を撃ち出しあっている兄弟の戯れに目を細めながらも驚愕していた。

 エレメンタルマスターであるエミールは幼少のころから様々な魔法を使えていたが、弟君であるクーも凄い。風と火の二種類の魔法適正を持つ彼はエミールの事を親のようにそして師のように慕っていた。その事もあってかエミールの一挙手一投足を真似ることがよくあった。普通の魔法使いでは考えられないスピードで魔法の精度が上がっている。

 早朝、太陽が昇る頃には起きて、顔を洗い、兄エミールが魔法の訓練をしている所を見てから、それに参加させてほしいといって今のような魔法訓練を行っている。その日々の中でクーの魔法の精度は上がっていき、今日レベル2に値する魔法を練り上げた。

 エミールはエレメンタルマスターとはいえまだ地属性だけがレベル2。それ以外はレベル1。

 魔法レベルは相性の関係があれどレベルが高い方が相手を圧倒することが多い。

 現に何度もクーの撃ち出す風の弾丸を受け止めていた炎の籠手も一度受け止めただけで消失した。

 右手、左手の順で受け止めた後、無防備になったエミールに残り十発が彼に襲い掛かる。が、直撃する寸前に炎に包まれた彼の足先で弾かれた。

 いつの間に?!と思ったが防いだが衝撃を殺せずに体が半回転してクーに背中を見せるような形になったが、それも計算のうちなのか、そのまま宙に体を投げ出すと再び両手に炎を纏わせてそれを防ぐ。その炎が消えたら足。時には肘。膝と炎をピンポイントで出現させクーの魔法を防いでいく。

 クーの撃ちだしていくほどにエミールは宙に投げ出される。それはさながらアクションスターの様だったが、クーの魔法が直撃する場所に炎を展開してそれを防いでいった。そして、全てを受けきった時にはエミールは五メートルほど宙に投げ出される形だったが、何とか体勢を持ち直して両足、次に右手を地面につけて着地するとクーに不敵な笑みを向けた。

 

 「やるじゃないか、クー。びっくりしたぞ」

 

 「さ、さすが、にー様。…とっておきだったんだけどなぁ」

 

 エミールの言葉に嬉しそうにするクーだが一撃も与えることが出来なかった事が少し悔しい様子だった。だが、尊敬する兄が自分の遥か先にいることも嬉しそうでもあった。

 そんな風に思っていると朝食時間が迫ってきた。その事をプッチスが伝えると兄弟は手を繋いで屋敷に戻っていく。その姿を見て今後も誠心誠意この兄弟に仕えていこうと思うプッチスだった。

 

 

 

 そんなのどかな一風景にカモ君は、死ぬかと思った。もう二度としたくない。でも、弟のお願いは断りきれない。…もっと強くならねばと。内心怯えながらも弟の期待に応えるべく、日々の精進の訓練が更に磨きがかかるのはすぐの事であった。

 


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