鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十五話 百回ローン。ダンジョン攻略払い。

 ゾーダン領で行ったシータイガー討伐祝勝会。

 かかった費用は金貨二千二百八十七枚。カモ君の報奨金金貨千枚を払っても。残り役千三百枚足りない。はっきり言ってカズラもお金を出してくれなければカモ君は借金を背負うことになっていた。

 考えてみればあれだけ大きな港町の酒場だ。しかも他国との貿易もしている為、外国のお酒。自国では手に入らない珍味。それらが集まる酒場で貸切の宴会を行ったのだ。むしろこれだけで済んだのはコノ伯爵の口添えもあったからだろう。出なければ金貨二千三百枚で納まらなかっただろう。

 あの厄介なモンスター討伐での宴会の席で「あ、これ以上の飲み食いはちょっと…」なんて言えるわけもない。宴会はその場にいた人間の殆どを巻き込んでの大宴会。カモ君はもうカズラとコノ伯爵に足を向けて眠れない。

 もしこの二人の援助が無ければカモ君はローンを組んでいた。百回ローン。ダンジョン攻略払い。百回も命の危険を冒してやっと返せる借金とは…。考えたくもない。

 今回のダンジョン攻略のアルバイトでカモ君が得た物は。

 

 収入。

 アルバイト代。金貨二十枚。

 特別報酬。金貨千枚。

 計プラス千二十枚。

 

 支出。

 焼け焦げたレザーアーマー。修理費金貨五枚。

 コーテの少し曲がった水の軍杖。修繕費金貨三十枚。(折半)

 宴会一次会の会費。金貨二十枚。

 宴会二次会の会費。金貨千枚。

 計マイナス金貨千五十五枚

 

 トータル。マイナス金貨三十五枚

 

 あれれ~。アルバイトの報酬が消えて借金が増えたぞー。

 どうして、こうなった。

 キィの尻拭いの為の酒代とコーテの水の軍杖が曲がったのが痛かった。あいつマジで疫病神なんじゃ…?学園に来る前に貯めていたお小遣いがすぐに底を尽きそうになっていた。

 しかし、キィがいなければあのシータイガーも倒せなかった。

 キィがいなければシュージも今回のダンジョン攻略に来なかった。タイマン殺しが出てきてもカモ君、コーテ、アネスだけで討伐も無理だった。

 キィの扱い方は本当に考え物だ。厄介事を増やすが功績を残すこともある。

 魔法学園に戻ってきたカモ君は酒場の親父から渡された領収書を手の上で遊ばせていたが、今回の事でよーく分かったことがある。

 子どもが大金を持つことはよくないという事だ。

 多額のお金の使い方を分からないから使う時に限ってへまをする。今回の飲み会のように。

 そして、今回のダンジョン攻略ではあまり戦果は見られなかったという事だ。

 今回の戦果って、よく考えてみるとタイマン殺しを足止めしてシュージに焼かれたことと、ポイズン・フィッシュを焼いた事。そしてシータイガーを押さえつけただけである。

 字面だけだと鉄板焼きの職人みたい。クーとルーナが聞いたらなんというか…。

 

 え?バーベキューにでも行っていたんですかにー様(にぃに)?

 

 アカン。兄の威厳が、死ぬぅ。

 だが今回のダンジョン攻略の事を手紙に書いて二人に知らせねば。兄が全然活躍しないでただバーベキューしただけのお気楽者扱いされてしまう。カモ君としては格好いい兄貴でいたい。

 その為、初めに与えられる情報は良い物にしておきたい。そうすれば後から来る情報がやってきてもある程度までは誘導できる。どれもこれも格好いい兄貴像を壊さないために。カモ君は頭を悩ませながら実家に送る手紙を記していくのであった。

 

 

 

 カズラはゾーダン領での祝勝会が終わった翌日の晩には、すぐにゾーダン領の野菜・果物が栽培されている耕作地に足を向けていた。

 冒険者がこのような牧歌的な場所に来ることは稀だ。やって来たとしても耕作地を荒らす猪や巨大なミミズ。ジャイアントワームが出た時、駆除を依頼されるくらいだ。勿論、その依頼は発注も受注もされていない。カズラがただ個人で、誰にも気付かれないような時間帯にここへやって来たのだ。

 

 「…いた」

 

 彼女の狙いは収穫前の葉野菜が育てられている畑の一角。そこにいるひざ下くらいの高さの体長のモグラ。大モグラというモンスターに分類されているが一般人や農業者から益獣扱いされているモンスターである。

 このモンスター。臆病な性格で人が出歩く日中は土の中でじっと過ごし、人気が無くなる夕方から夜中にかけて活動するモンスターである。人間を見かけるとすぐに逃げ出して地中深くに潜ると言った行動もとる。

 主な主食はカタツムリやナメクジといった農作物に被害をもたらす害虫と普通サイズのミミズやジャイアントワームを群れで襲って食べるという習性をもつ。

 彼等の糞も死骸も畑にとっては良い栄養になるので見かけても追い払ったり、無暗に傷つけないのが一般的な考え方である。今までは…。

 真夜中という事もあって視界があまり聞かない状況でもそんな大モグラを見つけることが出来たのはシュージが今でも彼女に貸している魔法殺しのおかげ。

 これをリボンとして髪に止めているカズラの視力は強化され、月明かりだけの畑でも大モグラを見つけることが出来た。

 本来なら松明といった明かりを用意したかったが、それではその明るさで大モグラたちが逃げてしまうかもしれない。出来るだけ彼等に気づかれないように静かに近付く。

 そして、

 

 「…ごめんね」

 

 魔法殺しで強化されたカズラの剣が大モグラの首を一瞬で切り裂いた。首と胴体がさよならした大モグラも何が起こった分からないまま地面に倒れ伏した。

 大モグラの肉は臭くてかたい。その上まずいと言ったどうしても食用には向かない。皮や爪・牙も他の動物と比べると見劣りするから価値がない。ただ、その心臓だけは別だ。

 これはカモ君から教えてもらった誰も知らないだろう情報。

 大モグラの心臓がドラゴンの心臓と似たような薬効があると言う事。

 モグラは日本語で土竜とかく。ゲーム製作者がそれをもじって設定しただろうそのアイテムはレアアイテムな回復薬を作る為の一つの材料として設定されていた。

 カズラは姉の薬で足りないのはドラゴンの心臓だけだとカモ君に伝えるとカモ君はやや考えてこの事をカズラに伝えた。

 本当ならドラゴンの心臓を使った薬の方が効果は何倍も跳ね上がる。状態異常回復。体力と魔力が全回復。戦闘不能・気絶・瀕死の重体。死んでさえいなければ、それを使えば一気に回復するという優れもの。

 だが、意識不明という症状だけを治すのであれば薬効が落ちても大モグラの心臓で事足りるとカモ君が伝えた。大モグラの心臓だけでも、体力や魔力の回復。瀕死からの回復は出来ないかもしれないが、意識不明という状態異常なら回復できるのではないかと教わった。

 ただ、その薬を作る工程が酷く手間がかかる。国中の隅から隅まで渡り歩き、材料をそろえ、調合するとなると莫大な費用と時間がかかる。それでもこの薬を欲する人間は山ほどいるだろう。

 この事が知られれば国中の大モグラが乱獲され絶滅するかもしれない。それに連鎖して、農業者。農作物へのダメージは計り知れない。大モグラがいたから畑は肥沃でジャイアントワームも駆除できたのだ。大モグラがいなくなってはそれが保たれなくなる。

確かにこれは村や領が潰れる可能性がある情報だ。迂闊に喋れない。だが、それもちゃんと効果があるか確認するまでは信じられない。

 カズラは月明かりの下で解体する大モグラの体から小さな心臓を抜き取り、持ってきた小瓶の中に詰める。後はこれを持って姉の掛かりつけの医者であり錬金術師にこれと今まで集めてきた薬の材料を調合してもらいその効果を試す。

 今までドラゴンを倒すという途方もない目標を持っていたカズラだったが、カモ君の情報からいきなり目指していた目標が近づいたことに今だ実感がわかないでいた。この薬は嘘なのかもしれないとも思っていた。

 だが、カモ君は純真なシュージの友人であり相棒のようにも感じられた。彼のいる場でそんなつまらない嘘は言わないだろう。彼の戦う様は一度しか見ていないが、何事にも真摯に対応してきた。信じるというよりも信じたいという気持ちが大きいがカズラははやる気持ちのまま畑を後にして、ゾーダン領にある王都に繋がる転送陣に向かって走り出した。

 

 翌朝。姉の眠っていた病室で彼女は喜びの涙を零す。

 

 カズラはカモ君に大きな借りが出来てしまった。酒代やモンスター討伐の失敗の埋め合わせだけでは足りないくらいの大きな借りが。

 作り出された薬は金貨一万枚の価値がある。そう医者は言った。調合する際には心臓の詳細を話さずに調合してほしいと伝えたため、是非材料が知りたいと言ってきたが、これはカモ君との約束がある為決して言わない。言えば何千、何万という人が窮地に立たされるかもしれないから。彼女は墓の中まで持って行くつもりだ。

 そしてシュージ少年にも借りが出来た。カモ君からこの情報を引き出したという大きな借りが。

 原作知識という英知を持つカモ君と純粋な善意を持つシュージ。二人の為になるなら何でもやろうと思った彼女は姉に薬の事は話さず、これからの事を伝えた。

 姉は妹が年下とはいえ男性の為に動こうとしている事に驚いたが、それを了承。二人で彼等に恩を返すためにまずは手紙をしたためるのであった。


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