鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第一話 踏み台兄貴。フラグ生産者を自覚し始める。

 日が暮れ始めようとした時間帯。そんな静かな風景をぶち壊すような轟音が鳴り響く。

 リーラン魔法学園に設置されている闘技場で二人の男が己の持てる力・魔法をぶつけ合っていた。

 一人は初等部一年生にして小等部トップクラスの魔力と体力を持ち、戦闘力を保有している魔法使いの卵であるカモ君。だが、その風貌は清潔感のある山賊。

 彼の着ている学園指定の体操服も一番大きなサイズであるが、激しく動いたおかげで裂けていたり、穴が開いていたりとみすぼらしくなっていたが決してそれは何年も着こなしてほつれた物ではない。一週間前におろしたての体操服だ。

 それがそうなってしまったのは彼の対戦相手が原因だった。

 筋骨隆々、頭つるつる。その両腕を覆うように装備されているのは魔法で作り出された巨大な鉄の腕。その腕の所々にとげとげしい装飾をした腕はその巨大さに合った重さを持っているが、それを装備している男。『鉄腕』アイム・トーボ。

 その二つ名を持つ特別教官はこの魔法学園に招かれてから二週間。対モンスター・対人の戦闘技術を授業としてこの魔法学園の生徒達に教えている。

 ここの教師達はたとえ冒険者だからといって彼を見下したり卑下したりしないようにと言いつけてはいるが、ここの生徒達の態度は二つに割れた。真面目に聞く輩と聞かない輩。

 魔法使いだから。遠距離で広範囲攻撃できるから。先手を取れれば勝てる。そう考えている生徒達がいる。

 確かにそうだ。魔法使いの魔法はそれだけ強力だ。しかし、それは先手を取れたらだ。その強力な攻撃を繰り出す前にやられたら意味がない。またこの世界では魔法に対しての防御手段が溢れている。防御魔法を展開すればやり過ごせるし、数は少ないがその効果を持ったマジックアイテムも存在する。

 それが分かっている生徒は彼の授業という名の経験談と体術やそれを支える体力づくりとして熱血体育教師を務めている。

 そんな彼も本来なら放課後は暇を持て余しているか筋トレをしているか酒場で酒を飲んでいる。だが、そこをカモ君に捕まり、こうやってほぼ毎日模擬戦を挑まれている。

 一応、教師もアイテムを賭けた決闘をすることが出来るが、アイムはレアアイテムを持っていない。カモ君も現在修理中のコーテの杖の代わりに自分の杖を貸し出しているので持っていない。

 だから模擬戦。とはいえ、やっている事は決闘そのもの。お互いに致命傷になるダメージを肩代わりする護身の札をつけているので遠慮は無い。常に全力でやりあっている。

 初等部最強と名高いカモ君の魔法がアイムを圧倒すると思いきや、アイムはそれを自身が作り出した鉄の腕がその全てを弾いた。

 威力を絞った一点攻撃魔法をカモ君は使わない。それは最初の三日で無駄だと悟ったからだ。

 アイムはその風貌に似合わず。いや、その筋肉に似合う膂力でその一点攻撃を躱して見せた。それを見て、体験したカモ君は今の自分ではアイムの動きにあった魔法は広範囲魔法しかない。しかし、それは鉄腕で防がれる。そして最後は決まって接近戦。

 作り出した地属性の魔法で作り出した大剣。それを持って自身には砂の鎧と風の膜を纏ったカモ君。三つの魔法を使ってアイムにぶつかる。

 対するアイムは自身が作り上げたオリジナルの魔法。『鉄腕』。ただそれだけを持ってカモ君を圧倒していた。

 パワー。スピードはアイムが上。魔力だけならカモ君が上。だが、それでも。

 

 「隙有りだ」

 

 カモ君の繰り出した斬撃を右の鉄腕で受け止めるだけでなく掴み取ったアイムは攻撃直後というカモ君の隙を狙って左腕でカモ君の体の中心を狙い鉄腕を振るう。

 その衝撃をまともに腹部で受けたカモ君はその衝撃のままぶっ飛び、舞台から転げ落ちた。それによりカモ君の負けが決定した。

 負けが確定したカモ君はアイムの攻撃により霧散した砂の鎧と風の膜は既に消失しており殴られた腹部だけではなく体の所々に出来た切り傷からは大なり小なりの血が滲んでいた。

 殴られた衝撃を殺し切れず咳き込みながらもアイムを見上げるカモ君。

 その瞳に恨みはない。だが逆に羨望の色もない。その先、アイムという壁を乗り越えてやろうという意思があった。

 それはアイムにとっても好ましい物であった。

 かつての自分もそうだった。強くなろうと。誰にも馬鹿にされない力を手に入れたいと無我夢中に追い求めていた自分を思い出すその瞳の色はいつまで経ってもくすむことなく自分を見ていた。

 

 「ありがとう、ございました」

 

 まだ咳き込みたいだろうにカモ君は立ち上がり模擬戦に付き合ってくれたアイムに頭を下げる。

 貴族は冒険者に金を渡して依頼をすることはあるが滅多に頭を下げない。

 そうすることでどちらの立場が上かをはっきりさせるのだがカモ君は頭を下げる。しかし、それは『今は』がつく。いずれ必ず超える。そんな意志を感じるアイムは背を向けながら手を振って闘技場を出て行った。

 

 

 

 「…また。…勝てなかった」

 

 カモ君は寮に戻るとすぐにシャワーを浴びて自身についている汚れを落とす。そして着替える時に自分がさっきまで来ていた体操服を見る。

 穴だらけ。血だらけの真新しい体操服はもう着られそうにない。また学園指定の体操服の替えを用意しなければならない。お小遣いの減りも目立ってきた。だが、それに後悔はない。

 最初の頃は三日も持たずにボロ布になった体操服だが、今回は一週間も耐えた。最初の日など三分も持たずに完封されたが、今では十分は持つようになった。

 明らかに自分よりも強者であるアイムの指導を受けているカモ君は着実に強くなっていると感じていた。少なくても対人戦。個人戦・格闘術の力量はついている。

 

 …さすがゲーム内屈指のパワーファイター。

 

 そうぼやかずにはいられない。

 シャイニング・サーガというゲームではタンク役を担っていたアイムは攻撃だけではなく防御が上手い。むしろそちらの方が得意だと言わんばかりにこちらの攻撃を受け止め、流し、反撃してくる。

 歴戦の冒険者。そんな彼の指導が受けられる内はガンガン受けようと決めたカモ君はまだ痛む体を引きずりながら一度寮を出て、学園にある食堂へと足を運ぶ。

 そこでは食堂のおばちゃん達が育ちざかりの魔法学園の生徒の胃袋を上手い飯で満足させていた。

 そこでは自分で食事を取りに行くものもいれば、自分の取り巻きにそれを持ってこさせる者もいる。勿論カモ君は自分で取りに行く派だ。なにせおばちゃん達と直接顔を合わせていつも大盛りを要求するからである。

 アイムに今日のように腹に攻撃を受けてしまった時はその痛みで普通盛りの食事を済ませた時は心配させたが、今回は大盛りを食べられる。これも自分が成長できていると考えると感慨深いものである。

 今日は野菜炒め定食。肉もほしいが野菜も美味い。カモ君と同じ年頃の生徒達は肉を多めに要求するがカモ君は野菜が大盛りでもバッチこいだ。

 肉食動物より草食動物の方が大きい。筋肉がある。持久力がある。だから草食最高!でもお肉も食べる!そんなカモ君の喰いっぷりはおばちゃん達に受けていつも好意的に食事を用意してくれる。

 今日も遅めの夕食を食べているカモ君の元に寄って来たのはシュージ以外のクラスメート達。主にアイムの特別授業を真面目に聞いている者達。いわば脳筋な生徒達だった。ちなみに女子も一人二人いる。

 カモ君の喰いっぷりに感心しながらも生徒達は今日もアイムとの模擬戦の意見や感想を述べていた。

 ここ最近、アイテムを賭けた決闘が行われていなかったため、カモ君とアイムの模擬戦は一種のイベントのように取られていた。だから、そんな二人の模擬戦を見ていた生徒たちは各々で感想を述べる。

 アイムの魔法は凄かった。動きも今まで見てきたどの教師の中でも滑らかだった。あの鉄腕で殴られてよく飯が食えるな。

 カモ君の魔法は色とりどりで凄いな。後どれだけの魔法が使えるんだ。どの魔法ならアイムに勝てそうか。

 などと様々な意見をカモ君は受け答えをしながらモリモリと野菜を食べる。しかし、上品に下品さを感じさせないその食べ方は品を感じさせる。

 格好いいお兄様は人前では下品な食べ方や受け答えはしないのだ。誰もいない場所ではどうかって?どこに人目があるか分からないから自室以外では清く正しく食べるんだよ。

 そうやって夕食を食べ終えたカモ君は自室に戻ると今日の授業で教わった王国史と魔法の復習をしてベッドに倒れこむ。それと同時に自室の扉に誰かが触れた時は警報音を鳴らす魔方陣を展開して意識を手放した。

 ここ最近は筋トレ。朝食。授業。昼食。昼休みは瞑想。授業。放課後アイムを捕まえて模擬戦。夕食。復習。結界を張って就寝。と休む暇が少ない。だが、休日はしっかりアルバイト。シュージとの模擬戦。コーテとの交流を深めるなどをしているので割と充実した毎日を過ごしているカモ君。

 明日もこんな風に過ごすのだろうと考えて意識を手放しかけた時だった。

 自分が展開した結界が発動し、警戒音が鳴った。

 その音で飛び起きたカモ君はすぐさま徒手空拳出来るように構えを取る。

 この時間帯はまだ見回りをする時間ではない。この時間帯で来訪者となるとまさか自分を良く思わない貴族の差し金かと疲れた体だが全身に力を入れなおしているとノックと同時に声がかかってきた。

 

 「エミール・ニ・モカ君。まだ起きているかね」

 

 警戒音は一回鳴ってすぐに解除した。それは扉の向こうの人間も感知しているだろう。それなのに構わず声をかけてくるという事はこちらに敵意はないと言う事か。そう考えてみるとこの声には聴き覚えがある。確か、この領に入る時に案内してくれた講師の一人だ。

 

 「学園長がお呼びだ。夜分にすまないがすぐに制服に着替えてあってくれないか」

 

 …ここ最近。自分が何かを考える度になにか情報が入って来るな。しかもこういう時に限って厄介事なのだ。

 そんなカモ君の思惑通り。彼は三十分後に学園長室で厄介事を知らされることになった。

 


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