鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第二話 馬鹿親子

 カモ君が学園長に呼ばれている時、カモ君の婚約者であるコーテにもその知らせが届いていた。何でもカモ君に大切な知らせがあるから一緒にそれを知ってほしいと言う報せを受けたコーテ。

 既にお休みモード。子ども体型な為か、彼女の就寝時間は同世代な人に比べるとかなり早い。起こされた時には寝癖もあり、パジャマも着ていた。それでも貴族の子女として自覚もあるので簡単に身だしなみを整えてから魔法学園の制服に着替えて部屋を出る。

 この時、カモ君から借りている水の軍杖と決闘の時に手に入れた水のマントというマジックアイテムを身につけている。

 他にもコーテはマジックアイテムを所持しているが、それらは今、銀行に預けている。

 マジックアイテムを預けている利子で入手できるお金も少額ながらまとまった額なのでコーテは月に一、二回好きなデザートを食べ歩くことが出来る。まあ、彼女のような小柄な体型だと入る量も少ないので、それが行えているわけである。

 それを知ったキィはハンカチを噛み切らん勢いで悔しがっていたのは別の話。

 そんなコーテが学園長室前にたどり着くと既にカモ君が男子寮寮長と共に立っていた。

 どうやら自分を待っていたようで、カモ君に声をかけようとしたが寮長がその前に学園長室の扉をノックして入室すると続いて入ってくるように言われたコーテとカモ君。

 様々な書物が並べられた壁一面の本棚。歴代学園長の姿絵が飾られた壁が印象的な学園長室。そこには好々爺然とした学園長であるシバと印象的な特徴のない中年の教頭先生。そして、何故かいるハリウッド女優のようなグラマラスな女体と美貌。金の髪を自分の臀部まで伸ばしたミカエリ・ヌ・セーテ侯爵がいた。

 その三人の顔は神妙な顔つきでこちらを見ていた。

 その雰囲気に何事かと知らずにつばを飲み込んでいた。次にセーテ侯爵とシバ校長がこちらに向かって手をかざすと同時に隣にいたカモ君の両手足と口を覆うように緑色の光輪が現れ、締め付けた。その後ろには大人一人分の大きさはある白い十字架が現れると、光輪に縛られてもがいているカモ君の体を押さえつけるように吸いつけた。

 

 ノーキャスト。

 

 無詠唱と呼ばれる詠唱無しで魔法を発動させる高等技術を見せつけられたコーテは突然の事に目を白黒させていると、神妙な顔をしていたシバが口を開いた。

 

 「突然呼び出し、縛りつけた事を詫びよう。しかし、異常事態であるからな。それにエミール君には前科があるのでこう対応させてもらった。急に飛び出し、王都の馬を勝手に持ち出したという前科がな」

 

 その言葉に何かを察したカモ君はもがくのを止めて学園長の目をしっかりと見つめた。

 まさかまたドラゴンが襲来したというのだろうか。それともクーやルーナの身に何かあったのかと体を強張らせるカモ君とコーテ。

 

 「二人共、落ち着いて聞いてね。…モカ領でダンジョン出現の報告が来たの。しかもどうやらそれは二つあるらしいわ」

 

 ダンジョンの出現。カモ君の出身地。モカ領でなら一年から二年にかけて一度発生するそれは特段変わった事ではない。むしろ、もうそろそろ来るかな?と考える時期だった。しかし、それはダンジョンが一つの場合だ。それが二つというのははっきり言って異常事態だ。

 コーテの実家でもあるハント領もダンジョンの発生が比較的に頻繁な土地柄ではあるが、それでもダンジョンは一つだけ。二つのダンジョンが出来るという事はまずあり得ない。

 ダンジョンはこの世界ならどこにでも存在する空気のような存在。魔素が集まり、宝玉のような物に変質。それがダンジョンコアとなり地中にめり込み、ダンジョンを構成していく核になる。

 ダンジョンコアは一定範囲の魔素を吸い上げてそのダンジョンの深度を深めていく。しかし、その範囲は広大で領地の一つから三つほどの範囲だ。その吸収範囲で同じ領地に二つのダンジョンが出来ることは異常事態である。

 基本的にそれは一定の周期で出来上がるダンジョンの破壊をするのがその領地を治める領主の仕事になる。

 ダンジョンはレアアイテムを生み出す資源の一つだが、それ以上にそこから生み出されるモンスターによる被害が馬鹿にならない。その為、ダンジョンは見つけ次第破壊するのがこの国の規則だ。あるだけで害を生み出す。それがダンジョンだ。

そんなダンジョンが二つで来た理由は…。

 

 「モカ領の魔素が思いのほか濃く、ダンジョンが二つ出来る。…というのは難しいのう。そんなに魔素が濃いのはこの大陸の中央にある暗黒大地。噂では魔王がいるとまことしやかに言われている未開発地域ぐらいじゃ。そんな場所、並の人間が生きていくには酷すぎる。もしそうなら今頃、その魔素に苦しめられ、衰弱死する人間が多数出てくるだろうが、その情報は入ってきておらん」

 

 学園長の言葉を聞いてカモ君はほっとした表情を見せる。もしそんな情報が耳に入ればカモ君はまた学園を飛び出しクーとルーナの元に駆け付けに行くだろう。恐らく誰の制止も。それこそこの国の国王に止められても飛び出す。そんな確信がコーテにはあった。

 

 「あまり他の領地の悪口は言いたくはないのだが。…そこの領地の衛兵達の探索が遅れた。発見されていないダンジョンが元から存在しており、そのダンジョンが破壊される前に新たなダンジョンが出来た。つまり、領主と衛兵の杜撰な対応が招いた人的ミス」

 

 セーテ侯爵はすまなそうな顔つきで二人に理由を話す。

 貴族は自分の家を。家系を誇りに思う者が多く、それを傷つけられたり貶められたりすることを嫌う。ごく一部の家によってはそれをされただけで領主同士の戦争なんてこともあるくらいだ。

 その点は気にしないでもいい。コーテはもとよりモカ家であるカモ君自身、自分の家に誇りなどない。むしろブッ潰れてもいいとすら考えている。自分はハント領に婿入りする予定なのだから。その時にはクーとルーナを招いて養えるくらいには成長しなければならないけれど。

 まあ、最悪モカ家が没落。コーテとの婚約が無くなっても、弟妹二人を連れて各地を転々とする冒険者になるのもアリだ。むしろその方があの二人とも長く接していけるのであり寄りのありだ。

 そんな考えをおくびに出さないカモ君だが。ダンジョン二つというのは嫌な予感がする。

 

 「現在確認されたダンジョンは二つ。その一つは調査中だから詳細は分からんが、最初に発見したダンジョンの深度は二十五階層まで確認されておる。はっきり言ってモカ子爵領規模の衛兵だけの練度ではどうにもならんレベルじゃ」

 

 シバの言葉にカモ君の嫌な予感は高まっていく。

 ちょっと。待て。その言い方だと、あのクズ親。また衛兵だけで対処したのか?

 あれほどダンジョン攻略には戦力が多いと話したのに?冒険者の戦力も当てにした方がいいと言ったのに?しかもエレメンタルマスターという魔法で幅広い自分がいたからこそ円滑に攻略できたダンジョン攻略を?

 馬鹿じゃないの。いや、馬鹿だろあのギネ。

 カモ君は衛兵の皆を悪く言うつもりはないけど、無茶だ。しかもつい最近のドラゴン被害で衛兵の数が減っている。その上でダンジョン攻略させるとか労働基準局が聴けば殴り込みを仕掛けるレベルだ。

 カモ君ならそんな領の衛兵などやってられない。辞表を出して王国に別の働き所を紹介してもらいに王都にまで駆け込む。

 

 「今のところ目立った被害が出ていないのが奇跡ね。まあ、この情報を持ってきた衛兵の話しだと、この情報と同時に衛兵長が周りに協力を仰いだのが功を制したのかもしれないわ。出なければ多数の死人の報告が上がっているだろうから」

 

 加えて、と。セーテ侯爵は言葉を足す。

 

 「周りにからの助力で何とかなっているようね。それに一月前に派遣された王都からの魔法使いが向かったお蔭でその情報が無いのかもね。でも」

 

 ダンジョンが攻略されたという情報もない。

 王都から向かった魔法使いは腕利きだ。学園長ほどでなくても王都の魔法使いという看板を背負っている以上、実力者であるにも関わらず未だに攻略したという情報が無い。それだけ難易度が上がっているという事だ。

 このままダンジョンが存在し続けるとスタンピート。ダンジョンのモンスターが溢れ出してその土地を破壊しつくす。

 ゾーダン領で起こった氾濫とは違う。

あれは浅い層で生まれたモンスターがダンジョンからあふれ出てくる事。はっきり言って雑魚の群れだ。

 スタンピートはダンジョンの奥底にいた脅威度の高いモンスターも地上に溢れるという事。はっきり言ってボスモンスターが地上に出てくるという事だ。

 RPGの勇者が地元を一歩離れたらボスがいた。というクソゲー状態になる。そんな魔界と変化した土地に普通の人間が住めるわけもない。

 

 「…エミール」

 

 コーテがこちらを心配するかのような声色と視線をカモ君に投げかけるが、カモ君は今ある状態。魔法による拘束を振りほどこうと振り絞ってもがき始める。

 一刻も早くモカ領に戻り、愛する弟妹達の安全確保をする。

 その一念でもがき続けるが、学園長とセーテ侯爵の作り出した魔法による拘束は一向に外れることは無かった。

 

 「…こうなると思ったから拘束したが。正解だったようじゃ。エミール君。今から早馬を乗り継いでも四日。いや、五日は確実にかかる」

 

 だが、それでも行かなければならない。

 自分の存在意義は弟妹の二人の為だ。あの二人に危険があるのなら取り除く。それが兄だ。自分だ。エミール・ニ・モカだ。

 

 「王都から追加の魔法使いを派遣するか検討している。はっきり言って君よりも腕利きだ。君が行くよりもダンジョンを攻略する可能性が高い」

 

 それでも決まっていないのだろう。ならば自分が行く。自分はエレメンタルマスター(笑)だが、新米冒険者や魔法使いより役立つはずだ。

 そんな心持ちをしたカモ君を察したのか、学園長はセーテ侯爵に視線を送る。

 

 「だから今回。侯爵。ミカエリ嬢をこの場に呼んだのじゃ。今のところ彼女以外に即戦力になりそうな人物はいないからの」

 

 どういうことだ?

 セーテ侯爵は魔導具を作るだけの人間で、戦闘力を持った人間には見えないが…。

 いや、でも自分を助けに来てくれた人物でもある。ドラゴンに立ち向かうという事は相当の実力者だという事でもある。

 

 「彼女はレベル4の特級魔法使い。王国では五指に入る程の風の魔法使い。本来なら王国の軍備に関わる筈だったのじゃが、本人は魔導具作り向いていると言ってその職を辞退しておる」

 

 「私と私が作った魔導具なら、君を連れて二日でモカ領にたどり着くことが出来るわ。準備は家の者にさせているから明朝には出発できる。だから君を止めたのよ。エミール君」

 

 もう拘束は必要ないと考えたのだろう。セーテ侯爵はカモ君を捕縛していた風の拘束を解いた。遅れて学園長も拘束を解く。彼はもう一人で飛び出しては行かないだろう。

 

 「…我が領への援助。…ありがとうございます。心からの感謝を」

 

 拘束を解かれたカモ君はその場で片膝をつき頭を下げる。

 モカ領への脚はもちろんだが、セーテ侯爵という自分が知る中では最上の魔法使いの助力が得られるという事にカモ君は感謝を示した。

 セーテ侯爵は大人の魅力もあるが、それ以上に魔力の質が高い。カモ君とコーテはダンジョンの話で気が付かなかったが、落ち着いて彼女から発せられる魔力を感じ取ると確かに質は高い。

 

 「あの…。私もついて行っていいでしょうか?」

 

 「残念だが君は無理じゃ。コーテ君。君をここに呼んだのは万が一、エミール君が我々の話を聞いても一人で飛び出してしまわないために説得役として呼んだに過ぎない」

 

 コーテはカモ君がまたダンジョンという戦闘区域に赴くことを心配して自分もついて行こうとしたがそれを断られた。

 カモ君の戦闘能力は小等部にしてはかなり高い。そのまま王国の魔法師団に入団してもいいくらいだ。

 戦闘能力は魔法だけではない。身体能力も含まれる。

 コーテも魔法と弓を使うが、カモ君と比べるとどうしても見劣りしてしまう。

 それに今回のダンジョン攻略には力量が足りているとは考えられない学園長は彼女の参加を認めない。

 

 「わかりました。…出立は明朝でしたね。出来れば少しだけ遅らせてもらえませんか?」

 

 「…コーテ?」

 

 コーテの言葉にカモ君は首をかしげる。

 こちらは少しでも早くモカ領に行きたいのに少し遅らせるというのはどういうことか?

 

 「エミール。預けていた魔導具を銀行から全部引き出す。使えそうなものを選んで持って行って」

 

 コーテの言葉とその瞳からはこちらを心配する感情と力になろうとする感情が読み取れた。彼女は自分を信じて送り出してくれるのだと受け取ったカモ君はコーテの手を取り感謝の言葉を贈る。

 

 「ありがとう。コーテ。お前は最高の女だ」

 

 「その代わり、他の女に目移りしない事。あと無事に帰ってくることを約束して」

 

 無事に帰ってくることより他の女に目移りすることが心配なのかこのロリっ子。

 まあ、確かにセーテ侯爵は今まで見てきた女性の中でも一番に美人だが目移りはしないだろう。

 現在、カモ君(シスコン)が目移りする女性といえば妹のルーナであり、そんな自分を受け入れてくれたコーテ以外になびく要素は薄いと考えるカモ君。

 それに自分とセーテ侯爵とは年齢が十近く離れている。だから無理だろうと思っていたらコーテに左の頬を。いつの間にか傍に立っていたセーテ侯爵に右の頬を抓られていた。

 

 「…何を」

 

 「何か失礼な事を考えたでしょ」

 

 「女はそういう事には敏感なのよ」

 

 二人の女性から頬を抓られたカモ君はされるがままにその叱責を黙って受けた。

 馬鹿なこの鉄壁のポーカーフェイスを見抜かれただと?!

 と、馬鹿な事を考えていたカモ君はようやく自分のペースに戻りつつあると半ば安心感のような物を感じていた。

 異常事態があってもこうやって馬鹿な事を考えるくらいには余裕を持てるのは良い事である。いざ、本番という時に緊張しすぎて力を発揮することが出来ないよりはだいぶましだと考えるカモ君であった。

 


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