カモ君達が王都を飛び出してから六時間が過ぎようとしていた。
セーテ侯爵とカモ君が一時間ごとに交代しながら空飛ぶベッドを操縦している。少し前に昼休憩を挟み、現在はカモ君が操縦している。
その隣には少し息を荒くした侯爵令嬢の姿が。
息は荒くしながら、仰向けになり、男なら誰もが見惚れる女体を横にしているミカエリ侯爵。まるで男を誘っているのかといわんばかりの息遣いだったが顔色は青かった。
酔ったのだ。乗り物酔い。空飛ぶベッド酔い。
これ作ったのもお前だろ。なんでお前が一番に最初にへばっているんだよ。内心呆れながらもカモ君は彼女にちらりと視線を向けた後はただただモカ領に向かって空飛ぶベッドを動かしていた。
あまりじろじろ見ると忍者さんがこっちを凄く睨んでくるのでカモ君は黙々とベッドを動かしていた。
ベッドをハイスピードで動かしているのに、そのスピードで発生した風当たりはカモ君達にはそよ風程度も感じさせないのはベッドには空中移動以外にも簡易的な結界が張られているから。これが無ければベッドの上にいるカモ君はともかくミカエリの美しい髪はぐしゃぐしゃになっていただろう。
「…うう、屋敷だった時に比べて激しく動かしたから気持ち悪い」
それはそうだろう。時速100キロメートルは出ているだろう空飛ぶベッドだ。いくら侯爵家とはいえこんなでかいベッドをこれくらいの速度でかっ飛ばしても平気な広い屋敷などどこにもない。…いや、場合によるがラスボスなら持っていそう。
しかし、彼女に構っている心は持ち合わせていない。こちとら愛する弟妹達の危機に駆け付けないといかないのだ。彼女が嘔吐してもベッドを止めるつもりはない。
そんなこちらの意図を感じ取ったのかミカエリ令嬢はこちらを見て、諦めたように呻いていた。そんな彼女の背中を忍者さんがさすりながらこちらを睨んでくる。しかし、そんな目で見られてもベッドの速度は緩めない。
俺(が操縦するベッド)は止まらないからよ。(お前等が操縦する時のベッドも)止まるんじゃねえぞ。
何度も言うがこちとら時間がないのだ。イクゾー。デンデンデデンデン。
今のところベッド移動は順調だ。盗賊にもモンスターにも出くわすでもない。この調子なら二日といわず一日でモカ領にたどり着くかもしれない。
此方に助力してくれるミカエリ様には悪いがこのベッドの限界速度でいかせてもらう。
カモ君はミカエリに言われた想定速度の上限いっぱいでベッドを動かしていくのであった。
ミカエリは長年このベッドを使っていた自分よりもベッドを操作するカモ君の技量に驚いていた。
普通、こんな限られたスペースで、不安定なベッドの上だというのに、これだけのスピードを出せる魔力。その操作技術。度胸に驚いていた。ベッドに酔いながらだが。
それに終始カモ君を見ていたから分かるが、彼は自分に情欲を抱いていない。
カモ君は当然ながら、学園長や自分の家族にも秘密にしている事だが、彼女は自分の瞳と同じ色のコンタクトレンズを装備している。
それは人の感情を色で識別できる自作のマジックアイテムだ。
怒りなら赤。困惑なら黄色。悲しみなら青といった具合に見た人間の感情を読み取るアイテムだ。そして自分を見る大体の男は色欲を思わせるピンク色だ。だが、それがカモ君からは感じられない。
アイテムを通してカモ君を注視していたがただの一度たりともピンク色には染まらなかった。
こういっては何だが自分はそういう目で見られやすい。今まで会って来た男の1000人中999人はそういう色に染まっていた。貴族としての立場。女としての魅力がそうさせてきた。そうならなかったのは自分の兄二人以外にはカモ君が初めてだった。
出発前にカモ君をからかったのも女の自分が襲われないか本当は戦々恐々だった。だから自分の家でも最も信頼する暗部の人間を見張り、護衛として同行させた。
護衛の方も顔や名前は当主である父以外は知る筈のない素性の者だが、このマジックアイテムで見た限り信頼できる。顔を見せてとお願いしても頑なに当主以外にはお見せできないと聞き入れてくれなかったが。
それはさておきカモ君である。
このブラコンでシスコンな彼だが一向に自分に興味がないのかベッドを操縦する時以外の殆どの時間は眠って魔力の回復に使っている。
水と風と光の三種類の魔法を使って緊急事態という状況下で興奮している精神状態をなだめて休息に入るエレメンタルマスターの少年。
状況をしっかりと理解して休むべき時はしっかり休む。戦士としての心得も持っているようだ。新人教師としてやって来た冒険者のアイムもカモ君の事を高評価している。
まだ決闘やドラゴンとの対峙。ダンジョン攻略といった戦闘面でしか知らない彼だが、人格も誠実そうだ。
彼が十年とは言わず五年早く生まれていたのなら自分の婚約者に推薦していたかもしれない。少なくても外見だけなら野性味を隠し切れていないが好青年と美女だ。
少し勿体ないと思いながらもミカエリはこれから向かうダンジョン攻略に向けて意識を向けることにした。だが、その前に。
「…エミール君。酔い止めの魔法をかけてくれない」
この吐き気を振り払う為に彼に魔法をかけてもらおう。
ミカエリの弱音を聞いたカモ君は呆れた表情を見せずに彼女に酔い止めの水魔法をかけた。
その光景はミカエリの従者から見ても絵になると思わせるほどのカップリングだった。
だったのだが、これから六時間後に到着したモカ領でカモ君が隠していた本性を見た時にその考えは遠くにぶん投げることになる。