鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第六話 兄馬鹿の魂

 日が暮れたモカ領では、そこに滞在する衛兵達はもとより、ハント領にいた冒険者。そして王都から救援に来た魔法使い。そして戦闘力が無いに等しい平民。モカ領の領民達が一致団結してこの地に出現したダンジョンを攻略しようと尽力していた。

 だが、状況は好転しない。

 ダンジョンは深度を増してより凶悪になっていく。衛兵は浅い階層で発生したモンスターが地表に現れる反乱がおこらないように間引きするので精いっぱいだ。

 ダンジョンは二つある。それに対しての戦力がここに居る冒険者だけでは少なすぎる。その一つのダンジョン攻略だけでも熟練冒険者パーティーがあと二組は必要だ。

 王都から派遣された魔法使いの強力な力も攻略までには至らない。少なくてもあと三人の上級以上の魔法使いが必要だ。

 そんな彼等を陰から支えるモカ領の領民達の支援にも限界が近い。殆ど無償で提供している領の備蓄も底を尽きそうであった。このままでは数か月後の畑の収穫を待たずに領の備蓄が底を尽いてしまう。

 そんな逼迫した空気では攻略中の領内の治安も次第に荒れていく。

 今はまだ衛兵達の巡回などで目立った諍いは怒っていないが、あと一週間もすればきっと起こる。そんな雰囲気が漂っていた。

 そのような状況でも果敢に領民の為にダンジョンに挑み続ける少年がいた。

 ダンジョン前に設置されたプレハブ小屋が並ぶ整地された平地の集会場で次期領主であるクーは衛兵が持ってくる情報を待っていた。

 その情報の内容次第ですぐにダンジョンに挑むか。それともダンジョンから出てくるモンスターのみを相手にして領民を逃がすか決断すべきだと考えていた。

 

 「領内の備蓄は全てここと東のダンジョンに全て運び終えました。ダンジョンアタックは後三回。いや、周りの疲労を考えると二回がギリギリかと」

 

 衛兵の一人からその報せを受け取った次期モカ領当主であるクーは正しく現状を理解した。

 全て運び出した。か。

 これで本当に後がないと言う事だ。

 

 「…そうか。失敗した時に逃げ出す時の物資は」

 

 「彼等の分は既に配り終えています。これで今からでも彼等は逃げられるでしょう」

 

 彼等は逃げられる。しかし、自分達が逃げられる保証はない。むしろ自分達が殿としてモンスターを引きつけている間に逃げてもらう。

 ここに居るのが自分ではなく兄のエミールならば逃がすだけではなくダンジョンの攻略も出来たのにと考えてしまう。

 そこまで考えて自嘲する。

 まさかここまで兄に頼っていた自分の非力さに。総じて足りない父の統率力と判断力に。

 自分が家督を継ぐ前にモカ領が終わりを告げてしまいそうになっていた。いや、このまま終わるかもしれないと思うと情けなさを通り越して笑ってしまう。

 だが、ここで笑う事は出来ない。笑うとしても不安を感じさせない不敵な笑みを。いつも兄が領民達に向けていた。この人について行けば安心できると思わせる笑みを浮かべろ。自分はエミールの弟クーなのだから。

 

 「伝令です。伝書鳩から連絡がありました。王都から追加の魔法使いが派遣されるようです。早ければ明日の明朝。特級の魔法使いと魔法学園で有力とされている生徒が。…っ。エミール様がこちらに向かわれているそうです!」

 

 その報告を聞いた者達の反応はわっと歓声に溢れた。だが、その歓声には二種類あった。

 一つは王都から新たに派遣される特級の魔法使いの存在に歓声を上げた。これは冒険者や王都から派遣されて既にここのダンジョン攻略に力を尽くしてくれた魔法使いの歓声。

 もう一つはエミールの名前を聞いた時、歓声を上げたのはモカ領の人間。衛兵や支援をしてくれている領民達の歓声の二種類だった。

 巨大な戦力が二つも一気に来るのだ。これでまだ希望は残されていると、クーは体に力が漲る。衛兵が持ってきた伝令書を何度も見直す。そこには確かに兄の名前が記載されていた。

 これなら兄が帰って来るまで耐える。もしくは体を休めて彼等と合流した後に新たに攻略班を編成してダンジョンアタックに挑めばきっとダンジョンを攻略できる。そう確信するクーは疲労が抜けない体を無理矢理立たせ、この場だけでなく遠くの人にも聞こえるように大声を出す。

 

 「皆、よく聞け!明日までには王都から派遣された特級魔法使いと我が兄、エミール・ニ・モカがこの地にやってくる!それまで奮起せよ!決戦はその時だ!それまで何としてもこの場を抑えるぞ!」

 

 クーの言葉に衛兵。冒険者。王都から派遣された魔法使いの戦意は再び燃え上がる。

 確かに今は油断できない状態だろう。しかし、それを覆すことが出来るのが特級魔法使いだ。自分の兄だ。

 この二人が来てくれるのなら今回のダンジョン攻略は出来て当然だと誰もが思っている。

 それはダンジョン攻略の人間だけではなかった。

 支援していた領民達からも歓声が上がり笑顔があふれていた。その中から銀髪の一人の少女がクーの元に歩み寄ってきた。双子の妹のルーナである。

 

 「クー、本当っ。本当ににぃにが来てくれるのっ」

 

 「ああ、そうだとも。にー様が来てくれるんだ」

 

 クーとルーナはお互いに見詰め合って数秒後にはお互いに笑顔になっていた。

 日が落ち、完全に夜になった集会場を照らす松明の光。その光が金と銀の髪を持つ弟妹を照らし出した光景はモデルが子どもでありながら一枚絵のように映えていた。

 女性ならクーの幼さと勇猛な表情のコントラストにクラリと、きただろう。

 男性なら涙ながらにはにかむルーナを見て保護欲に駆られただろう。

 誰もこの二人の邪魔を出来ない。出来るやつは緊急事態を知らせに来た人間か、空気を読まない馬鹿か、読めない馬鹿だろう。だからこそ、この喜劇のような状況に割って入るこの人物は馬鹿なのだろう。

 歓声に沸いている群衆の中をドスドスと踏み鳴らすように歓声の中心。クーとルーナの元に歩いてくる肥満体の男。双子の実父であるギネがクーの目の前にいたルーナを突き飛ばすように押しのけてクーの持っていた伝令書を奪い取る。

 その際にルーナは突き飛ばされ方が悪かったのか顔から地面に倒れる形になって苦しそうな声を上げた。クーは慌ててルーナの手を取って、上半身を起こしながら突き飛ばしたギネを睨みつけながら声を上げた。

 

 「このブ、父上!何をするんですか!」

 

 「ふん。ただ王都から送られてきた伝令をわざわざ儂自ら確認しているだけだ!…ふん。あの役立たずも帰って来るのか。せいぜいお前ら同様こき使ってやる」

 

 役立たず。それは誰の事を言っているのだ。もしや、兄の事を。エミールの事を言っているのか。

 自分は屋敷から一歩も出ずに、文句を言うだけの豚が。いや、豚の方がましだ。こいつはクズだ。

 まだ子どもの自分をダンジョンに放り込んでも何とも思わない。

同じく子どものルーナには領民達と共に自分達攻略班のサポートとして、水魔法で清潔な水を絶え間なく出させ続けさせ、未熟な回復魔法を使わせ、そこで出たごみの片づけなどをやらせた。

 ふざけるなっ。ふざけるなよ!自分達はお前の道具じゃない!

 自分の兄を侮辱し、妹を酷使しただけでなく傷つける屑が自分の親とは思いたくもない!

 

 「ふざけるな!役立たずはお前だろ、このクズ!屋敷にこもってブヒブヒいうだけしか出来ないお前がルーナを、にー様を馬鹿にするな!」

 

 自分をクズだと言った。子どもの。自分の息子に悪口を言われた。それだけでギネは顔を真っ赤にして、ルーナを起こそうとしていたクーを蹴りつける。

 ルーナを起こそうとしていたから体勢が不安定であったためその場に転がされる形でクーが蹲る。そこを執拗に何度も蹴りつけるギネ。

 ルーナは最初に突き飛ばされた時から涙目だったが、それは歓喜から悲哀の物に変わっていた。

 

 「とー様やめてください!」

 

 「うるさい!お前等は黙って儂の言う事をきけばいいのだ!」

 

 先程まで漂っていた雰囲気は既にぶち壊れていた。それを非難するような目線を贈っていた冒険者達。王都から来た魔法使いもあまりの仕打ちに止めに入ろうとしたが、ギネはそれに対して声を荒げながら止めた。

 

 「いいか!儂はここの領主だ!儂が言う事は絶対だ!ここに居たければ逆らうな!役立たずも、文句も要らん!それに従わない全員は全て出ていけ!」

 

 確かに領主はそれだけの権限を持っている。

 領地に入ってくる人間。物資。文化。それらを制限することも、排斥する権利も持っている。だが、やり過ぎだ。

 冒険者達も何度もダンジョンに挑んでいたから分かるが、クーの姿を見かけてもギネの姿は見かけることは無かった。

 派遣された魔法使いも同様だ。ギネは報告だとレベル3の上級魔法使いであるにもかかわらず一向にダンジョン委は直接赴かない。

 衛兵達も今にも飛び出しそうな目つきでギネの愚行に耐えている。本来領主であるギネが率先してダンジョンに挑まねばならないのに何故クーが出向いているのか。そこからが間違いだ。

 今、自分達がギネを止めたら間違いなくギネは腹いせに自分達をモカ領から追い出すだろう。

 そうなって一番困るのはギネ本人だが、それに伴い、今も蹴られているクーとルーナ。そしてモカ領の領民達が困る。ダンジョンから湧き出たモンスターに襲われることになる。

 だから自分達は手が出せない。

 モカ領に関係していない人間ではギネに追い出されてしまう。

 モカ領に関係している人間はギネに逆らえない。

 誰もギネを止めることが出来ない。

 

 

 

 

 

 だから俺が裁く。

 

 

 

 

 

 人々の合間を縫うようにして飛び出してきた大柄な男に正面からギネは殴り飛ばされた。その時の衝撃でギネの鼻から赤い血が噴き出していた。

 殴り飛ばしたのはもちろんカモ君だった。

 次、会った時は殴り飛ばすと決めてはいたが、人目や場の雰囲気という物がある。状況によっては殴り飛ばす機会をうかがおうと思っていたカモ君。

 カモ君達が全速力で空飛ぶベッドを飛ばしたお蔭で、伝令鳩と同着に近い状態でモカ領にたどり着いた。

 ミカエリは従者だった忍びの者に領地から少し離れた森にこのベッドを隠してくるように言われてその作業をしていた。

 それを見届けてからカモ君は領内に発生したというダンジョンのある方角へ走り出した。それを見たミカエリが止めようと声をかけたが止まらなかったため彼女も慌てて追いかけたのだが、所詮研究職の人間。扱う魔法は彼女の方が精度・威力が上だが、日頃から体を動かし、実戦訓練で魔法を行使しているカモ君に追いつけずにいた。

 そんなミカエリをしり目に駆け出したカモ君が辿りついたところは運よくクー達が話し合いをしていた場だった。

 初めはすぐにでもクーとルーナに声を掛けたかったが、二人が微笑みあう場面をまるで映画のワンシーンのような気持ちで見守ってしまった。それから落ち着いた時に声を改めてかけようとしたところにギネが現れて、ルーナとクーを害した。

 すぐに止めたかったが、あまりにも空気が読めないギネの行動にカモ君は一種の放心状態だった。そこから再度意識をはっきりさせたが、すぐに怒り狂う事になる。

 自分の命よりも大事な弟妹を害したのだ。決して許される物ではない。

 カモ君は確かに自分の中で何かがきれる音を聴いた。

 そして、実家の支援で魔法学園に通っている事も。今から行う事案でモカ領に立ち入りが出来なくなる事も。貴族であり続けることも出来なくなる事も。そうなる事でいずれ来るだろう敵国との戦争の備えが出来なくなる事も。

 その全てを考慮せずに怒りのままギネを殴りつけた。いや、たとえ冷静でいられても殴りつけただろう。それだけカモ君にとってクーとルーナは特別なのだ。

 ギネを殴り飛ばした後、仰向けに倒れたギネに馬乗りになったカモ君は今まで培ってきた技術など使わず、ただ力任せに殴り続けた。とりあえずギネが泣いても殴るのを止めない事は確定だ。

 

 いくぜ、おいっ!

 

 「ぶっ?!え、エミー」

 

 ギネが何か言おうとしたがその前にカモ君はギネを殴り続ける。それだけの事をこいつはやらかした。

 罪状(ドロー)!

 まず領主としての行動に反する行為。ダンジョンへの対策を怠った事。証拠はクーとルーナがダンジョン前に出張っている事と多くの領民達がこの場にいる状況だ。

 鼻の穴に拳をねじこむようにして右の拳を叩き付ける。

 まだ怒り足りないぜ!

 

 「や、やめ」

 

 次の罪状(ドロー)!

 衛兵だけでなく、冒険者や王都からの来てくれた魔法使い殿に暴言を吐いた事。

 そんな事をすれば今ある困難を乗り越える事が出来ても次回もそうなる事は限りなくできなくなる。周りからの援助無しにダンジョン攻略をする。ひいてはモカ領全体が滅びる可能性がある。

 鼻血で鼻呼吸が出来なくなった次は、その臭い口を潰すように左の拳を叩き付ける。

 この一撃にオラの怒りを込める!

 

 「が、やめろっ、やめ」

 

 次の罪状(ドロー)!

 周囲の反応からギネ自身が今回のダンジョン攻略に参加していない事だ。それはクーの証言からもわかった。

 貴族だから率先的にダンジョン攻略に参加するのではない。率先的にダンジョン攻略をするから貴族として崇められるのだ。こいつはその義務すらも放棄したクズだ。カモ君が何度も口を酸っぱく言っても聞き入れなかった豚だ!人の話を理解しない時点でこいつを人扱いしてはいけない。

 もう殴られまいと手で顔を覆うギネに対して、今度は顔の側。左耳の穴に拳をねじ込むように殴りつける。

 まだ俺のバトルフェイズは終了してないぜ!

 

 「やべ、ど」

 

 罪状(ドロー)!

 ルーナを突き飛ばした。それだけで重罪だ!

 顔全体を覆うように両腕で押さえるギネだったが、その隙間を縫うように拳を叩き付けるカモ君。

 ここで(ギネの命が)終わってもいい。ありったけを…。

 真っ直ぐに右ストレートォオオオッ!

 

 「ヤッ、ベデ」

 

 罪状(ドロー)!

 クーを蹴りつけた。死刑!以上!

 再び口元のガードが空いたので拳をねじ込む。

 ギネの瞳から涙が零れているがお構いなしに拳を叩きこむ!

 まだまだぁあああ!

 

 「ヤベ、デブ、ババイ」

 

 罪状(ドロー)!

 ドラゴンを前にしてクーを置いて逃げて行った!ルーナをその時に叩いて黙らせた!その時の痛みを万倍にして返すぜ!

 既にギネの血で血塗れになっている拳を振り上げ、振り抜く。

 終わってない!と、山猫が吼えるようにカモ君がもう一度拳を振り抜こうとしたがカモ君を後ろから抱きしめるように止める女性が現れた。

 カモ君の後を追ってやって来たミカエリ侯爵令嬢である。

 彼女もカモ君同様にギネの領主にあるまじき行動を見ていた。それを止めるのが侯爵令嬢だと思ってギネに声をかけようとしたらカモ君がダイナミックエントリーといわんばかりにギネを殴りつけた光景を見て魂が抜けたように呆然としたのだ。

 子が親を。しかも貴族で襲名も世襲もしていない状況でそんな事をすればカモ君の将来が危ない。だからそんな事をしでかしたカモ君にミカエリは呆然とせざるを得なかった。

 その呆然から今、脱した彼女はカモ君を止めに入ったのだ。

 豊満で魅力的な女体を押し付けられてもカモ君の拳が止まる事は無かった。

 

 「もうやめて!領主の前歯がゼロよ!」

 

 「HANASE!!」

 

 「落ち着いて!ここでこれ以上領主を拳で攻めたら本当に死んじゃうわよ!貴族殺しは重罪よ!」

 

 「それがどうした!こいつだけは、コイツだけは絶対に許せねえ!人の想いを踏みにじるこいつだけは絶対に許せねえ!」

 

 カモ君以外の人間からすると領主の無体な行動に衛兵・冒険者・派遣された魔法使い達の想いを踏みにじったギネに対する怒り心頭の姿に見えるが、実際はクーとルーナを傷つけられた兄馬鹿がぶちギレた。

 クーとルーナが関与してなかったらここまで怒っていなかった。むしろ言葉だけでギネを止めようとしていたはずだ。

 人の感情を大体読み取る事が出来るミカエリもまさか弟妹を傷つけた父に対して謀反を起こしたという詳細までは読み取れなかった。

 カモ君は怒りの色。辺りを照らしている松明の炎より赤く、ギネの流している血よりも黒い感情に捕らわれていた。

 

 「落ち着きなさい!ここで領主を害しても被害を受けるのはここに居る全員よ!貴方の弟さん、妹さんも大変な目に遭うのよ!」

 

 「ぐっ」

 

 他の人にも迷惑がかかるのはどうでもいいが、クーとルーナにも被害が出るという言葉を聞いて、ようやくカモ君の瞳にも理性の光が輝きだした。

 

 「貴方がこの人達を大事に思うのならそこまでにしなさい。これ以上は彼等を殴る事と同じことなのよ」

 

 「ぐぬ、ぬ」

 

 確かにここでギネを戦闘不能にするのは簡単だ。しかし、領主という最大のスポンサーを失えばダンジョン攻略は成すことが出来ないギネが領内から食料を主にした物資を認可することで、それを冒険者達に与え、支えているのは事実だ。

 既にギネの表情は見えないがカモ君に怯えて息を短く早くさせていた。それを見たカモ君は舌打ちをしてギネを踏みつけるようにして馬乗りの体勢を解いて離れる。

 その動作を見てミカエリはほっと息を吐く。例え親子とは諍いを起こせばこれから取り組むダンジョン攻略に支障が出ると考えていたからだ。

 それにギネは報告によると地の上級魔法使いだ。ダンジョン攻略では役に立つ。地図製作や罠探知。そして上級から繰り出される攻撃魔法は必ず役に立つだろう。報告が虚偽でなければ。

 

 「ひ、ヒィイイ」

 

 ミカエリは体を引きずるようにその場を離れようとしたギネの先に回り込んで一枚の書状を突きつける。

 

 「ミカエリ・ヌ・セーテと申します。これでも王都を預かる侯爵の娘です。お見知りおきを子爵。そしてギネ・ニ・モカ。王命です。ダンジョン攻略に冒険者及びその他協力者に最大の支援をすることを命じます」

 

 モカ領で二つのダンジョンが発生したという情報を聞きつけた王国はすぐにその異常事態を収拾するように重鎮達に議論を行い、白羽の矢が立ったのがミカエリだ。他の者を向かわせれば他国に付け入る隙を与えてしまう。

 彼女は王国が有している戦力の中で数少ない、遊ばせている戦力の一人だ。他国への対応も物好きな有力貴族の一人が対処したと言えば何とか誤魔化せる。

 そんな理由もあってか、王族の封蝋が押された書類を渡されたギネ。最初は受け取ろうとはしなかったが、背後のカモ君から。いや全方位から感じる視線の冷たさにようやく自分の立場を理解した。

この場でこの書類を確認しなければ夜道を襲われて亡き者にされてしまうかもしれない。

 涙と鼻水。そして流血で顔中がべとべとになったギネは震える手で書簡を開くとそこには確かにミカエリが言うように王家からの命令が記された書面があった。更にこれを拒否した場合。貴族としての爵位を取り上げると記されていた。

 こんな馬鹿な事があっていいのかとギネは未だに震える体でミカエリを睨みつけた。

 

 「ほ、ほんなほと。てひるはへはい」

 

 こんな事出来るわけがないと言っているのだろう。ミカエリはそう解釈して、ギネに言葉を投げた。

 

 「出来る、出来ないではないのですよギネ・ニ・モカ子爵。それが貴族の務めです。それに別に出来なくても構わないのですよ。…やれ。話はそれからです」

 

 ミカエリはギネに冷たく言い放つ。彼女もまたギネの行動に何も思わなかったわけではない。自分の子ども蹴りつける。しかもダンジョン攻略に尽力している相手にあのような非道・暴言を繰り出す奴を良く思うはずがない。

 カモ君がギネを殴り飛ばさなければミカエリが魔法でギネをぶっ飛ばしていた。

 

 「やらなくてもいいのですよ。その時は貴族の務めを果たせなかった貴方を排斥すればいいだけです。まあ、その前に無事でいられればの話しですが。…次は止めません」

 

 ギネは突きつけられた選択肢にただただ困惑するだけだった。

 子どもをしつけていたと思ったら、長男に滅多打ちにされた。それが終わったと思ったら目の前にいる美女からある種の死刑宣告を受ける。何故自分が殴られたのかも、彼女が侯爵令嬢だという事もまだ分からなかったギネだが分かったことが一つ。

 この要求を呑まなければ自分は死ぬ。もしくはそれに近い報復を受けるだろう。

 貴族でなくなった自分を考えると生きていける自信が無かった。なにより…。

 泣きついてくるクーとルーナをしっかり抱きしめながらこちらを睨みつけているカモ君の瞳がこう言っているように見えた。

 

 断れば殺す。

 

 沙汰は決した。ギネはこれから毛嫌いしていた土臭い仕事を受ける事に。自身の為に溜めていた隠し財産を引きだす事に。そして、命の危険があるダンジョンに挑む事に。

 ギネは激痛と自分の境遇に顔を歪めながら頷く事しか出来なかった。

 


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