鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第七話 お前は強いよ(ガチ)

ギネを殴り飛ばしたすぐその後。

カモ君はこれまでダンジョン攻略に力を注いでいた衛兵や冒険者達を集めて攻略会議を行っていた。

二つのダンジョンから戻ってきた冒険者達から最新の情報を得ることで次のダンジョンアタックで攻略するつもりでいた。

というか、もうモカ領の備蓄が底を尽きそうだったからだ。二か月もの間ダンジョン攻略という大プロジェクトに参加者である衛兵はもちろん冒険者達にも疲れが見えている。

よくもまあ、ここまで長引いた。いや、防衛してくれたものだ。衛兵長が早い段階でハント領の冒険者を含む冒険者ギルドへの支援要請と王都への支援要請。これが無ければモカ領はとっくの昔にダンジョンから生まれたモンスターで埋め尽くされていたかもしれない。

二つのダンジョン。自分がいる東のダンジョン、北のダンジョンと名称しているが、東が先で後から北のダンジョンが生まれたそうだ。

ダンジョンが二つ生まれるなどシャイニング・サーガというゲームでもなかった異常事態にカモ君は頭を悩ませていた。

そんなカモ君に先程帰ってきた冒険者達から良い情報と悪い情報が入ってきた。

まず良い情報から聞かせてもらうと、東と北。それぞれのダンジョンコアの位置が分かったそうだ。東は二十二階層。北は十七階層にあると斥候職の冒険者達が意地を見せてくれた。

ダンジョンコアを潰せばもうモンスターが生まれることもない。どれもダンジョンの階層は深いがどうにかできるレベルだ。

そして悪い情報。

北には耐久力に定評があるゾンビの群れとその王ゾンビキング。自身を含む多くの配下であるゾンビをダンジョンコアの前に配置している。ただでさえ倒すのに時間と手間がかかるゾンビ系のモンスターと彼等の能力値を引き上げるキングの名を持つゾンビキング。ここを攻略するには少なくても冒険者には破邪の力を持つ光属性の魔法か、マジックアイテム。銀製の武器で彼等を打ち倒さなければならない。

ここにシバ校長がいればと思わずにはいられない状況だが、まだここは何とかなりそうだ。

問題は東。ドッペルゲンガーがダンジョンコアの近くを漂っている事。

ドッペルゲンガーは敵対する者がいなければ湯煙のような形状をした霞のような魔法モンスターだが、恐ろしいのはそれに認知された冒険者・魔法使いの姿形・ステータスから装備品までコピーして敵対する事である。いわゆる自分自身が敵という状況になる。

二十二階層という深度を踏破した後にドッペルゲンガーはきつい。

なにせ、こちらは疲弊した状態なのにドッペルゲンガー側はこちらの情報を手にしたうえで万全の状態で迎え撃たれるからだ。

ゲームだと疲れた状態でHP・MP満タンの状態の自分と戦えと言う事だ。クソゲーである。

だが放っておけばダンジョンは更に深度を深めより強力なモンスターを生み出しかねない。

最大戦力を投入すればそのままの敵対勢力と戦わなければならない。

この情報を生きたまま持ってきた冒険者には特別報酬を渡した。それはゾーダン領で出会った女冒険者のカズラだった。正直色んな意味でほっとした。

魔法殺しを装備したカズラをコピーしたドッペルゲンガーとか。敵対した時点で詰んでいた。彼女や他の冒険者がドッペルゲンガーに感づかれる前に撤退できたのは奇跡だ。これを何としても活かしたい。

この場にいる全員で意見を出し合った結果。

東のダンジョンに向かうのは、カモ君。ミカエリ。ギネの三人の魔法使いと選抜した冒険者達。そして衛兵長と三人の衛兵。

途中で自分達が休めるように中継ぎの冒険者・衛兵達。

最後に支援物資を届ける冒険者達。

三つのグループに分けて突入することに。

残りの戦力を北のダンジョンに注ぎ込む。

主な主力は王都からの魔法使い殿。カズラ。クーの三人を主力に攻略してもらう。

北のダンジョンを攻略したら東のダンジョンに応援に来るようにした。これもドッペルゲンガー対策だ。

自分を含めた魔法使い。及び冒険者・衛兵達の誰かがコピーされたとしてもカモ君かミカエリの魔法の一撃で倒せる。打たれ弱さからそう選抜した。ギネの魔法はほとんど見たことが無いから未知数だが、明らかに実戦慣れしていないギネに期待するのは無理という物だ。

北のダンジョンに行くカズラがコピーされたとなると一撃では倒せない。もしくは倒せなかった場合被害が広がるだけになる。魔法殺しを装備してフィジカル的なステータスが増強された最終決戦兵器な彼女が敵に回ったらここに居る誰もが敵わない。

そんな最大戦力の彼女を最難関のダンジョンに連れて行けないのは辛いが、その分北のダンジョンでクーとその他の人間を守る為に力を振るってほしい。

 

「…みんなの話をまとめると以上だ。なにか問題があると思ったらどんなことでもいい。意見を出してくれ」

 

議長を任せている衛兵長の言葉に、カモ君に殴られた後、嫌そうな顔をしながらカモ君の回復魔法とポーションで治療を受けたギネが文句を言いたそうにしていたが、カモ君とミカエリの一睨みで押し黙る。

自分がなぜダンジョン攻略という野蛮な行為をせねばならないのか。と、まだ文句がありげな顔だった。だが、これをやらねば貴族を辞めさせられる。それに腐ってもレベル3。地属性の上級魔法使いだ。こういうダンジョン攻略にこそ地属性は活かすべきだ。

カモ君はギネの魔法をレーダー代わり使うつもり満々だ。そうすることで自分の魔力を節約して、誰かにコピーしたドッペルゲンガーを一撃で屠れる魔法を放つ。それだけの魔力を温存しながらダンジョン攻略に挑まなければならない。

カモ君が使える魔法で一番威力がある魔法は地属性レベル2。岩の雨を降らせるロックレイン。はっきり言って威力だけならミカエリが放つ魔法の方が威力は出るだろう。

彼女もギネと同じインドア派なイメージだが試しに放ってもらった風属性レベル3のサンダーブレイドは轟音と閃光と共に深さ三メートル以上、長さ三十メートル先まで地面を穿った。さらにこれより一つ上の魔法もあると言うのでドッペルゲンガーは彼女に対処してもらおう。ちなみに穿った穴はギネに埋めさせた。どれだけ魔法が使えるかを確認するために。

彼女がコピーされたとしてもコピーされている時間は無防備だ。五秒ほどだが。何が何でもドッペルゲンガーに探知される前にミカエリに魔法をぶっ放してもらわなければならない。

つまりミカエリが主力で、ダンジョンコアを破壊するまでカモ君自身よりも彼女を温存しておかなければならない。

衛兵長の言葉に誰も意見は言わない。

冒険者や衛兵達にはこれが終わったら可能な限りの報酬を約束している。勿論領民の者達にも今すぐには無理だが半年後から少しの期間だが収める税金を減らす約束も取り付けた。カモ君が。ギネがそんな事を言うはずもない。

ギネには既に暴力を持って従わせているから問題ないとは思うが、カモ君の目を離れたらすぐにまた我が儘を言いだすだろう。

出来ればミカエリにこのモカ領の事を監視してほしいがそれも無理だ。それに手を上げたカモ君もこのダンジョン攻略が終わったらただじゃ済まない。だが、それらを悩むのは今じゃない。攻略した後に考えようカモ君は頭痛を抑えるように頭を抑えながら明朝のダンジョンアタックに向けて早めに自分に割り当てられた仮設テントで休むことにしたが、そこに尋ねてくる人達がいた。

最初の人間はギネだった。その後ろにはメイド長のモークスがいた。

散々ダンジョンには行かないと文句を言っていたが、貴族を辞めたければどうぞ。嫌なら来い。と、だけ言った。

まだ懲りてないのかこのクズは。モークスもギネに言われて嫌々ながら連れてこられたのだろう。彼女には今も支援してくれている領民達の代表として頑張ってもらっているのに余計な手間を増やしやがった。

正直蹴り出したいが、これでも貴重なダンジョンのレーダー役だ。水と風の魔法を組み合わせた簡易的な睡眠魔法をかけて眠らせた。その後近くにいた衛兵にクズの重い体を持って行ってもらった。

次に来たのはクーとルーナだ。その後ろには執事のプッチスとメイドのルーシーがいた。

まだ十歳に満たないクーもダンジョン攻略という危険な目に遭わせたくはないが何せ戦力が足りなさすぎる。これは生き残りを賭けた血戦である。

 

「…にぃにっ」

 

「にー様」

 

クーもその事を覚悟していたからこそ、兄であるカモ君に会いに来たのだ。信頼する兄から勇気を貰う為に。

ルーナは未だに心細いのか仮設テントに入ってきてからずっとカモ君に抱きついていた。カモ君はそれを黙って受け止めながらクーと明日のダンジョン攻略の事で話し合っていた。

テントに入った時から既に涙目だったルーナはカモ君に抱きついてからはずっと鼻を鳴らしながら抱きついていた。その鼻息も聞こえなくなったのはクーとの話し合いが終わる頃。今までの疲れとカモ君という兄という精神的な支えからくる安心感で寝息に変わっていた。

その様子にカモ君はもちろん、クーも困った顔をしていたがそんな彼もカモ君は抱きしめた。そうするとクーは体を震わせて涙を必死にこらえた。ルーナを起こさないように声を震わせながらもカモ君の背中に手を回す。

 

「ごめんな。もっと早くに来られたらよかったのに。そうすればお前もこんなに怖がらなかったのに」

 

「…き、貴族として当然の義務を、は、果たすだけです」

 

「クー。お前は強いよ。そしてこれからもっと強くなる。兄ちゃんよりずっとずっと強くなるよ。だから大丈夫だ。絶対上手くやれるさ」

 

精神的にも。ステータス的にも。このまま成長したら確実に自分より強くなるクーに頼もしさを感じるが、それを覆い潰すくらい今のクーは弱々しかった。

当然だ。まだ八歳にも満たない子どもが命の危険があるダンジョンに挑むのだ。泣かない方がおかしい。怖がらない方がおかしいのだ。

いくら貴族としての教育を受けたとはそんな幼子を戦場に駆り出すことになった事にカモ君は己の力不足を嘆いた。せめて後五年。いや、三年でも早く生まれていたのなら、上手くすればギネから貴族の地位を世襲して領主となり今の状況よりも良い状況を。少なくてもダンジョンに向かわせるような事態にはさせてなかっただろう。

双子の妹に気を使いながらもカモ君に泣きついたクーはしばらくすると妹同様眠ってしまった。これまでの疲れが出たのだろう。しかし、翌朝にはダンジョンに出向いてもらわなければならない。

眠っている双子を従者の二人に寝床まで連れて行くように任せて、ようやく寝つけると仮設ベッドに腰掛けた時、入ってきたのはミカエリとその従者である忍者。この忍者もカモ君達と一緒にダンジョンに挑むと伝えてくれた。ただし、その事はこの場だけでの秘密にしてほしいそうだ。

考えてみれば侯爵令嬢というかなりのVIP様である。関係者が一人もいないダンジョンに挑むはずがないのだ。

王族という血筋を除けば侯爵という最高位の令嬢だ。当然と言えば当然である。

忍者はあくまでも裏側からミカエリをお守りする。だから表側はお前がやれとカモ君に伝えた。言われないでもミカエリ令嬢のことは死守するつもりだ。

 

「ミカエリ様は死んでもお守り通すよ」

 

例え自分が死ぬようなことがあってもミカエリを温存させて、ダンジョンコアを破壊してもらう。そうすることでクーとルーナを。モカ領を守れることにつながるから。

そう口には出さなかった。

もう遅いかもしれないが、ブラコン・シスコンの事は隠しておきたかったら。

その言葉に一切の嘘はない。

そう考えているとミカエリの頬が、少しだけ赤みが増したような気がした。

あ、これって浮気の言葉になりませんかね?

 

「こ、これは別に口説いているわけではないですよ。そう、モカ領の未来の為ですから」

 

これが切欠でコーテとの中に亀裂でも入ったら回りまわって愛する弟妹達に嫌われてしまう。それだけは避けたかった。

 

「ふふ、それをすぐに気が付けたから及第点よ。…エミール君。しっかり私を守ってね」

 

ミカエリは小さく微笑んでカモ君の言い訳を受け入れた。

相手の心象が分かるコンタクトレンズは今もつけている。そこからカモ君が嘘をついていたり、変な下心を持っていないことはミカエリにもわかっていた。そんな彼だからこそ自分の護衛を任せられる。

その安心感を胸にミカエリは仮設テントから出て行った。

忍者の方もカモ君はミカエリの脅威にならないと判断したのか何も言わず、ミカエリについて行く。

そんな彼女達を見送ってようやくカモ君も眠りに就くことが出来た。

 

 

 

そして、朝を迎えると共にカモ君はミカエリやギネ。他の冒険者達と共に東のダンジョン入り口前に立っていた。

 

「よしっ。ダンジョン突入!」

 

オオオオオオオオッ!!

 

カモ君の声に答えた冒険者達も声を上げてダンジョンに足を踏み入れた。

 


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