鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十二話 と、いうことにしておこう!

目前にまで迫った炎の渦。視界一面が炎の赤で埋め尽くされていく中でカモ君は悪あがきとしか思えない行動を取る。

いつぞやの焼き直し。

岩でできた自身を覆うほどの大盾を魔法で生成。それと自身の体を水の魔法で作った膜で覆う。その二つの魔法に全力を駆使した。そこから数瞬遅れて炎の渦がカモ君を呑みこんだ。まるでその行動は無意味といわんばかりに炎に呑みこまれたカモ君はそのもの凄い熱量を受けて目と口を閉じて必死に耐えていた。

模擬戦といえ目を閉じる。相手から目を離すという事は行ってはいけない事柄の一つだ。それでもそうせざるを得ない。目を開ければ眼球が、口を開ければ粘膜が焼けて使い物にならなくなる。これほどまでの熱波はこの世界の主人公。シュージとの決闘の時でさえも感じたことが無い。

やはりクーの魔法はシュージの魔法よりも威力が高い。ランクアップしたから予想はしていたがクーは強い。主人公はもとより自分などとっくに追い越している。自分が教える事などもうないも当然だ。それでもまだ負けるわけにはいかない。

今のクーは少し浮かれている。魔法のランクアップと初恋という良い意味での情緒不安定で実力以上の力を振り回している。それが悪いとは言わない。そうすることで自身の力を使いこなせるなら構わないが今は駄目だ。

モカ領は今非常事態だ。ダンジョンの排除は出来たが、領の備蓄がもう底を尽くとモークスが言っていた。これから夏。猛暑に入るモカ領は耕作が主な仕事になっていて収穫できる作物もあるが、その楽観的な期待を含めても本格的収穫が出来る秋まで持つか怪しいところだ。

ありえないで欲しいがまたダンジョンが発生した時はモカ領が潰れる恐れが。いや確実に潰れる。潰れないようにするには今回のように他領の支援と王国からの幇助が無ければ潰れてしまう。またその支援が届くまでダンジョンで攻略を維持できなくなっても物理的に潰れてしまう。そうならない為にクーは今回のようにダンジョンに挑むだろう。しかし、その時に緊張感を持たず、今のように浮かれた拍子ではちょっとしたことで死んでしまうかもしれない。

模擬戦や勉強。訓練。といった命の危険が無い事に関しては大いに浮かれていい。増長してもいい。だが、実戦の時だけはそれだけはして欲しくない。

今現在、自分達が行っている模擬戦だが命の危険がある事に関しては増長しないで欲しい。慢心するきっかけにならないで欲しい。新たな力、ランクアップで浮かれて死んでしまわないようにカモ君は何が何でもクーに勝利させてはいけない。だが、それも負けてしまえば説得力を失くしてしまう。だから負けられない。

それに王都からモカ領への支援要請は既に出しているが、それでもモカ領が王国に多大な貸しを作るのはマズイ。王族や貴族はこのような貸しをいつまでもねちねちといい、モカ領からの利益を長く吸い続けることになる。

その時一番きつい思いをするのは勿論領主であるギネだが、二番目に割を食う事になるのはクーとルーナだ。特に次期領主であるクーが将来的には苦労することになる。

そうならない為にも出来るだけ王国への支援要請内容は控えたいのだが、これが少なすぎるとモカ領が、ひいてはクーが将来的に困る。だから本当に必要最低限の要請だけに留めて欲しいとギネに期待をする。あいつは自分の為ならいくらでも綺麗事を吐く。その為、今回の支援要請も少なくすむだろう。そうであってくれ。

まあ、こんな風にカモ君が長々と考えることが出来たのはクーの魔法にただ耐えるだけに全力を注いでいる。それ以外にやる事がないから考える余裕があったのか。もしくは、走馬灯という死に瀕しているからか。恐らく後者だろう。

ああ、思い返せば自分は弟妹達に遭うまでは腐っていたと思う。いや、二人が関与していなければ今も腐っているかもしれない。主人公であるシュージには模擬戦に何度も誘ってレベルアップを強要しているし、カズラには恩着せがましくシュージを支援するように言い、ミカエリには今回のダンジョン攻略で支援してもらっているくせに悪態をつく。婚約者のコーテにだってマジックアイテムをねだっている。

ああ、マイナスだらけだ。だから、だからせめてこれからはそれらに報いる為にももう少しだけ周りに気を使おう。そうすればクーとルーナとで仲のいい兄弟愛を、その最愛の弟に殺されかけているんだよな俺。

頑張れ俺。負けるな俺。クーの為にも。自分の為にもこの模擬戦負けられないぞ。

 

・・

・・・。

・・・・・・・無理!

だってクーの魔法強すぎるのぉおおおっ!

 

ここまでカモ君は長々と考えていたが実際の時間は十秒も経っていない。それだけカモ君現実逃避に没頭していた。

シュージのように炎の渦を突き進みたかったが、威力と魔法の勢いが強すぎる為に一歩も動けない。というか最初のダメージが大きすぎて動く事すらままならない。自分に出来るのは亀のように動かずにクーの魔法をやり過ごすだけだ。だが、それも長く続かない。

カモ君の魔力よりも先に体力を削られて自分がやられる。殺されると書いてやられる。

体力切れからの防御魔法の強制キャンセル。クーの魔法をもろに喰らう。焼死。クーが兄殺しの罪にさいなまれる。それだけは駄目だ。自分が原因で彼を傷つけるのだけは絶対に嫌だった。嫌だけど、現実はそう甘くは無かった。

先程まで激しかった動悸が鈍くなっていくのを感じる。意識も遠のいていく。それに反比例するかのように肌をも焦がす熱が冷めていく感じがした。力も抜けていく。魔法で作った盾も持っていられない。

 

とうとうカモ君は地面に膝をついた。顎を下げた。盾からも手を放した。

そしてカモ君は完全に弟に。クーに敗北し、無防備に炎の渦にのまれるのであった。

 

 

 

そしてカモ君が次に意識を取り戻すとそこには涙目のルーナが横たわる自分の手を取っていた。

 

「…にぃにっ。よかった、目を覚ましてくれて。本当に良かった」

 

その後ろにはクーが土下座をしていた。

 

「にー様!御見それしました。僕の完全敗北です!」

 

負けたのは自分なのだが?とカモ君は言いたかったが未だにクーの攻撃のダメージが抜けきっていないのか喋る事すらままならない。

その隣ではカズラとミカエリが一人の見覚えのない女の子を前面に押し出すようにして自分に向かって苦笑して言った。

 

「子爵。いくらなんでも無茶し過ぎだよ」

 

「この子を守りたかったのは分かるけど、もう少し私の魔法を信じて欲しかったわね」

 

周りにいた冒険者や衛兵。領民達からも自分を褒め称える言葉で溢れる。

さすがエミール様だ。さすが最前線で戦っただけはある。タイマン殺しを仕留めた噂は本当だった。あんたすげーよ。エミール様、本当に次の領主様じゃないの?勿体ない。などなど自分を笑顔で拍手付きでほめたたえる人達。

あれ、俺ってばいつの間に補完されたの?ていうか、女の子を守った?

疑問を口にすることなくカモ君はクールに微笑んで見せたが状況に追いつけない。だが、周りの人達の言葉から察するに以上の事が分かった。

 

自分とクーの模擬戦を知り、模擬戦開始から少ししてその現場にやって来たモカ領領民の女の子。そんな彼女がやって来た方向は丁度クーと自分の延長線上に位置する場所だった。そんな彼女の存在に気が付いた。と、思われるカモ君は動けなかったのではなく動かなかったのだ。と、皆に思われた。

 

ミカエリの風の結界があるとはいえ、クーの魔法の威力を危惧したカモ君は彼女にもしもの事があってはいけないと、彼女の盾になるように前に立ち、敢えて不動のままその場で魔法を受け止めた。と、思われた。

 

カモ君がクーの魔法を受け止めてすぐに、結界を張っているミカエリが少女の存在に気が付いた。ミカエリは風の結界に自信を持っていたが、カモ君がそれを知る筈もない。もし、クーの魔法が自分の結界を貫通したら少女が焼け死ぬ。だから受け止める形で彼はその場に留まったのだ。と、思われた。

 

次に少女の存在に気が付いたのはカズラだ。彼女は何故カモ君が動かなかったのか疑問に思っていた。クーの最初の攻撃をいなしたように思われた余裕があったカモ君がどうして窮地にわざわざ飛び込んだのか?

そう疑問に思っていたら結界を挟んでカモ君の後ろに小さな女の子がいたから。クーの魔法の威力を知ったが故の危険性。少女への危害を防ぐためにカモ君はあの場に押し留まったのだ。わざわざ避けられた攻撃を受けたのはその為だったのだ。と、思われた。

 

それからすぐにカズラが自身の身体能力と魔法殺しの効果で超人的なスピードを持って女の子の元にたどり着き、彼女とともに安全な場所へと移動した。

次にそれに気が付いたのは魔法を放ったクーだ。自分の兄がどうして魔法を受けているのか分からなかったがきっと意味があると思い、魔法を放ちながら兄を注視していた。そんな兄の後ろに青い髪の人物が。自分が恋い焦がれる人の姿を見た。彼女がカモ君の遥か後方へ行き、次に彼女の姿を見たのは領民の少女を抱えた姿だった。そこまで見てクーの疑問は晴れた。兄は少女の盾になる為に敢えて動かなかったのだ。と、思われた。

 

その直後に安心したようにカモ君が力尽き、地に伏せた光景を見たクーは慌てて魔法をキャンセルした。

もう模擬戦どころではない。いや、戦の文字を使うのもおこがましい。これは人質を使った卑劣な暴行である。それに気が付けたのはカモ君だけだ。だからこそ彼は力尽きるまであの場に立っていたのだ。と、思われた。

 

それらを皆が賞賛してくる。

クーもルーナもミカエリもカズラも。冒険者に衛兵。領民達までが自分を拍手付きで褒め称えていた。そんな状況にカモ君は。ふっとクールな表情を作って無言で誤魔化した。喋る気力も残っていないのもそうだが、ここはあえて皆が勘違いしてくれたのだからそれに便乗しようという邪な感情も含まれていた。

少しはまともになろうと言った傍からこれである。だが、カモ君にはこれに便乗するしか手段が無かったのだ。許してくれとは思わなかった。

 

「にー様。僕はもっと周りに目を向けるように努力します。もっともっとにー様のように周りの事に目を向けられるような男になります」

 

クーの言葉が心に突き刺さる。自分の事しか見ていなかったと少しは自責の念を感じるカモ君にその言葉は効いた。

 

「そして、もっともっと強くなります。そうしたらまた模擬戦をしましょうね、にー様」

 

勘弁してくれと。許してくれと思った。

本当に。本当に反省したから。これ以上強くならないでくれと願った。しかし、そんなカモ君の願いが通じるわけもなく、届くわけもなく。そう願う前にカモ君はダメージの振り返しがきたのか再び意識を手放すのであった。

 

 

 

そして再びカモ君が目覚めるとそこはベッドの上だった。だが、先程の光景とは違い、周りが騒がしい。

自分が寝ているベッドを囲むようにモークスやプッチス。ルーシーといった従者たちが騒がしい所に向かって懇願するように騒音の元を見ていた。自分のすぐ近くにはルーナが涙目で手を握っていたが、従者達同様に騒音の元を睨んでいた。

視線だけ騒音元に向けるとそこではクーとミカエリがギネに向かって何かを言い合っていた。

 

「子爵っ!貴方には人の、いえ、親の情というのはないのですか!」

 

「にー様がいなかったらモカ領は終わっていたんだぞ!」

 

「黙れ!黙れ!…ん、何だ目が覚めたか。この無礼者がっ」

 

なんだ?と、困惑しているカモ君にギネが嘲笑うかのように顔を醜く歪めて言い放った。

 

「エミール!お前の我が家。モカ家から追放する!同時に平民に落ちた貴様は貴族に手を上げた無礼者として死刑を言い渡してくれるわ!」

 

どうやら、まだカモ君は窮地を抜け出してはいないみたいだった。

 


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