鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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カモ肉のサイキョー風御前料理
序章 天は何故この兄妹達に幾つもの才を与えたのだろうか。


モカ領で起こったダンジョン同時発生事件が解決したという知らせを受けた魔法学園の長。シバは頭を痛めていた。

どれくらい痛いかというと頭痛が痛いとか頭が悪いくらいに痛かった。

それもこれもカモ君が実家であるモカ領で廃嫡。そして罪人扱いされて、王都へと御触れを出すまでになっていた。

現在、カモ君はミカエリ・ヌ・セーテ伯爵令嬢が匿う形で、彼女と彼女の従者の手によって空飛ぶベッドによりモカ領を脱出。王都にある彼女の屋敷で世話になっている

確かに親子とはいえ、領主に手を上げるなどあってはならない。貴族が王族に手を上げる。反逆や革命といったものだからだ。

 

「エミール君が言っていたように碌でもないな。彼の親は。儂に出来ることは彼の退学願いを先延ばしにする事だけか。ミカエリ君。本当に頼むよ」

 

モカ領から届いた一通の文。カモ君の退学申請の一報をシバは文字通り握りつぶしながらミカエリ女史に彼の行く末を守ってくれることを願った。

 

 

 

そんなことを願われているミカエリはというとセーテ侯爵家が持つ敷地の中で五番目の広さを持つ別荘。その自室でカモ君と向かい合いながら今後について話し合っていた。

五階建ての別荘の三階部分に設けた彼女の部屋の中央。そこに設置されたテーブルの上には空になったティーカップに自分で紅茶を注ぐミカエリと向かい合いように座っていたカモ君が同時にため息をついた。

一応、カモ君は犯罪者扱いされているので人目を避けるためにこの部屋には二人だけだが一歩部屋の外に出ればセーテ伯爵の雇った執事。もしくはメイドがすぐ目に入るだろう侯爵家の中でも最大と言われるセーテ伯爵令嬢のミカエリ。彼女が個人で所有するその別荘には常に二十名以上の従者がいる。

そんなお嬢様であるミカエリと二人きりで話しあえているのだが浮かれる気分にはなれないカモ君。

 

「今は私の食客として匿っているけど時間の問題よねぇ」

 

自身の額に手を当ててため息をつくミカエリの仕草は美人女優のように絵になる光景だったが、状況は良くない。

モカ領を飛び出してから、彼女の屋敷に匿われてから二週間。子爵と侯爵という爵位の差で何とか人の目を誤魔化しているが後一ヶ月が限界だ。

魔法学園は現在、長期休暇。長めの夏休みに入り始めたが、既にカモ君が廃嫡したという噂は学園中に広まっており、退学するのも時間の問題。

カモ君的にはこのまま退学。国外脱出も悪くないと考えている。ただ一つの問題が解決すればの話だが。

クーとルーナ。カモ君が愛している弟妹達の迎える未来の事だ。この二人を残している間。正確には未来で起こる戦争が終わるまで自分は魔法学園の生徒。最低でもモカ領の領民でいなければならない。

このまま原作通りに未来が進めば、二年半後には戦争が起こり、モカ領が真っ先にその戦火に呑みこまれる。そこでカモ君は真っ先に相手国の先兵に殺される描写があった。

腐っても全属性の魔法が使えるエレメンタルマスター。多少の抵抗が出来たはずだからクーとルーナが逃げる時間は稼げていたかもしれない。

まあ、原作。ブラコン・シスコンじゃない屑な性格をしたカモ君に弟妹の為の時間稼ぎをしたというよりも不意に現れた相手国の兵に殺されたのではないかと今は思う。

そんな事情もあり、カモ君は現当主であるギネに罪人扱いを取り下げてもらわなければならない。しかし、あの辺にプライド高いギネだ。自分を殴りつけた奴の罪状を取り下げようなどとは考えもしないだろう。ならばそれを解消する手段は一つ。

 

「…王族への助命嘆願」

 

「それしかないわね」

 

いくらその領地最高の権力者でも、その国の最高権力者である王族には逆らえない。そしてその命令をしてもらうには。

三週間後に行われる王族が直接目にする御前試合。リーラン武闘大会で優勝。その報酬として罪状の取り下げをしてもらう

それは簡単な事ではない。

まず自分の身分を隠して大会に参加しなければならない。なにせ、この国の柱ともいえる王族が観戦に来るのだ。それに乗じて暗殺されたら文字通り国が揺れる。特に未来で戦争になる隣国が刺客を送ってくるかもしれない。だからこそ身分証明がしっかりしている人間しか参加できない。

 

「それは大丈夫よ。ギネ子爵の報告はこちらが潰しているからまだ王家には伝わっていない。セーテ家の使用人が大会に出るという名目で出場できるわ」

 

他にもモカ領の平民達からの嘆願が出ている。例えカモ君の素性がばれても問題無く出場できるだろう。

 

「それはありがたいんですけど。どうしてそこまでしてくれるのですか?」

 

「それは君が一番よく知っているでしょう。君くらいの度胸と力量がある魔法使い。エレメンタルマスター。そんな人間を追いだすくらいなら一領主の意志を無視したほうが、国としては利が大きいの」

 

それはカモ君の特性。存外に戦った相手をレベルアップさせるという特性を見越しての事だろうか?

魔法訓練を毎日のように行ってきたクーの異常というまでに強くなった魔法の練度。

決闘や模擬戦を繰り広げたシュージのレベルアップから、ミカエリがカモ君の特性を掴んでいるかもしれない。

そんな人間が下手したら関係が悪化している国にでも亡命されたら、文字通りリーラン王国は滅んでしまう可能性だってあるのだ。そんな人物を手放すなど王国に忠誠を誓っている人間なら手元に置いておきたいはずだ。ミカエリもその一人である。

 

「でも、一応。顔は隠しておいてね。もしかしたらギネ子爵が大会に観戦にでも来ていて君を後ろから攻撃してくるかもしれないから」

 

大会中。もっと言えば試合中にもかかわらず攻撃されても現在ギネの名義で指名手配を受けているカモ君が攻撃されてもあちら側に分がある。ばれないようにと既に変装用のマスクをミカエリに用意してもらっている。しかし、そのマスクの柄がどう見ても女性用の下着。ブラジャーとパンティーを合わせたような柄になっている。

 

「…これをつけた奴はどう見ても変質者」

 

「私のデザインに文句でもあるの?」

 

「あるに決まっているだろう。この野郎」

 

「私が着けていた下着を下地にしたのよ。とってもエコでしょ」

 

「それはエロだよ」

 

この侯爵令嬢、隙あらば下ネタをぶっこんでくるのだ。正直、時間と場所をわきまえて欲しい。というか、自分みたいな一般学生と侯爵令嬢で研究者であるミカエリがこうして面を向い合せることが出来るのは緊急事態くらいしかない。

貴族の社交界。研究者としての会議。学園内での何らかの催し。それくらいしかカモ君とミカエリには接点があり得そうにない。そして大体そのような場所ではお互いに本音でふざけ合えるような場所ではない。

ミカエリにとって、カモ君とのこうしたふざけたやりとりは数少ない癒しなのである。しかし、カモ君にはいい迷惑である。緊急事態だというのにふざけるな。と、

本題はここからだ。

 

問題は助命嘆願を行うための武闘大会。その参加者である。

 

カモ君は知っている。

シャイニング・サーガという原作というゲームからその参加者のレベルを。

正直優勝するのは絶望的と言ってもいい。

まず、参加者は全員高レベル。高名な冒険者や軍に所属の魔法使い達。更にはマジックアイテムも一つまでなら持ち込み可能なので更に難易度が上がる。

カモ君もダンジョンという実戦経験を積んでいるが、この大会の参加者はそれをはるかに上回る。カモ君が優勝するにはその魔法の手数。エレメンタルマスターとしての実力を十全に使える事だ。

攻撃手段はある。しかし、それ以外が駄目だった。

まず瞬発力。試合開始直後、近接が得意な冒険者や戦士が一気に間合いを詰めてくると魔法使いである以上攻撃力のある魔法が使えない。威力がある魔法を使うにはそれだけ詠唱が必要になる。たとえ使えたとしても、その時点で使えば自分も巻き込まれるから。カモ君のクイックキャスト(笑)?(笑)がついている時点で察してほしい。

次に決定力。魔法も格闘術といった攻撃手段はあれど、そのどれもが武闘大会に出るにしては攻撃力が低い。

殴るにしても関節技をかけるにも冒険者や王国騎士といった戦士には及ばず、攻撃魔法にしても学園の先輩達だけならまだ何とかなっていたが、普通に現役の国家魔導師が出てくる。魔法に関する攻撃も防御もあちらの方が上手だ。暇か?国家魔導師。

いや、確かにこの大会で好戦績を残せば今後の生活に箔がつく。就職や職業だけでなく、結婚相手も一つ上の相手を選ぶこともできる。王国からの目をつけてもらえる。分からんでもないのだが今回だけはやめてほしいな。無理?知っていた。

戦争にでもならなければ実力のある魔導師でも立身出世は難しいからなぁ。はぁ、今が戦国時代だったら良かったのに。そうすれば参加する魔導師達も下剋上して大会なんかでなかっただろうに。さらに言うならばカモ君はギネを潰してモカ領当主を襲名していた。

しかし、今は平和な時期。もう少し時間が立てば戦争という危ない状態だが、平和なのだ。カモ君の状況だけは戦乱のように荒れていたが。

こうなった以上、カモ君の持ち味を伸ばすしかない。カモ君の持ち味。それはスタミナと魔力量。幼いころから鍛え上げてきたお蔭でカモ君の体力は中堅の冒険者並のスタミナを有していた。それは魔力も同様だ。どんなことも継続が力になるのだ。

 

「つまり、俺は相手のスタミナか魔力が無くなるまで距離を取って逃げまくって隙を見て相手を倒す」

 

「無茶苦茶味気無い上に地味ね。派手好きな貴族向けの戦い方じゃないわね」

 

ミカエリ自身もその戦い方は好きではない。研究者気質だから気長に待つのは別に苦ではないが、楽しくもない。

魔法=攻撃力のある手段=派手。が成り立つくらい魔法というのは見栄えがいいのだ。

 

「四の五の言っている状況じゃない。結果が全てだ」

 

「王族の受けも悪いと思うわよ。ここ最近、王城で和やかな空気を感じないし」

 

ミカエリは少し変態気質があるが、美人で侯爵令嬢だ。そんな彼女を手に入れたい輩は沢山いる。彼女に警戒されないように王族が開催する安心感を与えるダンスパーティーなどでもどこかピリピリとした空気を感じるのだ。

近い将来、戦争が起きる前兆なのか一部の貴族からは隠しきれないほどのプレッシャーを感じることがあるのだ。まあ、それだけミカエリが美人という事もあって男性たちがお互いをけん制していることも原因でもある。

 

「…王族も鬼じゃない。負けても話を聞いてくれれば分かってくれる」

 

「結果が全てじゃなかったかしら?」

 

カモ君の顔から表情が消えた。その先にいるのは困ったように微笑むミカエリ。

それは死刑を言い渡した裁判長と被告のような光景だった。

 

「…そうやって何人の男を弄んだ?」

 

「貴方は今まで食べたパンの枚数を覚えているの?」

 

実際、ミカエリはあの手この手で男達からの誘いを袖にしたり、弄んだりして今の今まで自由を勝ち取り好き勝手に生きている。

 

「戯れを忘れない悪女め」

 

「悪女でいいわよ。悪女らしく話を進めるから」

 

打ち合わせをしたわけでもなくすらすらと自分とふざけ合えるミカエリは転生者なのではないかと疑ってしまうカモ君。

だがそんな事に構っている暇はない。とにかく三週間後の武闘大会まで行わなければならないのは自身のレベルアップ。出来る事なら魔力も鍛え上げたいところだが、一番欲しいのはやはり一級冒険者並の瞬発力とスタミナだ。

それを得るにはカズラやアイムといった現役冒険者の師事を受ける事だが生憎二人を呼ぶ手段が無い。

カズラはモカ領での一件の後、またどこかのダンジョンへ向かった。魔法学園の臨時講師を務めるアイムも腕が鈍るといけないとこの夏季休暇を利用してダンジョンへと向かった。

彼女等以外に師事できる冒険者をカモ君は知らない。こんな事ならばもっと冒険者達とのコネを広げればよかった後悔するカモ君に救いの手を差し伸べたのがまたしてもミカエリである。

 

「冒険者とは言わないけど頼りになる人物はいるわ」

 

「まさか、学園長?」

 

レベル4以上は確実と思われる魔法学園の長。シバの助力を願えるとは思えないが一縷の希望を持ったカモ君の言葉を否定するミカエリ。

 

「違うわ。学園長はほぼ公人。貴方をドラゴンから助けたのも国の一大事だからこそ。ついでで助けたにすぎないの。私みたいに個人的に力を貸せる人物。と、言っても私の兄達なんだけどね」

 

「・・・兄、達?」

 

「文はもう届いているだろうから、もうすぐ飛んで帰ってくるころかしら」

 

ミカエリが窓を開け放つとカモ君の目に映ったのは生憎の曇り空があったが、その雲の向こう側で空気が微かに震えた気がした。その震えはどんどん大きくなっているのはきっと気のせいじゃない。

地面から立ち上る自然の竜巻とは違った明らかに作為的な小さな竜巻がこちらに向かって飛んできている。それも凄い速度で。

その小さな竜巻に気が付いたのはカモ君だけではない。庭先や正面のゲートの掃除を従者たちが一斉に隠し持っていた小さな弓矢を構え、攻撃を始めた。そして小さな竜巻が別荘の敷地内に入り込んだところで一斉攻撃が始まった。

弓から放たれた無数の矢が一斉に竜巻に吸い込まれるように撃ちこまれたが竜巻は一向に進むスピードを緩めず、ミカエリ達がいる部屋の窓の直前で一気に風が霧散した。

そして竜巻の中から一人の屈強過ぎる益荒男が現れた。窓を開け放ったミカエリの傍に立つように現れた男は高笑いをしながらカモ君を見下ろした。…本当に飛んできやがった。

身長は2メートルオーバー。三十代前半の筋骨隆々なバッドガイ。もしかしたら三メートルはあるのではないかと思わせる威圧感を持つ風体。

ミカエリと同じ金色の髪は角刈り。筋骨隆々の体の上には体の急所を覆うよう着こまれた黒いレザーアーマー。しかし、その筋肉の鎧があるから不要ではと思わざるを得ない。しかもその黒いレザーの所々に威嚇するようにちりばめられた丸い金属球が埋め込まれている。

カモ君ならギリギリ少女漫画出てきてもおかしくない大柄マッチョだが、目の前の男は違う。明らかに世紀末な風貌。しかもボスキャラ、もしくはライバルキャラと思わせる風体にカモ君はクールを気取っていたが、内心では気圧されていた。

そんなカモ君を見て嘲るように男は言葉を発した。

 

「ふん。ミカエリに聞いていたが、貴様が地元の領主を殴りつけた愚か者か。そこらの輩に比べてみればそこそこ鍛えているようだがそこまでだ」

 

カモ君は馬鹿にされても目を逸らさない。いや、逸らせない。そんな事をした瞬間何をされるか分からないから。目の前の男は自分にそこそこ興味があるようだ。そしてその興味の中身は荒事関係だろう。窓から部屋に入って来た状態。腕組みの状態だが、その丸太のように太い腕を解き、殴りつけてくる。もしくは蹴りつけてくるか分からない。

 

「ほう。この俺から目を逸らさぬか。すこしは肝が据わっていると見える」

 

男がこの部屋に入って来た時点でカモ君は既に椅子から立ち上がりいつでも動けるようにしていたが、男の前で徒手空拳の構えを取ろうとはしなかった。この男は少しでもその気を見せれば襲い掛かってくる。そんな凄味がある。

だからカモ君はそれ以上動かなかった。目の前の男には何をしても勝てそうにない。

魔法。絶対に勝てない。ミカエリよりも強い風の魔力をひしひしと感じる。こちらが詠唱をする前に確実にこちらの首が千切れ跳ぶ。

体術。あの体だと筋肉の鎧に全て弾き返されるような気がしてならない。関節技もあの太い体だと極めることも出来そうにない。

剣術ならあるいはと思うが、生憎ここはミカエリの部屋だ。そのような場所に剣を持ち込めるはずもない。今のカモ君は丸腰。コーテから借りたマジックアイテムもこの屋敷の従者に預けている状態だ。

 

「…つまらんな。勝てぬとわかれば目を逸らさぬようにするだけ。どうやら貴様は俺の期待外れのようだ」

 

ここまで言われもカモ君は動けなかった。動けば死ぬ。そのような可能性があるのに迂闊に動く奴は馬鹿である。

 

「貴様が守ろうとした幼子たちも所詮その程度という事か」

 

だが、カモ君はそんな馬鹿だった。それでも馬鹿には馬鹿なりの矜持があった。それ、すなわちブラコンでシスコンな魂である。その矜持を汚された瞬間にカモ君は一歩。また一歩男。に向かって踏み出していた。

 

「ほう、向かってくるか。この俺に近付いてくるのか」

 

「近づかないとお前を殴れないんでな」

 

会話の流れから目の前の男はミカエリの関係者。恐らく兄なのだろう。はっきり言って血筋云々より住んでいる世界が違うと感じられる男にカモ君は感情のまま突き進む。

そこに恐れは無かった。ただの怒り。自分が愛する者を貶された怒りだけで突き進んでいた。

魔力・体力。そして地位。全てが自分より上の男にカモ君は向かっていった。そんな彼を面白がるように巨躯の男は腕を解くと大きく広げてカモ君を迎える。

 

撃ちこんでみろ。

 

そう言わんばかりにカモ君が近づいてくるのを待つ。体を大きく広げた。まるでお前ごときに構える必要ないと言わんばかりに。

そしてカモ君は渾身の力で自身の腕を振り抜いた。その威力は男を窓から叩きだすほどの威力を持っていた。恐らく体重が百五十キロはあるだろうその巨大な体を押し出せたのは見事の一言だが、押し出された男はまるで羽のようにゆっくりと地面へと着地した。その光景にカモ君は呆気にとられていた。が、こちらを嘲笑う男に挑発されたカモ君はここが屋敷の三階(高さ十メートル以上)から飛び降り、男に向かって追撃を行うのであった。

 

 

 

「一応。この屋敷には魔法封じの効果があるんだけどな…」

 

彼等のやりとりをミカエリは黙って見ていた。

カモ君を挑発した男の正体は自分の実兄でありセーテ侯爵当主。この国の国境警邏隊隊長。王族を除けば実質この国一の権力者でもあり、レベル5の魔法。この国で風の王級魔法を操る事が出来る唯一の人間である。

名をカヒー・ヌ・セーテ。

その屈強な体は見た目以上の耐久性と運動性。そこから繰り出される体術は素手で岩をも砕き、魔法無し空を舞う事まで出来るいわば超人だ。その上、人工の魔法封じが仕込まれたこの屋敷内で平然と魔法を使うほど魔力が強い超人でもある。

そんな超人に強力な風魔法が加わればまさに無敵。たった一人で敵国の軍隊を押し留めることが出来るという頭がおかしいくらいに強い人だ。

しかし、その性格は不遜かつ超強気。自分に向かってくる相手に対して見込みがあるのなら必ず攻撃を受け止めるという性格をしている。

現に当主であるにもかかわらず自分の従者達に弓矢を引かせてもお咎めなしにしているのは、事前の連絡をせずにミカエリに近付く輩がいた場合、例え当主であっても攻撃をするように命じているから。その方がお互いに緊張感が持って向き合えるとのことだが頭おかしいと思う。

まあ、ミカエリも普通の貴族令嬢ではないのは重々承知している。その下の兄、ビコー・ヌ・セーテも武人然とした兄である。こちらも国境警邏隊副隊長。兄に99%似てマッチョガイ。貴族らしい格好はマントを羽織っているだけで、魔法のレベルは4の特級の風魔法使い。

長男に接近戦では彼に負けるもの、純粋な魔法の打ち合いなら何とその手数と器用さで、魔法使いとしては格上である長男に打ち勝つことが出来る技巧派魔法使い。しかして、その実態は…。

 

「ミカエリ様。カヒー様に続き、ビコー様もただいま到着しました」

 

丁度、ミカエリの部屋の窓下。庭の手入れをしていたメイドの一人が声をかけてきた。言われなくても肌で感じる風の魔力。それを追って目を向けると、数人の私兵に囲まれ、巨大な黒い馬を四頭に玉座にも似た馬車を引かせている巨漢の男が玄関から入って来た。

カヒーに似た。というかそっくり。鏡に映ったかのような男がいた。彼こそがビコー・ヌ・セーテである。

そんな彼をしり目に殴り合い。というよりもカモ君に攻撃させてそれをいなしているだけのカヒーは余裕綽々で魔法の詠唱。まるでカモ君などいないかのように詠唱を開始する。

レベル1のエアカッター。文字通りカッターナイフくらいのキレ味を持つ風の刃でカモ君の体を徐々に傷つけていく。

あれはカヒーによる指導だ。いわばお前はまだ俺と戦うには早すぎると言う事を暗に伝えているのだ。

カモ君を馬鹿にする言動はカモ君のスペックを知る為にわざとやった。が、他意もある。それはミカエリが初めて自分達に紹介した見た目の年齢の近い異性だからだ。そう、カヒーもまたシスコンだ。自分の愛する妹が連れてきた男を直接試したかったのだろう。

なにせ、名指し。かつ、率先してカモ君をサポートしてほしいという連絡を貰った時のカヒーの心情は、今も血を流し続けながらも格闘戦を挑んでいるカモ君の心拍数よりも荒れたのだ。

そして試したから分かったのだろう。カモ君という人間性が。だからこそカヒーはカモ君の攻撃を受け流すだけで、最低限の攻撃しかやらない。初級の魔法でカモ君をじわじわいたぶるのもカモ君に足りない部分を享受させている。いわば特訓。もしくは指導だ。

カヒーがその気になればカモ君は一秒も持たずに頭と胴体が泣き別れになる。それなのにカモ君が動き回っているのが特訓の証拠だ。

一見すると一方的に攻めているカモ君だが、スタミナがゴリゴリ削れているのだ。左右にサイドステップするように攻撃を当てようと動き続けるカモ君に対してカヒーは不動。一歩も動いていない。カヒーが動く時、それは彼の反撃の時であり、それは特訓の終了の合図でもある。

 

「甘いわぁっ!」

 

「ぐわぁあああああ!!」

 

カモ君が不意に出した跳び蹴りに合わせてカヒーも飛び蹴りを行い、見事に返り討ちにあってしまう。

体のあちこちから血を流しながら倒れ伏すカモ君。これ以上の戦闘は無理だとミカエリは思ったがカモ君はもがきながら何とか立ち上がろうとしている。

カモ君は愛する弟妹を馬鹿にされて何も出来なかったという事だけは認めたくなかった。

そんな彼を面白い玩具を見つけた子供のように笑いながら見下ろしているカヒー。これはまだ続ける気だな。と、察したミカエリは部屋のあちこちに隠している護身用のナイフを持ち出しながら天井を見た。するとそこから一人の人間が音も立てずに這い出てきた。モカ領までついてきてくれた忍者に渡す。

自作のマジックアイテムであるナイフを、ずっと天井で身を隠していた従者はそれを受け取らせて、カヒーを刺し、この特訓を中止させる算段だった。

この自作のナイフには麻痺性の毒を仕込んでいる上にミカエリの組み込んだ魔術で麻痺の効果を上げた性能をしている。これで刺されたら樋熊でも麻痺して身動きできない代物。現にカヒーはナイフを持って近づいてくる忍者に気づいても防御することは無い。カヒーもまたミカエリの仕業だろうと分かっていたのだ。そして自分の妹が作ったナイフがどれほどの物か試されてやろうと言うつもりだ。

ナイフが身長差もあってかカヒーのふとももに突き刺さる。奇しくもそこは以前ミカエリのナイフの効果を試したところと寸分狂わぬ場所だった。

 

「…うぐはっ?!」

 

「ん~、間違えたかな?」

 

刺された数瞬後にカヒーは口から血を吐き出しながら地面に突っ伏し、ビクビクと痙攣しながら動けなくなった。

渡したナイフの効果が麻痺ではなく出血毒。しかも猛毒な効果だったことにミカエリは少し驚き、新たに部屋に常備している回復および解毒ポーションを持って倒れている二人の元へと急ぐのであった。

 




カヒー・ヌ・セーテ。
セーテ侯爵現当主。双子で長男。体術が超得意。王級の魔法はあくまでも補助的な物。魔法の相殺。もしくは短期的に広範囲を攻撃する時くらいにしか使わない。可能なら敵を一人一人確実に殴殺する武闘派スタイル。外見は世紀末セイントカイザー。シスコン。
彼が魔法を使う様はまさに鬼(ラスボス)に金棒(オリハルコン製)。

ビコー・ヌ・セーテ。
セーテ侯爵家。双子で次男。体術より魔法や兵たちの指揮が得意。王国では数少ない無詠唱のノーキャストを修得している。魔法の乱打で敵を封殺するスタイルだが、体術も出来る。兄のカヒーには及ばないが体術も相当な物であり、ヒグマや大型モンスターをも素手で屠る程。体術も魔法も出来るオールラウンダー。外見は世紀末セイントカイザー。シスコン。

ミカエリ・ヌ・セーテ。
セーテ侯爵家。長女。魔法も得意だが、本人はアイテム作りの方が楽しい。
両親を含めた親戚に色目を使われるほどの美女。その為、いろんな気苦労を追うが、そんな事は関係ないぜと言わんばかりの双子の兄達に幼いころから構ってもらい、自由気ままなマッドサイエンティストに進化した。よく兄達を自作アイテムの実験台にしている。

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